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第15話 十四日で売れる小さな畑

第15話 十四日で売れる小さな畑


解任審議の通知が届いた朝、エレノアは王宮の温室にいた。窓ガラスの内側には水滴が並び、外では昨夜の雪が冬薔薇の枝を白く覆っている。彼女は灰色の実務服へ土色の前掛けを重ね、黒紐で結んだ偽報告書を木箱の上へ置いていた。


温室には、かつて王族の食卓を飾った南国の花が並んでいた。ひびの入った鉢には葉を落とした檸檬の木が残り、枯れかけた蘭の周囲には甘く傷んだ土の匂いが漂っている。暖房設備だけは動いており、冬でも栽培できる温度が保たれていた。


「この温室の燃料費は、ひと月に金貨百二十枚です」


エレノアが言うと、老庭師のバルタザールは土のついた帽子を脱いだ。彼の緑色の上着には何度も縫った跡があり、右の長靴だけ泥で白く曇っている。腰には朝食の固いチーズを包んだ布が下がっていた。


「閉めるのでございますか。私は二十七年、ここで花を育てました」


「そのつもりで来ました。観賞用の花を売っても、燃料費を払えないと思ったからです」


「では、この蘭も捨てますか」


「その前に、一つ伺います。なぜ、この鉢だけ土が新しいのです?」


バルタザールは蘭の鉢ではなく、作業台の下から浅い木箱を取り出した。湿らせた土の上に、指先ほどの緑の芽がびっしり生えている。赤い茎、丸い双葉、細い巻きひげが混じり、青菜に似た匂いがした。


「大根、赤蕪、芥子菜、豆でございます。余った種を蒔きました。若い芽なら十日から十四日で食べられます」


「野菜になる前に収穫するのですか」


「はい。料理人はマイクログリーンと呼んでおります。芽を出してすぐ食べるものは、スプラウトとも申します」


老庭師は赤蕪の芽を一本摘み、エレノアへ渡した。噛むと小さな葉から大根に似た辛みが広がり、冷えていた舌の先が熱くなった。エレノアはもう一本摘もうとして、バルタザールに手の甲を軽く叩かれた。


「試食は一本です。監査官様が十本召し上がれば、商品一束分が減ります」


「ずいぶん細かい方ですわね」


「種を一粒ずつ数える仕事を二十七年しております」


「私と気が合いそうです」


そのとき、共同炊事場の老料理長が錫の柄杓を持って温室へ入ってきた。柄杓の縁は曲がったままで、持ち手へ巻いた麻紐から豆の匂いがした。彼は作業台の芽を見ると、白い眉を上げた。


「これをスープへ入れるのですか。鍋一杯にするには、温室が十棟あっても足りませんぞ」


「高値で売ります」


「昨日まで一杯のスープを配っていた方が、今日は葉を高値で売るのですか」


「炊事場を続けるためです。富裕層向けの料理店へ販売し、その利益で豆と薪を買います」


「金持ちは、こんな小さな葉を食べるのですか」


「大きいほど価値があると思っているのは、旧王国の貴族くらいですわ」


エレノアは温室の燃料費、種代、土、木箱、人件費を書き出した。王宮の宴会で使った銀盆を浅い栽培容器へ替え、空いている棚を三段にすれば、同じ床面積で収穫量を増やせる。赤蕪と芥子菜は十日前後、豆苗は二週間ほどで出荷できるため、畑の収穫を待たずに売上が入る。


帝都の料理店では、冬に新鮮な葉物が手に入りにくかった。彩りのよい若葉なら、少量でも一皿の価格を上げられる。エレノアは飲食店十二軒へ見本を送り、購入希望量を先に聞いてから栽培を始めることにした。


「先にたくさん蒔いてはいけないのですか」


バルタザールが尋ねると、エレノアは黒紐で結んだ報告書へ目を向けた。売れると決めつけて在庫を抱えれば、若葉は数日のうちに商品価値を失う。融資を利益へ見せた者と同じく、都合のよい未来を先に帳面へ書くわけにはいかなかった。


「注文のない分まで作れば、最後は私たちが毎日大根の芽を食べることになります」


「私は構いませんぞ。最近、豆と蕪ばかりですから」


料理長が赤蕪の芽を摘もうとすると、今度はバルタザールが柄杓の持ち手を叩いた。老人二人が一本の芽を挟んで睨み合う。エレノアは紙の端を三度叩こうとして、自分の指まで土で汚れていることに気づいた。


最初の注文は、帝都の高級料理店「金の牡鹿」から届いた。赤蕪の若葉を週に百束、豆苗を六十束、芥子菜を四十束求める内容だった。提示価格は共同炊事場の豆を二百人分買える額であり、エレノアはすぐに契約書を作らせた。


彼女は注文が続くと考え、ほかの店から返事が届く前に栽培箱を五十個追加した。王宮倉庫に残っていた種もほとんど使い、孤児院の年長者を収穫作業へ雇う計画まで立てた。温室の棚には湿った木箱が並び、数日後には緑の双葉が一斉に開いた。


ところが「金の牡鹿」から届いた二度目の書状には、購入量を半分に減らすと書かれていた。ほかの料理店も見本は受け取ったものの、定期購入を申し込んだのは二軒だけだった。栽培箱には、売り先の決まらない若葉が三百束分も育っていた。


「店主は約束を破りましたわ!」


エレノアは契約書を机へ置き、声を強くした。温室の隅では、バルタザールが洗った前掛けを紐へ干している。水滴が床へ落ち、土の上に黒い丸を作った。


「最初の契約は一回分でございます。二度目も同じ量を買うとは書かれておりません」


「見本を気に入ったと言ったではありませんか」


「気に入ることと、毎週買うことは別でございますな」


料理長が欠けた青いカップで白湯を飲みながら口を挟んだ。中に挿していたクリスマスローズは別の瓶へ移され、カップの縁には乾いた土がついている。エレノアは二人に指摘され、契約書を最初から読み直した。


自分は、店が継続購入すると思い込んでいた。黒字報告書を批判したばかりなのに、今度は自分が予想を確定事項のように扱っている。売れなければ、若葉は成長しすぎて筋が硬くなり、数日後には商品として出せなくなる。


「私の判断が早すぎました。注文の確定前に、種を使いすぎました」


「食べ物ですから、捨てずに済む方法を考えましょう」


バルタザールは責めずに、豆苗の巻きひげを支柱から外した。作業台の端には昼食のチーズが残っていたが、乾いて角が反り返っている。彼は若葉を一枚載せて食べ、塩気が足りないと呟いた。


エレノアは余った若葉を共同炊事場で使おうとした。しかし赤蕪の芽をスープへ大量に入れると、煮汁へ独特の辛みが出て、子供たちは匙を止めた。帽子に穴の開いた少女は一口飲み、眉間へ深い皺を寄せた。


「今日のスープ、草の味がする」


「新鮮な若葉です。栄養もあります」


「昨日のほうが好き」


「好き嫌いを言っている場合ではありませんわ」


エレノアが余計なことを言うと、少女は木椀を抱えたまま列から離れた。その背中では、継ぎを当てた赤い外套の裾が揺れている。少女の母親も何も言わず、配られたスープを弟と分けた。


エレノアは柄杓を鍋へ戻した。食べ物が足りない者なら何でも喜ぶと、どこかで思っていた。高級料理店へ売れなかった品を炊事場へ持ってくるだけでは、人を支える仕事ではなく、在庫の処分にすぎなかった。


「待ってください。今日のスープは私も味見をしましたが、入れすぎました」


少女は振り返らなかった。エレノアは料理長へ頼み、別鍋の薄い豆のスープと交換した。赤蕪の若葉は、辛みを生かせる酢漬けとサラダへ使い、子供向けには辛みの少ない豆苗を細かく刻むことにした。


その日の午後、共同炊事場へ来ていた仕立屋の妻が、若葉を見て足を止めた。彼女は薄茶色のショールを巻き、指先には紫色の糸が絡んでいる。木箱を窓辺へ置けば、自分の家でも育てられるのかと尋ねた。


「日当たりがあれば育ちます。大量の土も必要ありません」


「売ることもできますか」


「品質を揃え、決めた日に納品できれば可能です」


「夫の仕事が減って、冬は私の針仕事だけなの。窓辺なら空いています。洗濯物を干すとき邪魔ですけど」


そこから計画が変わった。王宮だけで生産するのではなく、仕事を失った家庭へ種と浅い木箱を貸し、収穫品を共同販売所が買い取る。代金の一部を種代として返し、残りを育てた家庭の収入にする仕組みだった。


孤児院でも南向きの窓辺を使い、年長の子供たちが豆苗を育てることになった。診療所には香りのよいクレスを置き、食欲のない患者のスープへ少量添える。高級料理店向けには赤蕪と芥子菜、家庭向けには育てやすい豆苗とエンドウの芽を扱った。


「金持ちに売るものと、炊事場で食べるものを分けるのですか」


帽子の少女が尋ねた。今日は青い毛糸の手袋をしていたが、左右の長さが違っていた。エレノアは少女と同じ高さまで腰を落とし、手のひらへ豆の種を三粒載せた。


「辛い葉が好きな方には赤蕪、甘い葉が好きな方には豆苗を届けます。値段も同じにはしません。でも、売れ残りをあなたに押しつけることは、もういたしません」


「これは食べていいの?」


「種のまま食べないでください。土へ蒔きます」


「お豆なのに?」


「今食べれば三粒です。育てれば、何度か葉を採れる種類もあります」


少女は種を握り、今度は三粒とも食べずに小袋へ入れた。帰り際、母親が窓辺で育てる木箱を一つ借りていった。箱の角には、貸与品だと分かるよう青い塗料で小さな丸が描かれていた。


二週間後、王宮温室から最初の定期出荷が始まった。浅い箱には赤い茎の若葉、丸い豆苗、尖った芥子菜が並び、濡れた土から青い香りが立ち上っている。バルタザールは一束ずつ量を確かめ、麻紐で結んだ。


家庭から持ち込まれた若葉も、共同販売所の長机へ並んだ。仕立屋の妻は初めて受け取った代金で、夫の靴底と自分の針を買ったという。孤児院の子供たちは収入の一部を薪代へ入れ、残りで林檎を一籠買った。


料理長は売り物にならない短い豆苗を卵へ混ぜ、平たい焼き物にした。表面には薄く焦げ目がつき、噛むと青い香りと卵の甘みが広がる。エレノアが二切れ目へ手を伸ばすと、料理長が皿を少し遠ざけた。


「監査官様の分は一切れです」


「朝から働きました」


「私は四時から豆を煮ました」


「その言葉を便利に使いすぎではありませんか」


「明日も四時から使いますぞ」


最初の月の売上から、種代、燃料費、買い取り代金を引くと、大きな利益ではなかった。それでも温室の維持費を払い、共同炊事場へ三日分の豆と薪を入れられた。何より、十七の家庭と孤児院に、新しい収入が生まれていた。


エレノアは報告書の紙を三度叩き、予想ではなく実際に売れた分だけを書き入れた。黒紐で結んだ偽報告書は机の左側へ、今回の収支表は右側へ置く。二つの間には、欠けた青いカップに植えた豆苗が、細い茎を伸ばしていた。


「これなら、解任されても育てられますな」


バルタザールが言うと、エレノアは手を止めた。明日は帝国議会で、彼女の解任審議が行われる。机の端には、まだ開いていない召喚状が置かれていた。


「解任されると決まったわけではありません」


「では、なぜ召喚状を植木鉢の下へ隠しておられるのです?」


「風で飛ばないようにしただけです」


「窓は閉まっておりますぞ」


エレノアは返事をせず、召喚状を植木鉢の下から引き抜いた。青いカップの豆苗が揺れ、先端から水滴が一つ、解任という文字の上へ落ちた。彼女は袖で拭わず、その染みが乾くまで、次の種を三粒ずつ小袋へ分け続けた。


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