23 宿命
『宿命とはその命に宿る道。人には自由意志があるのは勿論だがその道を外れる事は己の人生を大きく狂わせてしまう事になる。我が主、神は間違いを起こさないが、こればかりは理解したくないものだ』
「これを渡しておきましょう。エコーちゃんが困った際には使ってください」
ハサンから薔薇の紋章の封蝋が付いた手紙を渡される。
緊急の際はこれを燃やすようにと。
「影ながら私が未来の長の蕾を見守りましょう」
「老婆心にしては随分じゃねぇか?」
「彼女が誤った道で人類に害を為す存在になった時は私が彼女を消します」
ハサンが強い意思を持ってそう告げる。
モーゼスは険しい顔をするが黙ったままだ。
エコーに限って悪の道には行かないだろうが彼女の未来には想像もできないほどの悲しみが待っている。
そして辛い決断もだ。
モーゼスはそれを嫌なほど理解しているのだ。
そして人の弱さも嫌なほど理解出来ているのだ。
「願わくば彼女が祖父以上の偉大なる長になって、他の長たちと手を取り合い、平安の地を築いて欲しいものです」
「その時、あんたはどうする?ハサン」
「その時には消えましょう。平和な世界に私みたいな者は要りません。我が主の元に赴いてこれまでの罪を償い、そして遂に永遠の安らぎを頂きます」
その言葉にモーゼスと菫が言葉を無くす。
なんという男だ。
「我が主は常に貴方の葛藤と共に居られる」
「ありがとうございます、ヨエル」
一人の男の本音と苦しさを聞いた皆は苦しそうな顔を浮かべる。
これも一つの道なのですか?
我が主よ。
「私は嫌です。我が最愛の師よ」
「菫さん、そう暗い顔をしないでください。自分で選んだ道ではないかもしれませんけど、自分の好きなように、そう、自分の足でしっかり歩んだ道です。悔いはないです」
酷く落ち込んでいる菫にハサンはこれまでもなく優しい声で語りかける。
そしてモーゼスに向き合いお願いをする。
「戦場のマギ殿よ。いずれ私が去った後は菫さんをお願い出来ますか?出来れば普通の暮らしをさせて上げたい」
「ああ。俺の道が続く限り、彼女がそう願う限りは俺が責任を持とう」
二人の男の契約が此処に成される。
しかし、会話を聞いた菫が激昂する。
「そんなの要らない!私は!」
「思えば苦労ばかりさせました。しかし、強さを教えました。生きる術です。さぁ、自立の時は近いよ我が子よ」
激しい感情のあまり涙を我慢出来なくなった菫は部屋を飛び出す。
それを見たハサンは大きな溜息を漏らす。
そして申し訳無さそうに俺達に謝罪をする。
「申し訳ありません。お見苦しい場面をお見せしてしまいました」
「構わねぇよ」
「寛大な御心、感謝致します」
ハサンが地面に手を当てる。
周囲の気配を探り、周りにはもう誰もいない事を確認すると、良しと言う。
突然彼から大量の黒い霧が噴射される。
突然の出来事に俺達は驚く。
「彼女は我が娘同様です。それを任せる男に対してせめてもの敬意です」
そこには顔に掛からない程度の長さの白い髪をした若い青年が立っていた。
彼は人好きのする綺麗な顔をしており柔らかな笑みを浮かべていた。
年頃は20代半ばだろうか?
身長は俺より低く、170cm程度だろう。
良く日に焼けた茶色の肌をしていた。
「改めまして、山の翁と呼ばれております。影纏いのハサンです」
ハサンを名乗った青年は俺達にお辞儀を行うのであった。




