6 戦支度
『パイプ煙草。
現代ではあまり嗜む者も減ってしまったパイプだが、昔では儀式的に使われる事が多々あった。
例えば、かつてに南米大陸のとある地域で盛んな、その宗教ではパイプを聖なる物として扱い、煙草の葉と共に調合されたハーブを使い、煙を通して自分の意思を実現化させるものもある。
煙とは意思疎通と自己実現のツールでもあるのだ』
モーゼスが作戦会議の終了を告げる。
「では任務遂行は今夜。それでは諸君、戦の準備だ!」
モーゼスがバーテンダーの男で目を合図を送る。
バーテンダーの男はモーゼスの意図を汲み取り、後ろの棚から古い一本の酒瓶を取り出す。
二つのショットグラスと一つのロックグラスに酒を注ぐ。
モーゼスはロックグラスの酒を一気に喉奥へ流し込む。
俺もそれに習ってショットグラスの酒を一息に飲む。
良く熟成された、上質な樽の風味が俺の胃袋に染み渡る。
結構な上物だ、悪くはないな。
そんな上物の味が分からない者もいる。
ここでは、エコーだ。
エコーはショットグラスの酒を一口飲んでは、苦い顔をする。
「なんだい、お嬢ちゃん。酒は苦手か?」
「うー、あまり得意じゃないですね!」
「森の翁の直系が酒を飲めないとな。これは意外だ」
「大丈夫です!」
エコーが強がり、ショットグラスに入っていた残りの酒を一気に飲み干す。
しかし、慣れていないせいなの、むせてしまっている。
それを見たモーゼスが大笑いする。
「これ、無理をするでない」
「だ、大丈夫です!」
「さすが森の部族だ、根性がある!」
「大佐、程々にしてやれ」
これぐらいで良いだろう。
戦前に泥酔してもらっては困るからな。
俺はエコーからグラスを取り上げる。
俺はバーテンダーに彼女に水を与える様に伝える。
モーゼスはバーテンダーに景気付けに葉巻を注文をする。
葉巻まであるのか。
この店は中々の品揃えだな。
隠れた名店なのかもしれないな。
モーゼスは俺とエコーにも葉巻を勧めるが、俺は遠慮をする。
エコーは自前のがあるので大丈夫だと言う。
エコーが喫煙するとは知らなかったな。
彼女は持ってきていた荷物から小包を取り出し、その中から一本のパイプを取り出す。
それは意匠を凝らした立派な木製のパイプだった。
これは、森の民族のものだろうか?
続けて紐状になっている乾いた黒い煙草の葉を取り出す。
ナイフでそれを少し切り、手でほぐすとパイプに詰め始める。
そして、それに火を付け、一息吸い込み、煙と一緒に吹き出す。
一息吸ったパイプを今度はモーゼスに渡す。
「ほう!噂で聞いたぞ、森の部族の儀であるな?これは大変な名誉である!」
「煙を通して先祖にお願いをしてください!」
「了解した!では…
我がご先祖達よ!今宵の戦いでは手出し無用!ただ、この子孫めの武勇をご照覧あれ!」
「アハハ!」
モーゼスの願いにもなっていない宣言にエコーは笑い出す。
モーゼスがパイプをさらにもう一度吹かす。
そして霊的な先祖、魔道の先達達にも想いを告げる。
「我が魔術の祖よ!師達よ!
道を究めんとするこの探求者のメンター達よ!
この俺に魔術とはなんたるかをご教示ください!さすれば俺は敵に魔術とはなんたるかを見せてやろうぞ!」
勇ましいな。
僅かにモーゼスの纏う魔力とも呼べるものか高まっていくのを感じる。
これこそが煙草の力なのだ。
エコーもそれを感じ取ったのか目を輝かせている。
モーゼスは口上を終えると俺にパイプを渡す。
俺は一息、深く吸う。
それから吐く。
俺の願いはいつだって一つだけだ。
「主よ、ご加護を」
俺は手短に祈りを捧げる。
俺がパイプをエコーに渡すと彼女は店のドアまで行き、歌を歌う。
それは呪文歌と言われるものだ。
古いものだ。
伝承が途絶えていなかったのだな。
「誰も私を煙に巻くことは出来ない。
煙の秘密は我が手に。
母から頂いたこのパイプ。
頂いたのは母の知恵と力である。
その母の更に母、更にその母からの知恵。
私は一人でにこの世に来たわけではない。
その時まで守護者たる母達が私の傍に。
この煙と共に!」
エコーは火口の方に口をあてがうと息を吹き込む。
煙が吸い口を通って店の外へ流れ出る。
その煙は上空へと流れていく。
それはきっと、彼女の母達に届いている事だろう。
煙の行方を見守り終わるとエコーが俺達の元へ戻ってくる。
彼女の雰囲気が少し、変わった気がする。
強力な守りの歌だ。
「母の護りか。通りで森の部族は手強いわけだ」
「母は強し、です!」
「違いない!」
実際に母からのご加護は強い。
とある民族では母親以外は子の頭に触ってはいけないとされる程だ。
それだけ母親との繋がりを重要視しているのだ。
その究極たるのが聖母信仰となったのだ。
「さぁ!戦支度は万全です!」
「では行くぞ!お嬢さん、ヨエル!」
準備は整った。
外は既に暗くなり始めていた。
作戦実行の時だ。




