10 幕引き
『自分自身と向き合うのはいつだって恐ろしいものだ。内から自分を見つめている自分は一体だれか?
観測者を観測するもの。しかしア・バオア・クーは観察するだけではなく新たな視点のきっかけを与えてくれる。だが、俺もお前を見ているぞ。ここでは一体誰が観測者だろうか?』
俺はア・バオア・クーに向けて飛んだ。
ア・バオア・クーはその赤い両眼で俺の目を見据えながら不動のままに俺を待っている。
俺の仮説が正しいならこの試練もこれで終わりだ。
お互いの身体が触れ合う、その時に奴の口角が少し上がった気がした。
「見事じゃ、ヨエル」
何処からか声が響いてた。
どうやら俺は無事に試練を突破出来たらしい。
俺は素直に彼のこの試練を褒める気持ちになった。
「中々に良い試練だったぞ、ア・バオア・クーよ」
ア・バオア・クーの笑い声が周囲に響き渡る。
気が付けば俺はいつの間にか地下室の床に立っていた。
俺の足元には巨大な魔法陣が掛かれていた。
俺はそれを観察しながら無に向かって語りかける。
「召喚のサインが逆になっているな」
これはア・バオア・クーの召喚のサインか。
なるほどな、これで色々合点がいくな。
ア・バオア・クーが伝承に伝わっているものとは違うとは思っていたがこういう事か。
「逆転召喚か」
これは召喚するものの性質を変換、逆転させる召喚法だ。
これはなんらかの事情が無い限り禁止されている。
理由は色々あるけど主な理由は大抵の場合は神秘側の怒りを買うからだ。
「まったく今回の召喚者はやってくれたのぅ」
ア・バオア・クーの声が鳴り響く。
しかしその声に怒りは感じられず、むしろ何処か穏やかさすら感じ取れる。
正規のやり方とは違えと今回の試練はア・バオア・クー的には悪くなかったという事か。
「人の生は登りもあれば下りもあるわな」
「今回はどっちも意味が無かったぞ」
「一番悪いのは立ち止まる事じゃよ」
それらしい事を言うじゃないか。
しかし一理あるのは確かだ。
終わってみれば納得をしている自分がいた。
「良い学びもあったぞ、涅槃をもたらす者よ」
「ほほほ、謙遜するでない。王冠の者よ」
俺は頷くと召喚陣を足でかき消す。
すると辺りを包容していたア・バオア・クーの気配が消える。
俺は地下を見回すともう異常が無い事を確認して捜索をする。
しかし中々集中出来ないのは先程の試練に思いを馳せているからだろうか。
伝承とは細部が違えと奴のもたらす気付きは確かに涅槃への一歩なのかもしれない。
そしてなによりも傍から見た俺はあんなに芝居かがっているのか。
勿論、多少の強調はあれとあながち間違いではないだろう。
いずれこの劇の幕も下りるだろう。
それまではせめて良い役者を演じるとしよう。




