32 スピード狂
『後悔のない人生というものは存在するのだろうか?先の見えない道を歩む人間という者達には無理な話だろう。むしろ失敗と後悔から学ぶ強さを彼らは持ち合わせている。失敗を恐れる事は生きる事を恐れる事と同じだ』
「さぁ、湿っぽい話は終わりだ!戦いだ!」
モーゼスが皆に活を入れる。
大事な話ではあったが、あまり士気を落とすのも良くない。
重苦しい空気を置き去りにするように俺達はその場を後にする。
俺はエコーと一緒に彼女のバイクで移動する事にした。
モーゼスと少佐のダッグなら心配も要らないだろう。
「さぁ、ヨエル!跨ってください!」
「安全運転で頼むぞ」
「勿論ですよ!」
彼女がバイクを起動するとエンジン音が鳴り響く。
それを聞いた少佐がこれはこれは…と関心を見せる。
モーゼスが俺達に気をつけるようにと告げる。
エコーがアクセルを回すと俺は一瞬振り落とされるような加速を体験させられる。
俺は必死にタンデムバーにしがみつく。
「おい!もっとゆっくりだ!」
「なんですか!聞こえません!舌噛みますよ!!」
俺は彼女の運転を注意するが彼女は聞こえないフリをする。
スピード狂というやつだろうか?
俺は自分の選択を悔いる思いになる。
彼女はスピードでハイになったまま交差点に進入しようとする。
信号の色が黄色に変わるのもお構いなしだ。
「信号が変わるぞ!速度を落とせ!」
「変わる前に渡って見せます!任せて下さい!」
「話を聞け!エコー!!」
超高速で移動しながらもなんとか意思疎通を図る。
しかし俺の言葉は彼女には届かない。
若者の勢いの良さといえば聞こえは良いだろう。
しかし彼女は行き過ぎている。
しょうがない。
「ジョナサンに言いつけるぞ!!」
「!!」
ようやく俺の言葉を聞き入れたのか、彼女は徐々に速度を落としていく。
そしてしんみりした声で言う。
その声には反省と怯えが含まれていた。
「すみませんでした。調子に乗りました…」
「次やったら本当に言いつけるからな?」
「はい、もうしません…」
彼女は要望通りに安全運転に移行する。
ジョナサンというのは彼女の父親だ。
普段は仏のような男だが娘の教育に関してはその限りではない。
成人済みの彼女だが、父親には決して逆らえない、いや逆らおうとしないのだ。
しかし、俺に対しては彼女は一丁前に反抗の態度を見せる。
「チクリとは卑怯ですよ!」
「彼から君の事を任されているからな。逐一でチクるぞ?」
「お、親父ギャグですか?」
俺は軽い頭痛を感じた。
もうこれ以上話すのをやめよう。
まったく、手を焼かせてくれる。
悪いやつではないのは確かだけれどどうも暴走気味な所がある。
さぁ、そろそろ目的の場所に着きそうだ。
この食堂に例のグールがいる。
バイクを食堂の前に止めると俺達は早速と食堂の中に乗り込む。
「神秘協会の者だ!ここのスタッフは直ちに避難してくれ!」
俺は名乗りながら勢い良く閉店の看板が掛かっている食堂のドアを開く。
しかしそこにはスタッフの姿はなかった。
いや、スタッフだったものの残骸しか無かった、と言ったほうが正しいだろう。
「食事中ですよ?大声とはマナーが悪い」
そこには机に座り、人の腕と思われるものを食い千切る一人の男がいた。
外見は三十代男性、色白で眼鏡をかけており、黒い頭髪を短く切りそろえ、紺色のスーツを着用している。
いかにもサラリーマンっぽい身なりだ。
口に付着した血を紙ナプキンで丁寧に拭き取ると俺達に向かって喋る。
「追加注文はしていないよ?お店のサービスかな?」
男は俺達を見ると邪悪な笑みを見せる。
コイツが食人鬼、グールだ。




