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第16話 三十日で売れる青菜

第16話 三十日で売れる青菜


解任審議の朝、エレノアは王宮温室の前で長靴を履き替えていた。青いカップに植えた豆苗は十センチほどに伸び、窓から差す朝日へ向かって茎を傾けている。前夜の雪は止み、花壇では白いスノードロップが濡れた土から小さな花を出していた。


温室の売上だけでは、共同炊事場へ三日分の豆と薪を入れるのが限界だった。マイクログリーンは高値で売れるものの、料理店が一度に使う量は少ない。リュミエールの暮らしを支えるには、もっと多くの家庭が日常的に買う作物が必要だった。


エレノアは解任審議の召喚状を鞄へ入れ、紙の端を三度叩いた。今から帝都へ出ても、議会の開始には間に合う。しかし彼女の前には、泥のついた木靴を履いた農家の代表者が十二人も並んでいた。


「監査官様、馬車が来ておりますぞ」


老庭師バルタザールが、豆苗の箱を抱えたまま言った。緑色の上着には朝食のパン屑がつき、帽子の縁から白髪が跳ねている。彼は早朝から働いていたくせに、左右の靴下を逆に履いたと何度も訴えていた。


「靴下に左右はありません」


「私のものにはございます。右は親指に穴が開き、左は踵に穴が開いております」


「どちらも繕ってくださいませ」


「監査官様が議会へ出るまでに?」


「帰ってからで結構です!」


エレノアが声を強くすると、農家たちが口元を押さえた。笑われたことへ腹を立てたものの、泥のついた長靴で帝国議会へ乗り込む自分を想像し、彼女も眼鏡の奥で目を細めた。審議までに話せる時間は三十分だけだと告げ、農家を温室へ招き入れた。


作業台には、小松菜とルッコラの種が並べられていた。小松菜の種は黒く小さく、ルッコラは淡い茶色で、古い封筒へ種類ごとに分けてある。封筒の一つには、帽子の少女が炭筆で描いた葉っぱの絵がついていた。


「マイクログリーンの次は、葉物野菜を育てます。一か月ほどで収穫でき、暖房のある温室なら冬でも栽培できます」


「一か月で本当に売れるのですか」


痩せた農夫が尋ねた。彼の肩には藁が一本載り、指の爪には黒い土が入っている。懐から出した昼食は、塩を振った茹で芋が二個だけだった。


「小松菜はスープ、炒め物、漬物に使えます。ルッコラは肉料理やパンへ挟めます。貴族だけでなく、宿屋や食堂、一般家庭にも需要があります」


「ルッコラは苦いでしょう。うちの爺さんは、虫が逃げる葉だと言って食べません」


「虫ではなく、お爺様のお好みの問題ですわ」


「爺さんは歯が三本しかないので、好みより先に噛めるかどうかです」


話を聞くうちに、三十分はすぐに過ぎた。エレノアは帝都行きの馬車を待たせたまま、栽培場所と種の配布量を決め始めた。解任されたら計画を実行できないのに、途中で席を立つことができなかった。


ルシアンから魔導通信が届いたのは、審議開始の鐘が鳴る直前だった。小さな通信板に、「議長が待っている」と短い文字が浮かんでいる。エレノアは「農家も待っております」と返し、さらに十分だけ話し続けた。


帝国議会へ到着したとき、審議はすでに始まっていた。エレノアは泥の跳ねた灰色の裾を外套で隠し、息を切らしながら議場へ入った。グラーツ公爵は白い上着へ銀の帯を締め、遅刻した彼女を見て満足そうに眉を上げた。


「解任審議より、畑仕事のほうが重要だったようですな」


「民の収入を増やす仕事です。開始時刻を誤ったことはお詫びいたします」


「誤ったのではなく、軽視したのでしょう」


「軽視しておりません!」


エレノアは反射的に言い返した。声が議場へ響き、傍聴席の記者たちが一斉にペンを動かした。彼女は遅刻した側であり、理由が何であっても時間を守れなかった事実は変わらない。


「申し訳ありません。今の言葉は取り消します。農家との話を切り上げられず、出発が遅れました。私の判断です」


宰相席のルシアンは、書類から顔を上げなかった。彼の机には、殻を半分だけ剥いた茹で卵が置かれている。昼になっても食べ終わっていないらしく、白身の表面が乾いていた。


審議の結果、エレノアの即時解任は三十日間保留された。その間に、財政再建の現実的な収入計画を示せなければ、監査官の職を解かれる。グラーツ公爵は三十日で国家の収益が増えるはずがないと笑い、金の杖で床を一度叩いた。


王都へ戻ったエレノアは、翌日から小松菜とルッコラの栽培を始めた。王宮温室だけでなく、使われていない貴族の馬小屋、孤児院の南向きの部屋、空になった商店の二階にも浅い栽培箱を置いた。種と土は共同販売所が用意し、育てた家から決めた量を買い取る約束を交わした。


エレノアは需要が安定しているという報告を信じ、三十日後に一斉収穫できる量を蒔かせた。小松菜だけで八百箱、ルッコラは三百箱に達した。窓辺、廊下、空き部屋には同じ日に蒔かれた青菜が並び、王都のあちこちで同じ速さで葉を広げた。


十四日目、農家の一人が青いカップを持って会計室へ来た。取っ手のない古いカップで、中には根腐れして黄色くなった小松菜が入っている。エレノアの机には冷めた蕪のスープと、朝から手をつけていない黒パンが残っていた。


「監査官様、育ちません。部屋が寒すぎます」


「南向きの窓辺へ置きましたか」


「昼は日が当たります。でも、夜は水が凍ります」


「布を掛ければよいでしょう」


「布は子供の寝床に使っています」


エレノアは答えを失った。王宮温室の温度を基準に考え、暖房のない家で育てる者の暮らしを十分に見ていなかった。農家たちへ同じ方法を渡せば、同じ結果になると思い込んでいた。


さらに二十日目には、別の問題が起きた。同じ日に種を蒔いたため、収穫時期まで重なったのである。すべてが予定どおり育てば、三日間で千箱分の青菜が市場へ出ることになる。


「それだけ並べたら、値が下がりますぞ」


商人組合の代表が、帳面を見ながら言った。彼は昼食の焼き林檎を持参しており、話すたびに蜂蜜の甘い匂いがした。林檎の芯だけになっても捨てず、種を指先で一つずつ外している。


「需要は安定していると報告を受けています」


「安定しているのは、毎日一定量が売れるという意味です。同じ日に一か月分を持ち込んでも、食べきれません」


「冷蔵倉庫へ入れれば――」


「葉物は日がたつほど値が落ちます。監査官様は、皆の青菜を倉庫で萎れさせるおつもりですか」


エレノアは机を叩きかけ、錫の柄杓が壁で揺れる音を聞いて手を止めた。自分の判断で同じ日に種を配ったのであり、商人へ怒る筋合いはない。収穫まで残された時間は十日しかなかった。


「私が間違えました。売れる速さと、育つ速さを同じだと考えていました」


「青菜は帳面を読みませんからな」


「次に言ったら、焼き林檎の種まで買い取っていただきますわ」


「芽が出たら考えましょう」


エレノアは栽培箱を調べ、収穫時期を分けることにした。十分に育った小松菜は根ごと出荷し、小さなものは数日残す。ルッコラは若葉のうちに料理店へ送り、大きくなった葉は刻んで香草ソースや塩漬けに加工した。


次の種蒔きからは、五日ごとに量を分けた。家庭ごとの室温と日照時間も記録し、寒い家には厚手の覆いと湯を入れた陶器を貸し出した。王宮厨房から出る温かい湯や、パン窯の余熱も栽培場所へ利用した。


共同販売所には、その日に収穫した量を魔導通信板で知らせる仕組みを設けた。宿屋や食堂は朝のうちに必要量を注文し、近くの家庭が午後までに届ける。遠方へ送らずに済むため、運賃が少なく、葉も萎れにくかった。


「魔導通信を野菜売りに使うのか」


ルシアンが王都へ視察に来た日、エレノアは販売所の板を見せた。彼は黒い外套へ雪をつけ、片手には茹で卵ではなく、焼き栗の紙袋を持っていた。袋の底に小さな穴が開き、栗の皮が一片だけ床へ落ちた。


「信用取引と軍事情報だけに使うより、夕食へ青菜を届けるほうが役立ちますわ」


「帝国の技術者が聞いたら泣くぞ」


「泣きながら小松菜を召し上がればよろしいのです」


「その葉はどう食べる」


「小松菜は豆と煮ます。ルッコラは焼いた肉へ添えます」


「栗とは合うか?」


「試してみましょう。閣下、視察と称して買い食いなさっていますね」


ルシアンは紙袋から焼き栗を一つ出し、エレノアへ渡した。殻は温かく、割ると白い湯気と甘い香りが立った。二人で栗を食べている間にも、通信板には「小松菜十束」「ルッコラ三束」という注文が次々と浮かんだ。


三十日目、最初の小松菜が市場へ運ばれた。肉厚の緑の葉には朝露が残り、束を並べると土と青菜の匂いが広場へ満ちた。ルッコラは紙へ包まれ、高級料理店、宿屋、一般家庭向けに量を変えて販売された。


帽子の少女の家でも、小松菜が十二束育っていた。母親は六束を販売所へ納め、三束を近所の老人へ売り、残りを夕食用に持ち帰った。受け取った代金で薪と卵を買い、穴の開いていた少女の帽子には赤い毛糸で花の模様が縫われていた。


「今日は草のスープじゃないの?」


少女が共同炊事場の鍋を覗き込んだ。中では小松菜、白豆、玉葱、卵が煮え、胡椒の香りが上がっている。料理長は錫の柄杓で鍋を混ぜながら、歯が少ない者でも食べられるよう葉を柔らかく煮たと胸を張った。


「草ではなく、小松菜です」


「同じ緑だよ」


「違います。今日は卵も入っています」


「じゃあ二杯」


「一杯半までですわ」


三十日間の売上は、国の借金を返せるほどではなかった。しかし共同販売所を通じて二百十一世帯へ代金が渡り、温室と炊事場の費用も支払えた。農家には五日ごとの注文が入り、パン屋や宿屋でも青菜を使った新しい料理が売れ始めた。


エレノアは結果報告書を作り、紙の端を三度叩いた。売上だけでなく、傷んで売れなかった量、寒さで枯れた箱、彼女の指示で一斉に種を蒔いた失敗も書き込んだ。黒紐で結んだ偽報告書の上へ、新しい報告書を重ねた。


机の端には、少女の家で最初に収穫された小松菜の種袋が置かれていた。袋には赤い毛糸で小さな花が縫いつけられている。エレノアはそれを次の審議へ持参する鞄へ入れた。


翌朝、帝国議会から二度目の召喚状が届いた。今度は植木鉢の下へ隠さず、青いカップの豆苗の隣へ立てかけた。召喚状の末尾には、三十日間の保留を終え、エレノアの解任を採決すると記されていた。


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