20 不浄の炎
『その黒犬は悪ではない。しかし、善でもない。ただただ法を守る存在だ。そしてその法とは死である。
犬はその導き手であり、守護者であり、そして執行者でもある。ヘル·ハウンドとしても知られる彼らは名前から不吉な存在、死の前触れと言われるがそれは人が死を恐れているからだ。しかし何故にこうも人々は死を恐れるのか。それは自然の摂理じゃないだろうか?神の奏でる旋律を止める権利がある者などいるのだろうか?』
「さぁ、可愛い子。私の元においで」
巨大な黒犬の形を取ったクロは顎を大きく開きながらキョンシーの少女へ近づく。
しかし、相変わらずキョンシーの少女は一切身動きせずに佇むばかりだ。
術者の命令無しでは動けないのか?
あるいは本来の自分の運命を受け入れてるのか?
その答えは物言わぬキョンシーの少女からは読み取る事は出来ない。
「おい!そこの化物!メイメイから離れろ!」
先程まで苦しそうにうめき声を上げて苦しんでいた道士の男が叫ぶ。
彼の方に目をやるとかろうじてだが既に立ち上がっていた。
「おー、タフじゃねぇか。しかし無理はするなよ」
「黙っていろ!」
ジョセフが道士の男に声を掛ける。
しかし道士の男はそれに対して構う気はない。
実際の所、目を見張るような回復力だ。
俺は何人もの屈強な男がジョセフの蹴りで地面に沈むのを目にしている。
東洋の鍛錬法の賜物だな。
「俺は離れろと言ってるんだ!」
道士の男は構わず叫び続ける。
しかしクロはつまらなさそうに、いや、若干の嫌悪感を持って男を見る。
「貴方は自分のしている事が分かってるのかしら?」
クロは道士の男に問いかける。
彼女からしたら彼のやっている事は到底受け入れる事ではない。
彼女はキョンシーの少女に目をやるとその赤い両の瞳が更に妖しく光る。
それから道士の男のほうにも目をやる。
「血の繋がり…そう、兄妹なのね。」
クロは何かを読み取ったらしい。
しかし、彼女はこうも続ける。
「貴方はどこまで彼女を苦しめれば気が済むの?」
「てめぇに何が分かるんだ!」
クロの言葉に道士の男は逆上をする。
道士の男は服の中から鏡の付いた円盤を取り出す。
確かじゃないがあれは八卦鏡というやつだろうか?
道士の男はそれを持ってなにやら呪文を唱え、赤い砂を取り出しクロに投げかける。
砂を当てられたクロは炎に包まれる。
魔祓いの類だろうか?
しかし。
「クククッ、ハーハハハッ」
クロは何が面白いのか高らかに笑い出す。
それもしょうがない事だろう。
「ぬるい、ぬるいわ!」
「なんだと!」
「ゲヘナの燃え盛る炎の前ではこんなもの!」
クロは頭を左右に振ると道士の男の術はいとも簡単にかき消される。
彼女からしてみれば人間の火遊びなど大した脅威ではないのだろう。
それはまるで煙草から溢れた火の粉を追い払うに等しいようだった。
「化物め!地獄の魍魎の類か!」
「ええ」
クロはなんて事ないように告げる。
「貴方の言う所の閻魔の使い、とても言おうかしら?」
「ちくしょう!」
私が犬畜生という事かしら?とクロはくすくす笑う。
道士の男は力が抜けたように膝から落ちる。
どうやら気力尽きたようだ。
「さて、茶番はもうよくて?」
「…メイメイの魂はてめぇにはやらねぇ」
クロの言葉に対して道士の男はぼそりと呟く。
それを聞き取れたクロは怪しげに道士の男を見る。
「どういう意味かしら?」
「こういう意味だ!」
突如、道士の男の身体が黒い炎に包まれる。
そしてそのまま彼はキョンシーの少女に抱きつき、炎を燃え移させる。
これは心中を図ってるのか?
「その不浄の炎!馬鹿はよしなさい!」
「俺も妹も魂の一切をお前らにくれてやるもんか!」
道士とキョンシーの兄妹は黒い炎に包まれるのであった。




