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コミケの男の娘!!

1:


 シャー シャー シャー


 なんだろう、俺には遊んでいるようにしか見えない。

 GWゴールデンウィーク前のテストも終わり、俺は他の生徒と一緒に校庭を見ていた。

 

 シャーーーーー シャー シャーーーー


 俺には鹿がローラースケートを履いて校庭を走って遊んでいるようにしか見えないんだが?


「あれはローラースケート・シカだ……」

「知っているのか来栖川? しかしネーミングセンスがそのまんまだな!」


 もう自然と、当たり前のように俺の隣で呟いた来栖川早智。


「あれは一見遊んでいる鹿のように見えるが。ただモンじゃないよ」

「そ、そうなのか……?」


「アイツのローラースケートさばきは、一般人の群を抜いている。やたら早くて厄介なんだ」


「いや、鹿がローラースケート履いて走り回っているだけでもう厄介だろ?」


「ヤツを舐めたらだめだ」


 緊張感からか、汗は出ていないのに顎を手で拭う来栖川。


「ヤツの最高速度は、北海道の一本道を全速力で走る軽トラに匹敵する」

「それは確かに怖いな! だけどもっと別の表現があったんじゃないか?」


 俺のツッコミにも、緊張感が隠せない来栖川。


「今回のS・シカ・ファイトは恐ろしい相手だ」

「あ、うん、そっか。そういう流れになるのね……」

「あ、誰か来た! シカ・ファイターか?」

「あれ、誰?」


 と、他の生徒から声が上がった。


「あれは高等部三年の田西笛流たにし ふえる先輩だ!」


「あのブレザーが、あまりにも似合わな過ぎて、中等部から高等部まで学ランで過ごした田西笛流先輩だ!」

「留年二回目でもうリーチがかかっていて、もう退学するか進学するかの選択肢しかない田西笛流パイセン!」

「成人式も、堂々と学ランを着て行った田西笛流先輩よ!」

「あと単位が一個取れないだけで留年している田西笛流先輩だ!」


 なんだか評価が妙に悲しい先輩だな……。


 合計で8年もここにいるのか。


「あの田西笛流先輩はシカ・ファイターなのか?」


 見た目はボロボロの学生服に、校則にはないのに学ランに合わせてぼろぼろの学生帽をかぶり、あと下駄を履いて口に葉っぱを咥えている。

 昭和にこんなのがいたような気がしないでもない。


「ユースケ―! おーっとっとっとっと!」


 チアガールのスタイルで滉介がやってきた、途中で足がよろけて俺の胸に飛び込んでくる。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。脚ひねってないし……しかし、今回のSFに、あの『バンチョー』が出てくるなんて……」


 滉介も俺と一緒に校庭を見た。


「バンチョー? って何?」

「田西笛流先輩だよ。あだ名が『バンチョー』なんだよ」

「だからそのバンチョーってなに?」


「わかんない。だけど、ああいう格好をしている人を、みんなはバンチョーって呼ぶらしいよ?」


 バンチョーってなんだろう……?


「あ! S・シカ・ファイトが始まるよ!」



 シャー シャー シャー


 S・シカ・ファイト開始!


 田西先輩の周囲を、円を描くように走るローラースケート・シカ。

 どんどん加速していく。

「…………」

 それを、腕組をして仁王立ちをしながら微動だにしない田西先輩。

「…………」

 まるで勢いをため込んでいくかのように、ローラースケート・シカ。


 北海道の長い道を爆走する軽トラとたとえたのは、今になってうまかったと思わざるを得ない。小柄なシカが四足のローラースケートで物凄い速さで回転していく。


 そして、期は訪れたかのように、ローラースケート・シカが急に軌道を変えた!

 そして正面から――


 ドゴッ!


「うおおおおおおおあああああああっ!」


「普通に轢かれたーーー!」


 田西笛流先輩、バンチョーが大きく弧を描いて吹っ飛んでいった。


「結局なんだったの! 何のために現れたの!」

「くそう、やはり歯が立たなかったのか……」


 来栖川が苦々しくつぶやいた。


「何もせずにただ轢かれただけだったよな!」


「游介、お前は田西先輩がぶっ飛ばされる間の、なんかこう精神的な駆け引きみたいな、そのようなものが見えなかったのか?」


「全然分かりませんでしたけど! しかも説明がちょっとやわやわなだな!」


 生徒たちの中から「おいおい瞬殺だよ」というつぶやきが聞こえた。


 田西先輩、敗北。


 だがそこで、新たな人物が登場した。


「あれは新上院カオル先生だ!」


 今度は誰だよ!


「問題児の田西先輩を、中等部の頃から指導していた先生だ!」


 なんだか、見た目からして筋骨隆々な体格の教師が現れ、田西先輩へと向かって歩み寄った。……あとなんだか髪が薄い。


 新上院先生は、田西先輩を置きがらせて、頬を叩いて起こした。

 そしてこう叫ぶ!


「特訓じゃあああああ!」


 おおおおお……と生徒たちから歓声が上がる。


 その光景は、夕日があれば完璧な熱血ドラマシーンにも見えた。


「新上院先生の特訓は過酷らしい」

「また詳しいのか。滉介?」

「うん、新上院先生の特訓についていけているのは、田西先輩ぐらいだっていう話だよ。それぐらいに厳しいらしい」


「…………」


 なんか、うん。みんなが納得して見ているなら、まあいいか……。


「よっし、次はボクの出番だ!」

 滉介が窓から飛び出そうとする。


「まて滉介、ここ三階だぞ! お前ミニスカート!」


「大丈夫! アンスコ履いてるから見られても恥ずかしくないもん!」


 そして、滉介が飛び出し、まるでしなやかな猫のような着地をして、相手ローラースケート・シカと対峙した。


 果たしてあの尋常じゃない突撃に、滉介はどう立ち向かうのか。


 ――と、結果は分かっているけどな。


「おりゃ!」


 滉介が、爆走してくるローラースケート・シカの顔面を、体重を乗せた見事なジャンピングエルボーで粉砕した。


 まさに一撃必殺。


「よし、今日も僕の勝ち!」


 両手に持ったキラキラ輝くポンポンを振って、観戦していた生徒たちからの称賛を、滉介は一身に浴びた。


 高等部のトップシカ・ファイター、滉介。

 次はどんな鹿が現れるのか。

 その脅威に、俺たちはまだ。

 知る由もなかった――。


2:


『聞豪総合病院』

 この街で最も大きい病院だ。


 俺と滉介は内科(呼吸器内科)で順番を待っていた。


 すると、アナウンスが流れてきた。


『羅生門様、羅生門游介様。付き添いの斜陽滉介様の性転換手術の段取りが整いました。診察室4番へお入りください』


 ずだだだだだだだだだだだ――――


 がらぴしゃぁん!


「俺は手術に一銭も払いませんからね! 杜子春先生!」

「たっはっはっはっはっはっはっは!」


 あー、びっくりした。


 いきなり待合室で思いっきり、色んな人に聞こえるほどのアナウンスだったからなあ。周囲も何事かと動揺していた。


 そしてこの人が俺の喘息の主治医。杜子春舞子先生だ。


「そろそろしたっていいのよ」

「しませんしさせませんし絶対に阻止します」


「ま、座りなさい」


 杜子春先生に言われるまま、俺は椅子に座って杜子春先生と向き合い、俺の後ろに滉介が立っている形になった。


 俺のカルテを見ている杜子春先生。

 口火を切ったのは俺の方から。


「今年はどうでしょうか?」

「うーん」


 杜子春先生は少しばかり頭を悩ませた。


 はっきり言って俺の喘息の症状は重たい。よって、こうやって定期検診をすることになっていた。


「明日からGWゴールデンウィークに入って、その後には林間学校ね。困ったものだわ……」


「どうしましょうか?」


 俺は率直に聞いてみる。


「まあ、いつもの処方箋を強くして、吸入ステロイド薬吸入器を、いつも通りに出すしかないわね」


 やはりそうなるか……。


 喘息を甘く見てはいけない。今では減少傾向ではあるが、まだ喘息が原因で最悪死亡するケースも未だある。


 GWゴールデンウィークの長期休暇と、学園行事の林間学校。


 発作が起こっても、病院は助けてはくれない。


「とりあえず、発作が出たら家で大人しくしていること。林間学校も発作が重たかったら、途中でも帰る事。こっちで智理芥川学園に事情を説明しておいてあげるから」


「分かりました。ありがとうございます」

 俺は頭を下げた。


「それで二人は、付き合ってどこまで行ったの?」

「何を言っているのか俺はさっぱり何もわかりません。先生」

「え? 人に言えないところまで?」

「どういう冗談はやめてください」


「でも健気だねえ。滉介ちゃんは、いつも君の通院に付き添ってくれている。それがどんなに良い事か」


 そういえば、杜子春先生は今現在、三十代半ばで絶賛婚活中だったな。

 この様子だと、お相手はまだ表れていないらしいな、心の中で黙っておこう。


「ねえ、杜子春先生。今やってる婚活はどんな感じ?」


 おれはブッと噴き出した。


 それはストレート過ぎるだろ。


「なかなかいないわねえ」


 何かを思い出したのか、重たい溜息を杜子春先生は吐き出した。


「お嫁さんとしてはねえ。職業医者の女性ってあまりウケが良くないのよ」


「えー? どうして?」


「そこらへんは大人の複雑な事情、ってところよ。それに、ある一定以上の年齢になると、相手の職業年収、趣味があるか長男じゃないかどうかとか、ごちゃごちゃ条件を考えちゃって見つからない物なのよ」


「やっぱりそんなものなんですか? 婚活って」


「婚活に限ったことじゃないわ。……やっぱりね、若いほうがいいのよ。若くて自分たちだけの世界に存分に浸れて、若気の至りってやつね……年取って頭で男なんて考えずに、何の根拠もなく、この人とずっと一緒にいたいと、後先考えずな『情熱』。大人になるほどそんな情熱は消えちゃうの。君たちが結婚するなら、やっぱり若いうちにってことね」


「はー、先生勉強になります。失礼しました」

 滉介がぺこりとお辞儀をした。


「それで、君たちはいつ結婚するのかしら?」

「しません!」

 俺は確固たる覚悟で全力で否定した。


3:


 ここらへんでそろそろ、まとまった話をしなければいけない。

 それは、俺たちが生まれる前……いや、俺たちが生まれるまでの話になる。


 ある時、突然に剣道剣術協会に震撼が起こった。


 『ある男』羅生門と奇妙な名を持った男が現れたからだ。


 流派、産まれた場所、経歴も不明。戸籍すらも疑われた謎の男。


 名前は、羅生門進太朗らしょうもん しんたろう


 野良試合の剣道剣術大会に現れては、必ず優勝をかっさらって全国を歩き回る。

 いわゆる『賞金稼ぎ』というやつだ。


 しかし不思議な事に、悪評は立たなかった。


 剣を交えて負けた者は、ある種の『爽快感』を得ていた。


 普通ならば負けて悔しいと思う者が、一人でも現れてもいいはずだった。しかし、剣を交えて、敗北した彼らは、羅生門という男を悪く言う事は無かった。


 『絶対に勝てない相手』

 『全力を出し尽くせる相手』

 『負けても一片の悔いなし』

 など、対戦した相手はそのような口ぶりだったという。


 しかし全国の剣道剣術協会たちは、彼を見逃すわけにはいかなかった。

 そしてどんな刺客を送っても、羅生門はその全てを返り討ちにした。

 たった一人の男に、協会は大敗北をした。


 だがさらにそこで、一人の男が対戦を名乗り出た。


 その男は、現役の警察官であり空手の達人。

 名前は斜陽啓介しゃよう けいすけ


 全国空手協会も、羅生門という男に目を付けていたのだった。

 斜陽はその空手の剛の技から『剛鬼』という二つ名を持っていた。


 そして、剣道剣術の風来坊、羅生門と、空手界隈の剛鬼と呼ばれる斜陽との異種格闘試合が始まった。それは後の、俺たちの父親になる男たちだった。


 空手は空手のルールで、剣道は剣道のルールで一本となり。より確実に勝利を得るために、先に二本連続で先取した方を勝ちとする決まりで始まる。


 そして休息と食事をはさんで一週間、二週間と戦い続け、一カ月ほどが経過する。

 しかし、どちらに勝敗が転ぶ事は無かった。


 そうして、全国剣道剣術協会と空手協会は、会議の末に、羅生門進太朗を受け入れる事、『仲間に引き入れる』という決断に達した。


 各協会が等分に出資し、土地と家と、『嫁』を与えることにした。

 羅生門は快諾し、また斜陽も了承した。


 お互いに隣同士に、土地と家を買い与え、薙刀使いの双子『双月姫』という二つ名を持った女性を、それぞれあてがい、『家庭』が誕生した。


 同じ年に、産まれた両者の男の子。


 それが俺たち、羅生門游介と斜陽滉介だ。


 各協会はようやく問題がまとまった事と、そんな才覚の持ち主の子供、つまりはサラブレッドというやつの誕生に、大いに喜んだ。


 しかし、致命的な程に、それは残念な結果を迎える。


 俺こと游介は、生まれ持ってのひどい喘息を抱え、剣は握れど戦えない体質に。

 滉介は、激しく体を鍛えれば鍛えるほど、体がやせ細っていく体質に。


 才覚を持って生まれても、とてもじゃないがまともに武道の道を歩けるような身体ではなかった。 


 それが俺たちにとって幸か不幸なのかは、正直分らない……。


 そうして俺たちは、赤ん坊の頃から今まで、ずっと一緒にいる。

 切っても切れない、俺たちの仲となった。


4:


「ただいまー」「ただいまー」


 滉介と通院からの帰宅。母が出迎えてこない。


 そのまま俺と滉介は家に上がって、リビングへ入ると、母がスマホで話をしていた。


「うん、そう、体を大事にしてね。無理もしないでね」


 俺たちに気づいて、母さんはスマホ越しに「それじゃあひと段落したら連絡ちょうだいね」と告げて通話を切った。


「ああ、おかえりなさい」


 通話の相手はなんとなくわかる。

「親父から?」


 羅生門進太朗。俺の父親だ。


「うんそうよ。あとおかえりなさい」

「親父、なんだって?」


「なんかアラスカで、えっと日本語に例えると『熊とキングサーモンで世界を支配しようビリケンを称える秘密結社』? って言うのが悪さをする気配だから潰してくるって」


「……親父、マジで何やってんの?」


「さあ?」


「あと、「游介も年頃だから異世界トラックに気をつけろよ」って言ってたわ」


「なにそれ?」


「さあ……?」


 ため息が漏れる。


 俺の親父は自由奔放が過ぎるというか、なんと例えればいいのかわからない。

 そんな謎がある。いや、隠しているわけでもないが、なんか謎なんだ。


「にーたんたちおかえりー」

「おかえりー」


 双子の妹、翔子と響子がリビングで暇を持て余していた。


「にーたんたちあそんでー!」

「あそんでー!」


 滉介が妹二人の前に出る。


「じゃあボクとトランプでババ抜きしよっか!」

「やるー!」

「やるー!」


 だが俺は。


「俺はちょっと遠慮するわ。滉介、妹たちを頼む」

「おっけー」


 病院って言って帰ってくるだけでかなり疲れるよな?

 俺は処方箋の入ったバッグを置いて、ソファーに寝転ぶ。


 はああああああ……と大きなため息が漏れた。


 そうして、俺が眠りに入るのに、そう時間はかからなかった。



「…………うん?」


 目が覚めた。やけに静かだ。


「ううん、母さん?」


 キッチンから料理をする音が聞こえる。


「何? 游介?」

「俺どれくらい寝てた?」

「うーん、四十分くらいかしら?」

「そっか……」


 まだ眠気が残っている。目をこすりながらソファーから起き上がった。


「あなたもお風呂に入ってきなさい」

「……ん、わかった」


 寝ぼけていた俺は、母の言葉を正確に聞けず、眠気眼のまま、バスルームへ向かったのだった。


 ガラッ! と横開きの扉を開けた途端――


「ユ! ユースケ!」

 滉介の悲鳴が上がった。

「うおっと!」


 俺も眠気が吹っ飛ぶくらいに驚いて、急いでドアを閉めた。


「ゆーすけにーたんえっち!」

「えっちー!」


 やべええ。油断した。


 滉介の裸体。やばい所はとっさに隠していたが、真っ白でかつ健康的で、シミの一つもない、綺麗な肌に、女性のように細い手足に太ももだった。

 二の腕すらにも余分な肉もなかった。


 美しい裸体とはこういうのもではないだろうか。と思えるほどの無駄もなく美しさが出ている裸体だった。

 見たのは一瞬だったが。とても印象に残る一瞬だった。


「あれ?」


 ――ちょっとまてよ? なんで俺は……?


 俺たちはそれこそ、赤ん坊の時から一緒で、一緒に風呂も入っていた仲だぞ?

 何で今更どぎまぎしなきゃいけないんだ?


「ちょっと待て滉介」


 俺はびっくりした心臓を押さえて、言った。


「妹たちならまだしも、俺たち男同士なんだから……見られても、何もどうもこうもないだろうに!」


 と、俺は極力冷静に行ったが――


「ばかああああああああああああああああ!!」

「うおぉ!」

 衝撃波が発生したかに思えるほどの、滉介の怒声がとんでもなく響いた!


5:


「…………」

「…………」


 気まずい。


 滉介は完全に怒っていて、「はい、あーん」もやってこない。


 お風呂覗きの件で、完全に喧嘩していた。


 にしても器用な食べ方をするなあ。


 滉介の怒り方は、久しぶりに見ても分かりやすい。

 頬を膨らまして、こっちを絶対に見ない。


「…………」


 せっかくの唐揚げが、あまりおいしくない。


「…………」


 母にも聞こえていたために、フォローももらえない。


 『游介、アンタが悪い』


 母もそれだけ言ってから一言も話してくれない。


 俺が間違っていたのだろうな……きっと。


 幼い頃は一緒に風呂も入ったが、とても久しぶりに見た滉介の裸体はすごく印象的だった。『ついてなかったら』完全に女性のプロポーションだった。


 ……所で、怒って頬を膨らませながら、唐揚げを食べている滉介の顔が、どこかハムスターに似ているなと言ったら。


 さらに怒るだろうな。

 黙っておこう。


 結局、眠るまで滉介は一言も話してはくれなかった。

 と、そんな感じで久しぶりに滉介と喧嘩をしたのだが。


 その夜――

 ベッドで寝ていると、なんだか重たく苦しくて目が覚めた。


「…………」


 俺は目を覚まして、布団を少しめくると。


 俺の胸の上で滉介が眠っていた。


 横には滉介が寝ていたはずの敷布団があるのだが。


 ――怒っていても、寝ぼけて俺のベッドに潜り込んだな。


「……おい、滉介」


 滉介は俺の胸の上に頭を乗せて、すうすうと寝息を立てている。


 ――ああ、これはダメだわ。


「滉介、自分の布団に戻れ」

 声をややを大きくして行ってみるが。


「むにゅもう少し……もう少し……むにゅう」


 はあああああと、ため息が漏れる。


 動けなくて重苦しい。完全に滉介に抱き枕にされている俺。


 このまま朝になって滉介が起きたらどうなる事やら……。


 まあいいや。明日の俺、頼んだぞ。

 諦めて寝ることにした。

 

 そして次の朝。


「おはようユースケ! 起きろー!」

「うん……」


 布団の中に入ったままの状態で、滉介が馬乗りになって起きていた。


「ああ、おはよう……」


 ったく、昨日の喧嘩は何だったのか?


 一晩寝ただけでリセットがかかったらしい。


「起きるからどいてくれ」


 そういえば毎回喧嘩をした時は、次の日にはまるで何もなかったかのようになるんだよな……。


「ああもう、ったくもう……」


 ここで昨日のことを話して蒸し返しても、また面倒になるだけだから。


 このまま流されるままで、黙っておこう。

 とまあ、喧嘩をしても、俺たちは最終的にはこうなるわけだ。


6:


 GWゴールデンウィーク一日目。

 

 滉介はチアダンス部の練習で朝から学園へ行ってしまった。


 そして俺は、課題の消化である。


 智理芥川学園は、何度も言うがエリート校である。


 よって、「そうそうGWで遊ばせないぞ」と言わんばかりの課題の量。

 国社数理英のファイブコンボである。


 俺はせっせと朝から課題の消化にかかった。


 ――こういうのはさっさと取り掛かったほうが良い。そして滉介もいる。


 課題二人がかかりという、アドバンテージを、滉介とお互いに持っていた。


 滉介の所属するチアダンス部はGWの初日の後は『自主練習』になる。つまりは、好きに学園に来て好きなだけ練習してもいい。という状態になる。


 俺が課題をやった分だけ、チアダンス部の練習から帰ってきた滉介が、俺がやった課題のそれを丸写しして、次は滉介の番。俺が休憩している間に滉介が課題の続きを受け持って、今度は俺が丸写しをする。


 そうしてGWのに出された課題は一日で終わるのだった。


 そうして、GW二日目は。

 滉介も俺も、待ちに待った『コミケ』に行くことになる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 GW二日目。コミケに参加。


 コミケと言っても、正確には『地方同人誌即売会』夏や年末にやるような大イベントではない。市の地域限定でのコミックマーケットだ。


 とはいっても、俺は同人活動をやってはいない。参加すると言っても、買う側観る側である。まあ同人誌にも興味は無いのだが。


 滉介は張り切って先にコミケ会場に行っていた。


 ――やっぱり人が多いな。


 市営の施設を会場にされた会場は、人がごった返していた。

 間違いなく市街で今ここに最も多い人口密集地になっているだろう。


 俺が向かうのは、同人誌のブースではなくて、コスプレ会場だ。


 ポケットからスマホを取り出して、時間を確認するのと、バッテリーの残量を確認した。うん、十分である。予備のバッテリーも持ってきている。


 コスプレ会場の広場に向かうと、そう困ることなく滉介の姿を見つけた。


「滉介!」


 俺は声を大きくして呼ぶ。来れづらいの声量でないと、人ごみにかき消されてしまう。


「あ、ユースケ!」


 走り寄ってくる滉介。

 さて、滉介の今回のコスプレ姿は。


「どうこれ? ドラクエⅢの女戦士だよ!」

「ビキニアーマーじゃねえか!」


 ピンクのビキニアーマーに盾と剣。ばっちりのコスプレである。

 ――しかし、これは流石にエロい!


「ボディファンデーションを着てるから、オッケーなんだよ!」


 なるほどな。ボディファンデーションとは、露出の高いコスプレをするに、インナーとして、肌色の全身タイツのような生地を着ておく対策である。


 よく見ると、先日の滉介の全裸の姿の肌よりも、若干だが肌色が悪い。

 

ちなみに滉介は男の娘なだけあって、胸はぺったんである。


 だがこう見ると、つつましい胸が可愛らしくあるよう見えてくる。


 ――いかんな、健全な男子たる者。こういう所には寛容でいなければならない。

 胸はつつましくても大きくても良い!


 そして滉介のその後ろには、女僧侶のコスプレをした来栖川がいた。

 来栖川は顔を真っ赤にしてもじもじと腰が引けていた。


「来栖川はコスプレは初めてなのか?」

 顔を真っ赤にした来栖川は。

「だってこれ、前掛け無くなったら全身タイツじゃん!」


 うーん、もじもじとしている来栖川もなんだか新鮮な感じもする。


 と、来栖川が俺の上着を引っ張って、滉介から距離を取った。

 そして小声で行ってくる。


「おい、滉介は男だろ? あの格好はいいのか?」


 俺はその言葉に、毅然なる態度で答えた


「もしこの世が真に男女平等ならば、たとえ女性がインナーを着てでも過激なコスプレをするのならば、男性も過激なコスプレをしてもアリなんだと思う。そして男の娘も許容されるべきだ」


「……游介、お前さ。まだ付き合いは浅いけど、脳みそバグッてる所があるよな」


 コミケという領域には特殊な雰囲気が流れている。

 同人誌然り。コスプレ然り。男の娘然り。


「この空間では許されるのだよ。それがコミケだ」

 俺はキメ顔でそう言った。


「そして俺はコスプレしているお姉さんたちを撮ってくる!」


 スマホの力は偉大である。


「そこは逆にあえて男らしいと思うが、意外と欲望に正直なんだな」


 俺の目的は、滉介のコスプレ写真を撮ってあとで滉介に渡すのと。過激なコスプレをしているお姉さんたちを撮りに来たのだ。


 このコミケの特殊な雰囲気により、唯一許される事。


 俺は健全な男子として堂々とコスプレしているお姉さんたちを撮る!


 男は時に鋼の精神で挑むこともあるのだ。


7:


 同人販売会場では、二匹の鹿がスペースの一角に座っていた。


 二匹の鹿はそれぞれ赤と緑のTシャツを着ており。赤い方には『兄』と、緑の方には『弟』と書かれていた。


 サークル名は『シカ・ブラザーズ』


「やや、あれは! やはり! 軍曹殿!」

「見つけたのか! 伍長!」


 軍曹と伍長と呼び合う男二人が、シカ・ブラザーズのスペースに集まる。


「やはり噂は本当でしたぞ軍曹殿!」

「おお、これが幻の! 『どぎめぎシカ・メモリアルグラフィティー』か!」


「軍曹殿、やっと見つけたでございます! 古今東西のシカ、ニホンジカ。北はエゾシカ、南はリュウキュウシカと、めくりめくる様々なシカとのラブロマンスシミュレーションRPG! シカメモ! 確かに本物ですぞ!」


「こんな辺境の地にあったとは……道理で見つからないわけだ」

「やや、軍曹殿! これはシカメモ6(シックス)! 続編ですぞ!」


「なにぃ! 第6作目だと! 第一作の初版は幻のあまりに「一千万で譲ってください」とサイトで書きこんだ者が現れて、どよめきを沸かせた! その第6作目なのか!」


「我々の知らないところで、シカメモは進化していた御様子ですぞ!」

「価格は……」


 緑のTシャツを着た弟鹿が、立札を前足の蹄でこんこんと叩いた。


『300』


「こ、これが一枚三百円だと!」

「なんというサービス価格!」


 だが、赤いTシャツを着た兄鹿が、静かに首を振り、また立札を前足の蹄でこんこんと叩いた。


「やや、これは! 軍曹殿! よく見てくだされ!」

「なにッ! 鹿せんべい『300』枚だと!」


 確かに立札には値段ではなく『鹿せんべい300枚』と書かれていた。


「この地域に鹿せんべいはありませんぞ! 軍曹殿!」


「今から奈良へ行ってせんべいを買いに行っても、コミケはとっくに終わっている。どうする! 伍長!」


「うわああああ。これが幻たる超激レアゲームの理由でありましたか!」


「十万! いや、十五万円出す! それで購入させてくれ!」


 だが、シカ・ブラザーズは頑なに首を横に振り、立札をこんこんと叩いて鹿せんべい300枚と交換だと強調した。


「うわあああああ! 目の前に! 目の前に今! 幻の超激レアゲームの最新作があるというのに! 購入できないとはああああああ!」


「くそう、たかが鹿の作ったゲームと侮っていたのか! 我々は!」


 すると、兄鹿が、まるであらかじめ用意していたかのように、新しい立札を見せつけてきた。


『またのご来店をお待ちしております』


「また! また来月もここで販売するというのか!」

「次のこのコミケでまた販売してくださるというのですか!」


 こくこくとシカ・ブラザーズが頷いた!


「伍長! 今度こそは! この次こそは鹿せんべいを300枚! いや3000枚用意するぞ!」


「了解であります軍曹殿! ああ、シカ・ブラザーズ殿! お慈悲に感謝いたします!」

 

 という、やり取りがありましたとさ。


8:


 はい、じゃあドンドンいってみようか。


 盾を足元に立てかけて、肩で剣を担ぎながらピースサインに、あふれる笑顔!

 

 パシャ! パシャパシャ! 


「目線こっちくださーい!}


 お次は、剣を地面に突き立てて、体を軽くひねりながら全身を見せるポーズ。


 パシャパシャ! パシャパシャパシャ!


「こっちにもお願いしまーす」


 さらに、剣を頭の上に振り上げてもう片方の腕には盾を前面に出したポーズ。


 パシャパシャとカメラのシャッター音が立て続けに鳴り響く。


 さらにさらに、その場で女の子座りをしながら休憩しているポーズ。

 笑顔はちゃんと忘れない。


「よろしくお願いしまーす」


 剣を突き立てて寄りかかりつつ、お尻を突き出したサービスポーズ。


 「おおー」と何重にも声が集まり、シャッター音が止まらない。


 ――とまあ、滉介のコスプレは評判が良く。がっつりと人だかりができていた。


 さらには、僧侶のコスプレをした来栖川も呼び出して、首に腕を回して密着しつつきらきらとした笑顔をする滉介。


 ――輝いてるなあ。


 滉介のコスプレとそのポーズから細かい仕草にかけて、自身を輝かせていた。


 俺もしっかりとスマートフォンで撮影している。


 と、背後から歓声が上がるので振り返ってみると。


 ファイナルファンタジーⅦのエアリスとティファのコスプレをしたお姉さんたちがポーズをとっていた。


 ――これは是非、撮影せねば!


 滉介からいったん目を離して二人のお姉さまの百合百合しいポーズをしっかり撮っていく。


 ――うむ、大満足である。

 思わず鼻息が荒くなってしまった。


「なあ游介」

 来栖川が隣にやってきた。

「なんだよ?」


「おまえ、実はムッツリすけべだったんだな」


「やかましい。ここでは許された場所。聖域だ」


「あー、そー」


「滉介のもちゃんと撮ってるからいいんだよ。アイツも後から自分の撮影姿を見るし」


「で、お前の好みは少しばかり年上のお姉さま。ってところか。実はそういうお姉さまから可愛がられたいとか?」


 ぷすっとにやける口を手で押さえながら行ってくる来栖川。


 ――あながち間違いでもない。だが。


「うるせえなあ、俺なりの楽しみ方なんだよ邪魔するな」


「あー、そーですか。こっちは右も左もわからないままこんな格好させられてるってのに……」


「来栖川もそれなりにポーズをキメて撮ってもらえばいいじゃないか。そういう場所なんだし」

「私はこれでも初めてで恥ずかしいんだ!」

「慣れたら問題ねーよ」

「慣れるか!」

「サチっち! 二人でまたお願いだってー!」

「ああもう、わかったよ!」


 滉介に呼ばれて、渋々と言った感じで来栖川が行ってしまった。


 さて、俺も十分に楽しませてもらおう。


 向こうはジャンプ系の、鬼滅の刃か……保存しておこう。女性のコスだけを。


 こんな環境で撮影も自由だなんて、癖になるのも仕方がない。

 また俺のコレクションが増えるな。

 とまあ、滉介は滉介、俺は俺で、それなりに楽しんでいるのであった。

 

 だが……。

 あまりにも夢中になり、周囲も盛り上がっている中で。

 『ソイツ』が人ごみの中に混ざってうろうろしている事に、誰もが気付くのが遅すぎてしまっていた――。


 カシュンカシュンカシュン――


 蹄の音ではなく、金属が代わりの音を立てていた。


 そしてようやく気が付いた一人が、声をあげた。

「鹿だー!」

 その誰ともわからない大声に、周囲が騒然として『ソイツ』に注目した。


 それは。


 体の半分が機械のような鉄板で覆われた。

 鹿だった。


 周りが熱狂し過ぎていて、ここまでの親友を許してしまったのか?

 もしくは何かのコスプレなのかと誰もがスルーしてしまっていたのか?


 意外な乱入により、突然のS・シカ・ファイトが始まる。


9:


「あれは、メタル・シカイダーじゃないか!」

「また知っているのか来栖川!」


 確かにメタル、というか体の半分が機械でできたサイボーグのような容姿をしているが。確かに鹿の姿をしていた。


「ああ、コイツは今までとは別格の鹿だ!」

「確かに、ここでいきなりマジのSF要素ぶっこんで来たな!」


「メタル・シカイダー。マッドサイエンティストのドクター・シカシカによって、改造されたサイボーグ鹿で……植え付けられた闘争本能プログラムと、本来の優しく穏やかな二つの精神に、常に葛藤し続けている悲しきモンスターだ……」


「どっかで聞いた事あるようなキャラ付けみたいだが、その深そうな設定は本当に要るのか?」


「くそ、コイツは強敵だ。メタル・シカイダーはURウルトラレア……。この前のローラースケート・シカはSSRダブルスーパーレアってところだな」


「昔から思うんだが、その格付けで本当に良いのか? 良いのか?」


「でも大丈夫だよ!」


 滉介が高らかに言った。


「だってここにはボク以外の、シカ・ファイターがたくさんいるんだから!」


 メタル・シカイダーを前に、多くのシカ・ファイタ―達が前に出てきた。


 ウィーン……ギュルギュル……ギュルギュルギュルギュル!


 メタル・シカイダーの両角が突然に高速で回転し始めた!


 来栖川が声をあげる。


「あれはやばい! メタルシカイダーの必殺技! シカ・ジ・エンドだ!」


「必殺技の名前が鹿終わるでいいのか! 鹿の方が終わってるぞ!」


 キュイイイイイイイイイイイイイン!


 もはやドリルのような高速回転をする両角に、メタル・シカイダーの両目が赤く輝着始めた。


 シカ・ファイターの一人が叫ぶ。


「メタル・シカイダーがデストロイ・モードに入ったぞ! 気をつけろ!」


 これは流石にファイターじゃなくてもヤバさがわかる。

 こんな高速回転する角で突撃されたらたまったもんじゃない!


「一般市民もいるんだ! 絶対にここで阻止するぞ!」


 シカ・ファイターも一般市民では? という疑問はさて置いて。俺も他のファイターたちの邪魔にならないように離れよう。


 今、URウルトラレアレベルの鹿。メタル・シカイダーとシカ・ファイターたちの激闘が始まった。


「鎖鎌の金田!」

「二刀ナイフの近藤!」

「爆裂の鬼頭!」

「トランプシューター! 中居!」

「UNO配り機の宇野!」

「鉄拳の伊藤!」

 それらがまとめて――


 ドガッシャーーーーン!


 メタル・シカイダーの必殺技、シカ・ジ・エンドによってまとめて吹き飛ばされた!


「くそう、さすがURシカ。威力も半端じゃない!」

「今明らかに戦力になれてないヤツが混じってたよな!」

「だがまだ、シカ・ファイターはまだまだいるぞ!」

 俺と来栖川が言い合っている間に、新しいファイターがまた前に出た。


「デスボイスの岳人!」

「ピアノ線の吉木!」

「クンフーの奥田!」

「フォロワー一万の山崎!」

「盲腸の山田!」

 

 ドガッシャアアアアアン!


「盲腸の山田は安静にしてろー!」

 俺のツッコミもむなしく、多くのシカ・ファイター達が、シカ・ジ・エンドによって吹っ飛ばされる。


 これでは何人集まっても同じ結果だ!


「くそう、どうすればいいんだ。このままじゃ怪我人が増えるだけだ。だれも止められないのか!」

 来栖川が歯噛みする。

「どいつも何もできないままぶっ飛ばされただけだったな! 本当に!」


「よしじゃあボクの出番だ!」


 柔軟体操を終えた滉介が前に出る。


「おい、滉介、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよユースケ。今ので弱点がわかったから!」

「本当か!」

「うん! まかせて!」


 親指を突き出した拳を見せて、女戦士のビキニアーマー姿の滉介が、メタル・シカイダーに立ち向かった。


 メタル・シカイダーも滉介を見るなり、すぐさま敵だと判断して構えた。


「シカイダーの角は左右に高速回転しているけど、体の中心線……つまりはシカイダーの真ん中には回転する角から範囲外になっている。ということは、シカイダーを攻略するには……複数で囲んだり多方向から一斉に攻撃すんじゃなくて、正面からの、一騎討ち!」


「そうか! 回転する左右の角が衝突しないよう中心線に、隙間を作ってあるのか! そして見方を変えれば、そこがガラ空きになっている!」


 倒されたシカ・ファイターたちは無駄ではなかった。

 必殺技のシカ・ジ・エンドを、間近で見たおかげで、弱点が判明した。


 あとは、一対一で正面から叩く!

 シンプルにして唯一の攻略法だ!


 そして――


 ダンッ!


 メタル・シカイダーが高く飛び、その回転する角を大きく振り下ろした。


「上空からのシカ・ジ・エンドか!」


 だが、滉介は逆に、にやりと舌なめずりをした。


「とお! りゃああああああ!」


 滉介も素早く飛びあがり、剣を振り上げる!


 ガキィン!


 とんでもない衝突音がして、滉介とメタル・シカイダーが空中で交錯した。


 両者が同時に地面に着地して、静寂が訪れる。


 キュイイイイ…………ン


 メタル・シカイダーの高速回転する角が止まり――


 そしてメタル・シカイダーの方が倒れた。


「やっ……あれ?」


 歓声をあげようとしたが、滉介の様子で踏みとどまった。


「剣、壊れちゃった」


 剣がボロボロになって潰れていた。


「そらそーだよな! 段ボールでできた作り物だからな! そっちが壊れるよな! じゃあさっきのでかい音は何だったんだ!」


「いや、滉介は確かにシカイダーを斬った……」

 何故かドヤ顔の来栖川が言い出した。


「滉介の、心の刃という剣によって、シカイダーは倒されたのさ」


「じゃあ物理ダメージゼロだよな! ノリか? ノリで倒れてくれたのか! 良いのかそれで! 本当に良いんだな!」


 何でやられたふうに倒れたメタル・シカイダーが謎で仕方がない!


「でも倒せたからオッケーだよね!」

 滉介が満面の笑みで勝利のブイサインを出した。


 大勢のコミケ参加者たちが歓声を上げた。


 滉介はそれに答えてやったあばかりに勝利のポーズでキメた

(ただし剣は折れている)。


『ギギ……ギギギギギ……』


 メタル・シカイダーがそんな鳴き声を上げて再び動き出した。


 だが――

『アリガトウ。ニンゲンサン……』


 ピ……ピ……ピ……。


 何だ? メタル・シカイダーから変な電子音が鳴っているぞ?


『コレデボクハ、ヤット、フツウノ、シカニ、モドレル……』


「メタル・シカイダー……」


 ピピピ……ピピピ……ピピピ……。


 電子音がどんどん早くなっていく。


 まさか――


 思い立った途端俺は滉介の元へ走り出した。


「滉介!」

『ホントウニ、アリガトウ……』

 ピピピピピピピピピピピーーーーーー!

「逃げるぞ! 滉介!」

「うわった!」


 火事場のクソ力とでもいえばいいのだろうか。俺は滉介の体を俵のように担いで、急いでメタル・シカイダーから離れた。


 チュドオオオオオオオオン!


「メタル・シカイダー!」

 滉介が叫び声をあげる。


 思った通り、メタル・。シカイダーが爆発四散した。


「あ……っぶねえ……」


 滉介を担いだまま、俺は尻もちをついた。


「メタル……シカイダー……」


「メタル・シカイダーは最後の最後で自我を取り戻したんだな……」

 まだドヤ顔の来栖川を見上げる。


「こうすることでしか、シカイダーの暴走を止められなかった。きっと探していたんだろうな……暴力を振りかざす、自分を止めてくれる相手を……」


「だからなんでメタル・シカイダーは倒されたんだよ! ノーダメージだっただろうに!」


 俺のツッコミは、哀愁が漂うメタル・シカイダーだった炎の塊によって、かき消された。


「さよなら、メタル・シカイダー……」

 滉介が寂しそうに、炎の塊を見届ける。


「だから何でだって言ってんだろうがあああ!」


 残念なことに、雰囲気に飲まれて、俺の叫びはかき消された。


10:


 GWゴールデンウィーク3日目。


「あーあ。コミケ終わっちゃった」

「まだ言ってるのかよ、滉介」

「せっかく次は女勇者のコスがあったのに……」


 俺たちは双子の妹を連れて水族館に来ていた。

 薄暗いが、一面海中のような光景が素晴らしい。


「メタル・シカイダーが爆発して、警察と消防車まで来たもんな。シカ・ファイター達も病院行きになったし」


 あの後が大変だった。シカのサイボーグ、メタル・シカイダーが乱入してきて暴れて爆発したと説明して、俺たちの状況説明のそれはすんなり通った。さすが現地の警察。シカ・ファイトだったと言って納得してくれた。


 そして、コスプレ会場が野外だった事が幸いした。屋内だったら爆発でどうなっていたかわからない。


 怪我人はメタル・シカイダーの必殺技にやられたシカ・ファイター達だけで収まり。とんとん拍子に事が進んだが、メタル・シカイダー爆発したことで、3日間やるはずだったコミックマーケットが急遽中止になったのだった。


 というわけで、俺たちは今、暇を持て余して暴れそうになっていた双子の妹を連れて、水族館にちょっとした遠出をしたのだった。


 連日外の天気が良かったためか、気温が高くなってきていて、早めの夏が来たと朝のニュースでやっていた。


 それに対してここは涼しい。来て良かった。


 滉介も、ちょっと遠出をしただけあって、ワンピースをメインとして上着を着たコーデできっちりとしている。


 滉介が男の娘だと忘れてしまいそうなほどに似合っていた。


 とりあえず、俺たちも魚たちを鑑賞しつつ、妹たちも見失わないように気を付けて水族館を楽しんだ。


 が、浮かない様子の滉介の表情に目が留まる。


「うん? 滉介、どうした?」

「ううん、何でもないよ……」


 どうしたんだ急に? この場ではふさわしくない、滉介のどこか寂しそうな表情。


「何だよ。言えよ、せっかく水族館にまで足を運んだんさからさ、楽しめよ」

「うん、じゃあ……」


 滉介が、何故か言葉を仕切り直した。


「コスプレしていて思ったんだけどさ、もしこのままボクが成長していって……成長期が終わったら。きっとボクはお父さんみたいに筋肉がつくようになって、十年後か二十年後か分からないけど、男らしい体つきになったら……男の娘はもうやれないよね……それはもう、女装してるおじさんじゃん」


「…………」


「だから、いつかは男の娘を卒業する時が、きちゃうんだよねって……」


 なんだ。


「なんだ、そんなことか」


 俺は滉介に近づいて、額にデコピンを入れた。


「あたっ!」


「お前はどう見ても母親似だよ。間違ってもあんなゴリゴリのおっさんになんてならねーよ」


 滉介が、ぷくっとほほを膨らまして「ユースケの馬鹿」と反論してきた。

 くだらない。


「くだらないこと考えてるんじゃねえよ。それよりも、俺たちは今が楽しいんだろ。俺とお前で、楽しかったらそれでいいだろ?」


「…………」


 はっとなって沈黙で返す滉介。

 だがそのあっけにとられたような顔も、やっと緩んだように微笑んだ。


「そうだよね、まだまだ遠い先の事より、今を楽しんだ用がお得だよね」

「ああ、お得だな」

「…………うん」


 まるで自分に言い聞かせるように、滉介は大きく頷いた。


「って、翔子と響子がいない!」

「あっ!」


 目を離したすきにアイツら。


「どこいった?」

「翔ちゃん、響ちゃん!」


 辺りを見回す。見つからないので先に進んだのかもしれない。

 速足で歩いていくと。


「これシカだよ!」

「これカッパだよ!」


 二人のやり取りの声。水槽のガラス面の一つに、妹の二人がいた。


「何やってんだお前たち。俺たちから離れるんじゃないって……」


「シカ!」

「カッパ!」


 何やら言い合いをしている?


 俺はそして分厚いガラス越しに、水槽にいる『ソイツ』を見た。


 見た瞬間、俺の頭の中で『DENGER!』という警報が鳴響き、目の前がモザイクでシャットアウトされた。


 そしてモザイク処理された『ソイツ』が、にやりと笑ってきた。


「シカッパだああああああ!」


 解説:

 レアリティUR 河童・シカ。

 偶蹄目の分際で水辺や水中へ好んで潜り、人を驚かせるのを楽しんでいる激レア鹿。

 ちなみに趣味は相撲。


 ※なお、水族館ではお静かに願います。


 そんな感じで俺たちは、残ったGWゴールデンウィークを消化していくのであった。


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