観測点の出現
目が覚める。
7:32。
……ではなかった。
7:33。
たった1分のズレなのに、胸の奥がざわつく。
「……ずれた」
そう呟くと、逆にその“正常さ”が気持ち悪く感じられた。
カーテンを開ける。
外はいつも通りの朝。
ただ一つだけ、決定的に違う。
隣の家が消えていた。
そこにあるべき建物が、最初から存在しなかったように空白になっている。
「……何だよ、これ」
その瞬間、インターホンが鳴る。
分かってしまうのが嫌になるほど、分かってしまう。
玄関を開ける。
澪が立っていた。
だが今日は、少し違う。
ほんのわずかに、表情が固い。
「来るの、早いね」
澪が言う。
「早いって何がだ」
「ずれ」
短くそう言って、澪は視線を上げる。
「もう進んでる」
「ずれって何の話だ」
澪は一瞬だけ黙る。
そして、いつもより少しだけ低い声で言った。
「説明すると、戻れなくなる」
その言葉だけが、やけに重い。
並んで歩く。
昨日と同じ道のはずなのに、途中から“正しさ”が崩れていく。
電柱の数が合わない。
人影が一瞬だけ重なる。
存在しないはずの交差点が増えている。
「これ、壊れてるのか?」
澪は答えない。
代わりに、少しだけ間を置く。
「壊れてるんじゃない」
「まだ決まってないだけ」
教室。
入った瞬間、空気が変わる。
机の数が合っていない。
昨日より多いはずの場所が、空白になっている。
黒板には何も書かれていない。
だが、消された痕跡だけが残っている。
「……おい」
誰も反応しない。
ただ一人。
澪だけが黒板を見ている。
まるで“何かの修正履歴”を確認しているように。
昼休み。
弁当を開ける。
澪は当然のように隣にいる。
「なあ」
「うん」
「これ、何なんだ」
澪はすぐには答えない。
少し長い沈黙のあと、言う。
「あなたが見てる世界は、まだ途中」
「途中?」
澪は静かにこちらを見る。
その目は、少しだけ怖かった。
「完成してないの」
「だから、壊れて見える」
その瞬間だった。
頭の奥で、あの言葉が浮かぶ。
「選べ」
誰の声か分からない。
だが確実に、今ここにある。
窓の外が、一瞬だけ白く塗りつぶされる。
次の瞬間、何事もなかったように戻る。
「……今の」
澪は小さく息を吐く。
「もう限界が近い」
「何の限界だ」
澪は少しだけ迷うように目を伏せる。
そして言った。
「あなたがどこにいるか、決まる」
「俺が?」
澪は頷く。
「この世界は、あなたを中心に組み直されてる」
一瞬、呼吸が止まる。
「じゃあ俺は何なんだ」
澪は答えない。
ただ一言だけ落とす。
「まだ、選ばれてない」
澪は立ち上がる。
そして、ほんの少しだけ近づく。
声を落として言う。
「お願い」
「まだ、壊さないで」
少し間を置いて、続ける。
「あなたがいなくなる世界は、まだ作れない」
そして最後に、小さく言った。
「だから……」
「私を、まだここに置いて」




