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第二次 滉介ファンクラブ設立大戦!!

1:


 正直、俺の生い立ちとその取り巻く環境は、結構特殊なんだと思う。


 幼馴染は『可愛い』男の娘だし。

 人里に降りてくる鹿は変態ばっかりだし。

 嫌な奴に目をつけられてるし。

 友達も少ない。


 勉強も可もなく不可もなく。成績は普通。ちょっと現代文と古文が得意なぐらい。


 せっかくの才能があっても、持病で生かせない。


 だけどさ――


「ユースケ、そんなにゆっくり歩いているとガッコ―遅れちゃうよ!」

「はいはい。やれやれだ、まったく……」もう季節は初夏に入りかかっている。


 そろそろ衣替えの時期かな?



「今日はSSR。黒い三連・シカだ」

「じゃあ、滉介の出番はないようだな」


 鹿無双なんて二つ名がついていた滉介。ランクURの鹿を何度も倒した、この地元特殊格闘。S・シカ・ファイトの猛者だ。


 今、グラウンドでバンチョーの田西笛流先輩が三匹の黒い鹿達と戦っている。


 意外と善戦しているな。


 ただ強いだけじゃなくて、むしろ戦力が拮抗しているぐらいが、試合は白熱していて面白い。そう思わないか?


「うらぁ!」


 突進してきた鹿を、その分厚い胸板で弾き返した。


「おお、すげえ」


 俺は素直に感嘆する。


 野次馬たちから「田西先輩頑張れー!」という声が聞こえてくる。


「来るぞ、黒い三連・シカの必殺技だ! ジェットストーム・アタック!!」

「だからそーいうのやめないか!!」

 来栖川が叫び、俺がツッコミを入れる。


 黒い三連・シカが一列になって田西先輩へと猛突進した。


 そして田西先輩の間合いに入った瞬間、後ろにいた二匹が左右に分かれて、三方向からの同時攻撃に変わった。


 だが――


「おらぁ!」


 左右から来た黒い鹿の角を、両腕でつかみ取る。


 真ん中から突進してきた鹿を、胸板で受け止め切った!


 そして――

 反撃のチャンス!


「うっしゃあ!」


 右手に持っていた鹿の角を、その身ごと持ち上げて、真ん中にいた鹿に叩きつけた。


「どっせえええい!」


 さらに左手に持っていた鹿も連続して叩きつける。


「おっしゃあ!」


 黒い三連・シカに、田西笛流先輩が勝利した。


「鹿がなんぼのもんじゃい!」


 校舎から「おおー!」と歓声が上がる。


 貴重な田西先輩の勝利。

 俺は素直に拍手をした。

 

「ごっはん! ごっはん! おっひるごはんー!」


 屋上で滉介と来栖川で、三人でいつものように弁当を広げる。


「はい、ユースケ! あーん!」

「ああもう、まったく。自分のは自分で食えよ」


 差し出された玉子焼きを、俺は身を乗り出して口に運んだ。


「ユースケにご飯をあげるのはボクの役目だもん!」

「餌付けされてるなあ」

 その様子を見て、来栖川がぼやいた。


「俺はペットじゃねーんだがな」

「はい、ユースケ、今度はタコさんウインナー」

「ういよっ、もぐっ」

 

 今日ものどかで平和な一日だ。


 ―――――――――


「おーい羅生門」

「…………」


 昼休みの廊下。一人だけ。


 手を振って呼びかけられたが、俺は無視をした。


 相手はあの鮭田九王の取り巻き達だった。


「おいおい、無視すんなって」


 馴れ馴れしく腕を型に乗せてきたのをすぐさまほどく。


 周りの無関係の生徒は――みんな見て見ぬふりをしていた。


「なんだ、うざったいな」


 仕方がなく、苦々しく口を開く。


「そう言うなよ。仲良くしようぜって言ってるんだよ。ボッチ君」


 どう見ても悪意しか見えない。


「ほっとけ」


 俺は通り過ぎようとして、腕をつかまれた。

 すぐさま振りほどく。


「しつこいぞ!」


 つい声を荒げてしまう。


「仲よくしようって言ってるのに、そういうこと言うからだよ!」


 すっと、片腕だけを構えた。


 びくりと、話しかけてきた鮭田の取り巻きがびくりと怖気づいた。


 当たり前だ。腕っぷしなら俺の方がはるかに上。この人数で一斉にかかってきても勝てる。楽勝だ。だが、こいつらは絶対に俺に手をあげようとはしない。こうやってケンカを売っても買おうとはしない。


 裏で俺の陰口をたたくやつらに、真っ向から向かってくるやつなんて、いるわけがない。バカバカしいにもほどがある。


「そういうわけだ、じゃあな」


 構えを解いて、速足で逃げるように去る。


 と、距離を取っていた取り巻きの一人が、急に接近してきた。


 バチバチバチッ!

 ――ッ!


 俺の頭が瞬時に高速回転する。


 これはスタンガン、しかも熊などの猛獣対策用。


 さらに。


 ガツンッ!


 体がしびれたところに、頭に強い衝撃。


 その不意打ちに、俺はその場に倒れた。


「おい、死んでないよな?」

「そんなわけないだろ、さっさと運ぼうぜ」

「見てんじゃねえ! どっか向いてろ!」


 そういった暴力的な言葉を聞いて、俺は意識を失った。


 ―――――――――


「あれ? ユースケ?」

 昼休みが終わって、教室に戻った滉介が辺りを見回す。

「ユースケ?」

 そして午後の授業が始まった。


2:


「う……」


 意識を取り戻す。

 頭がぼんやりするが、頭を横に振って無理やり意識を引き戻す。


 今何時だ? 気絶してからなん時間が過ぎた? ここはどこだ?


 誰にやられた。それは鮭田の取り巻き達だ。


「くっそ……」


 やられた。もっと警戒しておくべきだった。


 室内は真っ暗。窓に黒い遮光カーテンが覆われている。部屋の中心には電気ランプ。明りが一つだけ。学生机の上に置いてあるということは、使われていない教室のどこかって事か……。


 すぐさまに自分の状況を把握する。


 俺は強引に気絶させられて。椅子に縛り付けれられている。


 ご丁寧に縛り方はがっちりと。腕だけでなく両手の親指も締め付けられていて、椅子の脚に合わせて俺の脚も縛られている。


 さすがに動けないか。


 くっちゃくっちゃと音がする。ガムを噛む音か。


 目の前には三人。どれも鮭田の取り巻きだ。


「お前ら、何をやっているのかわかっているのか?」

「お、起きてた」

「しっ! 黙ってろ!」

「こんな事をして許されると思っているのか!」

「うっせえなあ……」


 俺はあっという間に、口をガムテープでぐるぐる巻きにされた。


「むー、むー!」


 ガタガタと縛り付けられて衣類仕事暴れてみるが、ただ自分が倒れただけで、誰も助けようをとはしなかった。


 何が狙いだ?

 どうしてこんな事をする?


 危機感からか、俺の頭が良く回る。

 そして導き出された結論。


 ――そうか。


 こいつら、またやろうってんだな。


 『斜陽滉介ファンクラブ』設立を。


 それならば、中等部の時に阻止し切った俺をいの一番に無力化するのは当たり前だろう。俺だってそうする。……かもしれない。


 そして、鮭だの他の取り巻きが来て、人員が交代された。


 常に三人で俺を見張り続けるつもりか。


 取り巻き達は、対動物用の中でも強力な、熊や鹿を撃退するのに使うスタンガンと、木製のバットを持って武装していた。


 正直縛られてなければ、この程度の武装と人数なら何とでもできたが、奇襲されて徹底的に縛られている以上、何もできない。


 俺がいない事に、滉介はすぐに気づくだろう。


 だが、俺を攻撃することは、滉介に対して不評しか買わないとわかっているのに、なんでこんな強硬手段に出た?


 鮭田は、今度は何を用意して行動に出たんだ?


 アイツの事だ、きっとはらわたが煮えくり返るほどの、嫌味たっぷりの仕掛けを用意して、堂々とやってくるだろう。


 その時間がやってくるまで、俺は椅子語と倒れたまま、放置され続けた。


 ―――――――――


「早智っち!」

 滉介が、廊下を歩いていた来栖川に声をかける。


「ユースケがいないの! お昼から教室に戻ってこないの!」

「なんだって!」

「きっと何かあったんだよ! ユースケを探すのを協力して!」


 ――と。


「鹿だー!」


 突然の鹿の来訪。

 滉介と来栖川が窓辺によってグラウンドを見た。


「あれは……」

「まさか……本当にか?」


 それはまさに、四足歩行などまだまだ赤子のようなものだと言わんばかりの、しっかりをした二足歩行。そしてたくましい肉体で腕を組んでいた。


 さらに周りには、無数の鹿達。


 ついにやってきた。


 鹿山から降りてきた、URの鹿。

 鹿界のトップオブトップ。


 シカ・マッスル。


「こんな時に」

「だが、いつか来るとも思っていたが……宮沢谷高校も、福沢西中学校も、安吾山高校だって、奴にはかなわなかった。そして、この知理芥川学園を次のターゲットにしたって事か……ちなみにシカ・マッスルは、人里に降りても、ちゃんとスーパーに入って買い物をするという、地域密着型の面もある」


(こんな筋肉だらけの鹿が、地域密着してるだけで怖いわ!)


 二人はそんな遊介のツッコミをイメージした。


「だけど、今はユースケの方が――」


「田西先輩が瞬殺されたー!」

「やべえ、とにかくやべえぞこの鹿!」

「止められる相手がいないのか!」


 学園の生徒たちが騒ぎ出す。


「止められるのは、いやまともに戦えるのは滉介、お前だけだぞ!」

「う、くそう。ユースケが……」


「遊介がいなくなったのは分かったけど、アイツとまともに戦えるのは、滉介、お前しかいないぞ!」


 そして滉介は悩んだ挙句に。


「ボクが戦う! 早智っちは遊介を探して! お願い!」

「分かった! 負けるなよ!」


 来栖川が走っていく。


「早く倒してユースケを探さないと!」


 滉介は窓から飛び出して、シカ・マッスルへ立ち向かう。


「こい! シカ・マッスル! ボクが相手だ!」

「…………」


 シカ・マッスルは無言で構える。

 それに対して滉介も構えた。


 先日の殺鹿事件では、鹿五勇傑のリーダーとして現れたが、その実力を一片も見せることは無かった。その必要が無かったとも言える。


「ていやあ!」

「ふんっ!」


 両者が飛び蹴りを放ち、空中で交錯した。

 同時に着地する。


「うわ……」


 膝を地につけて、滉介にとても言い難い苦痛が走る。


 これがプレッシャー。シカ・マッスルの闘気。


 接近しただけで、弾き飛ばされそうな圧力を感じた滉介。


「これは、強敵だね……」


 滉介が冷や汗を流して呟く。

 これは生半可な格闘では通用しない。


 まさに、死闘。


 この特殊な地域の、最強の鹿。


 それが目の前で仁王立ちをしている。


 ――だが。


「ボクはユースケを探さないといけないんだ! さっさと全力で倒すよ! いいね!」


 滉介がシカ・マッスルに向かって構えた。


3:


 ガラリ、と教室のドアが開いた。


「んっふっふっふ。……やあ羅生門君。気分はどうかな?」

「むぐ……」


 ずんぐりとした体形に眼鏡の男。鮭田九王。

 やっと主犯が現れたか。


 さらに数人が入ってきて、ドアが閉まり、電気ランプの明かりだけになる。


「おい、口のガムテープを解いてやれ」


 取り巻きの一人が俺のところにやってきて、乱暴に口のガムテープをはがした。


「貴様、まだファンクラブ設立を諦めていなかったのか」


「うーん、鋭いねえ羅生門。ファンクラブの設立は、僕の人生を輝かせるのに、ちょうどいい第一歩だからねえ」


「……ふざけんな」


「おい、口のきき方に気を付けるようにしてやれ」


 俺は複数人で体中を何度も蹴られ踏みつけられる。


 苦悶の声一つでも出したら、鮭田が喜ぶしかないと思い、どこまで強く蹴られても悲鳴一つ上げないように踏ん張った。


「そろそろ止めろ」

 ざっと取り巻き達が距離をとる。

「くっそ……」


 こんな奴ら、本当なら簡単に返り討ちにできるのに、こう縛られていては手も足も出せない。耐えるしかない。


「てめえら……」


 恨みを毒々しく籠めて言い放つ。


「滉介を、おもちゃにするんじゃねえ……」


「おもちゃ? 違うねえ?」


 上機嫌の鮭田が口を開いて言ってくる。


「僕たちは、楽しみを共有するだけなんだよ。みんな仲良くね。斜陽滉介君は、他のどの女子よりも輝いている。いわばこの学園のアイドルとなるべき存在だ。それを、僕たちでプロデュースしようというんだ。君1人が独占しているなんて、もったいないの一言だよ。非常に残念だ。扱われ方が非常にもったいない……羅生門、あれから君は全く何も、反省して無いようだねえ」


「反省が無いのはてめえらだ」


「チッチッチ。僕は斜陽君を君の呪縛から、解き放とうというんだよ。彼はもっと輝ける。僕たちが輝かせる。君のいないところで、彼はもっと輝ける!」


「…………」


「幼馴染み? だから何だい? 君では斜陽滉介君を地に埋もらせるだけだ。足を引っ張っているのは君の方なんだよ、羅生門。君がいなければ、この学園はもっと盛り上がり、みんなにとって素晴らしい環境になる!」


「……ざけんな。お前が望む環境になるだけだろ!」


「だから君は馬鹿なんだ、なにも反省していない。何も変わらない。人間は変わりながらその人間性を高めて、失敗に立ち上がり一つ一つの成功をかみしめて、進化していく生き物だ。なのに羅生門。お前は今のままで満足している。まるで向上心が無い。人としてダメな生き物だよ」


「てめえ都合の詭弁はたくさんだ。どうせお前のことだ……滉介ファンクラブの会長を第一歩として、その人徳と人気からその次は生徒会長か? そこからさらには有名大学へと推薦入学でもして、一流企業あたりに就職して、今度はそこで自分中心の環境、自分だけに都合のいい世界を作るんだろ?」


「よくわかっているじゃないか。もう僕と君とは以心伝心。親友だね」

「吐き気がするわ、くそったれ!」


「んーんーんーん。だけど僕は卑劣でも鬼でもない。ちゃんとした交換条件もあるんだよ。それを用意した」


「なんだと?」

「君にとっては悪くない交渉だと思うよ。うんうん」

「何があるって言うんだ? 一応聞いてやろうか……」


「君がボッチにならないように、特別ゲストを用意したよ。ねえ……立花志保さん」


 ――立花さん!


 電気ランプの一つだけの明かりで気が付かなかったが、暗がりから足を出して現れたのは、真剣な顔をして、一枚の紙を両手で持った、図書館の立花志保さんだった。


「立花さんは今、『健全異性交遊宣言証明書』を持たせている。これを提出すれば、学園公認の恋人同士になれる。彼女の淡い恋心を、僕は応援したいと思った。君への恋心をかなえようと思うんだ。僕は彼女を応援して背中を押したんだ。彼女は何も悪くない」


「そんな……」


 立花さん、おれにそんな想いを……。


「新しい部活と同好会の申請期限は、今日の一八時までに職員室で提出する事。あと一時間半を切った! さあ! 幼馴染みを取るか、儚い彼女を取るか、特別に選ばせてあげるよ! 羅生門游介!」


「この外道おおおおおおお!」


「ざーんねん! 一八時を過ぎたら両方失いまーす! あっはっはっはっは!」


「貴様はあああああああ! 絶対許さねええええええ!」


 俺は生まれてから、数度とないほどの、全力の怒声をあげた。


4:


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 強い。強すぎる。シカ・マッスル。

 どんな攻撃も、引き締まった筋肉と毛皮で弾き返される。


 そして繰り出してくる攻撃は、どれも一撃必殺並みの威力。かすっただけでも風圧で吹き飛ばされそうだ。


「こんなことしてる場合じゃないのに」


 頬を伝う汗を滉介は拭う。

 そこに。


「どっせーい!」


 復活した田西先輩がシカ・マッスルの腰に体当たりを浴びせた。


「俺はまだ負けてないぞ!」


 そのまま田西先輩はシカ・マッスルを持ち上げて。


「おるぁ!」


 グラウンドの地面に叩きつけた。


 不意の一撃だったが、確かにシカ・マッスルを地面に土をつけさせた。


 二対1。S・シカ・ファイトでは邪道かもしれないけど。そんなことを言ってられる場合ではない。


「まだまだじゃ!」


 そのまま田西先輩はシカ・マッスルの両足を抱きかかえて、ジャイアントスイングを始めた。「おらおらおら!」という声威に合わせてぐんぐんと回転速度を上げる。


「ド根性じゃー!」


 田西先輩がシカ・マッスルを投げ飛ばした。


 だが、シカ・マッスルは空中で体制を変えて、着地する。

 そして。


 ドンッ!


 そんな蹄が地面を蹴る音がして、今度はシカ・マッスルが一瞬の間に田西先輩へショルダータックルを浴びせた。


「ぐおおおおお!」


 吹き飛ばされて、さらに地面を転がる田西先輩。

 軽く五十メートル以上はぶっ飛ばされた。


「田西先輩!」


 滉介が叫ぶが、楽し先輩が起き上がる気配が無い。


「ふしゅううううう」


 シカ・マッスルがそんな息を漏らした。


 そして次はお前だと言わんばかりに、シカ・マッスルがこちらを向いた。


「うう、どうしよう……」


 今までの鹿とは確実に違う、段違いの格上の存在。


 最強のシカ・マッスル。


 攻撃が全く効かない、そして攻撃は一撃必殺級。


 滉介が初めて、S・シカ・ファイトで戦慄した。


 ―――――――――


 滉介を選んだら、今まで楽しく話をしているだけで癒されていた、立花さんをひどく傷つける。二度と顔を合わせることができなきくらいに。


 立花さんの純情。


 立花さんを選んだら、そこに滉介の入り込む余地が無い。

 そしてやがて滉介とは疎遠となり、ファンクラブが設立されて、鮭田の餌食と踏み台にされる。


 生まれてきてずっと一緒に過ごしてきた親友。


 こんな選択肢を用意した鮭田が許せない。


「ごめんなさい、羅生門君」


 椅子ごと倒れている俺に近寄って、膝を床につけて立花さんが謝ってきた。


「でも、私。本当は恋愛に興味があったんです。いつも羅生門君は斜陽さんの話ばかりする。……よっぽど好きなんだなあって、ずっと思っていました」


「立花さん……」

「本当にごめんなさい。私って、最低ですね」

「立花さんは、あの鮭田にそそのかされただけだよ。何も悪くないよ」

「でも、私が恋愛したいって、憧れていたから」

「でも、立花さんが正直になってくれて、俺は良かったよ」

「正直……」


 外野から「ひゅーひゅー」「もう付き合っちゃえよ!」「熱いねえ!」などとヤジを飛ばしてくるが、アイツらは後でぶっ飛ばす。


「立花さんはいつも謙虚で、可憐でおとなしくて、でも色々俺の話を聞いてくれて……俺はいつも、癒されていたんだよ。立花さんのいつものあの微笑みに」


「…………」


「恋愛に興味が無いだのあるだのって、別におかしい事じゃないよ。むしろ、素直な立花さんの気持ちを見せてくれて、ちょっとは嬉しいかな、俺……」


「羅生門君……」


「だからさ、立花さんも、たまには羽目を外すくらいに、正直に、我がままになったりしてもいいんだよ。立花さんはいつも遠慮しがちなんだから」


「……はい、ありがとうございます」


 立花さんの目から涙がこぼれる。


 だけど、俺はその涙を救い取ってあげる事すらできない。がんじがらめにされているせいで、言葉でしか立花さんを慰められない。


「悪いのは全部、鮭田とその取り巻きだ。立花さんは何も悪くはないんだよ」


「はい、はい……ごめんなさい」


 こんな純粋な立花さんの気持ちすら利用する鮭田。


 俺は絶対に、いや一生許さねえ。

 そう覚悟を決めた。


5:


「おい、羅生門を知らないか!}


 来栖川が、半ば叫びながら目に映る生徒一人一人に声をかける。


「し、知らねえよ!」

「ええくそ! お前は! お前は知らないか!」

「俺も知らねえよ!」

「くっそ、アイツどこに居やがるんだ! ホント私がいないとダメな奴らだなあ!」


 怒りと勢いの行き場がなくなり、その場で地団太を踏む来栖川。


「お前はどうだ! 知らないか!」


 半ば八つ当たり気味に次の生徒へ声をかける。


「私も知らないし……」


 来栖川の勢いに気おされたのか、女子生徒がそう言って逃げて行った。


「まてよ」


 来栖川がはっとなって気が付いた。


「お前たち本当は知ってるんじゃないのか!」


 周囲にいる生徒へ向かって、来栖川が叫んだ。


「そんなに、遊介を隠した犯人が怖いのか!」


 来栖川の声はほとんど怒鳴り声だった。


「どうなんだよ! 答えてみろ!」


 すると、どこかの方向から「だって鮭田に目をつけられたら……」という声が小さく聞こえた。


「しゃけだ? しゃけだって誰だ! 今言ったやつ出てこい!」


 来栖川は中等部からの生徒ではない、高等部から入学してきた、いわば新人生徒だ。


 ここの人間関係の事情もあまり知らない。


「何なんだよお前ら! どいつがそんなに怖いのか! このヘタレ共!」


 しん、と静まり返る。


 誰も来栖川に話そうとするもの、味方になろうとするものが、誰一人もいなかった。


「ああ、もう! 何とか言えよ! 鮭田って誰なんだ!」


「おい、君。落ち着きなさい」


 すると、一人の生徒、三年の上級生が現れた。


「あんたは誰だ?」

「俺は羅生門と同じ部活の、剣道部の主将の加賀美だ」

「アンタは知っているのか?」


「一年勢では仕方ない事だ、鮭田についてはな……羅生門が行方不明になっていると聞いて、やってきた」


「どういうことか説明してくれよ」


 加賀美先輩が語り始め、そして来栖川は知る。


 羅生門遊介という男には、一年生徒達から無視をされる「イジメ」が行われている事。その発端は昔、中等部で滉介ファンクラブが設立されそうになったのを、遊介だけが反対をして、阻止した事。その時の首謀者が鮭田九王という男で、未だにアイツに目をつけられて過ごしていた事を。


「……なんだよそれ」


 どう言えばいいのかわからず。来栖川が絶句した。


「アイツ、そんなことをずっと抱えていたのか……」


「ああ、そうだな……。鮭田九王という男子生徒は、中等部の生徒会から追放したほどのくせ者だ。そしてあいつの影響力は、今でも新しい高等部一年生たちに響いている」


「どうりで遊介に男友達が、滉介以外にいないのか、その理由が分かったよ。……てめえら! ホントにクソ野郎どもだな!」


 来栖川が周囲に向けて言い放った。


「腐ってる、腐ってやがる……こんな腐った奴らばかりいる学園に、放り込まれた身にもなってみろ! 私はお前らみたいに誰かにビビッて、臭い物に蓋をするような人間だと思うなよ! 遊介は、私のダチだ! お前らみたいに鮭田とかいうやつにビビッて、遊介をガン無視して、遠巻きに眺めるような、しょうもない人間になんてなりたくないからな!」


 覚悟を決めた来栖川が、また目に入った生徒へ、今度は胸ぐらをつかんで怒鳴った。


「さあ言えよ! 遊介はどうなったんだ! 何があった! 話せよ! 言えよ!」


 来栖川が胸倉をつかんだ男子生徒をがくがくと振る。


「言えって言ってるだろ!」


「しゃ――」


 来栖川のブチ切れ姿に怯えて、やっとその男子生徒が口を開いた。


「鮭田の取り巻き達が、羅生門を気絶させてどこかへ連れて行った……俺はそれしか見てない。それかしか知らないからな!」


 来栖川の手を振りほどいて、男子生徒が逃げて行った。


「早くそれを言えっつーんだよ。まったく……」


「まあ、抑えるんだ。ここで暴れていてもしょうがないぞ。羅生門がどこかに連れ去られて、おそらく監禁されているぐらいの予測はついた。生徒会も動こう。俺が進言する」


「すいません……あと、加賀美先輩?」

「厄介な事になったな」


 冷静でいる加賀美先輩の姿を見て、来栖川がようやく落ち着きを取り戻した。


 そして来栖川が、窓から落ちそうになるほど身を乗り出して、シカ・マッスルと戦っている滉介に向かって全力で叫んだ。


「滉介! 遊介がいなくなった理由が分かったぞ! 鮭田九王って奴のせいだ! どこかにおそらく監禁されている!」


「え! なんだって!」


 滉介が来栖川に向いて驚いた。


6:


 滉介が、来栖があの声に驚く。

 そしてはっとなってシカ・マッスルを再び見た。


「ユースケが……」


 今の一瞬、完全に隙だらけだったのに。シカ・マッスルが攻撃してこなかった。


 絶好の機会だったはずなのに。


「悪いけど、ユースケ御探し出さないといけないから、全力であっという間に倒させてもらうよ……」


 滉介とシカ・マッスルが向かい合って構える。


「…………」

「…………」


 気が張り詰めた空気が流れて、


 シカ・マッスルが構えを解いた。


「なんで?」


 シカ・マッスルが口を開いた。


「そのような迷いのある拳。それで私が勝てたとしても、私の心は喜ばない」

「シカ・マッスル……」


「もうこれは勝負にならないな。そのユースケとやらは、先日竹刀で一緒に戦っていた男の事か……よほどの想い人のようだな」


「そうだよ。ボクはユースケが大好きなんだ」


「なら、今日はここまでだ」


「シカ・マッスル……」


 シカ・マッスルから闘気が完全に消えた。


「決着は日を改めよう……」


 踵を返して、背中を向けたシカ・マッスルが去って行く。


「待って!」


 それを滉介は呼び止めた。


「なんだ? 早く想い人を救いに行くがいい」

「じゃあ、約束。交換条件をしようか?」

「なに?」


 滉介の、突然の提案。


「いま、ユースケがさらわれちゃってて、どこにいるかも分からないんだ。協力してほしい。お願い。シカ・マッスル……」


「して、見返りは?」


「今度は全力で君をぶっ倒す!」


「……それは面白い」


 シカ・マッスルがにやりと笑った。


「では再戦の約束として、協力しようではないか」


 交渉成立!


「じゃあ、お願い! 手伝って!」

「招致!」

 


「うわあああああああ!」

「鹿だあああああああ!」


 物の数分で、学園は大混乱になった。

 学園の校内で、大量の鹿が入り込んで走り回っている。


「あははははは!」


 もはやテンションがおかしくなって笑い出す滉介。


「いっけー! 鹿さんたち! ユースケを探し出せー!」


 廊下を爆走する鹿の群れと滉介。


「おい滉介! これはどういうことだ!」


 やってきた来栖川が合流した。


「これだけの鹿さんたちを使えば、ユースケはすぐに見つかるよ!」

「だからってやり過ぎだろ!」

「あははははは!」


 大混乱の中、滉介の笑い声が走り回った。


 ―――――――――


 ガラリ!


「くそ、斜陽滉介に、羅生門をさらって監禁したことがバレた。誰のせいだよ! お前たち口止めはしっかりしてたんだろうな!」


 怒り心頭の鮭田九王。


「おい、鮭田。どうする? 斜陽滉介のファンクラブなのに、アイツの怒りを買うぞ……。どうするんだ?」


「うるさい! 同好会をすぐに設立するんだ! 申請書を署名と一緒に出してこい! そして一八時まで隠れていれば、時間切れでどうにでもなる!」


 そして、同好会の申請書と集めた署名を持った、取り巻きの一人が動き出す。


「そもそも、羅生門! お前が中等部の時にfんクラブを設立させていれば、俺は生徒会からも追放されることは無かったんだ! どうしてくれる!」


「ふ、ふははははははは」


 それを聞いて、滉介がやりやがったなと悟った。この室内からでも、鹿が校内で暴れまわっていると言う叫び声が聞こえていた。


「どうやらあと一歩が踏めなかったらしいな鮭田!」

「この、やろう!」


 鮭田がこちに走ってきて、俺の頭をサッカーボールかなんかのように蹴ってきた」


「羅生門君!」

「ふん、痛くもかゆくもないね……」


 ――それよりも。


「鮭田。やっと『お前から手を出した』な……」


 俺は嫌味たっぷりで笑ってやった。


「こっ、こいつ!」


 鮭田が俺を何度も踏みつける。


 今まで俺には直接手を出さず、遠巻きに攻撃してきた鮭田。そういう風に、自分からは絶対に手を出さないタイプの人間が、やっと俺に向かって直接攻撃してきた。


 それはきっと、コイツのメンツが丸つぶれになったも同然だ。


 笑ってやるよ、鮭田九王!


「はぁ、はぁ、はぁ、くっそ!」


 鮭田が床をどんと踏みつけた。


「おい! 早く申請してこい! 行け!」

「分かった!」


 取り巻きが教室から出ようとする。


 ――と。


「うわっ!」

「今度はなんだ!」

「し、鹿だあああ!」


 ドアを開けた途端、一匹の鹿が経っていた。


 突然の事に驚く取り巻き。

 そしてその鹿は。


「きぇぇぇぇぇぇぇええええ!」


 そんな鳴き声を出した。


 きええええ! きええええ! きええええ……。


 まるで木霊するかのように、次々と近くにいた鹿が鳴き声を上げ始めた。


 そして、


 ぱくり!


「ああっ!」


 むしゃむしゃむしゃ――


 鹿が取り巻きの持っていた紙にかみついて食べ始めた。


「申請書と署名が! この鹿め! 返せこの野郎!」


 その言葉を聞く耳を持たないまま、同好会設立申請書とその署名を咥えた鹿が、さっさと走り去っていった。


「どうする鮭田! 鹿に持って行かれた!」


「予備の紙があるだろ! 署名はこの際捨てて、申請書だけを出しに行くんだ!」


 ダダダダダダダダダ――


 そして立て続けにやってきたのは。


「ユースケ! 見つけた!」


 やってきたのは、全力疾走してきたのだろう、肩を荒く揺らす。

 滉介だった。


7:


「滉介!」

「ユースケ!」

「遊介大丈夫か!」


 さらに来栖川もやってきた。

 そしてこの惨状を見て。滉介が――


「お前ら……ユースケを……いじめたな……」


 滉介がわなわなと肩を震わせている。


 ――あ、ヤバイ。


 滉介の様子を見て、来栖川に言う。


「来栖川、俺の縄をほどいてくれ! 早く!」

「え? え?」


 滉介の異様な空気と、椅子に縛られている俺を交互に見て、状況がわからずに来栖川がおろおろすする。


「早く! 俺の縄をほどいてくれ!」

「あ、ああっ!」


 来栖川が走り寄ってきて縄をほどこうとして四苦八苦する。


「もう、もう……」


 ああ、ヤバイ。これはまずい。


「もう!」


 滉介が叫んだ。


「ボクは限界だああああああ!」


 ――滉介が本気で怒った!


「早く、早くほどいてくれ。来栖川!」

「分かってる、分かってるけど!」

「早く!」


 少しづつだが、縄が徐々にほどけていく。

 だがもう間に合わない。


「お前たちが、ユースケをイジメたあああああ!」


 かっと目を見開く滉介。


 ダンッ!


 滉介の想い踏み込みからの跳躍。

 鮭田の取り巻き達に向かって――


「だあああああああああ!」

「うわああ!」

「うおっ!」


 滉介の飛び掛かりからの、突き出した拳が、黒板にぶち当たる。


 ドゴンッ!


「え、えええ……」

「なんだこれ……」


 黒板が、滉介の怒りの拳によって、一撃で破壊された。


 俺たちは遺伝子レベルで、一般人よりも一線を超えた力を持っている。


 その滉介が、怒りによって、その人としてのリミッターすらも外れて、とんでもない破壊力を持つ凶器人間になった。


 一般人がこんなものを一発でも食らったら、それこそ取り返しがつかない。


 ハッキリ言って、人死にが出る。


「お前たち……絶対に! 許さない! からなああああ!」

「来栖川! 早く!」

「分かってる、これがこうなってて、ああもう暗くてよくわからない!」

「余計に絡まってないか!」

「暗くて見え辛いんだよ!」


 またしても滉介の叫び、怒声が響き渡る!


「ああああああああ!」


 今度は窓と窓の間にあった柱に拳が突き刺さる。


 べきべきべきべき――


 コンクリートでできているはずの柱壁が、蜘蛛の巣が張ったようにひび割れる。


「これで、どうだ!」

「よし、来栖川! よくやった!」


 ようやく自由になれた俺は、すぐさま飛び出して、滉介を後ろから羽交い絞めに固めようとする。


 だが――


「うあああああああ!」


 俺が見えていない。すんでのところで、顔面に飛んできた滉介の拳をギリギリで避ける。もう、滉介の怒りが頂点に達して誰を相手にしてるのかも分かっていない。


 だけど――


 滉介の動きは、俺だからこそよく知っている!


 顔に飛んでくる拳のニ撃目。


 腰を落としてギリギリで交わしたところで、すぐさま背後に回って俺は両腕で滉介の脇を持ち上げた。


「離せ! 離せええええ!」

「俺だ! 遊介だ! 落ち着け。俺だ!」

「ユースケええええ! ユースケ……」


「そうだよ俺だよ! 俺は平気だから! 落ち着け!」

「う、うう……」


 どうにか怒りを抑えろよ滉介。ブチ切れたお前を押さえるのも、俺ではやっとなんだよ。全力でもうすでに滉介を持ち上げている。これ以上暴れられたらそれこそ誰にも手が付けられない!


 と。


「滉介くーん! はーいこっち目線お願いしまーす!」


 カシャ!


 と、気がつけば、羽交い絞めにされながら滉介がポーズをとっていた。


 スマホでカメラを向けたのは来栖川だった。


「はい! 次のポーズもお願いしまーす!」


 俺がとっさに離れて、滉介がまた別のポーズをとった。


「はい、ありがとうございまーす!」


 滉介のコスプレイヤーとしての血が、そうさせるのか、シャッター音と共に別のポーズをとっていく。


「ナイスッ! 来栖川!」

「あ、られ? ボクはいったい……」


 やっと気が付いた滉介。


 来栖川の機転で、滉介が自我を取り戻した。

 親指を突き出した拳を来栖川が見せる。


「あ、ユースケ! どこにいたの!」


 滉介が抱き着いてきた。


 ――ああ、よかった。助かった。


 はあああと重い溜息が出た。


 そして俺は滉介を抱き寄せて、鮭田とその取り巻きに向かって言う。


「滉介は、もう自分の力で十分に輝いている。お前らの後押しなんて最初からいらねえんだよ! 何がファンクラブだ! 結局お前たちが楽しみたいだけの、ただの搾取だろうが! 滉介をおもちゃにしようなんざ、百年でも早ええんだよ! 俺と滉介の怒りを買いたくなければ、もうファンクラブ設立なんて、二度とやろうとするんじゃねえ!」


 そして俺は言い切った!


「滉介は、誰にも渡さない! 俺が絶対に許さん!」


「ユースケ……」


 顔を赤くしている滉介はほっといて、俺は鮭田を見る。


 そして滉介を放して、俺は鮭田の前に立った。


「さっきはよっくも俺の、顔面を蹴ってくれたな!」


 今度は俺が、怒る番だ!


「暴力はやめろ! 問題にするぞ!」


「ああやって見ろ! 先に手を出したのはてめえなんだからな! 一緒に停学でも退学でもなってやろうじゃねえか!」


 俺は力いっぱい握りしめた拳をふり上げようとして――


「待てえええい! 話は聞かせてもらった!」


 その力強い声と雰囲気に、俺の体は止まった。


 教室のドアの前で、仁王立ちしていたのは、


 シカ・マッスルだった。


8:


「鹿だー!」

「うわあああああ!」

「もう勘弁してくれえええ!」

「助けてくれええええ!」


 鮭田の取り巻き達が、シカ・マッスルの横を通ってとうとう逃げ出した。


 しかし。


 ドドドドドドドドドドドドド――


「うわああああ!」

「ぎやああああ!」

「ぐえええええ!」


 暴走するように走ってきた、大勢の鹿達に踏みつぶされて、取り巻き達が一人も漏れることなくボロ雑巾のようになって廊下に倒れたまま動かなくなった。


「さて、残ったのは一人か……。人間とは、無駄に知恵が回るだけに、こんな下劣なことも考える。これが自然界の頂点だとは、思いたくもないな!」


「ひっ!」


 シカ・マッスルがターゲットにしたのは、鮭田九王だった。


「く、来るな! こっちに来るな!」


 かつんかつんと蹄の音を立てて、ゆっくりと、そして堂々と、シカ・マッスルは鮭田九王の目の前に立った。


 その迫力に、委縮する鮭田。


「君たちの拳を、こんな下郎で汚す必要はない――」


 シカ・マッスルが、すっと構えた。


「このような腐った柿にも劣る人間など、この血塗られた蹄で十分だ!」


「や、やめろおおおお!」


 鮭田が悲鳴を上げる。


鹿蹄しかひづめ……百裂拳!」


 その瞬間、シカ・マッスルから無数の蹄の残像が現れた。


「シカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカシカ!」


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


 鮭田がひたすらの蹄の連打を浴びせられる。


 ――ボコボコにされながら鮭田の足元がちょっと浮いてる。なんて威力だ。


「シカッ! シカァ!」


 ドスン! ドゴゥ!


 トドメの左右の蹄の拳を食らい、鮭田がぶっ飛んで、先ほど滉介が砕いた黒板に叩きつけられた。


「ご、ふ……」


 もう体がぐちゃぐちゃになり、崩れ落ちた鮭田。


「シカ・マッスル、お前……」


 殺してないよな?


「運が良ければ生きているだろう。ギリギリでな!」


「マジで生きていろ鮭田!」


 さすがのこの超攻撃に、鮭田にでさえ同情を禁じ得ない。


「っていうか、何でシカ・マッスルがここにいるんだよ!」


 本当に今更だが、俺は一応ツッコミを入れた。


「では、私の役目はこれで良いな?」

「うん、協力ありがとう! シカ・マッスル!」

「これで貸しは作った。返しは――」

「次の勝負で! だね!」

「うむ!」


 シカ・マッスルが満足して、この場を去ろうとする。


「待てよシカ・マッスル」


 呼び止めたのは俺だった。


「人間に、一般人にこんな事をして、狩猟会が今度こそ黙ってないぞ……これで良いのか? 本当に?」


「ふん、言われるまでもない。私はただ交渉に応じた仕事をしただけだ。……だが、これだけは、あえて言っておこう。狩猟会が、なんぼのもんじゃい!」


 お、漢だ。


 この鹿は漢字の漢と書いて一匹のおとこだ!


 この時代に武士のようなイズムを持った。本物の漢だ!


「ではまた会おう……もう十八時か。スーパーのお惣菜割引の時間だな」


 どこから出したのか分からない懐中時計を見て、シカ・マッスルがつぶやいた。


「良き友人を持った人間達よ。さらばだ!」


 そして、シカ・マッスルが去ろうとして――


「待ってください! シカ・マッスルさん!」


 呼び止めたのは、


「うむ?」


 以外にも立花さんだった――。


9:


「え?」


 俺も驚いて声を漏らした。


「シカ・マッスルさん。いえ、シカ・マッスル様!」


 立花さんがシカ・マッスルの元へ駆け寄り。


「私のことを覚えていますか? あの日、暴漢から私を助けてもらった私です! それから強引なナンパからも、あなたは私を助けてくれました。シカ・マッスル様にとっては、ただの通りがかりに過ぎなかったかもしれません」


 ――あれれ? なんかおかしな方向になってきたぞ?


「ですが、あなた様は、今回も。この私を助けてくれました!」


 シカ・マッスルが振り向いて、立花さんと向き合った。


「うむ、覚えている。見ていて危なっかしい少女だと、印象に残っている」

「はい、ありがとうございます。それでその……」


 立花さんは、手に持っていた紙。『健全異性交遊宣言証明書』を、シカ・マッスルに突き出した。


「私は、今から正直者になります! 私と、交際してください!」


「え、えええ……」


 まさかそんな。マジでか?


 俺の中で、清純な今までの立花さんのイメージがガラガラと音を立てて崩れて行った。


「…………」


 シカ・マッスルは、手渡された『健全異性交遊宣言証明書』をじっくり読んで、答えた。


「種族を超えた恋愛。その壁は厚く高いぞ」


「それも承知の上です! 私はやっぱり鹿との恋愛なんて無理だと思って諦めていました! ですけど、羅生門君が、私に羽目を外すくらいに我がままを通してもいいんだって、背中を押してくれたんです! ここで本当の事を言えないでいたら、私は一生心で後悔し続けます! ですから! 私との健全なお付き合いを、どうかお願いします!」


「君の気持ちと覚悟は十分に分かった。ここで断ってはオスが廃る! そのお付き合い。確とこの身で答えよう!」


「ありがとうございます! よろしくお願いします! シカ・マッスル様!」


 鹿と少女が熱く抱き合っている。


「あっれええ……」


 幻覚? 幻聴? 

 これは幻か?


 しこたま蹴られたせいで、頭がどうにかなってしまったのか?


 この光景が、現実なのか?

 


 そして夕日が静かに沈んで行く中で。


 大勢の鹿達が学園を去って行く。


 そしてその中心にいるシカ・マッスル。


 そのシカ・マッスルの両腕には、お姫様抱っこをされてお持ち帰りをされる。幸せそうな立花さんがいた。


 それを見送る、滉介と来栖川と、俺。


「…………」


 なんてことだ。


「何かよく分からない、認めたくない……だけど最後の最後で、鹿が全部持って行ったああああああああああああ!」


 ぽん、と俺の右肩に来栖川が手を置いた。

「今日は、私のおごりだ、好きなものをたくさん食べろ」


「え? なに急に? どうした?」


 ぽん、と俺の左肩に滉介の手が置かれる。

「ユースケ、今夜はボクのお膝で好きなだけ泣いていいからね」


「なんで俺がフラれたみたいになってるの! なんで! どうして! おかしいだろ!」


 俺は夕日に向かって叫んだ。


「こんなん絶対におかしいだろおおおおおおおお!」


 そして、『第二次滉介ファンクラブ設立大戦』は今回も阻止ができて、

 幕を閉じたのだった。


10:


「うっわあ!」

「ひーーー!」


 日が完全に落ちて、俺と滉介はようやく帰路に着いたのだが。


 天気が一変して、ざあざあと雨が降り出してきた。


「通り雨か、すっげえな」

「ゲリラ豪雨って言うだけあるよねー」


 雨に打たれながら、近くにあった公園の東屋に駆け込んでいた。


「もう梅雨の時期か……」

「油断してたあ……」


 二人して、折りたたみ傘の一つも入れていなかった。


 せっかく帰ることができたのに。ざあざと降る雨はまだやみそうにない。


 俺たちは東屋のベンチに座って、雨がやむのを待った。


「へくちっ!」


 突然に、滉介がくしゃみをした。


 ああそうか、ミニスカートは寒いだろうな。


 俺がブレザーを脱いで滉介のひざに掛けてやる。


「あ、ありがと。あったかい」

「ああ、今日は本当に疲れたからな」

「だよねー。ボクも部活休んじゃったし」


 さすがに滉介も、今日は体力の限界だろう。


「…………」

「…………」


 俺たちはそろって、今日の出来事を振り返ってみるが。


 どうにもこうにも、疲れてては頭も回らない。


 すると、滉介が俺の肩に自分の頭を乗せてきた。


 俺はため息をついて、そのまま放っておく。


 立花さんが、シカ・マッスルに持っていかれてしまった。明日からどうやって顔を合わせたらいいんだろう?


「はた迷惑な鹿共だけど、今回は助かったな」

「そうだねー……」


 滉介の力のない声。


 ざあざあと降る雨、水の匂い、湿った土の匂い、青葉の匂い。


 そして、滉介の髪の匂い。


「でも、ユースケもカッコ良かった」

「なんだよ突然に?」


 滉介が頭を動かして、俺の肩をぐりぐりとする。


「なんだよ?」


「ユースケが、誰にも渡さねえ! って言われた時、すごくキュンとした。カッコ良かったなあユースケが」


「あー……そういえば、そんなこと言っちまったなあ」


「後悔してる?」

「何の後悔だ?」


「だって、またユースケは、男友達ができなくなっちゃうんだよ」

「ああ、そんな事か。今更どーもいいな」


「……そっか」


「…………」

「…………」


 話す事も無くなってきて、無言の時間が多くなる。


「…………」

「…………」


 なんか、もどかしい。スマホでソシャゲでもやろうかな?


「ねえ、ユースケ」

「うん?」

「……ボクたち、親友?」

「うーん、改めて言われると。そうかもな」

「……それだけ?」

「え?」


 滉介が顔を上げた。


「ボクたち、親友なだけ?」


 滉介の目が、若干潤んでいる、ように見える。


 ごくり。


 滉介の顔が、すぐそばにある。


「これからも、親友の、まま?」

「…………」


 疲れているんだろう。きっとそうだ。

 俺たちは疲れ切っている。


 だから――


 もう少し、顔を近づけて、近づけて。

 お互いの唇が、


 重なりそうになって――


「あああ! 失礼しまーす!」

「やっだサイアクー!」


 突然、二人の女子高生が入ってきた。


「あ」

「あっ」


 そんな俺たちの姿を見た、見知らぬ女子高生二人が。


「本当に失礼しましたー!」

「ごめんなさーい!」


 まだ降りやまぬ雨の中を、猛ダッシュで去って行った。


「あ……」


 俺は今、何をしようとした?

 もう少しで、何がどうなっていた?


 やべえ、顔が、熱い!


 ちらりと、滉介を横目で見てみると。


「ボク、何しようと……」


 ぶしゅうううと頭から、湯気が出るほど真っ赤になっていた。


「あー……」


 俺は額に手を当てて宙を見た。


 疲れてる。


 俺たちは本当に疲れていたようだ。



「あら、やっと帰ってきた! ってどうしたの二人とも!」

「あ、いや、別に……」

「何でもないです……」


 雨がやんで、すぐに俺たちは帰宅した。

 なるべく走らず、スタスタと。無言で帰宅した。


「二人そろって風邪ひいたの?」


 母さんが心配そうに聞いてくるが。


「いや、今日は疲れただけだよ」


 俺は簡潔に応えた。


「うん、きっと疲れてるだけ……です」


 俺たちの様子に、母さんが訝しんだが、まあいいかと言う顔で納得してくれた。


「じゃあ、濡れてるみたいだし、お風呂入ってきなさい」

「ああ、そうするよ。っと、滉介。お前が先に入れよ」


 靴を脱いで玄関に上がろうとして、俺の腕が引き寄せられた。


「うん?」


 滉介が、俺の腕の服の端をつまんでいた。


「……一緒に入る」

「は?」


 理解が追い付かない。


 母さんが「あらあらー。あらー」と微笑んでいる。


「じゃあ、二人で入ってきなさい」

「え? 母さん!」


 夕飯作るから、と母さんはそう告げでキッチンへ向かってしまった。


 去り際に「ふふふ……」と笑っていた。


 え? どーすんの? これ?


 ぐい、と滉介が腕を引っ張ってきた。


「……だめ?」

「あっと、ダメって言うか。その……」


「ユースケと一秒も離れたくない」

「え……」


 上目遣いの滉介の表情。そして瞳が少し潤んでいる。いつもとは対照的な、大人しめの表情だからか、ひときわ可愛い顔になっている。


 ――あ、これは!


 もう最後に起こったのが、ずっと前だったので忘れていた。


 ――滉介の、甘えん坊モードだ!


 何がスイッチだったのか? さっきの東屋か? 俺が鮭田達に宣言した時か?


 ――もうわかんねえ!


 どうする? どうすればいいんだ?


「ダメ……?」


 だからその上目遣いと表情は反則だろ!


 ごくり。とつばを飲み込んで、俺は慎重に言った。


「じゃあ、入るか?」

「……うん」


 くそう、滉介の甘えん坊モードは、絶対に拒否できない。


 こんな顔をする滉介を突っぱねるなんて到底できない。


 なんで俺にこんなに甘えてくるんだ。


 ああ、他にいないからか……。


 どうしてなのか、この滉介の状態に、俺は絶対に逆らえなかった。


11:


「こっち見てないよね?」

「見てねーよ」


 俺はさっさと体と頭を洗って浴槽に浸かっていた。


 一緒に入ったのはいいが、体を洗っているところは見られたくないという滉介。


 そしてユースケから反対方向を見ている。っていうか俺は壁をひたすら見ている。


 シャカシャカと、滉介が髪を洗っている。

 俺の後ろで。


 シャワーの音がする。滉介が髪を洗い流していた。

 そして。


「よっと」


 滉介が浴槽に入ってきた。


「もういいよー」

「あ、ああ……」


 体ごと振り向いて、ってそこまで広い浴槽ではないので、ほぼ密着状態だった。


「ガキの時はもっと広かったのになあ」

「そうだねー」

「っと、あたたたた。くっそ」

「傷が痛むの?」


 やっと落ち着いたからか、鮭田とその取り巻きに体中をしこたま踏みつけられてたのだった。


「大丈夫だ。ただの軽い打撲で終わるから」

「病院行く?」

「そこまで重症じゃねえよ。軽い軽い」


 腕を持ち上げてぐるぐると肩を回して見せる。


 だが、そんな会話をしつつも、浴槽は狭く、滉介が体育座りをしなければならないほど窮屈だった。


 だけど風呂に入るのは、気持ちが良いな。


「はー……」


 温かい湯船で、疲労がどっと流れていく感覚がする。


「ふー……」


 滉介も同じ様子らしく。言葉にならない声で脱力していた。


 ――うん? そういえば。


「滉介、最後に一緒に入ったのって、いつ以来だっけ?」


 それとなく滉介に聞いてみる。


「うーん、いつだったかな?」

「本当に久しぶりだよな」


 なんだかもう、この状況にハッキリ言って慣れてきた。


「そうだねー」


 そして、滉介が「あっ」と声を上げた。


「どうした?」

「ボク、ユースケの背中洗ってない!」

「今更流しっことかガキじゃあるまいし!」

「でもやりたい!」

「おれは別にいいよ!」


 と、滉介の顔と向き合ってしまった。


「…………」

「…………」


 二人でゆっくりと、無言のまま正面に向き直る。


 ユースケの体は相変わらず細いな、二の腕までも無駄なものがない。


 この華奢な体に、あんなパワーが秘められているとは、到底思えないほどに。


 そして、白い、真っ白い。


 首から下まで、いや顔にまで。一切のシミ一つもない。繊細な肌。


 到底男とは思えない体つきだ。


 これが健全男子の体つきだなんて、とても思えない。


 本当に女の子のような。


 ――って、俺は何を考えているんだ!


 バシャバシャと手で湯をすくって顔を乱暴に洗う。


「よし、出るか!」

「うん? もう?」


 俺の何かがもう耐えられそうにない。


「俺、先に出るから!」


 滉介の「あ、まって!」の声も無視して、俺はさっさと湯船から逃げるように上がった。


 そして夕飯。


 近い……。


 滉介が、椅子ごと近づいてきて、まるで磁石のようにくっついている。


 母さん微笑んで見てないで助けて。


「にーたんたち、むぐむぐ、きょうはすごくなかよし」

「なかよきことはよいことだーむぐむぐ」


「翔子、響子。食べ物を口に入れたまましゃべらない」


 俺は兄としてぴしゃりと言う。


 で、滉介は、無言でもぐもぐと俺にくっついたまま、夕飯の唐揚げを食べていた。


 ――離れてくれない……。


 滉介の甘えん坊モード、絶賛継続中。


 これは何かのボーナスタイムか何かなのだろうか?


 ――こりゃ、明日までずっとこの状態だろうな。


 半ば諦め、俺も唐揚げをむしゃりと食べた。


 そしてこの状態は、勉強中でも続く。


 リビングで、一応授業の復讐をしているが、滉介がべったりとくっついて離れてくれない。どうあっても離れる気はないようだ。


 そんな状態だが、活発なはずの滉介が、やたら大人しい。


 静かに、そしてべったりとくっついている。


 いつも抱き着いてきたりだの、食事でも「あーん」を強要してくるのに。


 滉介の甘えん坊モードは、ひたすらくっついてきて、それだけで静かで大人しい。


「えー、っと。この後は――」

「ユースケ、そこ計算ミスしてるよ」

「あ、本当だ。サンキュ」


 ノートに書いた計算ミスを消しゴムで消して、計算し直す。


 一応は、エリートの学園であり、しっかりやっていないと勉強で足元をすくわれかねない。幼い時から習慣でやっているため、俺たちはそこまで勉強に対して苦痛を感じない。サインコサインタンジェントっと。


 妹たちは、テレビ画面を使ってマリオカートで遊んでいた。


「翔子、響子。お前たち勉強は?」


 妹二人に尋ねる。


「もうおわってるよ」

「おわったー」


 うん、さすが俺の妹たち。

 小学一年生になっても、意外と隙が無い二人。


 この二人も、小学六年では中学受験で俺たちの学園に入る予定だ。

 母さんと共に、ちゃんと兄として見張っておかねば。


「響ちゃんそこずるい!」

「かてばいいのだー!」


 うーむ。この二人。顔はそっくりなのだが、俺たちは気配でいつもどっちがどっちなのかを判別できている。


 まず二人そろっているときに、最初に発言するのは翔子からで、その次に響子が同意したり反対したりする。


 そろそろ、二人の正確に違いが出てくることかな?


 だとしたら、喧嘩の一つや二つもするかもしれない。


 そんな事を考えられる、穏やかな時間。


「…………」

「…………」


 だけど、さっきから滉介が静かすぎて、いささか張り合いが無い。


 ゆっくりと流れていく。家庭の時間。


「こんどはこっちからだー!」

「翔ちゃんずるい!」


「お前たち静かにやんなさい」

 俺は兄らしく、妹たちをぴしゃりと叱った。


 んで、就寝するのだが。


 ――まさかここまで甘えてくるとは。


 同じベットで、滉介に抱き着かれている。

 シングルベッドなのに。


 ちょっと息苦しい。


 それに対して、滉介はすやすやと眠っていた。


 明日になったら、甘えん坊モードが終了しているといいな。

 さすがに学園内でこの状態はまずい。


 来栖川に何と言われることやら……。


 ――と。


「うーす、帰ったぞ!」


 玄関から親父の声が聞こえてきた。

 やっと帰ってきたのか、あの親父。


「あなた、今まで何してたの?」


 母さんとのやり取りが聞こえる。


「いやあ、アメリカのデトロイトで、呪われた家があるらしくてさ、調査に行ったら悪魔が住み着いてたんだ。んで、その封じ込めた悪魔がさ、ソロモンの七十二柱の一匹だったから、バチカン市国まで持って行って、厳重に完全封印してもらってたからな。今回はちょっと苦戦した」


「もう、何やっているのよ、いったい……」

 母さんの愚痴ももっともだ。


 親父本当に、何をやっているんだ……?


 正直、俺は親父の仕事を正確に把握していない。ただ、海外を回ってあれやこれやとやって、不定期に多額のお金が家に入ってくる。


 親父は俺たちが幼い頃から、世界中を回って意味の分からなかったり突拍子もない事をやらかしては帰ってくる。


 正確な職業名は分からない。だが、バチカン市国でエクソシストとして公認されているらしい。そして、または別の国では、なんだかよく分からないコードネームをもらっていたりもしていて、極秘任務を請け負っているとかなんとか。


 らしい……。


 らしいのだから、正確には把握できていない。


 本当に何をしているのか分からないが、それで俺たちは食っていけてる……。


 しかし、滉介の両親は、俺の親父よりももっと帰ってこない。


 もう放置状態だった。


 俺たちが生まれる前は親父たちは武道でのライバル関係で、今は丸く収まってはいる。


 滉介の父親はばりばりの警察官。そして空手の達人。母親の方は俺の母さんと違って女性科学者であり、何かしらの発明やら実験を行っている。


 滉介の両親ともに、まともに家に帰ってこない。


 自分の子供である滉介なんて、ずっとほったらかしだ。


 まるで俺たちに丸投げしているかのよう。


 俺たちがいなければ、滉介は孤独だったのかな?


 いや、俺の親父と滉介の親父が発端なのだから、それ自体が無かったら、俺たちは存在していなかったことになるか……。


 ――もし、俺がいなかったら。


 俺たちが同じ年に生まれたのは、本当に偶然だった。


 実は俺たちは三日しか誕生日が違わない。


 俺は十月六日。滉介は十月三日。


 ――おっと、十月十日で逆算してはいけない。


 俺たちがどの時期に生を持ったのかが、分かり過ぎている。

 俺たちは、サンタさんのプレゼントだったなんてな……。


 ――俺が生まれてこなかったら。


 きっと、滉介は一人ぼっちだったかもしれない。


 いや、滉介のことだ。きっと男の娘になる事もなく。普通に一人の男の子として、青春を駆け抜けて行っていたかもしれないな。


 逆に、滉介が生まれていなければ。


 俺は男友達を普通に作って、学園生活を無難におう歌していたのかな?

 


 小学三年生に、たまたま女の子を服を着せられた滉介の姿を、俺が笑わなければ。こんな事にはならなかったのかもしれない。


 ――結局は俺の責任、か……。


 俺に抱き着いて、すうすうを寝息を立てる滉介。


 『二人だからこそ』……二人だから、俺たちは何なんだろうな?


 俺たちは生まれてきて、ずっと二人でいて、二人でいる俺たちは、一体何者なんだろうか? 俺たち二人は、二人だからこそ『何か』なのだろうか?


 とまあ、こんな『もしも』の事は、いくら考えてもきりがないな。


 俺たちはいつも二人で。

 滉介は男の娘。

 赤子の頃から一緒で、おそらくこれからも。

 ずっと一緒だ。


 はああああと、ため息が出る。


 目をつぶっていれば、いつかは寝れるかな?


「う、ん……ユースケぇ」

「うん?」

「大好き、むにゃむにゃ」

「あー、そうですか」


 俺はそう呟いて、滉介に抱き着かれるまま眠ることにした。


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