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桐谷の運転する黒いセダンは、街外れにそびえ立つ一棟のビルの前でゆっくりと停車した。
夜の帳が下り始めた街に、そのビルだけが異様な威圧感を放っている。
麗華――大堂の姿をした彼女は、窓の外を見上げて思わず息をのんだ。
「……ここですの?」
桐谷はフロントガラスの向こうを見据えたまま、小さく頷く。
「ああ」
その視線の先には、ビルの最上階。
「赤羽はおそらく、この最上階にいる」
車は近くの駐車場へ入り、静かにエンジンを止めた。
三人は車を降りる。
夜風が吹き抜け、辺りは不気味なほど静まり返っていた。
桐谷はポケットから小さなワイヤレスイヤホンを取り出す。
「これを」
麗華は受け取り、不思議そうに見つめる。
「耳につけてくれ」
言われた通り左耳へ装着すると、小さく電子音が鳴った。
桐谷は真剣な表情で麗華を見つめる。
「いいか?聞こえてきた俺の言葉を、そのまま赤羽へ伝えればいい」
麗華は静かに耳を傾ける。
「あんたの声も、向こうの声も、このイヤホンを通して全部こっちへ聞こえる」
つまり……。赤羽があんたと二人きりになったとしても、何を話しているかは俺たちに分かる」
桐谷はゆっくりと言葉を区切った。
「もし何かあれば、すぐ動く」
その一言には、不思議と人を安心させる力があった。
「だから安心してくれ」
麗華は深呼吸を一つする。
「……わかりました」
そう答えた瞬間、桐谷が小さく首を振った。
「違う」
麗華は首をかしげる。
「今からあんたは若頭だ」
その言葉に、麗華ははっとする。
すぐに表情を引き締め、小さく咳払いをした。
「……わかった」
少し低くした声。
ぶっきらぼうな言い方。
まだぎこちなさは残るものの、大堂らしさを意識した口調だった。
桐谷は満足そうに小さく笑う。
「その調子だ」
熊田は心配そうな顔で麗華の前へ歩み寄る。
「麗華ちゃん……」
大きな手をそっと肩へ置く。
「気をつけて」
麗華は静かに頷いた。
その瞳には、不安はあっても逃げ出す気持ちはなかった。
桐谷は熊田へ視線を向ける。
「熊田」
「はい!」
「お前はここで待機してくれ」
「……わかりました」
熊田は力強く頷いた。
桐谷はビルの入口へ歩き出す。
「行くぞ」
その一言に、麗華も小さく息を吸い、後を追う。
自動ドアが静かに開く。
冷たい空気が二人を迎え入れた。
桐谷と麗華は、一歩ずつビルの奥へと進んでいく。
その先に待つのは、頭のネジが外れた男――赤羽。
誰も、この先に何が待ち受けているのかは分からなかった。




