5
場面は変わり、西園寺邸。
重厚な扉の向こう、静まり返った一室。
広々とした寝室のベッドには、頬に傷のある青年――大堂が麗華の姿で静かに眠っていた。
その傍らには、黒崎が立っている。
腕を組み、眠る麗華の姿を見つめるその表情には、深い自責の念が浮かんでいた。
「幸いにも、怪我はなかった…」
安堵の息を漏らした直後、黒崎は唇を強く噛み締める。
「しかし……」
拳を握りしめる。
「俺としたことが、お嬢様を守れなかった!」
静かな部屋に、悔しさを押し殺した声だけが響く。
「あの顔に傷のある野郎……」
黒崎の表情が険しくなる。
「あんな男に、お嬢様が助けられるなんて……ありえない」
吐き捨てるように言葉を続ける。
「見るからに、あいつはヤクザか何かだ。……そうに違いない。
絶対そうだ!」
その独り言を聞いていた人物が、不意に口を開いた。
「よく分かったな、お前」
黒崎の肩がびくりと震える。
ゆっくりと振り返ると、ベッドの上で麗華が身体を起こしていた。
「……え?」
黒崎は目を見開く。
「今、何と……?」
麗華の姿をした青年は気だるそうに首を鳴らし、黒崎を真っ直ぐ見据えた。
「よく分かったなって言ったんだよ」
次の瞬間。
青年は素早く立ち上がると、黒崎の胸ぐらを掴み上げた。
「お前のせいで取り返しのつかねぇことになった」
鋭い眼光が黒崎を射抜く。
「どうしてくれる?」
突然の出来事にも、黒崎は冷静さを失わなかった。
相手の顔。
声。
そして、その乱暴な口調。
黒崎は何かを察したように部屋の鏡台へ歩み寄ると、手鏡を手に取り、
目の前にいる人物へ差し出した。
「……これをご覧ください」
麗華(青年)は怪訝そうに鏡を受け取る。
そして、水面を見るように鏡を覗き込んだ。
「…………」
数秒の沈黙。
「……まさかとは、思ったが、やはりな…」
鏡を持つ手が小さく震える。
「最悪だ……」
鏡に映っていたのは、自分ではない。
気品ある少女――西園寺麗華の姿だった。
黒崎は静かに言う。
「どうやら……お二人の身体が、入れ替わってしまったようです」
青年は大きく息を吐き、鏡を下ろした。
「なってしまったものは、どうしようもない…」
そして黒崎を見据える。
「俺の名前は大堂」
低く落ち着いた声で名乗る。
「……お前は?」
「西園寺家執事、黒崎と申します」
「黒崎、か」
大堂は麗華の細い首筋を指先で軽くなぞった。
「今すぐ俺を、このガキとぶつかった場所へ連れて行け」
その目が鋭く細められる。
「さもないと……」
首元へ指先を添える。
「こいつを殺す」
言葉が終わるより早く、黒崎は大堂の腕を掴んでいた。
「お嬢様のお身体に傷ひとつ付けてみろ」
普段の穏やかな表情は消え失せている。
眼鏡の奥の瞳には、冷たい殺気が宿っていた。
「身体が元に戻ったその時は……私がお前を殺す」
しばらく睨み合う二人。
やがて大堂は呆れたように肩をすくめ、大きくため息をついた。
「……面倒くせぇ」
そう呟くと、黒崎の手を軽く払いのける。
「争ってても時間の無駄だ」
窓の外へ視線を向けながら、静かに言った。
「まずは、この『お嬢様』とやらに会おう」
「その前に、連絡を取ります。携帯の番号を教えてください」
大堂は自分の携帯番号を黒崎に伝えた。
黒崎が急いで電話をかけるも充電が切れているからなのか、連絡がつかない。
黒崎は数秒間、大堂を見つめる。
やがて静かに口を開いた。
「……行きましょう」
二人は互いへの警戒を解くことなく、同じ目的のため、一時的に手を組むことを決めた。




