第17話 犯人探し
どれぐらい時間が経ったんだろう。ボクはゆっくりと、目を開けた。真っ白な天井。……ここは病室らしい。
「…ねえ、サク、大丈夫?」
「……世の中は大抵、見えたものの表面しか信じない馬鹿ばかりだ。今更この世に幻滅したりもしない」
ボクの質問に、サクは淡々と答えた。
「……リンネこそ、その…大丈夫か?」
「ボクは大丈夫。でも、ミサキさんが心配だ」
ミサキさんは苦笑した。
「自分のことより俺の心配ッスか?」
それもそうだ。ボクは一応雷魔法をくらっている。
「でも、命懸けで戦ってくれたじゃないですか」
…自分が攻撃を受けたその事実があったとしても、ミサキさんが行ったことの偉大さは変わらない。ミサキさんが止めてくれなければ、今頃どうなっていたかわからない。
「…はあ、まあ俺も怒り任せに攻撃しちゃった身ッスから、本国からどんな扱いを受けるか分かったもんじゃないッスけどね。…それに、サクの問題もまだ解決してない訳ッスから。
…あと、もう下手に動けると思わないほうがいいッス。さっき俺のディバインパネルを確認したら、俺の自室にしまってる哨戒班の制服のポケットからコインが出てきたんだがどう言うことだ、ってメールが届いていたッスよ。収容者の間では、俺がサクに協力して、サクが哨戒班員含む全員のユニークスキルを消し去った、みたいな構図が出来上がってるそうッスね。…全部、あの国の要人が扇動してるみたいッスけど」
ミサキさんはため息まじりにそう言った。
「ボクは、サクを信じるからね?」
当然のことだけど、言わずにはいられなかった。
「…俺が本当に犯人かもしれないのになぜそう信じる?」
「…だって、相手は緑の手の『女』なんだもん」
サクは苦笑した。
「その程度の根拠で俺を信じられるのもリンネぐらいだ」
さてと、と言うふうに、サクは腕を組んだ。
「…俺の推理だが…相手は複数いる。明らかに単独犯ではない」
「複数人いるってこと?」
「…ああ。2人か、あるいは3人だ。まず1人目がミサキさんに変装してコイン入りのライトノベルを配ったやつ、そして2人目がユニークスキルを消したやつだ。3人目がいるとすれば、それは先ほど言った2人のサポート役に回っていることだろう」
なるほど。とは思うんだけど、正直理解があまり追いついていない。でも、サクの口は止まらなかった。
「…今から、俺の推察をできるだけ多く話す。いいか、絶対に聞き逃すな」
サクはそう言って、ボクに推察を語り始めた。それは論旨が明確でかつ筋道の通った考えであった。
「ことが起こってしまった以上は俺も派手に動けない。怪しい奴はすでに1人ピックアップしている。そいつから見張ってくれ。…ミサキさんも、できれば協力してもらえると助かる。哨戒班員の立場があれば、収容者がいけない場所でも確認が可能なはずだ」
「…俺は、哨戒班員ッス。お前らに協力はできないッスよ」
「…何か、我慢しなくてもいいよな?みたいな内容のことを権力者に言っていた気がするが?」
ミサキさんがウッと詰まる。
「…ミサキさんが何を我慢させられていたのか俺に知る由もないが…。俺たちに協力してくれれば、少しだけいいことがあるかもな」
ミサキさんは俯いて、普段哨戒班員の制服に隠れて見えない腕に目を落とした。そこには権力者とやり合った時にできたのか、真新しい切り傷がついている。白い綺麗な肌に、それは痛々しく横たわっていた。
ミサキさんは悩むような顔をしてからサクの方を見た。
「……約束ッスよ」
「…当然だ」
サクの目は、逆境に立たされているとは思えないほどに強い意志の光を湛えていた。
「…サクは、なんでそんなに強くいられるの?」
思わず、質問してしまった。
「……強くはない。ただ、どれだけ苦しめられても未練には及ばないと言うだけだ。目の前のものよりも苦い経験があれば、相対的に心境の負担は軽くなる」
そう答えながら、サクは挑戦的な目で病室の窓から見える罪人街の監視塔を眺めた。
…絶対に、サクとミサキさんの冤罪を証明してやる!
「…なあ、リンネ」
復帰してから最初の昼、下拵えの作業をしていると唐突に銀一さんが聞いてきた。
「…その、大丈夫か?怪我とか…」
「お陰様で。ドクターってすごいですよ、ホント」
傷がほぼ治っているので、ボクは無事作業に戻ることができていた。
「…それに、ボクとしては、サクとミサキさんの方が心配です」
「いやまあ、そのな…サクってやつがやった証拠は出てきたんだろ?認めたくないのはわかるけど」
「…サクはやってない。本当なんです…」
「…ま、お前が言うならそうなんだろ。リンネは嘘がうまそうなやつじゃないし」
銀一さんはあえて何も言うことはしないようだった。
「…じゃあ、誰がやったんだ?」
「……サクはもうすでに、見当がついてるみたいです」
ボクはじっと、バレない程度に1人の客を見つめていた。喧嘩をしたのか、尋常じゃないぐらい擦り切れた服を着ている収容者だ。この男は、ボクが揉めた男である。銀一さんが、ぎこちなくボクに言った。
「……いずれにしても、あまり目立つようなことをしない方がいいぜ。お前ら、一部の奴らを除いてほぼ全員に相当恨まれてるから」
もちろん承知の上だ。
「ほら、とっとと洗え!」
昨日の権力者が、雑に皿を投げつけてくる。…これは陶器だ。割れたらタダじゃ済まない。ボクはキャッチして、急いで油でギトギトの皿を洗い始めた。まったく、どれだけ汚い食べ方したらここまで汚れるんだか…。見張り担当になっているミサキさんが、申し訳なさそうにボクの方を見ているのがわかった。
「これもだ、もたもたするな!」
擦り切れた服の男がコップをガシャンとカウンターに置く。
「……」
でも、ボクは何も言わない。こいつをざっと観察する。長袖の服を着ているのでわからないが、あちこちが錆びた刃物で擦られたかのように擦り切れている。
「…何ジロジロ見てんだ?」
やばっ、ちょっと怪しまれたかも。
「…別に」
ボクはあえてそっけなく返しながら、バレない程度に男を観察した。
「…あいつ、人間性が終わってる上に男選びまで終わってんのかよ」「あいつは…俺でも流石に抱きたくないぞ」
ヒソヒソと、そんな声が聞こえてくる。
「ああっ!?」
ばっちり聞こえていた男が、ガシャンと音を立てながら振り返る。その時に気がついた。
男の後頭部には、目を凝らさないとわからないほど細い糸がついていた。…サクが言っていたけど、この男の仕事場は陶器工房。サクと同じ場所だ。細い糸を扱う場面なんてないはずだ。…じゃあ、なんで…?
「………」
サクがお盆を返しに来て、また指先でコツコツとカウンターを叩く。『…目を離すな』って言ってる。
「おい、邪魔なんだよ、悪魔!」
体格のいい男がサクを突き飛ばす。
「……」
「なんとか言えよ、人のユニークスキルを消し去ったくせに!」
「…なんとも言わない。何も消してはいないからな」
サクは相手を触発しそうなことを言う。
「いちいち往生際が悪いんだよ!証拠も出てるだろうが!」
その一言を皮切りに、食堂の雰囲気がどんどん険悪になっていく。多分、サクが何を言っても聞き入れはしない。
「…疑いたいならご自由に。だが、俺は無罪を勝ち取る」
「罪人街にいるくせになーに言ってんだか。クソ野郎に発言権はないだろ?」「どこまでも救いようがねえな」
ガヤガヤと収容者が騒ぎ始めたその時、権力者は髭を整えながら言った。
「こいつは魂を悪魔に売り渡したせいで穢れた心を持っているのだ。もう何を言おうと、元の人間には戻らない」
心が穢れているのはどっちだ。言い出したいのを我慢する。今は見張りに集中しないと。ここに来る前、サクからもそう言われている。少なくともサクが言い出した以上は、この程度のことでメンタルが崩れることはないって解釈でいいらしいから。
「……」
服の擦り切れた男がボクの方を見る。
「…おい、そこの尼もなんとか言えよ」
…はあ、そう言われてもなあ。
「……」
まあ、しゃべらないという選択以外に取りようがなく。権力者はそんなボクに気を良くしたのか、さらに喋り始めた。
「…はあ、貴様ら、人のユニークスキル消しておきながら黙秘か?庇っておきながら何も言わないのか?」
さも自分が真実を知っているかのように正義を振りかざす。本当のことは誰も見ていないというのに。一方的に、真実を知らないものたちがボクたちに向ける憎悪だけが膨れ上がっていく。…正直、不快だ。
「…こんな奴らが作った飯なんて、食いたかねえよ…」「…ま、味は良くても正味ゴミだよな」
サクが気づかれない程度にモールス信号をボクに送ってくる。
………耐えろって?はは、わかってるよ。
「……」
権力者が何も言わないボクを不快そうに見つめた。まあ、何か言った方がヘイトスピーチもしやすいだろうからね。そりゃそうだ。
「……おい、何かしゃべれ」
コソコソと、周りに聞こえないように権力者はそう言った。
「……俺を無視するのか?クソッタレが」
「…クソッタレはどっちですかね」
反射的に放ってしまったボクの一言で、一斉にブーイングの嵐が起きた。
「お前だろ!」「どう考えてもお前だよな!」「今更逆ギレとかどうかしてるわ!」
サクが呆れ顔でこちらを見てくる。これ幸いと、権力者がこちらを見る。
「…そうか、貴様らはどうやらわからせる必要があるようだな。監視塔に来い!…おい、哨戒班、何をしている、さっさとこいつらを連れて行け!」
哨戒班の人たちは顔を見合わせて、どうする、と目線で相談しているようだった。
「…それともなんだ。お前たちもミサキの仲間なのか?それなら納得だな。哨戒班員の協力なしに、見張りの目を掻い潜ってサクが全員のユニークスキルを消し去ることなど、不可能だ」
サクがコツコツと、カウンターを叩く。…断定すると、人は信じやすくなる。と言っている。いや、こんな時まで解説入れなくていいよ。
「……リンネ、サク、来い!」
哨戒班も、一瞬で向こう側に寝返った。…味方は、ほぼいないみたいだ。抵抗するとまた面倒なことになりそうなので、ボクたちはついていくことになった。ボクたちが入り口から出て行くと同時に、擦り切れた服の男も一方に向けてあたりをさりげなく見回しながら歩いていく。…あれ?あの方向って確か…
「よそ見をするな!」
権力者からバシッと平手で叩かれながら、ボクは強制的に正面を向かされた。
監視塔に入るのは初めてで、真っ黒な廊下が特徴的だった。どこまで行っても黒く、正直目がおかしくなりそうだった。というか、サクの位置がとてもわかりづらい。見事に擬態している。
「おい、黒いの、逃げるなよ」
「…ふん」
サクは特に何も言わない。そこからは、カツカツという足音が響いていた。プレートが並んでいる扉にかけられており、そこに哨戒班員の名前と思しきものが書かれていた。
「……サク?」
サクは一つの扉をじっと見つめていた。その扉には小さな刃物で切ったような傷が無数についている。
「…いや、なんでもない」
そう言ってサクは顔を真正面に戻したが、目だけは扉を見つめ続けていた。
「おい、喋るな」
前にいる権力者が、目の前を飛び回る蠅を見るような目でボクたちを見ながらそう言った。
そうこうするうちに目的地に着いたようで、権力者は重厚な作りの、金属でできた扉を開いた。扉の上には、『矯正室』と書かれている。
「…入れ」
ボクたち2人が入ると、権力者はバタンと扉を閉めた。
「……貴様らが何を嗅ぎ回ろうとしているか、吐いてもらおうか?」
「…なんの話だ?」
サクは案の定、感情の読めない声ですっとぼけた。
「おい、女、お前にも言っているぞ」
「ボクにも、なんのことだか」
ボクもサクに合わせてすっとぼける。というか、ボクも何を嗅ぎ回ればいいかなんてまだあまり教えられてないわけだし。
「全く、呆れたことだ。弱いだけでは飽き足らず、愚かで卑しいとは…」
「……で?」
サクは挑発するように言う。
「いつまでも私が武力行使に出ないと思うなよ?そのためにこの拷問部屋に連れてきたのだからな!」
権力者はそう言って、鞭を取り出した。…この手の鞭は…音が大きくて殺傷能力が低いタイプだな。いや、当然叩かれたら痛いんだろうけども。ボクがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、権力者は鞭を鳴らしながらこちらに向かってきた。
「よいか、国王陛下は大変お怒りだ。無論、貴様らの行った人間性を著しく欠く行為に対して、だ。貴様らは上級貴族に暴行を行ったことでここに収監されたそうだが、まるで直っていないではないか」
「そりゃあ、元から直すところなんて一つもありませんから」
「はあ、つくづく、愚かだ」
鞭の炸裂音が、ボクの耳元で響く。直後、頬に焼けるような痛みを感じた。
「…さて、そろそろいい、か」
権力者はそう言って、歪んだ笑顔に変わった。
「…で、話は変わるのだが、貴様らは今、どんな気持ちだ?」
視線は舐めるように、手には鞭をペシペシと打ちつけ、全体的にカカシのような体格の権力者が、そんな挙動をしながら卑しく笑っている。権力者がサクにツカツカと近づき、顎をくいと持ち上げて言った。
「残念だったなぁ。国王陛下の崇高な計画によって貴様はまんまと冤罪を被ったわけだ」
1人得意気に、権力者は並べ立てる。
「…俺を嵌めたつもりになっていることは認めるんだな?」
サクはあくまで冷静さを忘れない。
「そうだ。我々は貴様を嵌めた。だいたいその見た目でその賢さを持っていることに、既に腹が立つ。その頭脳は本来、俺のような将来があり、金と権力を持がある財閥の人間が持つべきなのに…」
「…頭脳を運ぶのは金や家柄ではない。くだらん羨望だ」
サクが至極真っ当なことを言う。
「持っているやつに何がわかる?」
被害者ヅラをしながら、権力者はサクに向けて鞭を振りかぶった。バシュッと音がして、サクの頬が打ちすえられる。
「ちょっと、サクは別に間違ったことは言ってないじゃん!」
「いいや、間違っている!この俺に反することを言った。それはもう間違いなのだ!そして俺を否定した貴様も、無論間違いだ。反省しろ!」
鞭が3回連続でしなり、体を這い回るように打ち付ける。
「だいたい貴様もなんだ、その容姿は!プリーツミニスカートなどといやらしい。美脚を見せつけて人を欲情させるために履いているのだろう、この色情魔が!その穢れた魂ごと引き摺り出してやる!」
そう言いながら、思いっきり胸に平手をくらわせてくる。…いや、胸触りたいだけかよ。
「その容姿も、美しき王宮の女官が身につけているべきものだと言うのに…。下等な生物のくせに、なぜ貴様らは美や力を持っている?なぜ我々の上に立とうとする!」
憎しみが膨れ上がったのか、鞭を振りかぶってくる。
「国王陛下も、大変お怒りだ。なぜお前たちのような者どもが力を握っているのかとな。…だから、始末されることになったのだ。恨むなら、傲慢にも力を持った自分達を恨むがいい!」
「……」
数分後、ボクたちは全身を鞭で打たれ、最後に回復魔法でできた傷を回復された。…まあ、かなり痛かった。姉さんとの模擬戦闘でダメージの少ない鞭で打たれた経験はあるけど、それといい勝負だ。姉さんも鬼畜ではあったんだけど、今回は精神が疲弊しきっている上に相手にも容赦がない。キツさで言うとこっちに軍配が上がることは間違いないだろう。回復魔法で外的な傷は回復されたとはいえ、いまだに神経はひりついていた。
「回復してやったのだから感謝しろ、ドブネズミどもが」
元はと言えば誰のせいだよ。とツッコみたくなるのを抑えながら、ボクたちは監視塔から解放された。するとサクは真っ先に、キョロキョロとあたりを見回した。そして目当てのものを発見したのか、じっと視線を動かさなくなる。
「…サク?」
サクはボクの呼びかけに応じない。
「……」
目を見開き、何かを必死に伝えているようだった。
「…?」
ボクがサクの視線を辿ると、そこにはギール班長の姿があった。
「……」
ギール班長は振り返ることなく、石像のように動かなかった。
「……よし」
サクはため息まじりにそんなことを言った。そして、念話でこちらに向けて語りかけてくる。
『……ギール班長と念話で話した結果、証拠集めに協力してもらえることになった』
えっ、サクすごすぎない?あの堅物そうなギール班長をたったあれだけの時間で丸め込んだの?体感一分もなかったよ?
『……作戦の決行は今日の夜。仕事から帰ったらすぐに行動を始める』
サクから作戦を聞いてから、ボクは仕事場所に向かった。相変わらず他の収容者の視線が痛いけど、今はそれ以上にサクとミサキさんの冤罪をはらす手がかりが手に入るかもしれないという希望があるから気にならなかった。
その夜、ボクたちは細工を施してからこっそりと動き、ギール班長とハッチを回して開いた。しんしんと冷えた廃棄されている陶器の匂いと共に、ボクたちの目に衝撃的なものが飛び込んできた。
「…これは…!」
「…やっぱりな」
サクが珍しく、ニヤッと口の端を吊り上げた。ボクたちは、サクやミサキさんが犯人ではない決定的な証拠を手に入れた。
翌朝、ギール班長がボクたちに手招きをした。
「…お前たちに会いたい人間がいるそうだ」
「…久しぶり」
彼が門から通したのは、白衣を着たフェードだった。
まともにミステリー書いたことないからこういう話書くのめちゃくちゃ難しい…




