第六話 王国崩壊カウントダウン
第六話 王国崩壊カウントダウン
リュミエール王国の冬は冷たい。
灰色の空。凍える石畳。薄汚れた市場には怒号が飛び交い、パン屋の前には長蛇の列ができていた。
「また値上がりかよ!」
「昨日の倍じゃねぇか!」
「税だ! 全部税のせいだ!」
腐った野菜の臭いと、湿った人混みの熱気が混ざる。
子どもが泣き、商人が怒鳴り、兵士が民衆を押し返していた。
そして王宮でもまた、怒声が響いていた。
「増税しろと言っただけだろうが!」
アルベルト王子が机を叩く。
高級酒瓶が倒れ、赤ワインが書類へ染み込んだ。
財務長官は青ざめながら頭を下げる。
「ですから、それが問題なのです!」
「何が!」
「税収が消えております!」
「……は?」
室内が静まり返る。
アルベルトは苛立ったように舌打ちした。
「意味がわからん。増税したなら金は増えるだろう」
「本来は、そのはずでした」
「ならなぜ足りない!」
財務官の一人が震える声で答える。
「口座が……凍結されています」
「凍結?」
「はい。各地の貴族資産、商会口座、港湾収入……ほぼ全てです」
アルベルトの顔色が変わる。
「誰がそんなことをした!」
誰も答えない。
いや、答えはわかっていた。
全員が同じ名前を思い浮かべている。
財務長官が乾いた唇を動かした。
「……エレノア嬢です」
空気が凍る。
「馬鹿な」
「不正防止ロックです」
「何だそれは!」
「国家予算から異常な引き出しが発生した場合、自動的に資産流動を止める仕組みを……」
「聞いてないぞ!」
「我々もです!」
アルベルトは目を見開いた。
耳鳴りがする。
理解できない。
なぜ一人の女がここまで国家へ干渉できる。
「解除しろ!」
「できません!」
「何故だ!」
「認証鍵がエレノア嬢本人にしか……!」
アルベルトは拳を机へ叩きつけた。
木が割れる。
「ふざけるなぁっ!!」
その時だった。
扉が乱暴に開かれる。
「殿下、大変です!」
近衛兵が転がるように入ってきた。
「今度は何だ!」
「裏帳簿が……!」
財務官たちの顔色が変わる。
「まさか」
「王都中へ流出しております!」
ざわり、と空気が揺れた。
近衛兵は震える声で続ける。
「各貴族の不正蓄財、脱税、横領記録が街中へばら撒かれております!」
アルベルトの血の気が引く。
「……何?」
「民衆が暴動寸前です!」
王宮の外から怒号が聞こえてきた。
「金を返せ!」
「盗人貴族!」
「俺たちの税金だぞ!」
窓ガラスが震える。
アルベルトは駆け寄り、カーテンを開いた。
王宮前広場は人で埋め尽くされていた。
たいまつの炎。
怒りに歪んだ顔。
そして宙を舞う大量の紙。
帳簿だ。
数字が書かれている。
貴族名。金額。不正流用先。
全て暴かれていた。
「なんだこれは……」
アルベルトは呆然と呟く。
財務長官が力なく答えた。
「エレノア嬢の“最後の監査”です」
その言葉に、背筋が寒くなる。
エレノアは知っていたのだ。
自分が追放された時。
王国が暴走することを。
だから仕掛けていた。
国家予算を不正使用した瞬間、全てが露見するように。
「馬鹿な……」
「こんなの反逆だ!」
若い貴族が叫ぶ。
だが財務長官は睨み返した。
「反逆ではない」
「何だと?」
「監査です」
静かな声だった。
「我々が見て見ぬふりをした不正を、彼女が数字で暴いただけです」
沈黙。
外では怒号が激しくなっていく。
「税金返せ!」
「貴族だけ贅沢しやがって!」
「処刑しろ!」
その時、別の官吏が駆け込んできた。
「南方銀行から通達です!」
「今度は何だ!」
「王国への融資停止!」
悲鳴のようなどよめきが広がる。
「港湾組合もです!」
「穀物商会も取引停止を!」
「北方領の領主たちが独立を示唆しています!」
アルベルトは息苦しさを覚えた。
空気が重い。
まるで王国そのものが沈み始めている。
「……何故だ」
誰にともなく呟く。
「何故こんなことになる……」
すると老財務長官が疲れた声で言った。
「殿下は、“信用”を壊したのです」
「信用?」
「国家とは、信用で回っています」
彼は散らばった帳簿を拾い上げる。
「商人は、返済されると信じるから金を貸す」
「民は、国が守ると信じるから税を払う」
「銀行は、国家が潰れないと信じるから融資する」
そして、静かに続けた。
「エレノア嬢は、その信用そのものだった」
アルベルトは何も言えなかった。
思い出す。
灰色のドレス。
夜会の隅。
地味で無愛想な婚約者。
いつも帳簿を抱えていた女。
つまらないと思っていた。
だが今ならわかる。
彼女はずっと、この国を支えていた。
自分たちが散財しても。
貴族が腐っても。
王族が遊んでいても。
一人で、数字を繋ぎ続けていた。
「殿下!」
今度はミレイユが飛び込んできた。
だがその姿に、全員が息を呑む。
髪は乱れ、ドレスは破れ、化粧も崩れていた。
「銀行が! 屋敷へ差押えに来ましたの!」
「は?」
「宝石も馬車も全部担保だって……!」
ミレイユは半狂乱だった。
「嘘でしょう!? こんなの聞いてませんわ!」
アルベルトは頭を押さえた。
耳鳴りが酷い。
何もかも崩れていく。
その時だった。
財務官の一人が震えながら呟く。
「……これを」
差し出されたのは、一枚の紙だった。
そこにはエレノアの筆跡。
『不正支出検知時、全資産凍結処理を開始』
そして最後に、一文。
『赤字は必ず回収されます』
アルベルトの指が震える。
冷たい。
まるで死刑宣告だった。
王宮の外では、民衆の怒号が夜空を揺らしていた。
リュミエール王国は今、ゆっくりと崩壊を始めていた。




