14 すみれの花
『菫。確か花言葉は誠実、謙虚などだったか。眼の前の女性にぴったりな名前だ。
しかし、可憐な花が持つには相応しくない毒を秘めているのは何故だろうか?』
「幹部様のお出ましか。どうする?」
「そうですね。此処で殺り合わせて彼女を失うのは嫌ですね」
モーゼスの質問にハサンが軽くそう言うと菫と呼ばれた女性は口を挟む。
「貴方のお教えを頂いた私が負けると仰るのですか?」
「あー、熱くならない。スミレさん、貴女は確かに最高の暗殺者です。しかし、眼の前に居る大佐に深手を負わせても殺せないでしょう。むしろ貴女が死にますよ」
「大佐⋯魔術師モーゼス、ですか?」
「そう!ご本人!しかもその隣は補佐官、ヨエルですよ!」
「え、ヨエル手記のヨエル先生ですか?」
俺の名が出た瞬間、初めて彼女に感情らしきものが見える。
俺としてはそんな風に名前が広まるのは遺憾である。
この件が終わり次第、モーゼスに頼んで街のハッカー達を壊滅させなければ行けないな。
菫は俺とモーゼスに再度、挨拶をする。
「始めまして、モーゼス大佐、ヨエル先生。あの、差し支え無ければ先生からサインを戴く、というのは可能でしょうか?」
「スミレさん!抜け駆けは許しませんよ!」
「機を逃すのは暗殺者の名折れ、ですよ」
「くっ、君の師匠の顔が見てみたいよ!」
「貴方ですよ、月下美人」
暗殺者二人して茶番を行う。
仲の良い師弟関係の様だ。
どっちにもサインはしないがな。
「それで?どうするんだ?戦わねぇのか?」
モーゼスが若干、呆れながら問いかける。
これは失敬とハサンが謝る。
そして、一つの提案をする。
「では模擬戦しましょう。ヨエルは手出し無用。彼女に手ほどきをお願いします、大佐」
ハサンがそう言い終わる同事に菫はモーゼスに向かって身を低くして襲いかかる。
モーゼスは膝蹴りを合わせようと脚を持ち上げようとするが、何かを感じたのか、大きくバックステップをする。
後ろに飛んだ瞬間にモーゼスがいたところに鋭い斬撃の軌跡が通る。
対抗してモーゼスも身を低くし、足払いを行うが、彼女はそれを跳躍を持って避ける。
モーゼスはふんと鼻を鳴らすと懐から大振りなナイフを取り出して後ろに振り向きざまに辺りを払う。
そこにいつの間にか立っていた菫の服を軽く切りつける。
その瞬間に跳躍を行っていた方の菫の姿が紫の花弁となって散る。
「おう、案外慎重なんだな?若者は勢いが大事だぞ?」
モーゼスは挑発を行う。
しかし、彼女はそれに応えない。
モーゼスの様子を伺う様に彼女は不動の姿勢を見せる。
「なんだ?長期戦か?俺が老衰で死ぬのを待っているのか?確かに分が悪いな」
モーゼスはニヤッと笑いながらなおも挑発を続ける。
「月下美人のお弟子さんは口ほどにもねぇな」
モーゼスがそう言うと菫はモーゼスに飛びかかる。
彼女が何処からが出した短剣でモーゼスを斬り裂こうとすると同事にモーゼスの影から新たな短剣が飛び出る。
「筋が良いな。確かにいきなり奇襲で暗殺を狙われたら深手を負ってしまいそうだ」
モーゼスは足で影から出てくる短剣を蹴り飛ばし、迫ってくる彼女の持つ短剣の腹に手を当て、横に反らし、その腕を掴み、彼女の腰にもう片方の腕を回し、引き寄せる。
これで終いだ。
モーゼスは暗殺教団の幹部を見事に制圧してみせたのだ。
モーゼスは勝利宣言をする。
「俺の勝ちだ。出来れば、お嬢さんとは戦いよりもダンスがしたいもんだ」
菫と呼ばれた暗殺者の女性は短く、参りましたっと呟く。
模擬戦が終わるとハサンが壁から出てくる。
姿は相変わらず影のままだ。
そして、相変わらず、モーゼスの強さを称賛する。
「いや、お強いですね。幹部までも簡単に倒してしまうとは」
「いや、彼女に狙われたら俺は恐らく、死ぬだろう」
「ご謙遜を。さて、そろそろ彼女を離して貰っても?こう見えて彼女は初心なんですよ」
彼女の方に目をやると布で隠れていない顔の部分が真っ赤に紅潮している。
おっと、悪いなと言ってモーゼスは彼女を離す。
彼女は姿勢を正して己が師に向かって問いかける。
「心拍数が高まっています。これが恋なのでしょうか?」
「そうさ!この世で最高の気分でしょう?いやー、大佐も隅に置けませんね!」
「月下美人、私はお嫁に行きます」
菫はありえない事を口走る。
確かに、大佐は渋い魅力を持つ大人の男だ。
人知れずにいくつもの女性を泣かしているのかもしれないな。
そんな女性がもう一人増えてしまったな。
モーゼス少し、困ったようには菫に言う。
「すまねぇな、お嬢さん。俺は戦場で死ぬ身だ。もっと良い男を捕まえてくれ」
モーゼスがそう言うと彼女の目が更に輝く。
モーゼスの言葉は逆効果だった。
彼女はどうやら危険な香りがする男が好きのようだ。
モーゼスは彼女の心も見事に制圧した訳だ。




