再起動
■第14章
目が覚める。
静かな朝。
天井を見る。
昨日と同じ模様。
違和感は、ない。
体を起こす。
壁の時計を見る。
7:33。
「……」
その数字に、ほんの一瞬だけ引っかかる。
理由は分からない。
ただ。
もう少し早かった気がした。
そんな気がしただけ。
カーテンを開ける。
朝の光。
鳥の声。
車の音。
全部、いつも通り。
何も変わっていない。
机を見る。
何もない。
紙も、跡も、何も。
最初から、何もなかったみたいに。
「……」
小さく息を吐く。
考える理由もないのに、少しだけ考えてしまう。
何かを、忘れている気がする。
でも。
思い出せない。
思い出そうとすると、手応えがない。
空を掴むみたいに。
そのとき。
インターホンが鳴る。
「……誰だ」
口に出してから、少しだけ違和感を覚える。
なぜか、同じ言葉を前にも言った気がする。
玄関へ向かう。
ドアを開ける。
誰もいない。
「……?」
外を見る。
人の気配もない。
いたはずの気配だけが、わずかに残っている気がする。
だが、それもすぐに消える。
「気のせいか」
小さく呟く。
声は、遅れずに返ってくる。
普通の音。
それが少しだけ、安心する。
ドアを閉める。
部屋に戻る。
もう一度、時計を見る。
7:33。
変わらない。
当たり前の時間。
それなのに。
なぜか、その1分が気になる。
理由は分からない。
分からないままでいいはずなのに。
「……」
支度をする。
家を出る。
通学路。
見慣れた道。
何も変わっていない。
はずだった。
途中で、足が止まる。
何でもない場所。
ただの道端。
そこを、見てしまう。
理由はない。
でも、確かに。
ここで、何かがあった気がする。
「……」
思い出せない。
でも、離れがたい。
しばらく立ち尽くす。
やがて、首を振る。
歩き出す。
学校。
教室に入る。
いつもの席。
いつもの声。
いつものざわめき。
全部、揃っている。
何一つ欠けていない。
……はずなのに。
隣の席を見る。
誰もいない。
空席。
最初から、そうだったみたいに。
「……」
何もおかしくない。
それなのに。
なぜか、そこから目が離れない。
名前を思い出そうとする。
誰が座っていたのか。
そんなはずはないのに。
思い出そうとする。
だが。
何も出てこない。
ただ、“名前だけが思い出せない”。
「……気のせいだな」
呟く。
その言葉だけが、少し軽い。
昼休み。
弁当を開く。
いつも通り。
変わらない時間。
ふと、手が止まる。
何でもない空間。
そこに、もう一つ弁当があるはずだった気がする。
そんなわけはない。
なのに。
「……」
何もない場所を見つめる。
しばらくして、首を振る。
食べ始める。
そのとき。
教室の時計が、一瞬だけ止まる。
カチ。
音が消える。
誰も気づかない。
次の瞬間。
何事もなかったように動き出す。
「……今の」
周囲は普通に動いている。
誰も反応しない。
ただ。
ほんのわずかに、胸がざわつく。
理由は分からない。
分からないままでいいはずなのに。
机の上を見る。
何もない。
だが。
ほんの一瞬だけ。
紙が見えた気がした。
白い紙。
そこに、何か書かれている。
読もうとする。
――見えない。
瞬きをする。
消えている。
完全に。
「……」
息を吐く。
考えるのをやめる。
そう決める。
でも。
完全には消えない。
違和感だけが、残る。
放課後。
教室を出る。
廊下を歩く。
窓の外を見る。
夕焼け。
いつも通りの景色。
その中で。
遠くの時計塔が目に入る。
針が、7:33を指している。
同じ時間。
揃っている。
……はずだった。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
針が、逆に動く。
7:32。
すぐに戻る。
7:33。
「……?」
見間違いかもしれない。
そう思う。
それで終わるはずだった。
なのに。
なぜか。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
理由は分からない。
でも。
確かに、残る。
帰り道。
足が止まる。
何でもない場所。
朝、立ち止まった場所と同じ。
そこを、また見てしまう。
理由はない。
でも。
分かっている気がする。
ここで、何かを。
「……」
言葉が出かかる。
止まる。
出ない。
それでも。
口が、動く。
「――もう一度」
自分でも驚く。
なぜその言葉が出たのか。
分からない。
分からないまま。
ただ、そこに残る。
胸の奥に。
静かに。
消えないまま。
空を見上げる。
夕焼け。
何も変わらない世界。
正しい時間。
正しい形。
それでも。
その奥で。
何かが、ほんのわずかに揺れている。
理由は分からない。
でも。
確かに、思う。
――もう一度だけ。
理由も分からないまま。
それでも。
選ぼうと思った。
そして、ふと気づく。
その「もう一度」が、誰の声だったのかだけは、どうしても思い出せない。




