53 新たなるジン
『数の有利は得た。薔薇の加勢によりグールの脅威度も下がった今ならもう相手の成す術はないだろう。しかしアナスタシオという男は未だに何かを秘めている様だ。それがなんであれ使わせてはならない気がする』
モーゼスは老人に降伏を促す。
しかし老人にはそれを受け入れるつもりはないらしい。
火の海の中に立ち、圧倒的に不利な状況でも老人は強がりの笑みを浮かべる。
「確かに儂の負けじゃ。儂個人のな」
「あ?どういう意味だ?」
モーゼスは老人に言葉の意図を問う。
老人はなんて事ないかのように自分の負けを認めるが、降伏はしないという。
「いくらグールを召喚しても無駄のようじゃな」
「ああ。それにお前の身体も限界だろう?」
「歳は取りたくないものじゃな」
老人は血の涙を拭うとザフラを一瞥する。
そして邪悪な笑みを浮かべる。
そしてモーゼスに告げる。
「儂の負けではあるが、メメント・モリの負けではない」
老人はそういうと短く呪文を唱え、なんらかの魔術を実行し、己の腕を切り落とす。
それを見た俺達はその異様な光景に驚愕する。
老人はあまりの痛みに苦痛の表情を示す。
そして切り落とした腕を火に焚べ、己の血を召喚陣に垂らし始める。
素早くそれらの行動を済ませると再び笑みを浮かべる。
「血と肉と火を持って此処に願う!いでよ、ジンよ!」
召喚陣が発光する。
そして強い魔力の渦が周囲を渦巻き、周りの炎を吸収し始める。
老人はあろう事か、ジンの召喚を試みたのだ。
皆に緊張が走る。
薔薇とザフラの二人を除いて。
彼らは微動だにせずに老人を見ていた。
いや、薔薇は何かを憐れむような目で、ザフラは呆れたような目で老人を見ていた。
老人は勝ちを確信したような顔をするが、ザフラは一言だけ告げる。
「馬鹿な人ね」
老人はザフラの言葉の意味を理解出来なかった。
収束した炎が人の形を取る。
そこには褐色の肌をした半裸の男性が立っていた。
しかし召喚が上手くいかなかったのか、下半身までは顕現できず、足が炎のままだった。
目はザフラ同様に赤く、頭に毛髪はなく、そして老人を見る顔は憤怒に満ちていた。
ジンは口を開き、老人に問う。
「我を呼んだか?」
「そうじゃ!力を貸してくれ!敵を滅ぼすのじゃ!」
「断る」
ジンは老人の願いを却下すると同事に老人の首を掴む。
老人は苦しみと困惑に包まれながらもその行為をやめるようにジンに頼む。
しかしジンの手に込める力は増すばかりだ。
「腕一本で足りると思ったか?愚か者め」
「ぶ、無礼を働いたなら謝罪をする!」
「駄目だ。貴様の存在が我にとって堪らなく不愉快だ」
ジンは怒りを隠そうともせずに言葉を続ける。
「そもそも、だ。我を気安く呼び、己の良い様に使おうとするとはな」
「誤解じゃ!」
「ほう?我が間違っていると申すのか?」
ジンは老人の言葉に耳を貸すつもりはない。
老人は二つの間違いを起こしてしまった。
一つは自分の力の過信。
二つはジンという存在を甘く見ていた事だ。
ジンはこの不快な状況を終わらせると言う。
「この無様な姿を見よ。半端な召喚で我に恥をかかせたのだ。償いはしてもらうぞ」
ジンは老人の身体を炎で包む。
老人の苦しみの叫びが響き渡るが、それも直におさまる。
それがアナスタシオという魔術師の生涯の最期だった。
ジンはつまらなさそうにそれを見届けるとザフラを一瞥する。
ザフラは陽気にジンに向かい手を降る。
「久しいな、ザフラよ」
「ハーイ、元気にしてたかしら?サハト」
「変わりはない」
二人の間に薔薇が入り、膝を折る。
「お初にお目にかかる、偉大なるサハト師」
「ザフラの子か、名はなんと申す」
「薔薇と呼ばれております」
「ワルダか。良き名だ」
薔薇はこの上なく丁寧な態度でサハトと呼ばれるジンに挨拶をする。
ジンはその行為を良しとしたのか、怒りを鎮めてくれたようだ。
取り敢えずこれで一件落着のようだ。




