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「……何の冗談です?」
大柄の男は怪訝そうに眉をひそめた。
「そのしゃべり方……まるで女じゃないですか」
麗華は毅然とした表情で男を見つめ返す。
「わたくしは最初から女ですわ」
「……あっ!」
男は何かを思いついたように勢いよく指を鳴らした。
「分かりました! あれでしょう!? 演技の練習!」
「演技……?」
「女装して敵の組に潜入! 内部から組を潰す作戦!」
男は一人で何度も頷き、目を輝かせる。
「さすが若頭! 考えることが違う!」
「…………」
「いやぁ、でも急に始めるから驚きましたよ。俺、全然ついていけませんでした!」
感心しきった様子の男を前に、麗華は小さくため息をついた。
「違いますわ」
「え?」
「これは演技ではありません」
麗華は深く息を吸い、静かにこれまでの出来事を語り始めた。
自分は名門女学院に通っている西園寺麗華だということ。
執事の黒崎と下校していたこと。
黒猫を助けようとして階段で転倒したこと。
そして、階段にいた青年とぶつかった瞬間、互いの身体が入れ替わってしまったこと。
男は腕を組んだまま黙って聞いていた。
話が終わるころには、先ほどまでの軽い表情は消え失せていた。
「……そんな馬鹿な話」
そう呟いたものの、男は麗華の立ち居振る舞いを改めて見つめる。
背筋を伸ばした美しい姿勢。
一つ一つの言葉遣い。
どれも、到底この身体の持ち主とは思えない。
「……いや」
男は頭をかきながら苦笑した。
「若頭がこんなしゃべり方するなんて、もっとあり得ねぇか」
麗華は少しだけ表情を和らげた。
「信じてくださいますの?」
「……本当にそうなのかもしれません」
と男はゆっくりとうなずいた。
少しの沈黙のあと、麗華が口を開く。
「そういえば、あなたのお名前をまだ伺っておりませんでしたわ」
「俺ですか?」
男は照れくさそうに鼻の頭をこすった。
「熊田です」
「熊田さん…」
麗華が名前を口にすると、熊田は慌ててスマートフォンを取り出した。
「大変だ! こんなの俺一人じゃ判断できねぇ!」
素早く電話をかける。
「桐谷さん! すぐ来てください! 若頭が……いや、若頭なんですけど若頭じゃないというか……!」
電話の向こうへ必死に事情を説明する熊田を見て、麗華は首をかしげた。
「ちゃんと伝わっていますの……?」
「……たぶん」
それから十分ほどして、一台の黒い高級車が静かに路肩へ滑り込んだ。
運転席から降りてきたのは、高身長の青年だった。
ゆるくかかったパーマに、どこか眠たげな垂れ目。
穏やかな雰囲気をまとっているが、その立ち姿には不思議な威圧感がある。
「桐谷さん!」
熊田が大きく手を振る。
桐谷は麗華へ視線を向けると、小さく首をかしげた。
「……若頭。転倒して、頭でも打ったんですか?」
「違いますわ!」
麗華が抗議する間もなく、熊田は背中を押した。
「とりあえず乗ってください! ここじゃ目立ちます!」
「ちょ、ちょっと、お待ちなさい!」
抵抗する暇もなく、麗華は半ば強引に車の後部座席へ乗せられてしまう。
熊田も助手席へ飛び乗る。
「桐谷さん、お願いします!」
「ああ」
短く返事をした桐谷がアクセルを踏む。
静かに走り出した車は、夕暮れに染まる街並みへと消えていった。




