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エピローグ。こんな日常が。俺は……

「ユースケ! 起っきろー!」


 どすん!


「ぐはっ!」


 寝ている俺にダイブしてきたのは滉介だった。


「起きた?」

「そら起きるわ!」


 一発で目が覚めた。


「ガッコ行こう!」

「ああ、だがどいてくれ。動けない」

「おおっとお! ごめんごめんー」


 馬乗りになっていた滉介がどいて、やっとベッドから起き上がる。


 おはよう目覚まし時計。今日もお前の出番はなかったな。と、そう思って目覚まし時計のタイマーを解除する。


 起き上がって見ると、滉介はとっくにブレザーの姿だった。


 ホントこいつ、寝つきと寝起きは良いんだよな……。


 二度寝すら許されない。俺を絶対にだらけさせない滉介。


 滉介のおかげで、しゃっきり出来てる所もあるんだよな、俺。


 ベッドから降りて、とりあえず体を伸ばす。


「じゃあ、着替えて下に行くから、少し待ってろ」

「はーい」


 滉介が、トントントンとリズムのある足音を立てて去って行く。


 せめてドアも締めて行って欲しかったな。


 という、いつもの朝だ。


 はあああああ。と大きくため息が出た。

 本当に、朝から元気だなあもう。


「はい、ユースケ。あーん」

「自分で食えるから……」

「ボクがやりたいの!」


「俺は赤ん坊かよ……」

「はい、あーん」

「はいはい」


 そして翔子と響子が。


「にーたんたち、きょうもなかよし」

「なかよきことはよいことだー」


 子供って、どこからそんな言葉を覚えてくるんだろうな?


 まあ、俺たちもそうなんだが。


 とりあえず、滉介に差し出された出し巻き卵を自分の口に入れて、箸を滉介から取り返した。


「自分で食べるから」

「ええー。ボクがやりたいー」

「もういいって、まったく……」

 


 もう梅雨の時期に入り、初夏がやってくるか。

 ほんの二カ月前ぐらいは桜が咲いていたのに、桜の木の枝にはもう青葉が生えていた。


 いつも通りの朝に、いつも通りの登下校の道。


 何も変わらない、河川敷に沿った一本道。


 夜中に雨でも降ったのだろうか? 路上の土と青臭い匂いが漂ってくる。


 学校行事の林間学校も終わり、二度目の滉介ファンクラブ設立も阻止して、あとはもう目の前にある中間テストと、それから期末テストを終わらせて、


 ようやく夏休みになる。


 時が流れるのが早くて、うかうかしていられないな。


「ユースケ! 早く早くー!」

「あいよー」

 


 今日のS・シカ・ファイトは田西先輩が出陣。相手はランクURの二代目グレートホーン・シカとの対戦だった。


「田西先輩頑張れー!」


 滉介が声援を送る。


 うん? いつから田西先輩と仲良くなったんだ?


「シカ・マッスルと戦った時のガッツだよー! 田西先輩ファイト!」


 ああなるほど、把握した。


 二代目グレートホーン・シカの大角を掴んで、取っ組み合っている。その田西先輩を、俺はけだるげに眺める。


 他人行儀で見ていられるからだろう、心の底から思う。


「……平和だなあ」


「いけー! 田西先輩そこだー!」


 田西先輩が吠え二代目グレートホーン・シカを持ち上げた。


「どっせえええええい!」


 そして思いっきり二代目グレートホーン・シカを投げ飛ばした。


「やったー! 田西先輩!」


「鹿がなんぼのもんじゃーい!」


 と、田西先輩の勝利かと思われたが。


 まさにその動きは、居合抜きのごとき素早さ。


 二代目グレートホーン・シカがすぐさま立ち上がって。


 勝利宣言した田西先輩を吹っ飛ばした。


「あちゃー……」


 滉介ががっくりと肩を落とす。


「おしかったなあ……」


 田西先輩がぶっ飛んで、校庭をゴロゴロと転がって、気絶したのかそのまま起き上がらなくなった。


「じゃあ、滉介。行ってこい!」

「あいあいさー!」


 滉介が窓から飛び出して、二代目グレートホーン・シカと向き合った。


「今度はボクが相手だ!」

「滉介、がんばれー!」


 と、俺は投げやりに言葉を発した。



 そして昼休み。やっぱり図書館にて、立花さんと談笑をする。


「それでシカ・マッスルとはどうなったの?」


 なんだかんだで来てしまった。


「今度、デートすることになりました」


 熱を持った頬を両手で覆いながら、立花さんがうっとりとしている。


「…………」


 なんか、聞くんじゃなかったかもしれない……。


 鹿とデートってどうなんだろう?


 まあ、立花さんが幸せならばそれでいいし。あのシカ・マッスルの漢気ならば、立花さんを間違っても泣かせるような事はしないだろう。


 あれ? 俺ひょっとして、男として鹿に負けてる?


 ……まさかな。大丈夫だよな? 鹿なんかに負けてないよな?


 と、そんな時。校内放送で俺と滉介が、生徒会に呼び出された。



「ふむ。そういう事になっていたのか」


 生徒会長。亜国神司先輩が頷く。


 先日の校内での鹿爆走事件となっているの経緯を聴取されていた。

「それで、偶然にも居合わせた鮭田九王君が、シカ・マッスルにボコ殴りにされたと。君たちでは、止めることはできなかったのかな?」


 亜国先輩が眉を吊り上げた。


「シカ・マッスルはとても強くて、ボクには止めることができませんでした!」


 嘘である。

 だが、シカ・マッスルの面子を考えれば。こうすることが適切だろう。


「そうか」

「あの、鮭田とその取り巻きは?」


「病院で全治三ヶ月。取り巻き君達は一カ月ほどで戻ってくるが、鮭田君は念入りにやられたようだね」


「そっすか」


 まあ、ざまあみやがれとも思わないわけでもないが、ボコボコにされたのを目の当たりにしては、同情が多少は生まれてくるのも、やむなしと言った感じだ。


 第二次滉介ファンクラブ大戦のはずだったのだが、だいぶ端折ってただの学園内に大量の鹿が入り込んだ事件となってしまっていた。


 第三次は。おそらく無いだろう……。


 鮭田の野望は完全に潰えたのだった。


「まあ鮭田君達は不運であった。ということにしよう」


 ――生徒会長なだけに、実は把握してるんだろうな。


「あざっす!」


「じゃあ君たちも、くれぐれも二度とこんなことが起こらないように。願っていてくれ」


 ――ああ、これ絶対にバレてるわ。


「要件はこれだけだ。呼び出してすまなかった」

「失礼しましたー」


 本当に敵に回してはいけないのは、この亜国先輩なのだろうな。



 そして部活。

「胴ッ!」


 スパ―ン!


 俺の胴打ちが綺麗に入る。


「一本!」


 また俺の勝ち。


「まだだ!」


 加賀美先輩が正眼の構えをしてこちらを向いた。


「羅生門、お前と戦うのは、最後のインターハイに向けてちょうどいい!」


「はいはいっと」


 梅雨時期に入り、空気の湿度が上がっているせいか、この時期は剣を振るうに調子が良い。まだまだやれそうだ。


「付き合いますよ、先輩。インターハイ頑張ってください」


「おう!」


 俺も正眼の構えになって、今日はとことん加賀美先輩へのエールとして何度も試合をして剣を交えた。


 だがもう、構えた瞬間からわかる、俺だけが見える『別の世界』からの情報。そこからもう、加賀美先輩が攻撃してくるタイミング、面胴小手突きの、どの攻撃が来るのか、丸分かりだった。


「小手ぇ!」「面ん!」

「小手アリ! 羅生門!」

 


 そうして、部活が終わって、下校する。


「ユースケやっぱり強いよね」

「見てたのか……」


「ああ見えて、実は加賀美先輩って女性人気があるんだよ」

「ああ、なんとなくわかる気がする」


 加賀美先輩は美男子と言うわけではないが、心に芯の通った言動と、どこか爽やかさが見える。好青年と言えば加賀美先輩。と思えるほどだ。


「んで、俺はどう思われてた?」

「加賀美先輩を倒すユースケにブーイングしてた」

「……さようですか」


 俺はどうやら、モテない男子らしい。


 女子からの男子カースト制度では、俺はきっと底辺辺りにいるのだろうな。


「加賀美先輩、実は何度も告白された時があってさ、全員ふっちゃったんだよね」

「そんな事あったのか?」


「うん、ボク達が中等部にいたころから、加賀美先輩は結構人気があったんだよ」

「納得できるなあ」


 夕暮れを二人で、河川敷を歩く。


 何にもない日常。普通の日常。

 当たり前の日々。


 俺たちの日常は、だいたいこんなものだ。

 俺たちは普通の学生で、それ以上でもそれ以下でもない。

 だけど、俺たちの日常は、普通の人との日常とは、少し違うらしい。

 


 正直、俺の生い立ちとその取り巻く環境は、結構特殊なんだと思う。

 幼馴染は『可愛い』男の娘だし。

 人里に降りてくる鹿は変態ばっかりだし。

 嫌な奴に目をつけられてるし。

 友達も少ない。

 勉強も可もなく不可もなく。成績は普通。ちょっと現代文と古文が得意なぐらい。

 せっかくの才能があっても、持病で生かせない。

 ちょっとだけ想った女の子は、鹿に取られてしまった。


 だけどさ――

 こんな日常に、非日常がちょっと混じっている。

 こんな日常が。

 そんな今が。

 俺。いや、俺たちは。

 ――今がとても楽しいんだ。


「ユースケどうしたの? 遠くを見てさ」

「うん? 何でもない」

「本当に? 熱でもあるの?」

「何でもないよ」


 そして明日も、明後日も。

 同じ毎日の中で。

 きっと時々『何か』が起こるんだろうな。


 そんな気がする――


 そんな毎日が。

 俺たちは楽しい。


 ――終わり――

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