エピローグ
■エピローグ
朝。
光はいつも通り差し込んでいる。
カーテンの隙間から、均一な白さが部屋に広がる。
目を開ける。
違和感はない。
あるべきものが、ある。
それだけ。
時計を見る。
7:32。
「……」
一瞬だけ、指が止まる。
だが、すぐに納得する。
いつもの時間だ。
そういうものだと、理解している。
理解できてしまう。
起き上がる。
水を飲む。
音がきれいすぎる。
コップが机に触れる音が、やけに正確だ。
少しだけ気になる。
でも、それ以上は考えない。
考えようとすると、何かがずれる気がする。
家を出る。
外の空気は整っている。
風の強さも、光の角度も、昨日と同じだ。
通学路。
人が歩いている。
誰も遅れない。
誰もぶつからない。
全てが、少しだけ“完成している”。
教室に入る。
ざわめき。
椅子の音。
いつもの光景。
席に座る。
隣の席を見る。
空いている。
最初からそうだった。
そういう配置だ。
「……」
一瞬だけ、視線が止まる。
理由はない。
ただ、少しだけ“違う気がする”。
でもすぐに消える。
思考が、滑らかに戻る。
昼。
時計を見る。
7:32。
変わらない。
何も問題はない。
そのはずだ。
だが。
一瞬だけ。
針が、わずかに戻る。
7:31。
すぐに戻る。
7:32。
「……?」
誰も気づかない。
自分だけが見たものだと分かる。
そういう種類の違和感だ。
説明できない。
でも、問題ではない。
問題ではないはずだ。
放課後。
廊下を歩く。
窓の外に、時計塔が見える。
針は正常に進んでいる。
7:32。
安心する。
そのはずなのに。
ほんの一瞬。
影のようなズレが走る。
時計の針ではなく。
“時間そのもの”が揺れたような感覚。
「……」
足が止まる。
だが、すぐに動く。
何も問題はない。
問題はないのだ。
帰り道。
空が少しだけ暗くなる。
夕方ではない。
時間通りの変化。
正しいグラデーション。
正しい世界。
その途中で。
ふと立ち止まる。
何でもない場所。
理由はない。
ただ、ここで一度止まったことがある気がする。
そんな記憶の“欠片”。
だが、思い出せない。
思い出す必要もない。
歩き出す。
その瞬間。
教室の時計が、一瞬だけ止まる。
誰も気づかない。
音は消えない。
空気も変わらない。
ただ。
針だけが、ほんのわずかに戻る。
7:31。
そしてまた進む。
7:32。
世界はすぐに修正する。
何事もなかったように。
整えるように。
揃えるように。
そのとき。
胸の奥で、ほんの小さな違和感が生まれる。
理由はない。
説明もない。
でも確かにある。
「……今の」
声にはならない。
思考にもならない。
ただ残る。
そして気づく。
これは“異常”ではない。
これは“揃い直し”だ。
誰かが見ている。
誰かが戻している。
あるいは。
世界そのものが、そういう形でできている。
帰り道。
また同じ場所で足が止まる。
今度は、はっきりと感じる。
ここで、何かが“ずれていた”。
そしてそれは、今はもう存在しない。
修正された後の静けさだけが残っている。
口が、勝手に動く。
「……もう一度」
理由は分からない。
でも、その言葉だけが残る。
空は静かに暗くなる。
時計は正確に進む。
7:32。
7:32。
7:32。
どこにも異常はない。
すべては正常だ。
ただ。
ほんの一瞬だけ。
どこかで誰かが、こちらを見ている気がした。
そして。
また朝が来る準備が始まる。
終わり(ではない)




