38 酔狂
『チャームの魔術。あるいは呪い。それは抗う事の出来ない魅力の発揮。相手の理性を蝕み、正常な判断を出来なくし、己の思うままに操る事だって出来る。チャームの術者が言う言葉はまるで神からの天啓かのように従ってしまいたくなるのだ』
薔薇は自分に纏わりつく付くイフリーターを退かすと俺に歩み寄る。
「貴方がヨエルか。我が師から話は聞いている。お初にお目にかかる」
「ああ、神秘協会のヨエルだ。助力、感謝する。」
薔薇はじっと俺を見つめる。
何も言わずに暫く俺を観察する。
その鋭い視線は俺の力量は測るかのようだ。
暫くすると薔薇は口を開く。
「補佐官にしておくには勿体ない」
「好きで補佐をやっている」
「それが貴方の道か」
薔薇は少し喋りすぎたのか軽く咳き込む。
イフリーターの悪趣味の対価を払う彼だが、気にする素振りを見せない。
そんな彼を見て、イフリーターは歪な笑顔を浮かべてる。
なんと醜悪な事か。
咳が止むと薔薇は再び口を開く。
「エルダーグールは報告には無かった。どうなっている?」
薔薇は異常な事態に疑問を持つ。
それは俺もだ。
俺は推測を口にする。
「自然発生ではないだろうな」
「では、召喚か」
「ああ」
「愚かな事をする」
薔薇は率直に馬鹿なことをするものだと言う。
そこにイフリーターが口を挟む。
「あんな劣化者を呼ぶなんてね」
イフリーターは心底、興味なさそうに吐き捨てる。
それからエコーに近づいて彼女の顔にそっと手をやる。
エコーは驚いた様子でイフリーターの手を払いのける。
イフリーターの興味はエコーに向いている。
「古い血筋を感じるわね。良く見れば顔も悪くないわ」
「な、なんですか!」
「私のコレクションに加えてあげてもいいわよ?」
イフリーターはエコーの腰に手を回すと自分に抱き寄せる。
そして蠱惑的な口調でエコーの耳元で何かを囁く。
エコーの顔が一瞬で赤く染まり、イフリーターの拘束から逃れて、俺の背後へと逃げる。
その顔は怒りと恥ずかしさに染められていた。
たまらずにエコーは叫ぶ。
「ふざけてないで!!」
「あら、ウブなのね。可愛いらしいわ」
エコーの怒りをイフリーターは軽く流す。
しょうがない。
俺はイフリーターの行動に苦言を申す。
「イフリーターよ。お巫山戯はそこまでにしてくれ」
「巫山戯てないわ。私はね、宝石に目がないのよ」
イフリーターはエコーに熱い視線を贈る。
エコーはそれを嫌悪感に満ちた視線で睨み返す。
そんな自分に向けられた敵意をイフリーターは楽しそうに受け入れる。
「嫌も嫌も好きの内よ。直に気持ちよくなるわ」
なおも挑発的な笑顔をエコーに向けるイフリーター。
強欲、酔狂、そして危険人物。
それが俺からみたこの魔人の印象だ。
しかし、そんな魔人を制止できる者が一人、薔薇だ。
彼はイフリーターの腰に手を回し、自分に抱き寄せる。
「そこまでだ」
「あら、それは命令かしら?」
「そうだ」
イフリーターは少しばかり興奮した表情を浮かべる。
そこには自分より下等な人間に命令されるという侮辱に対する怒りはなく、自分の欲求を満たしてくれる相手に対する好意が見て取れた。
これが先程のエルダーグールの言ってた気狂いというやつか。
窮地を助けられたのにも関わらず俺は彼らを呼んでしまった事に後悔を覚えるのであった。




