33 精神的有利
『食人。それは人の社会では禁忌とされる行為だ。自然界では見られる弱肉強食の自然の摂理も一種の特異な社会性を持つ人という種にとっては犯してはならない罪。食人を嫌悪し、それを行う者はいかなる他の種族でも排他、あるいは排除を行う。全ては社会の秩序と種の繁栄の為に』
男性の姿をしたグールが俺達に喋りかける。
その視線はエコーに向かっていた。
「もう満腹だけど、若い娘ならデザートに良いかもしれない」
人の形をした人ならざる者がご馳走を見るかのように舌舐めずりをする。
本能的な嫌悪感を覚えたエコーは一歩後ろに下がる。
神秘、特に食人鬼と呼ばれるタイプは人に対して精神的優位に立てる。
それは彼らが人々が縋る秩序を壊すアナーキーだからだ。
そんな無秩序の塊が静かに席を立つ。
「怖がるなよ、お嬢さん。お前が望んだ死だ」
グールはゆっくりと俺達に歩み寄る。
そんなグールに対してエコーは怯えを隠すかのように強がって見せる。
「近寄るな!」
「自然の掟、食物連鎖と思ってくれれば良い」
「黙れ!何が自然だ!お前達は人をいたぶって殺める!快楽殺人鬼だ!」
「調理だよ、調理」
エコーが人では理解の出来ないグールの思考に飲まれそうになる。
このままでは不味い。
恐れは正常な判断を鈍らせるからだ。
俺はエコーの前に立つ。
「グールよ、お前も自分の本能に従っているのだな」
「ええ、理解してくれたようでなにより」
「しかし、俺達も防衛本能がある」
「それではディナーは?」
「悪いな、キャンセルだ」
グールはよろしい、と言うとその場から跳躍し、俺達に襲いかかる。
俺は素早く短剣を懐から取り出すと空中にいるグールに投げる。
グールはそれを手で払いのけるが、手に軽い切り傷を負ってしまう。
その傷口からは焼けるような音がたてられる。
「くっ、その短剣は祝福されてるのか?忌々しい!」
「獲物に引っ掻かれるのは初めてか?」
「ほざくな!」
傷を負わされたグールは苛立ち始める。
良し、これで敵の余裕はすこし削れたか?
俺は動けずにいるエコーに激を飛ばす。
「しっかりしろ、狩人!!」
「す、すいません!もう大丈夫です!動けます!」
「相手の身体能力はそこまで高くない!雰囲気に飲まれるな!」
「はい!」
そうだ、落ち着いて行けば勝てる。
人とは比べ物にはならない力だが、狩人なら対処できる。
自分を信じるんだ、エコー。
冷静さを取り戻したエコーをグールがつまらなさそうに見る。
「怯えるのはもういいのか?お嬢さん」
「怯える?何のことでしょう?武者震いというやつです!」
「ハハハ、可愛らしい強がりだ」
グールはエコーに向かって突進を繰り出す。
しかしエコーはそれをひらりと躱すと機械の腕でグールの腕を掴み、へし折る。
グールの口からは苦痛に耐える音がこぼれる。
グールは大きく飛び退く。
それを見たエコーが好戦的な笑顔で挑発をする。
「あらら、そんなに下がっちゃって。怯えてるんですか?」
「…食欲が失せた。ただ単に殺してやるよ」
「おうおう!やってみやがれ!」
…まるでモーゼスの様だ。
この感じで帰らせたらジョナサンの奴に俺が怒られてしまう。
染まりやすい年頃なのだろうか?
俺は溢れ出る溜息を我慢出来なかったのである。




