第15話 コンクリート
房に戻ってから、ボクは先ほどミサキさんに聞いた緑の手の女の噂についてサクとキーラに伝えた。二人とも初めての労働作業でかなり疲れていたようだったけど、想定外の事態に驚きを隠せないようだった。
「じゃあ、その人はユニークスキルをとられちゃったってこと!?」
キーラが驚きの声をあげ、ボクはハラハラしながら周りを見回した。そして、ちょっとだけ頷いた。
「…そうみたい。ユニークスキルが無くなったって…」
目を瞑って話を聞いていたサクが、静かに口を開いた。
「…ここで確認しておきたいが、お前たちは前世で何をしていた?」
サクの中では、すでに何かが見えてきているようだった。
「ボクは姉さんから散々いろんなことを教えられてきたよ」
「…具体的には?」
「剣術もそうだし、戦闘用の技能全般は姉さんから教わった。掃除、洗濯、炊事もそうだし、裁縫もそう。ボクがやってることは大抵姉さんに教えてもらってる」
サクは腕を組んだ。
「なるほどな。キーラは?」
「あたしは…その、陸上をやってたよ」
サクは穏やかな声で問いを投げかけた。
「種目は?」
「長距離よ。得意だったから」
まあ確かに、あのランニングの様子を見たら長距離が得意だと言われても納得できる。
「…了解だ。そして俺の方からも指示があるが」
サクはそう言って、人差し指を立てた。
「…フェードから指令が来た。俺たち全員で力を合わせれば、なんとかクリアできる内容だ。明日から決行する」
サクはサラッと作戦内容をボクたちに念話で伝えた後、あとはベッドに潜って沈み込むようにして眠ってしまったのだった。いや、早っ!?サクは寝つきの良さも一級品のようだ。
「すぅ…」
横を見ると、キーラもすっかり眠りこけていた。だから早いって!ボクの周りは寝つきがいい人しか集まらないのだろうか。実際前世でも、父さんと母さんと姉さんの寝つきは凄まじくよかった。
「ううん…なぜボクはここまで寝つきが悪いのか」
「…考えすぎるからだと思うぞ」
サクの方は起きていたのか。
「…お前が一人で話すから起きた」
こちらの思考をトレースするようにそんなことをボソリと口にする。
「あっ、ごめん」
「…別にいい。一人で話すことが精神の安定につながる奴は山ほどいる。俺の助手もそうだったしな」
夜はあいつのせいでよく叩き起こされた、と言いながら、サクは遠い目をした。…サクといえど、未練は残るものらしい。知性的ないつものオーラに、一瞬悲しみの色が垣間見えた。
「…その助手さんって、どんな人だったの?」
「…今聞くことではないだろう」
「サクが前世のことでよく話す人って、その人が一番多かったから気になって…あ、もちろん、嫌なら言わなくてもいいけど」
ボクは慌てて付け加えた。自分の勝手な好奇心のせいでサクが傷つくのは嫌だ。それだけはあってはならない。
「…では、今は話したくない」
サクの声は低く落ち着いていて、でもはっきりと断った。
「うん、わかった。でもこれだけ教えて。それは果たせそうな未練?」
「…さあな」
サクは無愛想にひとことだけそう言って、あとは何も言わなくなってしまった。
「……ボクもそろそろ寝ないとな」
姉さんからもらったプラチナの腕輪を撫でながら、ボクは布団の上で横になった。
翌朝、ボクはすぐミサキさんに叩き起こされた。
「起きるッス!今日も罪人街は忙しいッスよ!」
元気のいい声と共に、ボクたちは一日を始めることとなる。睡眠時間1時間。体は眠りの心地よさを求めてまだぐずっている。結局あのあと、全然寝付けなかったのだ。
「ほら、お前も何ぼさっとしてるんッスか」
やばい、そういえば何秒で支度を終わらせるとかのルールがあるんだった。ボクは体に鞭打って起き出すと、ベッドメイキングをさっさと済ませてミサキさんに移動するよう促された場所に移動し終えた。頭がずきずきする。ギール班長が何かを言っているが、全く聞き取れない。
「…おい、リンネ!聞いているのか!」
ギール班長がついに何かを怒鳴り始めた。だが、聞こえない。
「……」
何かを言いながら、ボクに近づいてくる。ギール班長はボクを掴み上げ、背負い投げをした。無意識に受け身を取り、空をぼんやりと眺める。次にギール班長から空手チョップが飛んでくるのが見えたので、ボクは条件反射で腕を払って空手チョップを防ぎ、掴んで逆に投げの体制をとってしまった。
「なぜそこまで動けるのに話が聞けない!」
的確なツッコミを感じた。ギール班長はこちらを睨みながら言った。
「ともかく、早急にランニングを始めろ。いいな」
ギール班長がそう言っているのはかろうじて聞き取れたので、ボクは急いで走ることにした。周りの人間とつかず離れずの距離を保ちながら行動する。キーラは心配そうにこちらを見て、何かを発言していた。しかし、聞き取れない。銀一さんが近づいてきて、はしっとボクの頭を叩いた。おかげで多少頭はさえた。聴覚が戻ってくる。こんなひどい気分は正直初めてだ。銀一さんがボソボソとこちらに向けて問いかけてくる。
「…おい、お前マジで大丈夫かよ?」
ぜんぜん大丈夫じゃない。頭の中でお坊さんが鐘をつきまくってるみたいな痛みが絶えず波のように襲っている。睡眠不足で走るとこんなことになるんだなって思った。
地獄のようなランニングを乗り越えることができたのは、〈ヒロイン〉のおかげだと本当に思う。この状態に立たされると、より一層そのありがたみを感じることができた。
「ぜえ、ぜえ…」
「死なないで!リンちゃん!」
キーラが本気で心配そうな声をしていたので、本当に申し訳ない。サクが不安げに言った。
「…これから朝食作るのに大丈夫か?」
「う、うん。料理できる程度には意識ある…はず」
ぐらつく頭を押さえつけながら、ボクは酔っ払いのような歩き方で食堂に向かうのだった。
厨房の女の子がすごく心配そうに声をかけてくる。
「…り、リンネさん、本当に大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫…」
ボクは半分寝ながら手を洗い、包丁を手に持った。
「リンネさん、食材違いますよ?」
あ、そうなんだ。ボクはぐわんぐわんする頭を押さえつけながら、手につかんだ棒状のものをまな板に置き、包丁を思い切り振り下ろした。硬質な音がして、腕が痺れた。
「リンネさん、それ麺棒ですよ!?」
危ない危ない。この感じ、朝食はラーメンだろうか?今更ながらメニューを確認してみる。
「朝食はなんだっけ?」
女の子はため息をついた。
「作るもの確認してなかったんですね…いや、だとしても麺棒は切らないでください。食材じゃないので…」
その日、ボクは散々班に迷惑をかけてしまっていたらしい。
「リンネさん!」「おい、リンネ!」「リンネ!」「非承認ヒロイン!」
記憶は曖昧だったが、呼ばれまくった記憶があるのは覚えている。しまいには、寝ながら鍋をかき混ぜてしまっていたようだ。ボクが次に目覚めた時には、鍋の中のスープがいい感じに熟成されている状態だった。食堂の前に人が並んでいるところを見ると、どうやらボクたちは間に合ったらしい。あとはボクがかき混ぜていたらしい鍋の中にあるスープを皿に入れて配膳すれば朝の仕事は完了か。
「急げ!もうオープンするまで3分もないぞ!」
銀一さんに急かされて、ボクは急いでスープを皿に入れ始めた。3分弱で間に合うかどうかだ。みたところ他のスープを作っていた人たちはもう配り終えてしまったようだし、残っているのはボクだけみたいだ。急いでお玉を持ってスープを入れ始める。ここでこぼしちゃだめだ。最大限の注意を払いながらボクはスープを皿に装っていく。
オープンまでに数分かかってしまったが、なんとかスープを入れ切ることに成功した。一滴たりともスープを溢さなかったのはもはや奇跡と言えよう。
「…おい、リンネ。本当に大丈夫か?」
銀一さんが心配そうにボクに声をかけてくる。
「……実は結構きついかも」
「…おいおい、お前、マジで医務棟に行った方が良くないか?」
「医務棟って…?」
「怪我したり調子悪かったりするやつがいくとこだ。…まあ、行かない方が幸せだったって言う奴もいるけども」
い、一体どんなメチャクチャな治療をされるんだ…!
「…どうする?書類書いたり色々面倒な工程は挟むけど行くか?」
…どうしようか。そりゃあもちろん、決まっている。効率的な方法を選ぼう。一刻も早く薬なりなんなりを処方してもらって、この頭痛とおさらばした方がいい。
「お願いします…」
ボクはその後、厳正な検査が行われた上で医務棟に運ばれた。一から十まで付き合ってくれた銀一さんには感謝しかない。
医務棟での時間は早かった。頭痛薬を処方してもらい、ボクは医務棟の出口に向かった。これからあの労働現場に戻ると思うと…辛い。幸い、頭痛はドクターの回復スキルで回復していたので仕事ができないわけじゃなかったが、そのおかげで銀一さんが言っていた言葉の意味がよくわかった。確かにこれは、行かない方が幸せだったかもしれない。病人のため、医務棟ははるかに快適にできている。それを知ってしまうと、今後の生活に鈍く響きそうだ。
ボクは外に出て厨房に戻ると、超高速で皿洗いを始めた。…サクから教えられたことは早いところ遂行しないと…
ボクの仕事は、誰にも見つからない場所を見つけてとある物を作成することだった。サクから伝えられたことはこんな感じだった。
〜昨晩〜
「…まず、キーラは薪拾いに配属されているだろう?だから業務時間内であれば怪しまれることなく山に入れる」
キーラが頷いている。
「…だから、キーラは薪を拾うついでにカタツムリの殻を拾ってきてほしい。なるべくたくさんだ」
「なんでそんな物を集めるの?」
ボクの質問に、サクは丁寧に答えてくれた。
「この辺りに海がないからだ。ここは湿度の高い山だから、カタツムリがいるはずだと判断した。
そして俺はカタツムリの殻を受け取って、陶器のコップを一つ余分に作ってカタツムリの殻を千度に以上熱してリンネの元へ持っていく。リンネは誰にも気づかれない場所をなんとか探し出して、俺が渡した陶器の中からカタツムリの殻を取り出して砕き、水を加えてペースト状になったタイミングで砂を加える。…少し時間を置いて、コンクリートはこれで作成可能だ」
サクの言っていることは、姉さんが化学について教えてくれた時に聞いたことがある内容だった。確か、生石灰が消石灰になることを利用した技術だったはずだ。ただ、これが完成するのにはある程度時間が必要と聞いたことがあるんだけど…
「完成までの時間はフェードがなんとかしてくれるそうだ。俺たちは形を整えたコンクリートを持っていけばいいらしい」
サクが不安をしっかり払拭してくれたので、ボクは安心して頷くことができた。
「ところで、サクはボクが見つけた場所をどうやって特定するつもり?」
「…そうだな。陶器を廃棄するハッチがあるはずだ。あそこが建物の影になっているから、そこで落ち合うとしよう。コンクリートも最終的にはあそこで作成という手順でどうだ?」
ということで、ボクは一応そのハッチの位置を確認しておくことにした。ハッチは罪人街の壁のすぐ脇の部分にあり、その周りには陶器のかけらと思しきものが散らばっていた。失敗作や破片は皆ここに破棄されるそうだ。
「何でまたこんなところにいるんだよ?」
選んだ直後に銀一さんに声をかけられ、ボクは肩を跳ねさせてびっくりした。
「…あのな、こんなところでコソコソしてたら怪しまれるぞ」
銀一さんは心配そうにボクの方を見ていた。
「あ、そうですよね。ところでなんで銀一さんがこんなところにいるんですか?」
「探しにきたんだよ。昼飯の準備がもう始まるから、さっさと移動するぞ」
ボクは場所をよく覚えておいてから、食堂の方へと向かっていった。向かう途中で、銀一さんがこんなことを言った。
「なあ、お前、なんであんなところにいたんだ?」
ボクは迷った。銀一さんに話すべきだろうか。
「…いえ、まあなんとなく。あそこ、暗いから落ち着きますし」
そして結局、はぐらかすことにした。銀一さんには悪いけど、企みを知られるわけにはいかない。
「ふーん…」
銀一さんは疑ってはいないが信じてもいなさそうな声で言った。
「…あのさ、俺、饂飩屋をこの世界で開くのが目標なんだ」
「素敵な目標ですね」
確かに名前が饂飩銀一だしね。
「…親父を超えられなかったことが未練でな。…今世でこそは、その未練を晴らしたい。同時に、恨みも晴らしたい」
恨み?なんだか話が一気に不穏な方向に流れ始めたぞ?
「恨みって…?」
「俺はアロガンを殺す」
アロガン…って、王様を殺す気なのか!?
「…あいつは俺の仲間を殺した。理不尽に嬲ってから処刑した。俺はあいつを許さない。すぐにでもこの牢をぶち破ってあいつに復讐する」
普段穏やかな銀一さんからは想像もつかないような、圧倒的な怒りのオーラがボクを打った。
「…仲間が死んでから余計にそう思った。元から胸糞悪いやつだったけど、こんなことがあったからには絶対許したくないんだ」
…ボクは姉さんから、人を殺す感覚について話されたことがあった。姉さんが何をしていたかは知らないけど、闇の深い感じの話だった気はする。
「…『殺すのは一瞬。その感覚は永遠。その代償は幸福の後退』」
「…え?」
銀一さんがこちらを見る。
「…姉が、そんなことを言っていたので。どんなに幸せな時でも、殺した感覚を思い出して後ろめたさを感じてしまうと」
「…なんだ、お前の姉さんは暗殺者か何かだったのか?」
「さあ」
姉さんは、ほとんどボクに自分がしていることを話してくれなかった。不意に悲しくなり、プラチナの腕輪を握りしめる。ひんやりとした感覚が指を伝い、気持ちを落ち着かせてくれた。
「……じゃあ俺は…このやり場のない怒りはどうすればいいんだよ…」
銀一さんは暗い声だった。…なんとか銀一さんを安心させてあげたい。
「…復讐にはなりませんが、ボクたちがなんとかします。王を処刑できるわけじゃないけど…でもボクたちは、王座を潰すって決めてるんです」
銀一さんは悲しそうに笑いながら首を振った。
「いくらお前たちでもそれは難しいと思うよ。結局世の中理不尽なのは、前世も今世も変わらない」
銀一さんがそう言ったタイミングで、食堂の前についた。
「さっ、仕事始めるぞ。重い話聞かせて悪かったな」
銀一さんのから元気に、胸が締め付けられた。
サクから陶器のコップが手渡されたのは、その日の自由時間のことだった。夕日があたりをぼうっと赤く照らしている。サクはちらちらと周りを見て誰もいないことを確かめてから、ボクに言った。
「…リンネ、約束の品だ」
「…これが?」
サクがカタツムリの殻を持ってくるまでひとまず待機することにしていたボクは、そんなに待つことなくサクからそれを受け取ることができた。背の高い陶器のコップと一緒に、水と砂が入った背の低い陶器のコップを手渡される。
「…いいな、チャンスは一度だけだ。すぐにハッチの中で作業を開始してくれ」
サクの言葉に頷いて、ボクはすぐにハッチを開けて中に入った。中は暗いが、光魔法の球体が浮いているためにうっすらとものの輪郭が見分けられた。陶器の破片で体を切らないように気をつけながら、サクから受け取ったコップを見た。これのどこにカタツムリの殻があるんだ?覗き込んでも何もない。
声が極力拡散しないように、ハッチの中から声をかける。
「サク、これ、どこにカタツムリの殻があるの?」
「…バレないようにコップの底を二層にして、その隙間に入れた。背が高い方のコップだ」
サクの言葉があったのでボクは急いで背が高い方のコップを割り、その中に入っていたカタツムリの殻が散らばるのを見た。千度以上で加熱されて真っ白になった殻は脆く、すぐに崩れた。木製のボウルがあったので、それを手前に引き寄せてカタツムリの殻をその中に入れる。何度も何度も音を立てないよう慎重に殻を砕き、ボウルに水を加えてペースト状にした。この工程によって白いどろっとした液体が完成。続けてその中に砂を入れればオーケーだ。姉さんから教えられたことをフルに生かしながらボクはコンクリート作りを進めていく。ライターみたいな形に整えるよう指示があったのでそうしたけど、これはどういう意図があるんだろうか。なんとか完成した。…まだベタベタしてるし、手にコンクリートが付着してるけど。
「そういえばさ、サク」
「…なんだ?」
「フェードはなんでわざわざボクたちにコンクリートを作らせたんだろう。素材を向こうに持っていった方が圧倒的に効率的なのに」
サクは少し黙ってから回答した。
「…わからない。効率主義者の彼女がなぜこんな非効率な真似をしたのか、俺には全く見当がつかん」
意外だった。ボクとキーラとサクの3人の中だと、サクが一番フェードに詳しそうなんだけど。
「…何はともあれ、ものは完成したんだ。あとは指定された場所に置くだけでいいらしい」
「それって見つかったりしないの?」
「大丈夫……らしい」
サクは納得いってなさそうな声だった。まあ確かにそうだ。魔法がある世界なのだから魔法を使うって言ってしまえばどうにでもなりそうな話ではあるんだけども。
「…リンネ、早くハッチから出てこい、そろそろ哨戒班がこっちにも来る」
「手はどうしよう?」
「…厨房での仕事が残っていたから小麦粉を使ったとでもいえばいい。暗い場所の目にはわからない」
ボクはおずおずとハッチを開けて、冬眠から覚めたクマのように伸びをした。音がしないようにハッチを閉めてから、サクの方を見た。
「自由時間は?」
「残り5分12秒。これを言っている間に2.5秒が経過した」
遂に小数点もついてきちゃったよ。
「…厨房で手を洗ってこい。俺は先に房へ戻っている」
厨房で手を洗ってから罪人街を歩いていると、罪人街の門が見えた。まじまじと門を見るのは初めてだったが、やがてその隙間から鋭い光が漏れているのに気がついた。何やら、人が喋っている声も聞こえる。
「…なんだ、そこから脱出しようとでもいうのか?」
後ろから、威圧的な声を出される。
「いえ、違います。門の隙間から漏れる光が気になって」
ギール班長は眉をひそめた。
「…お前は人が焼ける時の炎を見たことがあるか?」
たった一言だけ、威圧感を伴わない声でギール班長はそう言った。
「…さっさと房に戻れ!残り1分54秒だ!」
やばい。ボクは大慌てで自分の房へと突進し、扉を開けてその中に飛び込んだ。
「びろーん」
唐突に、逆さまの女の子の顔が目の前に飛び出してきた。
「うわっ!?」
「いやー、やっぱり人が驚く声は格別だー!」
聞き慣れた声がして恐る恐る視線をその女の子の顔に戻すと、それはキーラの顔だった。
「趣味悪いよ!」
ツッコみつつ、ボクはキーラがどうやって天井からぶら下がっているのか知りたくなった。房に入って、薄暗い天井を確認してみる。見たところ、引っ掛かりらしきものはないように見えるけど…
「…摩擦だな」
サクはすでに答えを見つけているようだった。
「よくわかったわね」
キーラが天井から足を離し、くるっと一回転してから足音も立てずに着地した。何気にすごいものを見せられている気がするけど、キーラはケロッとした顔で立っている。
「…見たところゴム製だろう。天井と壁の交わる部分に足の側面を押し付けることで摩擦を発生させ、天井からぶら下がっていた」
全身の筋肉を鍛えたら、そのうち天井に貼り付けそうだな…
「天井からの眺めもいいね〜」
あ、すでに張り付いてた。キーラがめちゃくちゃ楽しそうに笑いながら天井に両手両足を広げながら蜘蛛のように張り付いている。こうしてみると、キーラって忍者みたいだな。足の速さといいこの行動といい、常人離れしている。
「…あとは金髪さえ隠せば完璧だな」
確かにキーラの金髪は、暗闇の中ではちょっと目立つかもしれない。キーラはしっかりと着地しながら、サクに言った。
「隠すって、具体的にどうするの?」
「…黒い頭巾をかぶれば隠れるぞ」
黒い頭巾かあ、と言いながら、キーラは伸びをした。
「…ところでキーラのベッドの上にあるそれ、何?」
見たところラノベみたいだけど。
「あ、ミサキさんが置いていったのよね。なかなか面白かったよ」
キーラがラノベを手に取りながらそう言う。
「へえ…」
異世界にラノベか……。場違いな気がしなくもないけども。まあ暇つぶしになるものがあるのはありがたいな。
「読んでてもいいけど、あたしはもう寝るわね」
ベッドに潜りつつ、少しだけ、キーラは口を開いた。
「…ずっと、あたしのことを見ててね」
最初の方が布団をかぶる音で聞き取れなかったが、そんなことを言っているのは確かに聞こえた。彼女か。可愛いけども。キーラのその言葉を最後に、ボクたちは就寝を開始した。
…なお、やはりボクは眠れなかった。
本当にお待たせしました!!!




