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非承認ヒロイン  作者: 稲川ひそぐ
第1章 革命編
19/25

第19話 月下の決闘

 寝たふりをしてしばらく待っていると、鉄格子が揺れた気がした。

「……?」

 人の姿は確認できない。


カタカタ…


 間違いない、揺れている。風のせいなんかじゃない。そんなもので動くほど、ここの鉄格子は軽くないはずだ。

「ひッ!?」

 現実を認めた瞬間、ボクはヘンな声が出た。

「…私のこと、見える?」

 不意に、幼い声まで聞こえてくる。

「…ね、ねえ、サク…」

 不安になって、サクに声をかける。

「…なんだ?」

「…幽霊って、この世界にいるかな?」

 …幽霊、というワードを言うだけでもゾッとしてしまう。姉さんから、幽霊とは怖いものということを刷り込まれているからかもしれない。

「…少なくとも、科学的な人間はそんなものを信じたりはしないだろうな。……大丈夫だ。ここにいるのは幽霊などではない。…フェード、わざわざありがとう」

 サクが親しげにそう話しかける。その先の空中には、誰もいなかった。が、声は確実に聞こえた。

「…うん。手伝ってあげる」

「…それでは、転生勇者の中に王が行っていた悪行についての情報を掴んで、流してくれ。その透明になった状態なら、フェードだとバレる心配はないだろう」

「わかった」

 足音が遠ざかろうとした時、サクがボクに言った。

「…そしてリンネ、お前の出番だ」

 えっ、ボク?

「今は一刻も早く王国の弱体化を図りたい。早く動いてくれ」

 ボクは理解した。

「…もしかして作戦?」

 サクはうなずいた。周りを警戒するように見渡してから、言った。

「もう始まっている。…お前への指令は1つだけだ。なんとしても、フェードを守れ」

 サクはゆっくりと口を開いた。

「ステルス機能のついたマントで身を隠すという話だったが、さすがに一人で行かせるのは心配だから一番素の戦闘が強いお前に同行してもらおう、と言うことで話がついた」

「ちょっと待って、ボクに選択権はないの!?」

「ない」

 サクは食い気味に即答した。

「選…」

「ない」

 ギャグアニメの如く、高速で否定されてしまった。

「…早く行ってきてくれ。リンネの感覚なら、多分フェードがどのあたりにいるかはわかるだろう。作戦の全容はディバインパネルを通じてフェードに伝える。状況が把握したいから、視点カメラをオンにしてくれているとありがたい」

「そ、そんなこと言われても……」

 サクは面倒臭そうに言った。

「早くしないと哨戒班員に見つかるぞ。急いだ方がいい」

「鍵は?サクが解除するの?」

「残念ながらそれは泥棒の管轄で俺の得意分野ではない。やってくれるのは彼女だ」

「うん。任せて!」

 キーラはボクが初日、服を修繕するのに使っていた刺繍針を手に持っていた。アレでどうするつもりだ?キーラは錠前の前に立つと、その鍵穴に刺繍針を差し込んだ。3秒間カチカチと言う音を立てながらいじっていたかと思うと、カチッという音を立てて解錠してしまったのだった。

「えっ…?」

 ボクはポカンとするしかなかった。

「今、なにをしたの?」

「錠前破りは前世でよくやったから、体が覚えてたみたいね」

 キーラがふふん、と言いながら針をくるくる回し、そしてそれが人差し指に刺さって痛そうな声を上げた。…やっぱりドジだ。でも、すごい。キーラの解錠の速度は、姉さんが昔実演してくれた錠前破りの速さの遥か上を行っていた。

「で、鍵は開いたから早く行ってくれ。本当に、いつ見つかるかわからない」

 ああもう、どうにでもなれ!

「…どうすればいいの?」

「これ」

 フェードが必要最低限の言葉だけでそう伝える。ボクの手の中には、いつの間にか白いマントがあった。ボクはこの手のマントの付け方なんてわからないので、仕方なく適当に首の近くで巻いて身に付けた。

 ボクはフェードについて、罪人街の壁の前まできた。

「…このアンカーを使って」

 ボクはフェードから黒いワイヤーのようなものを受け取った。

「…あと、これも」

 続けて、割と軽い剣を渡される。かなり複雑な溝が刀身にあり、長さはパルスエッジと同じぐらいだ。

「戦う場面なんてあるの?」

「…念のため」

 ということだった。

 協力してくれたミサキさんたちを裏切るみたいな形になってしまっていい気分とは言えないが、これも王座を潰すためと自分に言い聞かせて前を向く。フェードがサッとアンカーを引っ掛けたらしく、ボクもそれに倣ってアンカーを壁に引っ掛ける。アンカーの扱いは一応姉さんと山でかくれんぼをした時に崖からぶら下がるために使ったから覚えてるけど、フェードのアンカーは非常に扱いやすかった。スルスルと壁を登り、アンカーを外してさっさと走っていったらしいフェードの後を追いかける。…フェードの気配の移動は、白衣を着ているあの見た目からは想像もできないほど早かった。気を張り詰めないと一瞬で見失ってしまいそうだ。

 数十分経っただろうか。ボクは城門の向こう側は綺麗な庭園で、城までの距離は平均的な中学校のトラック一個分ほどもあった。5メートルほどの幅がある煉瓦造りの道があって、それ以外のところには川が流れていたり花が咲いていたりした。月明かりの下で見ると、幻想的な光景だ。ボクが半ばその雰囲気に吸い寄せられるように思考していると、足元が石畳の階段に変わった。

「っと、もう城門だね…。それで、どうやって情報を盗むつもりなの?」

「…録音機能をインストールしたから、それで会話内容を丸裸にする。城の構造は私が覚えているから、ついてきて」

 ボクは城の構造なんて覚えていないから、大慌てでフェードの後を追った。姿が見えない上にフェードも足音を立てないよう慎重になってるから気配だけが頼りだ。フェードは城の大きな扉を迷わずくぐると、魔法によるたくさんの白い光の玉の中に照らされた、見事な廊下を駆け抜けた。本当に、絨毯の上とはいえ全く足音がしないのはすごいと思う。時は深夜12時。死んだような静寂が、場を支配していた。

 フェードは躊躇なく廊下を進んでいき、立派な両手開きの扉の前でピタリと止まった。ボクがフェードの気配に近づくとフェードの気怠げな声が言った。気のせいかもしれないけど、ちょっと息切れしている気がする。

「…ここ、王室」

 確かに、扉越しにこの国の王、アロガンのくぐもった声が聞こえてくる。フェードはディバインパネルを起動し、録音ボタンを押した。●RECの表示が出て、録音が無事に開始されたことを示した。

「…して、報告とはなんだ、マーク」

「…ねえフェード、マークって誰?」

「この王国の軍師の名前」

 そんな人を呼ぶってことは、かなり重要な会話の可能性が高いってことだよね…?ボクたちは耳をそばだてた。

「…食堂からチビの転生勇者が抜け出したという報告が上がっています。あの白衣を着ているという、あれです」

 …あれ、か……

 ボクは…そしておそらくフェードも頭の中で繰り返しながら、少しため息をついた。

 …確信はあったけど、やっぱり黒だ。

「ほう、それがどうかしたのか?」

 アロガンは、関心なさそうに言った。その声には、あくびを噛み殺しているような響きが混じっていた。部下の報告をなんだと思ってるんだろうか。

「あの矮小な童に何ができるというのだ?あの程度のものが、私の脅威になるとでもいうのか?」

 …黒ならまだ良かった。

「…それもそうですな。しかし、周りの転生者が妙に騒いでおりまして…」

「所詮はバカどもだ。その童の見た目が珍しいからたかっているだけであろう。結託し始めたわけでもあるまい。明日にでも空中分解させてやるさ」

 アロガンは、まるで当然のことであるかのようにそう言っていた。…あいつらは、黒なんて生やさしいものじゃない。ここまでの会話を聞く限り、クズだ。…そして今話しているこれは十中八九機密情報。国家の上の人間でなければ聞けないはず。聞ける機会に聞いといたほうがいい。ボクは聴覚に全意識を集中させた。マークの声が感慨深げに呟いた。

「…これで何回目でしょうかな?」

 アロガンは得意げにふんっ、と鼻を鳴らした。

「バカな捨て駒を騙すぐらい、何回だってやってのけるわい。適当に地下牢に閉じ込めているA級の魔物を一体、民族の村近くに放っておけ。夜明けとともに、ギフトとユニークスキルでいきがっている愚かな転生者どもをそっちに向かわせる。それまでは眠り魔法で動けないようにしておくように」

「承知いたしました。すぐに手配できるキメラでよろしいでしょうか?」

「レベルが一桁の転生者相手ならそれだけで十分だ。持って3分だろう。万が一でも転生者どもの攻撃が通らないように、スキルバリアを張るのを忘れるでないぞ。民族を束ねる悪魔という設定なのだ。見た目もそれ相応に禍々しくなるよう、幻影魔法もかけておくのだ。生き残ったしぶとい奴らには、いつも通りその中に裏切り者がいるとでも言っておけ」

 …なるほど。計画の全容はおおよそわかった。魔物を放ってそれを民族を束ねる悪魔だと称し、転生勇者たちに民族もろとも襲わせる気なんだ。しかも、散々殺し合いさせた挙げ句の果てに、生き残った人たちの中に裏切り者がいると謳って仲間同士で殺し合いをさせる。…しかもアロガンの口ぶりからすると、過去に何度もこの方法で転生勇者を屠ってきたことになる。…今回もそんなことが繰り返される予定だなんて、最悪だ。でも、なんでこんなことを…

「しかしまあ、ここまでくるといくらバカでもかわいそうになってきますなあ」

 言葉とは裏腹に、マークは全く哀れみを持っていない小馬鹿にするような声で言った。

「バカを騙してに何が悪いのだ?殺して何が悪い?私より強くなれる可能性を持って生まれてくること自体が間違いなのだ!」

 アロガンはそう高らかに宣言してから、酒をぐいっと飲んだらしかった。…この王の企みがわかった。ただただ、無知な転生者を潰して愉悦に浸りたいだけだ。転生者全員を最終的に皆殺しにする気なんだ。

「…………最低」

 思わず、一言呟いてしまった。しかし、話に夢中になっているらしい二人の耳には届かなかった。ボクが怒りで歯噛みして拳を握ると、パシッとフェードに手を掴まれたらしかった。その小さくて柔らかい手の力が、『今動くな』といっているように感じられて。ボクは冷静さを取り戻した。

「…そうだね」

 どんなに腹が立っても、今から動いたら殺してくれと頼んでいるようなものだ。とにかくこいつらが黒だということは確定した。サクの計画まで台無しにする必要はないだろう。思い切り反撃する方法があるみたいだし。ボクがそう考えているとフェードのディバインパネルが僅かに震え、サクからのメッセージ着信があることを表しているらしかった。こんな感じなんだ。ボクがディバインパネルを手に取ると、自動的に画面が表示された。


〈From:Saku〉

〈To:Fade〉

〈件名:計画の全容は分かったか?〉

〈本文:計画の全容はわかったか?〉


 フェードがすぐさま『うん』と返信する。すぐに、次のメールがきた。


〈From:Saku〉

〈To:Fade〉

〈件名:次の指示だ〉

〈本文:上出来だ。なら、次はレコードを他の転生者たちに聞かせてすぐにこの国を離れさせてくれ。脱出ルートは添付ファイルに記したから、それも見せて夜のうちに脱出させておけ。転生者が動き始め次第、フェードたちもすぐに戻ってくるんだ。もし説得に失敗したなら、ヤマトの潜在的な洗脳魔法を解いてもらえると助かる。決闘を申し込んでボロ負けさせるなりして心を折れば解除可能なはずだ〉


「…ん」

 フェードはうなずいて、念話で話し始めた。

『転生者たちの部屋は王室の二つ手前』

 ボクは念話で返す。

『今日中に脱出させるってこと?』

『私も、同じことを聞いた。サクは、無理な仕事じゃない。転生者たちは王室から近い部屋に集められているはずだ。そこは立地的に、音が聞こえやすくなっている。だが、音が響かないように録音機能の字幕設定をオンにして今までのデータを全部あいつらに読ませるんだ。多少は勇者気取りの中二病も正気を取り戻すだろうって言ってた』

 フェードの補足によると、サクは極めて皮肉な口調でそう言っていたらしい。なるほど、いかにもあいつが言いそうだ。ボクはその言葉を受けて、すぐに部屋に向かった。もちろん透明化してだけど。ボクはすぐに、転生者たちの部屋を見つけることができた。

「…ここからは、私が。あなたは外で見張ってて」

 フェードは透明化を解いてからその扉を素早く開いて中に入り、魔力を流して部屋の照明であるランプを一斉に点灯させた。

「…な、なんだ…?」「おい、まだ12時だぞ!」「夜中に起こすんじゃねえよ、もう寝るぞ…」

 フェードはしっ、と人差し指を立てると、ディバインパネルを出して録音したデータを再生した。


「……え、それマジで言ってる?」

 高校生ぐらいの見た目の転生者の一人が、信じられないと言った様子でこちらを見た。

「……」

 フェードは黙っている。おそらく頷いたのだろう

「ちょっと待て、それはお前が作ったデータとかじゃなくてか?」

「……違う」

「証拠がないから信じられないわね。…リンネやサクとか、ナユタの例もあるし」

「…嘘じゃない。情報を偽造する技術はまだ発明されてないから」

 面倒臭そうに、男の子の声が言った。

「ぶっちゃけ、お前胡散臭いし信用ないからな?」

「…死にたくないなら、私の迷彩スキルが持つ今から三分以内に城から脱出して」

 フェードは淡々とそう言ってから、すごすごとこちらに戻ってきた。

「……ん」

 フェードは透明になるマントを羽織って、城の出口へと進み始めた。ボクは念話でフェードに質問する。

『あの、サクが言ってた潜在洗脳魔法ってどういうこと?』

『私が調べて、仮名称をつけた』

 フェードは色々難しいことを言っていたが、要約すると洗脳魔法をかける際には潜在意識を支配するための潜在洗脳魔法と、表面化している意識を支配するための表面洗脳魔法を同時にかけるらしい。潜在洗脳魔法がかかったままだと、いつまで経っても表面洗脳魔法にすぐやられてしまうらしい。そしてその潜在洗脳魔法はまだヤマトの中に残ったまま、ということらしかった。

『でも、契約内容にないのになんでそんなことまで調べたの?』

『興味があればそれを深掘りするのがスタンスだから』

 フェードは造作もないことのように答えた。

 ボクたちは城門を潜って城から出ると、足音をできるだけ立てないようにしながら出口を目指した。広大な庭の幅は平均的な中学校のグラウンドほどもあり、通路以外には花が植えられていた。…この王国の裏の顔を知らなければ、素直に美しいと思えた庭園だ。だが、この庭園の建設費用もおそらく民族から奪ったものや殺した転生者のギフトを売り払って手に入れているものだろう。そう考えると、ボクの腹の中でふつふつと怒りが湧き上がるのだった。

「……おい、誰だ」

 唐突に、低い声がした。…ヤマトだ。シイィン、と言う、レイピアを抜く鋭い鞘走りの音が聞こえてくる。ボクはあえて無視した。

「……隠れても無駄だ。〈スキャン〉」

 …フェードだけは守らないと…。ボクはマントを脱ぐと、ゴクリと唾を飲み込んだ。ボクが見ている方向にいるであろうフェードに、ボクは隠れていて欲しいとジェスチャーで伝える。

「…そこだ!」

 その声の主は唐突にこちらに駆け込んできた。…冷静に。ボクはすっと、腰に下げている剣に手を伸ばし、抜いた。命がけの状況なのに、なぜかボクの意識は驚くほど落ち着いていた。緊張が極限までいくと眠くなるとか、そういうのに近いのかもしれない。青白い光とともに、影が飛びかかってくる。ボクは剣道の試合で相手の攻撃をいなす要領で剣を動かした。


ガシィン!!


 刃と刃がぶつかる音が聞こえて、激しい火花を散らした。

「…お前っ…!?」

 ヤマトが鞘抜いているレイピアは、攻撃的な光を放っている。ボクたちは一旦飛び退いて、5メートルぐらいの間隔で離れた。

「…ここにとどまっている時間はないんだ。剣を下ろして」

「…無理な相談だな。リンネ、お前こそ、降参しろ」

「…それはできない」

 ボクは短く答える。

「……手前らの作戦は今晩をもって最終段階を迎えたから、俺の伝達は必要ないとフェードから伝えられた。契約終了だ。

 そして俺は王国の管理下にいる人間だ。見回り中に、罪人街に収監されている人間とばったり遭遇した。手前が抵抗する場合、俺は武力で鎮圧することも許可されているんだが、そのことは理解できるな?」

 ヤマトの言うことは、悔しいけれども至極真っ当だ。…でも、彼が道から切り掛かってきたのだから仕方がないだろう。

「まあ、ね。ところで…」

「俺はこの国家に居続けるつもりだ。手前らとこれ以上の関係を持つ気はねえ」

 ヤマトは苛立たしげに、硬い声でボクに言った。彼の表情は、冷静な色を浮かべていながらも今にも斬りかからんばかりの形相だ。…こんな手は使いたくなかったんだけど…しょうがない。

「…じゃあ、決闘しよう。ボクが勝ったらそこを通して、なおかつこのことを国に言わないで」

「なるほどな。承知した。でも、お前が負けたら、俺の強さを認めろ」

「…OK」

 ヤマトは依然として構えたまま、ボクは剣を構えた。この世界での戦闘方法はまだあまり身についていないけどしょうがない。ヤマトは両手でレイピアを持って左に揃えて下ろしているため、剣先が下を向き、右足が前に出されて左足が後ろに引かれている構え…アルバーの構えだ。前世でもヤマトが一番得意としていた。ノーガードに見せて相手が突っ込んできたときに、剣を振り上げて腹に剣先を突き刺す構えだ。

「〈烈風〉」

 ヤマトが目にも留まらぬ速さでボクに飛びかかり、ボクは剣の一振りでその一撃を迎え撃った。ボクが反撃しようと剣を引くと、刀身を翡翠色に輝かせるレイピアを持ったままヤマトはどこかに消えるようにして高速移動し、ボクの頭上から飛びかかってきた。ボクはその攻撃をバックステップで回避する。ボクは剣を構え、着地直後で隙ができているヤマトに飛びかかった。

「…やっぱり、所詮は低レベル帯だな…〈飛鳥〉!」

 ボクが思考する間に、ヤマトのレイピアがボクをなぎ払った。ボクはスレスレで身をかわしたものの、風圧がボクの髪を揺らした。……もう一瞬でも遅ければ、首を持っていかれていた。ヤマトのレイピアは群青に輝き、さらに右一回転の斬り付けがボクを襲ってきた。ボクの剣はその一撃で後ろに吹っ飛び、とどめとばかりにヤマトはレイピアを引いた。…右から突きがくる。前世でも、こいつは電光石火の突きを一番得意としていた。ボクはヤマトが持つレイピアの角度と自分の体勢を照らし合わせて計算した。…この状況での攻撃回避は不可能に近い。

「…っ!」

 でも、諦めない。ボクは受け身のように腕を床に叩きつけて空中に飛び上がり、突きを回避した。で、できた…ボクは着地した直後にローリングして剣を握り直し、ステップを利用してヤマトに躍りかかった。

「ひとつ聞きたいんだけど、さ!」

「…んだよ」

 ヤマトは話をすることを拒絶するかのようにレイピアを振り回し、ボクを遠ざけた。彼の左手が光り、その体の周りに無数の西洋剣が渦巻き始める。当然、ボクは近づけない。ヤマトは左手をボクに突きつけ、西洋剣を発射した。無数の狂器が、ボクに襲いかかる。ボクはステップを連続で踏みながら弾幕のような剣の連撃を回避する。髪が揺れ、耳の横を刃が通り、足元の石畳が、剣の刃がぶつかる甲高く冷たい音を立てる。それを抜けた先に……ヤマトが巨大な西洋剣を召喚してボクに振り下ろしてきていた。咄嗟に体を捻りながら横ステップで回避する。横の地面が割れるような音を立てて激動し、ボクは背中にじわりと汗が滲むのを感じた。だが、ヤマトの顔を見据えて言う。

「…なんで君は、そんなに認められることにこだわるの?」

「…うるせえよ、人がどれだけ頑張ってるかも知らずに!認められなきゃ俺に価値なんてねえんだよ!」

 両者、剣を振りかざす。

「ここではたくさんの人に認めてもらえる!もう誰かの影なんてことは絶対にあり得ないんだ!」

 ヤマトは…前世から全く変わっていない。この世界の、この国家で過ごした結果こんな風になってしまったんだ…。いや、本心が曝け出されている状態と表現した方が適切だろう。これは、普通に話しかけるだけじゃだめだ。ボクは声が聞こえやすくなるように、ヤマトの懐に飛び込んだ。すぐさま、鍔迫り合いになる。

「ヤマトは努力家じゃない!前世でだって、ズルしなくたって、頑張って頑張って、強くなっていった!たくさんの剣の道を志す人たちを認めさせていった!そんな君が、この程度で満足できるの!?」

 いつの間にか、ボクはヤマトにこの国を離れるよう説得していた。

「前世の話なんかすんな!あんな弱かった俺と、今の俺を一緒にするんじゃねえ!」

 過去から逃げたい…。その願いは、ボクにわからないでもない。事実、ずっと引きこもっていた自分の過去や、死の瞬間は思い出したいものじゃなかった。

「…わかってるよ。今のヤマトの方が前世よりも十倍弱いね!」

 ボクは挑発するように言ってから、オクスの構えに切り替えて3連撃をたたき込んだ。ボクが得意とする構えのひとつだ。

「ほら、剣の動きがブレブレだよ。前世のヤマトだったら、こんな状況に立っても的確にカウンターしてきたと思うんだけど?余裕な笑顔かましながら、さ!」

 言い終わると同時に、ボクは力いっぱい剣を使ってヤマトのレイピアをなぎ払った。

「違う…!」

 そう、ヤマトは周りにおだてられて、努力を少し怠っていた。十分に強い。しかし、レイピアの動きが、鈍い。これも王様の転生勇者を弱体化するための作戦だろう。ボクは一気に言葉で畳みかけて、ヤマトの心を徹底的に折ることにした。

「ヤマトは周りにおだてられてただけだ!自分の劣等感から逃げたかっただけだ!」

「違う、違う、違う、やめろおおおおお!」

 ヤマトは頭をかきむしりながら崩れ落ちた。…人の心をこんなにグサグサさすようなこと、ボクだって言いたくない。でも、こうでもしないと王国の呪縛は解けないだろう。

「自分がその優越感に浸るために何人が犠牲になってると思ってるんだ!現実見るべきなのはそっちだよ!」

 ボクはカップを狙い、ヤマトが持つレイピアを弾き飛ばした。

「…これが現実さ。君は傲り高ぶって、弱くなった」

 ボクの言葉に呼応するように、ボクが弾き飛ばしたレイピアが、冷たい音を立てて石畳に突き刺さった。ヤマトは黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「…なあ、今どんな気持ちだ?敵が嫌がるようなことを言って戦意喪失させるのは楽しいか?さすがはあのクソ女の弟だな。ああいう奴の真似はしない方がいいぜ。品格が下がるから、な!」

 ヤマトは人とは思えない速度で立ち上がり、青い翼を背中に呼び出してレイピアを拾い上げると、何かのスキルを発動したようだった。レイピアを翡翠色に煌めかせながら目にも止まらぬ速さで飛び掛かってきた。ヤマトの一撃は相当な威力で、剣が打ち据えられた瞬間、ボクは壁に吹っ飛ばされた。だが、ボクは何も感じなかった。ただただ、横倒しになったまま、彼の言葉を反芻していた。

「……ほら、また正論言われて動けなくなってるじゃねえか」

 ボクはゆっくりと、立ち上がった。

「………人を貶めることが正論?ふざけるのもいい加減にしろ」

「ふざけてるのはそっちだ。貶められて当然のやつを貶めてるだけだ。悪いことは何も…」

 ボクの怒りは、激しくも静かなものだった。

「…君にとって、ボクの姉さんがどんな存在だったか知らない。でも、姉さんの存在を愚弄される筋合いは、ない」

 剣をオクスの構えに切り替え、ヤマトに飛びかかる。…殺しはしない。でも、赦免なんて言葉はボクの意中になかった。

「〈ラッシュ〉」

 足下に踏ん張りをつけて、すぐさま連撃を放った。右、左、上、斜め上、袈裟斬り、燕返し、回転斬り。ヤマトのレイピアを弾き飛ばし、喉元に刃を突きつけた。

「お、おい、なんでそんなマジになるんだよ…たかだか姉を馬鹿にされた程度だぞ?」

「…ああ。そうだね。君はボクにとってそれが何を意味するか、想像もしていないんだろうけど」

 剣を突き刺す代わりに、ボクはそう一言だけ言った。

「……あなたは、人に認められたい?」

 フェードが静かに、マントを脱いで出現した。ヤマトが抵抗してこないことを見越しているようだった。

「…何が言いたい?」

 フェードは次の瞬間、念話で信じられないことを言い放ったらしかった。

「……は?」

 根拠として、ヤマトが度肝を抜かれたような顔でフェードを凝視している。

「…考えておいて。決まったらいつもの場所に」

 フェードはそう言うと、行こう、と言う風にボクを見て、自分がマントを着てボクにもマントを装備させた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 …リンネとフェードが立ち去った後。ヤマトは一人、大きな虚脱感に襲われていた。試験的にかけられていた本心を曝け出す魔法。…仮面とは別で常時発動するとともにつけられていたステータス上昇の効果が解けて、もはや普通の少年に戻った彼。圧倒的な力から解放された彼は、同時に激しい憤りを感じつつあった。自分を操った王や、自分を褒めちぎっていい気にさせ、弱体化させた王の側近たち、何より簡単にそれらに引っかかってしまった自分に腹が立っていた。完璧主義者で負けず嫌いのヤマトを怒らせるには、十分すぎる要因である。…彼にとって、リンネたちが信用できるかどうかは心底どうでもいい。ただ、自分を貶めた連中に一泡吹かせないと気が済まなかった。

「…でもなあ…」

 あんなに偉そうな態度を取ってしまった手前、彼らに協力するというのもなんだか気がひける。だが、彼の不敵な精神はすでに復活しつつあった。

「…まあ、俺はいずれ世界の中心に立つ男だ。クーデターの一つや二つ、できなきゃダメだよな…」

 そう、あいつらに協力するわけじゃない。これはあくまで自分が不満をぶつけるために起こすクーデターだ。

 言い訳するように思考した後で、ヤマトはずっと疑問に思っていたことを一人口にした。

「…しかし、リンネはなんで怒ったんだ?」

 リンネがあそこまで怒る理由が、ヤマトには想像がつかなかった。ヤマトにとって、姉とは、いや、家族とは自分を無視する背景のような存在でしかなかったからだ。貶めたところで、なんの罪悪感もない。むしろ鈍の姉ばかりをひいきにして自分を無視し、虐げ、さらには必要ないとまで言ってきた彼らを、憎くさえ思っていた。外にも自由に出かけられない、唯一続けることを許された剣の道だって、大会で一度でも優勝しなければ辞めさせられる。何者に近づくことさえも許されないヤマトには剣しかなかった。だが、その状況に追い込んだ家族は揃って自分のことを剣を持った野蛮人と呼ぶ。そしてリンネの姉はリンネに剣術を教え、強くしてヤマトにとっての全てである剣の道を絶った存在だ。…そんな状況で生きてきたからこそ、リンネが憤った理由がわからなかった。

「この先、あいつらに寝返って動けば何か変わるんだろうか」

 …わからない。ヤマトは自分の燻った切なさと期待をかき消すかのように、すぐに動き始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 房につくなり、透明のままフェードは意味深なことを言った。

「…計画通りにことは運んだ。感謝する。

 ……下積みはこれで十分。あとは本番だけ」

 サクがふと、疑問そうにフェードに言った。

「話を聞く限りだいぶ派手にやったようだが、連中には気づかれていないのか?」

「……うん。防音迷彩結界でごまかした」

「…ならよかった。では、そろそろ仕上げの説明をしておこう」

 サクから、王座を潰す最後のピースを伝えられて、ボクたちは緊張した夜を過ごすことになるのだった。

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