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黒い高級車の車内。

夕暮れの街並みが窓の外を流れていく。

助手席に座る麗華(その姿は大堂そのもの)は、不安げに前を向いたまま口を開く。


「あ、あの……!」


桐谷が運転席から視線だけを向ける。


「どこへ向かう気ですの?」


助手席の熊田は答えられず、苦しそうに唇を噛んだ。

重苦しい沈黙を破ったのは、桐谷だった。


「あんたは、ただ若頭として振る舞ってくれればいい」


穏やかな口調だったが、その声には揺るぎない覚悟が宿っていた。


「指示は全部、俺が出す。あんたは誰にも知られないよう演技してくれ」


「演技……ですって?」


麗華は信じられないというように目を見開く。


「そんなこと、わたくしにできるわけありませんわ!」

感情を抑えきれず、声が震える。


「わたくしは一刻も早く、元の身体に戻らなくてはいけませんの!」


拳をぎゅっと握りしめる。


「お父様とお母様は今、海外旅行で家にはいらっしゃいませんけれど……」

その瞳に涙が滲んだ。


「きっと、わたくしのことを心配しているはずですわ……」


黒崎の顔が麗華の脳裏に浮かぶ。


「黒崎だって……きっと……」

それ以上言葉にならなかった。

ぽろり、と涙が頬を伝う。

その姿を見て、熊田は申し訳なさそうに頭を下げた。


「若頭……いや」


小さく息をつく。


「麗華ちゃん」


麗華は涙で濡れた瞳を熊田へ向けた。


「本当に、ごめん」


熊田は真っ直ぐ頭を下げる。


「俺たちが巻き込んじまった」


車内に沈黙が流れる。


やがて桐谷が静かに口を開いた。


「赤羽との一件が終われば、あんたを必ず元の場所へ連れて行く」


バックミラー越しに麗華を見つめる。


「約束する」


少し間を置いて続けた。


「だから……もう泣かないでくれ」


その言葉には、嘘偽りのない誠意が込められていた。


「こっちは、人の命がかかってる」


桐谷の表情が引き締まる。


「仲間の命だ」


「……」


「頼む」


静かな声だった。

しかし、その一言には何よりも重い願いが込められていた。


「協力してくれ」


麗華はゆっくりと目を閉じる。

自分一人だけが苦しいわけではない。

誰かの大切な人が、今まさに危険にさらされている。

それを見捨てることなど――西園寺麗華にはできなかった。


涙をそっと拭う。

そして、小さく息を吸い込むと、真っ直ぐ前を見据えた。


「……分かりました」


その瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。


「若頭さんの話し方を教えてください」


熊田と桐谷が同時に振り返る。

麗華は凛とした声で言った。


「わたくし、やり遂げますわ」


その一言に、車内の空気が静かに変わった。

桐谷は小さく微笑み、静かに頷く。


「……ありがとう」


車は夕暮れの街を駆け抜け、運命の待つ場所へと走り続けた。





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