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非承認ヒロイン  作者: 稲川ひそぐ
第1章 革命編
16/25

第16話 緑の手の女

 事件は真夜中、ボクがうとうとしていた時に起こった。3分ぐらい微睡んで、ようやく眠りに入れそうと思った時だった。突然、体の右側でぼうっと緑色の光が灯った。なんだか見ているだけで頭の中が甘く、考えが欠落していくかのような、そんな不思議な感覚だった。何かが起こっている。そう直感しても、体は全く思うように動いてくれなかった。ボクがぼんやりとその光の出どころに首を傾けると、女性のようなシルエットが見えた。光源はその両手である。彼女は腕をサッとボクの方に振るって、そしてサクの方にも同じようなことをしてから消えるようにしてこの房からいなくなった。状況が飲み込めてきてから、ボクはなんだかとてつもなく大きな虚脱感に襲われていることに気がついた。

「サク」

 …サクは何も答えなかった。最初は寝ているのかと思ったが、違った。サクは恐ろしいぐらいに目を見開いて天井を見上げていたのだ。

「サク、サクってば!ねえ!」

 まるで病人のような顔色のサクはゆっくりとこちらを見た。

「…緑の手の女だ」

 サクはその一言だけを言い放ってから無言になった。

「どういうこと?」

 ボクが質問した時には、罪人街は深夜とは到底思えない大騒ぎになっていた。5分で、ミサキさんがボクたちの房に飛んできた。

「おい、お前ら!全員いるッスか?起きるッス!」

 かつてないほど緊迫した表情のミサキさんを見て、ボクはこれが只事でないのを理解した。

「ミサキさん、一体何があったんですか?」

「…緑の手の女が現れたって言ったらわかるッスか?オレたち含め、ここにいる奴らは全員ユニークスキルを失ってしまったわけッスよ」

 一つの疑問が浮かんだ。

「なんで全員がユニークスキルを失ったことがわかったんですか?」

「…俺たちは自分のディバインパネルを確認して、お前らについては徴収したディバインパネルを確認したんッスよ。哨戒班員にはその権限が与えられてるッス。その結果、俺たちとお前らのディバインパネルからユニークスキルの項目が綺麗さっぱり消えてることがわかったのでこんな騒ぎになってるわけッス」

 緊急事態だ。ボクはひとり、そんなことを頭の中で呟く。緑の手の女。敵が近いとわかったなら逃げればいいのに、なんてことを初めてその話を聞いた時は思ったが、実際に遭遇すると手も足も出なかった。あれは人が敵う相手じゃない。

「サク、怪我はない?」

「…ああ。なんとかな」

 キーラは、ぼんやりとした顔でペタンと房の床に座り込んでいた。

「キーラも大丈夫?」

「……」

 ライトノベルのそばにペタンと座っている彼女は、まるで石像のように動かない。

「…キーラ?」

 キーラの目の焦点があっておらず、いくら呼んでもピクリとも動かない。…どう考えてもおかしい。ボクはキーラの口と鼻近くに手を翳した。

「息をしてない!?」

 ベッドに座っていたサクが弾かれたように動き出し、キーラの口と鼻に手を翳した。

「おい、リンネ。応急処置を急げ!」

 サクの口から出たとは思えないほど、張り詰めた声だった。ボクはすぐにキーラを寝かせ、胸骨圧迫と人工呼吸に取り掛かった。ミサキさんもすぐに自分のディバインパネルを取り出し、そこに向かって叫んだ。

「こちらAブロック!要救助者を確認!症状は心肺停止、担架を持ってすぐに来るッス!」

 その知らせを受けたのか、1分もしないうちに一番近くにいた哨戒班員が駆けつけてきた。その手には、ディバインパネルから取り出してきたらしい担架が持たれている。その班員はミサキさんと協力してキーラを担架に乗せると、二人ともおそるべきスピードで中心の鉄塔まで走っていった。ひとまずは、ボクたちにできることは無くなったわけだ。

 サクは疲れ果てたようにベッドで頭を抱えた。

「…くそッ、油断した…このタイミングで……」

 サクがかつてないほど悔しがっている。歯を食いしばり、切長の目を一本の針のようにしながら床を眺めていた。

「サク、なんでサクがそんなに悔しがるの?」

「……そうだな。今は悔しがっている場合ではない」

 ダメだ、話も噛み合っていない。こんなに取り乱しているサクは初めてだ。

「サク、落ち着いて」

 ボクはサクの背中をさすって落ち着かせようとしたが、全く功を奏さなかった。ボクにできることは何もないらしい。

 緊急招集が行われるかと思いきやそういうわけでもなく、そのまま就寝となった。就寝前にはミサキさんも帰ってきて、最終的な点呼を開始していた。点呼が終わって出て行こうとするミサキさんに、ボクは声をかけた。

「…ミサキさん、なんで哨戒班は犯人探しをしないんでしょう?」

「…司令本部の方で確認したところ、ユニークスキルを使用したというカウント…まあ本人の神経とリンクした検索履歴みたいなものなんッスけど、それが入ってなかったらしいんッスよね。よって、お前らを疑うことはお門違いってことになって、外部調査に切り替えることになったッス」

 淡々と伝えるミサキさんは、どこか疲れたような顔をしていた。

 結局睡眠時間を2時間とった後に朝になり、朝のルーティンをこなしてから各々仕事場に行くこととなった。ただ、今日は国の要人が来るからできる限り目立つ行動は避けろとのこと。キーラの意識は戻っていないらしいのが気がかりだったが、今それを気にしていたところで何か変わるわけでもない。

 気持ちを切り替えて料理の下拵えをするボクの横で、銀一さんがポツリとこぼした。

「なあ、リンネはこの件について、どう思ってる?」

「…まあ、びっくりするよね。普通に考えて」

「…俺は、取り戻したいよ。一人ひとつ貰った宝物だからな」

 銀一さんは拳を強く握りしめながらそう言った。

「ちなみに銀一さんのユニークスキルって何だったんですか?」

「水をつゆに変えるユニークスキルだった」

 なるほど、饂飩屋をやるにはうってつけのスキルというわけだ。

「世の中で言うハズレスキルだったけど、俺にとってはこの世界で店を開ける希望を与えてくれた大事なスキルなんだ。…だからなんとしてでも取り戻したい。未練を晴らすためにもな」

 銀一さんの声からは、わずかな湿っぽさがうかがえた。…うーん、こういう時、なんて返せばいいんだろう。この空気感をなんとかしたいけど、できない。…そうだ。

「そういえば、銀一さんのブロックからは何か見つからなかったんですか?変わったものとか」

「変わったもの?…あー、ミサキって哨戒班員からラノベを渡されたけど、それまでだな」

 …ミサキさんは、房にいる人間にさえ布教するほどラノベが好きなんだろうか。そうだとしたらそれでいいけど、少し気になる。

「…あ、それなら、私のブロックにもライトノベルをくださりました」

 床掃除をしている女の子がボクに言う。

「えっ、君も?」

「ラノベなら俺のブロックにも配りに来たな」「あー、それならあっしのブロックにも配りに来たでやんす」

 どうやら全員が、ラノベの存在を知っているようだった。全員がユニークスキルを失った。緑の手の女は、近くにいる相手のユニークスキルを消し去る能力を持っているのだろうか?それとも、範囲内の相手のユニークスキルを消し去ることができるのだろうか。いずれにしても、相当に厄介な能力だ。

「……ん」

 そんなことを考えていると、サクがカウンターの方にお盆を返しにきた。

「………ん」

 カツカツと、カウンターを爪で叩いている。

「…え?」

 もう一度、同じペースで叩く。めちゃくちゃ早い。

「あの、サク?どうしたの?」

「……はぁ」

 ため息と同時に、またカウンターを叩き始める。少し、叩くペースがゆっくりになった。…ああ、そう言うことか。ボクが頷くと、サクも頷いてさっさとどこかへ行った。

「変わったやつだな」

「うん、結構変なやつですよ」

 ボクは相槌を打ちながら、考えを巡らせた。緑の手の女が人間だと仮定して。全員の房をあの短時間で移動することは不可能だ。では行き着く考えは何か。全員が共通して受け取っているラノベに何か仕掛けがある。…もしそうだとしたら、ミサキさんが一番怪しい。ラノベに細工できるのはミサキさんぐらいだからだ。

「…確かめに行こう」

 その日の自由時間、ボクはサクとハッチで落ち合った。

「サクってば、なんで口に出して言わなかったの?」

「…饂飩がいただろう?」

 ああ、それでか。…それにしても、ボクが姉さんからモールス信号を教わっていなかったらどうするつもりだったんだか。

「…俺の方は特に収穫がなかった。お前の仕事場で何か噂は立っていたか?」

「うーん、ミサキさんが配ったラノベが全部のブロックの房にあったってことぐらいかな?」

「…確認しに行くぞ」

 サクがそう言って、房まで移動を始める。ボクたちが房の扉を開けて中に入ると、一冊のラノベがそこに落ちていた。サクがそれを拾い上げて、注意深くそのページをパラパラとめくっている。

「……」

 無言で、サクは一つのページで手を止めた。

「……コインか?」

 サクはそのコインを手に取って、照明の光にすかすようにして見つめた。翼のようなマークが刻印されている、くすんだ銀色のコインだ。

「…もしかして、他の房のラノベにも…?」

「…ああ、おそらくな」

 サクはそう言いながら、他の房を見つめた。他の房の人たちも、ラノベを開いてコインを見つけ、それをじっと見つめている。

 ボクがさらに口を開こうとすると、唐突にボクの体に影が降りた。

「えっ…」

 そこに立っていたのは、ギール班長だった。

「…お前たちの仲間が意識を回復した。面会の時間を与える。来い」

 ギール班長が顎をしゃくり、ボクたちは医務棟の方へと誘われていくのだった。ボクが前に会ったドクターとは違うドクターが出入り口にやってきて、ボクたちを見ると頷いた。

「Aブロック66だね。承知した。こっちだ」

 ドクターとギール班長が無機質な白い廊下を歩き始めたので、慌ててボクとサクも同伴する。廊下は無限に続いているのではないかと言うほどに長く、染みついた消毒の匂いが鼻をついた。

「…ここだ」

 リースがかけられたクリーム色の扉を持つ病室の前で、ドクターがそう言った。内側からは何の音も聞こえてこない。

 ギール班長がボクたちの背後に立ち、突き出すようにして病室の中に入れた。

 病室の中は、夕焼けのような温かい光で照らされていた。純白のシーツがかけられたベッドには、髪をおろしたキーラの姿があった。目をぼんやりと開けて、どこか遠くを見ている。が、ボクたちに気づくとパッと顔を輝かせ、すぐに口を開けた。

「リンちゃん、サク!」

 その声は少し掠れているが、紛れもなく彼女のものだった。急いでボクは、ベッドの淵に駆け寄った。

「キーラ、体に異常はない?」

 キーラは3回ほど頷いた。

「私は大丈夫。超絶元気だから」

 そう言って、腕を曲げて力こぶを作る。この様子を見る限り大丈夫そうだ。病人とは信じられないぐらいハツラツとしている。

「…しかし、なぜキーラだけが搬送されたのか疑問だな」

 サクが表情の読めない声でそう言った。

「わかんないや。気づいたらここにいたし」

「……ユニークスキルを失った感覚はなかったのか?」

「うん」

 キーラはこくりと頷いた。

「あのユニークスキルって、戻ってくるのかな?」

「まだわからないよね。ほんと、どうなってるんだか…」

 ボクもため息まじりに返した。なんでこうなったんだ。

「そういえば、ラノベはどうなったの?」

 キーラが言うと、サクが目を瞑ってから言った。

「…見たところ、ミサキさんが配った全てのライトノベルの中にコインが仕込まれていた。このコインに何か仕掛けがあるのではないかと考察している」

 キーラは、ふーん、と言いながらベッドの上で何かを考えているようだった。

「それじゃあ、サクは犯人がそのコインを使って何をしたと思うの?」

「…まだわからないが…空間を繋ぐ能力があったとしたら全ての行動に説明がつく。俺はそう考えた」

「まだ、気付いてないだけで部屋に何かあるかもね」

 キーラがそう言うと、サクも頷いた。

「……ああ。その可能性も大いにある」

「今から調べてみる?」

「ドクターストップかかるよ」

 ボクが言ったものの、ギール班長は首を振った。

「面会後30分待機し、異常がないならばすぐに通常の生活に戻れ」

 それなら、今回に限って言えば好都合だろう。すぐに部屋が調べられる。

 30分後、特に以上は認められなかったと言うことでボクたちは房に戻った。

 房を探してみたけど、別にボクの視点では異常は認められなかった。でも、キーラは何かを見つけたようだった。

「…え、サク……これ…」

 キーラが目をまん丸に見開きながらサクのベッドの下を指差していた。

「……!?」

 ボクもおそらく、同じぐらい目が開いていたと思う。サクのベッドの下には、ラノベに挟まっていたのと同じコインが大量に落ちていた。

「…これって、リンちゃんが言ってたコインだよね…」

 キーラがサクの方を見ながらそう言う。

「…そうだな」

 サクは無表情で頷いた。怖いぐらいに、冷たい目線と声だ。

「これがサクのベッドの下から出てきたってことは…」

「…物が見つかったからといってそれは短絡なーーー」

 サクは、最後まで言わせてもらうことができなかった。ギール班長が、すでにレイピアを構えてサクの首に突きつけていたからである。

「……来てもらおうか」

「……」

 抵抗すれば命はない。そんな雰囲気だった。サクは一瞬で手錠と足枷をつけられ、広場に引っ立てられた。緊急招集が開始され、1分後にはもう罪人街に収容されている人たち全員が引っ立てられているサクを中心に集まった。サクの隣に立ってるかなりいい服装をした国の要人…もとい権力者は、ギール班長の方を見ながら言った。

「…このドブネズミのベッドの下から犯行現場に仕込まれていたのと同じ型のコインが発見されたと聞いたが、真相はどうなのだ?」

 声のボリュームから察するに、罪人街の人たち全員に聞こえるようにあえて大声で言っていることは明らかだった。ボクは内心焦った。ユニークスキルを失った人たちの中には、銀一さんみたいにスキルに特別な思い入れがあった人も当然いる。このヘイトスピーチは非常にまずい。

「は?なんだと!?」「じゃあ、こいつがやったってことか?」

 ざわつく罪人街の人々に対して、権力者はそれを超える声量で言う。

「さらに、この黒い悪魔は『クソどもにユニークスキルなんて大層なものはいらないだろう』と言っていたそうだ」

 …ウソだ。サクはそんなことを言っていない。ボクが声を上げようとすると、サクがその前に言った。

「…でっちあげだ。俺はそのようなことを言っていない」

 非常にまずい状況なのに、声にはまるで焦りが感じられない。むしろ、ボクの方が焦ったくなってしまった。

「だったら、あのコインはなんと説明するのだ!?」

 権力者が持っている杖でサクが引っ立てられている近くの地面を打ち鳴らす。

「…犯行の関係者がーーー」

「なるほど、犯行の関係者がお前をたぶらかしたと言うのか?ならばそれは誰か言って見せろ!言えないだろう?貴様は人さえ巻き込もうとする愚か者というわけだ!」

 冷静な人間なら、こんなわかりやすすぎるヘイトスピーチはすぐに見破れたことだろう。明らかに筋道が通っていない。ゴリ押そうとしている。それにサクだって、ユニークスキルを失った1人だ。ああくそ、なんでこういう時に限ってボクは何もできないんだ!サクの無実は、ボクが一番よくわかっているはずなのに…!だが、ボクの思いとは裏腹に、罪人街の人々のヘイトは、すでに権力者の狙い通りサクに向いていた。

「さあ、この事実が判明した時点で、黒い悪魔!お前はこれをやったのかやっていないのか、答えろ!」

 暫時の沈黙の後、サクは回答した。

「………俺はやっていない」

 途端に、罪人街が収容者たちを中心とした憎悪の渦中となった。

「証拠を見せろ!」「前から思ってたけど、お前ほんと感じ悪いよな。ユニークスキル返せよ!」「クソが!死ね!」「全国の探偵に謝るでやんす!」

「……」

 怒りの声や非難の声が上がり、殴り掛からんとサクに接近してくる男の収容者も現れたが、サクは何も言わない。

「では、これより厳正にこの黒い悪魔を処罰したいと思う。」

 何が厳正だ。サクは何もしていないのに。ギリッ、と、音がするぐらい歯を食いしばる。悔しさと怒りで臓器がひっくり返りそうだった。……ここで言わないと。

「……サクは何もしてません!」

 緊張のあまり声が上ずってしまったが、ようやく言い出すことができた。

「…なんだと?」

 不機嫌そうな顔で、権力者がこちらを見る。

「サクだってユニークスキルを奪われました!それに、彼はーーー」

 声が声でかき消された。

「黙らぬか!いいか、こいつは罪を犯したのだ!罪人を庇う気か!」

「罪人は他にーーー」

「聞こえないなぁ!貴様もこいつの仲間か!」

「仲間です!」

 頭が熱くなり、思考回路がオーバーヒートする。視界がサクと国の権力者の一点に絞られ、憎悪によってそれ以外が黒ずんだ。

「………」

 罪人街が静まり返った。

「…クソだな。女も、黒いほうも」「…あの野郎ども…人として恥ずかしくないのかよ?」

 その声と同時に、ボクたちに対するヘイトのレベルはマックスとなった。

「もう良い!黒い悪魔、貴様をここで断罪してやる!{ライトニング}!」

 権力者の杖の先から恐ろしい速度で青い稲妻が飛び出し、サクの左半身を貫いた。

「……」

 サクの体は痙攣し、煙を上げた。

「{ライトニング}!」

 さらにもう一度、稲妻の魔法がサクの左半身を貫く。…稲光に照らし出された権力者の表情は、笑顔だった。弱者をいびり、強者にへつらう、ボクと姉さんが一番嫌いな人種の笑顔。さらに、権力者が杖を構えた。

「……ッ!」

 迷っている暇はない。ボクは駆け出した。サクまでの距離はおよそ5メートル。余裕だ。

「このっ…!」

 杖を狙って軌道を逸らしている暇はない。それなら…!

 体を、意識が保っていられないほどの衝撃が貫く。目の前が真っ白に染まって、サクの目の前に飛び出したボクに稲妻が直撃したことをぼんやりと認知した。体を駆け巡っているのは、激痛なんて言葉じゃ言い表せないほどの痛みだった。

「…この…ドブネズミが!」

「うっ…」

 権力者がボクの体を蹴り飛ばし、無抵抗のボクは広場を転がった。

「罪人に情をかけたからには、それなりの覚悟はあるのだろうな…?」

 権力者はそう言うと、杖をボクに向けて振り下ろしてきた。

「ぐっ…」

 鈍い痛みが、背中を介して全身に広がる。何度も、何度も、何度も背中を打ちつけられた。だが、誰も助けてくれない。なぜなら、ヘイトはとうの昔にボクにも集まっていたからだ。

「…おい、いい加減にしろ!」

 サクとは思えない、憤怒の声。その声の迫力は尋常なものではなかった。

「それは貴様が言われるべき言葉だ!」

 サクの腹に杖が炸裂し、サクは血を吐いて背中から倒れた。

「やりすぎだ、今すぐ処罰は中止にーーー」

 ギール班長が制止しようとするが、囁くように権力者はギール班長に言った。

「…班長さん…逆らったらどうなるんでしたっけ?」

「…っ………………」

 苦しそうな表情をして…ギール班長は黙り込む。満足げに権力者はボクの首を掴んで持ち上げ、腹に拳を叩き込んだ。意識が遠くなり、酸欠のように吐き気が襲ってくる。

「……もう…我慢しなくても、いいッスよね…」

 そう言いながらレイピアを抜いたのはミサキさんだった。その目は燃えるようにギラギラ光り、唇は血が滲むほど噛み締められている。固くレイピアを握った手は、関節が浮き出るほど力が入れられていた。

「…ほう?我々が貴様ら哨戒班になんの我慢をさせたと言うのだ?…それに、貴様はコインの入ったライトノベルを配ったという証言が全ての房から出ている。立場がまずくなり、共犯者が恨まれるのが嫌だから我慢しているとでも言いたいのか?全く、どこまでも愚かなーーー」

「…適当言うなって言ってるんッスよ!〈フレンジーホーネット〉!」

 ミサキさんがスキルオーダーを行い、レイピアを金色に光らせながら突撃する。…無謀だ。こんな魔力の高いやつに、太刀打ちできる訳が無い。

「怒り任せに武器を抜くような輩の言葉に、聞く価値などない。往ね。{フレイム}!」

 炎の腕がミサキさんの手からレイピアを奪い去り、殴り飛ばした。

「……」

 ミサキさんは無言で肩にかけていたアサルトライフルを構え、トリガーを引いた。


ズドォンッ!


 腹の底に響くような音と同時に衝撃波が発生した。

 権力者は無詠唱で魔法陣を展開し、その銃弾を受け止める。

「…銃の不当使用。貴様はどこまで規約違反をすれば気が済むのか?」

 薄く不気味に笑いながら権力者はそう言い、罪人街の人々に言い渡した。

「…黒い悪魔はいつ何時、我々に災厄をもたらすかわからぬ。その時は私や国のものが直々に手を下すので安心するように。今回の件で、緑の手の女の事案については解決したとする!」

 高らかに権力者がそう宣言して、罪人街にはまばらに拍手の音が響いた。本国に帰るために門へ向かって歩き、ボクの横を通り過ぎる際に、権力者は小さな声でボクに向かって言ってきた。

「……残念だったな、『非承認ヒロイン』」

 …悔しさで、涙が滲んだ。視界がぼやけて、全ての輪郭が涙の水面に溶けていく。もういっそ、全部夢だったらいいのに。…体が動かない。激しく負傷したせいだろう。

「……救急」

 トランシーバーのような機械に向かって、重々しくギール班長は伝えた。担架に乗せられて運ばれていくところで…ボクの意識はついに途絶えた。

スランプに苦しみながらも、なんとか投稿できた…!数えたらなんと25日ぶりでした(笑)

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