時間の揺らぎ
■第4章
目が覚める。
7:32。
だが、壁の時計は一瞬だけ7:31を示していた。
すぐに7:32へ戻る。
その戻り方が、前より“自然すぎて怖い”。
外に出る。
時計塔の針が、ほんのわずかにズレていた。
正しい位置ではない。
だが、どこが正しいのかも分からない。
隣の家を見る。
その前にあったはずの“時刻表示板”が消えている。
代わりに、空白だけが残っていた。
「……消えてる」
声に出しても、世界は反応しない。
その瞬間。
机の上に、一瞬だけ紙が現れる。
「……!」
だがすぐに消える。
澪だけが、それを見ていた。
「まだ残ってる」
「何がだ」
澪は小さく言う。
「選択の形が」
インターホンが鳴る。
もう分かる。
澪だ。
玄関を開ける。
澪はそこに立っていた。
そして最初に、壁の時計を見ていた。
「ずれが進んでる」
澪が言う。
「何の話だ」
澪はすぐには答えない。
時計を見たまま続ける。
「戻る準備」
「何に戻るんだ」
澪は一瞬だけ視線を上げる。
「揃っていた場所」
学校。
教室に入った瞬間、空気が重い。
壁の時計が止まっている。
針は7:32のまま動かない。
だが次の瞬間、ほんの少しだけ逆に動く。
誰も気づかない。
机の数が違う。
昨日より多いようで、少ないようでもある。
「おい……」
誰も反応しない。
ただ一人、澪だけが時計を見ている。
その視線は“時間そのもの”を見ているようだった。
昼休み。
弁当を開ける。
澪は当然のように隣にいる。
「ループか?」
澪は初めて少しだけ止まる。
「ループなら、まだ良かった」
その言葉の意味は重い。
教室の時計が一瞬だけ止まる。
そして、ほんの少し戻る。
誰も気づかない。
ただ“時間の流れだけがズレる”。
「……今の」
澪だけが、小さくうなずく。
「もう、揃わないかもしれない」
「何がだ」
澪は時計を見上げる。
「時間」
沈黙。
時計の音だけがやけに大きい。
「じゃあ今、何が起きてる」
澪は一瞬だけ間を置く。
そして静かに言う。
「あなたが中心に戻されてる」
一瞬、理解が止まる。
「俺が?」
澪は頷く。
「ずれていたのは世界じゃない」
「あなた」
時計の秒針が一瞬だけ逆に動く。
すぐに戻る。
「じゃあ今までの全部は……」
澪は答えない。
ただ一言だけ落とす。
「まだ、選び直せる」
澪は一歩だけ近づく。
時計の音がわずかに遅くなる。
そして静かに言う。
「ここから先は、あなたの時間じゃない」
その言葉のあと、壁の時計が一度だけ止まる。
誰も気づかない。
ただ“時間だけが確定しないまま揺れる”。
澪は最後に、小さく言った。
「もうすぐ、決まる」




