21 一触即発
『魔術師とは本来、儀式を持って意のままに物事を操る影の者。世間から隠れ暗躍するその姿に一体我々と何が違うと言うのですか?
親愛なる友 ハサンより』
「ちなみにどういう神秘がこの件に関わっているかは把握しているのか?」
俺はハサンに問いかける。
「いえ、ただ被害者達の様子を見るからに人間ではないのは確かです」
「詳しく聞かせて貰ってもいいか?」
「勿論です、ヨエル」
ハサン曰く、彼らはまるで動物に襲われたかのようにぐちゃぐちゃに放置をされていた。
被害者達は理性なき暴力にさらされ、身体の大半は食い尽くされていた。
「食人、そして攫うもの」
「もしかしてグールなのか?」
「ご明察です。流石です、ヨエル」
ハサンが言うにはこれは恐らくグールの仕業だろうと。
中東の神秘、グール。
高い知能を持ち、人に化ける食人鬼だ。
街で出現するとはこれは厄介だ。
「おいおい、グールかよ」
話を聞いていたモーゼスが呆れ気味に呟く。
彼は面倒くさそうに息を漏らす。
気持ちは分かるがな。
疑問に思ったエコーが質問をする。
「そのグールってのはそんなに厄介ですか?ゾンビみたいなもんじゃないんですか?」
彼女の言葉を聞いたハサンと菫が目を丸くして呆気に取られる。
どうやら彼女は事の深刻さをあまり理解出来ていないようだ。
「やっぱりお嬢ちゃんだな。神秘学の授業はサボったのか?」
「エヘヘ」
「笑って誤魔化すんじゃない」
モーゼスがエコーを睨む。
神秘協会の狩人ならば敵の正体、能力を把握していないとなると自分の死期を早めることになる。
最も全ての神秘を頭に入れとくのは到底無理な事だ。
「どうやらエコーちゃんは中東に対する理解が浅いようですね」
「すみません!」
「いえいえ。良いのですよ。それを補う程の能力を貴女はお持ちなのです」
「ありがとうございます!」
「それに人は助け合うもの。分からない事がお有りならこの私にお聞き下さい」
モーゼスに責められていたエコーをハサンが助ける。
そんなハサンの言葉を良く思わないモーゼスが口を開く。
「こちらの教育に口を出さないで貰えねぇか?」
「これはこれは、大変失礼しました。歳を重ねると若い子に甘くなってしまいます」
「ふん、お前のおべんちゃらは信用出来ねぇ。アサシン野郎」
「心外ですね。生かしておいて上げた恩はお忘れですか?マギ殿」
ハサンの挑発によって一触即発の空気が漂う。
そんな二人を見てエコーが慌てふためく。
此処で戦い、いや、殺し合いに発展するのを遠慮願いたい。
俺が二人の間に割って入ろうとしたその時、菫が一足先に自分の師、ハサンを止める。
「我が師、夜の華の君よ。ご戯れはお止め下さい」
「おお、菫の花よ。我が弟子になだめられるとは師匠失格ですね」
「いえ、貴方以上に偉大な者はいません」
「ハハハ、口が上手い。誰に似たのやら」
菫の介入によって事なきを得ることが出来た。
まったく、モーゼスは血の気が多くて困る。
魔術師たるもの常に冷静に、だ。
軍人とのハイブリッドがここまで厄介とはな。
「モーゼス様。貴方の事は好いています。どうかこの様なお巫山戯で命を落とす事の無いようにお願いします」
菫がモーゼスに深々と頭を下げてお願いをする。
モーゼスが若い娘に頭を下げさせてしまった事にやるせなくなる。
「申し訳ねぇ。俺が悪かったよ、菫のお嬢さん」
「自分の非を認めるとは⋯なんと大人なんでしょう。好きです」
モーゼスが菫の告白に苦笑いする。
続けてモーゼスが言う。
「俺は月下美人が好きじゃねぇがよ、無闇に人を殺めるタイプじゃないってのは分かっている。人としてはアレだが、間違いなく一流のプロだ」
「英雄である魔術大佐に褒められるとは…勿体なき御言葉です。では先程は気にしていないのですね?」
「あんたの力の一部でも確認したくてな。こう言うのも癪に障るがあんたは伝説だ。間違いなく最強の一人だ」
モーゼスが言葉を濁さずにハサンの力に対する畏敬の感情を露わにする。
巷では超人と呼ばれる彼だが上には上がいる事は充分に理解している。
「マグス·モーゼス。私は人の身でその境地まで至った貴方の事は尊敬していますよ」
私には無かった強さを、私が持っていた弱さを貴方は克服した、そう告げるハサンであった。




