未記録の存在
■第3章
目が覚める。
7:32。
もう、この数字に驚くことはない。
ただ、少しだけ違うことに気づいた。
壁の時計の下にある表示が、昨日と違っている。
「昨日の記録:未確認」
そんな履歴は見覚えがない。
カーテンを開ける。
外は同じ朝のはずなのに、空気が薄く違う。
何かが“微妙にずれたまま固定されている”感じがする。
机を見る。
何もない。
だが、机の表面に一筋の跡が残っていた。
まるで昨日まで何かが置かれていたような跡。
そのとき、インターホンが鳴る。
もう驚かない。
玄関へ向かう。
澪がいた。
昨日と同じように、そこに“当然のように”立っている。
「おはよう」
「また来たのか」
「うん」
短いやりとり。
それがもう、当たり前になりかけていることに気づく。
澪は一度だけ、こちらをじっと見た。
そして小さく言う。
「今日は、少し遅いね」
「何が」
「気づくのが」
意味が分からない。
並んで歩く。
昨日と同じ道。
同じ時間。
だが、途中の時計塔の針だけがわずかに位置を変えていた。
「なあ」
「うん」
「昨日、この時計、こうだったか?」
澪は一瞬だけ黙る。
そして言う。
「昨日?」
その言い方が引っかかる。
「違うのか?」
澪は少しだけ視線を外す。
「あなたにとっての“昨日”は、もう少し前かもしれない」
背筋が冷える。
教室。
入った瞬間、違和感が強くなる。
昨日と同じ構造なのに、微妙に“記憶と一致していない”。
黒板を見る。
文字が一瞬だけ滲む。
「……今の」
誰も反応しない。
だが、一人だけ違う。
澪が、机の位置を見ていた。
まるで“前回の配置と照合している”ように。
昼休み。
弁当を開ける。
澪は当然のように隣にいる。
「ずっといるのか」
「うん」
「お前、他に行く場所ないのか」
澪は少しだけ間を置く。
そして言う。
「ここ以外は、まだ安定してない」
「安定してない?」
澪は弁当を見たまま続ける。
「あなたがいる場所だけが、まだ“同じ形”を保ってる」
その言葉の意味が分からない。
その瞬間だった。
教室の時計が一瞬だけ止まる。
次の瞬間、針が少しだけ戻る。
誰も気づいていない。
「……今の見たか」
澪だけが、小さくうなずく。
「やっぱり」
「何が」
澪は初めて、ほんの少しだけ迷うような顔をする。
そして言う。
「もう“揃ってきてる”」
澪は一瞬だけ迷う。
そして、小さく言った。
「ねえ」
「次は、ちゃんと選んで」
「じゃないと、揃わない」
「揃うって何だ」
澪は答えない。
代わりに、こちらを見た。
その目は、いつもより少しだけ揺れていた。
「ねえ」
「あなた、まだ“同じ日”だと思ってる?」
その言葉で、空気が止まる。
教室の光が、ほんの一瞬だけ歪む。
そして澪は、小さく付け足す。
「違うよ」
「もう、何回もずれてる」
少し間を置いて、澪は視線を落としたまま、静かに続ける。
「……それでも、あなたが気づくと少し安心する」




