第14話 発注品
今回はフェード視点です
(今回はフェード視点です)
私は昼間の取引の後、城はどこから覗かれているかわからないのでダミーを用意できるスキルをオーダーして城の自分の部屋に配置し、王国のはずれにある谷底に座って実験器具を広げていた。ディバインパネルを片手で操作し、片手でキーボードを叩きながら、私は蟻の隊列のように表示されるデータの羅列を黙々と処理する。こんなに忙しいのも、全部あの探偵のせいだ。
「…はあ」
私はサクという名前の探偵と取引をした。その内容は、『サクが後でフェードのためになんでもする代わりに、フェードが対価として今すぐ上位以上のスペックを持つ回復アイテムを開発する(なお、開発したアイテムは仲間の二人が受け取りに来る。そして必要な素材は罪人街で手に入るもののみフェードに届ける)』というものだった。私としても、サクのユニークスキルに興味はあったので承諾した。しかし、この世界に来て日も浅い私にとって、上位以上というのはかなりハードな条件だった。この世界に存在する上位回復アイテムは、今の所は軟膏タイプが最先端だ。とはいえ、回復系スキルをオーダーすればいいから、回復アイテムは軽視されがちだ。しかし、彼はなぜかその回復アイテムを注文してきた。
「…まあ、あれが原因、だろうな…」
ちらりと、外に目をやる。そこには、『回復師は原則外出禁止』と書かれた看板が立てられていた。それで彼は、私に目をつけたんだろう。
「…さしずめ、煙幕のこともバレてるんだろうなぁ…」
何せあの探偵は目がいい。晒し者になってから解放され、仲間と一旦離れたらしい彼は私の白衣を見て、すぐに私が自分の血を抜いた跡があることを指摘してみせた。探偵の名はダテじゃないというわけだ。ユニークスキルの効果がバレるのも時間の問題だろう。
…データの羅列とフラスコに視線を戻す。フラスコの中には、試作品として作ったドス黒い液体が入っていた。試しに指に傷をつけてからフラスコに指を突っ込んだところ、その傷は十分ほど浸した上でようやく回復した。これでは遅すぎる。もっと即効性が必要だ。
現状、開発段階のアイテムは保存性に難がある。出来立ての状態だと筋組織まで届いている傷なら3秒ほどで、かすり傷程度ならほぼ一瞬で回復できる。
だが、完成してから10秒以上経ってから液体に浸すと、その必要時間はざっと100倍膨れ上がる。生産性のかけらもない。
そして外殻…いわば入れ物についても悩んでいた。まだ中に入れる液体さえ完成していないのだから仕方がないが、下手な外殻に回復アイテムを入れたりしたら化学反応が起きて、悲惨なことになる可能性が出てくる。それだけは絶対に避けねばならないだろう。
しかし現状の課題はそんなところ。物自体はほぼ完成している。あとは保存性の向上と外殻の素材さえ確定してしまえば、上位以上の回復アイテムは理論上作れるのだ。しかし、その保存性を向上させるピースが見つからない。
「それ、設計図かい?」
本当に驚いた。さっきも説明した通り、自分は王国から少し離れた位置にある谷底でフラスコや試験管などを広げていたのだが、その声の主…もとい薄く顎髭を生やした高身長の男は薄く笑いながら私に言った。
「……王国の人?」
今さら隠す気はない。外行きの笑顔や愛想は一切浮かべずに、周りから気怠げだと言われる素の声で質問した。
「いや、どこの人でもないよ」
カウボーイハットを目元まで押し下げながら、男は薄ら笑いで返してくる。
「…どうでもいいけど、あなたは誰?」
実際本当にどうでも良かったので、適当に最適解が見つかりそうな質問してみる。
「……面白い質問だ。君には僕が何に見えるのかな?」
随分と面倒な言い回しだ。…答えを早く知った方が合理的だ。
「…じゃあ、あなたは何者?」
「…カケス、と言えば通るかな?所謂第三勢力になりえる男さ」
カケスはそう言って笑った。柔和な笑顔だ。この不気味な場所とその柔らかさのギャップに若干の気味悪さを覚えながら、私は次の質問した。
「それで、カケスはなんでわざわざこんなところに?」
面倒だったが、仕方がない。バレた以上は、相手の情報をできる限り集めて対策を立てる必要があるだろう。
「…悩んでいるらしい人がいたからね。こうして出向いてきたわけさ」
「…それはどうも。でも生憎、手は間に合ってるよ」
そう言いながら、私は淡々とデータの羅列を眺め続ける。ちらりと見て、カケスを観察してみた。そして、真っ先に思いついた疑問を投げかける。
「…で、私を殺さないのはなんで?」
私もカケスという名前ぐらいは聞いたことがあった。転生者狩りの集団、『ミッドナイト・イーグル』の元締めとなっている、古参の転生者の名前だ。なぜ、私を殺さないのだろうか。
「……彼らに協力しているんだろう?なら殺すのは勿体無い」
「…彼らとは?」
あえてしらばっくれてみせる。
「…『非承認ヒロイン』たちに決まっているだろう?」
「どこでその情報を?」
私は自分の眉が持ち上がるのを感じた。私は人に共感することができないが、これには驚かざるを得なかった。どの情報網を使ってこの情報を手に入れたのだろうか。探偵と取引をした時、私は隠密スキルをオーダーして会話を外に聞かれないようにしていたのに。
「…僕のギフトは少々特殊でね。仕掛けておくだけで、そこに存在するものを移動させることができるんだよ」
攻撃タイプのギフトしか集めたデータに入ってなかったので、それは意外な言葉だった。
「スキルのシュートと組み合わせると、かなり使い勝手が良いんだ。盗聴、転送、攻撃、なんでもござれだ」
カケスは饒舌に話し続ける。
「自慢?」
「いやいや、めっそうもない。性能の説明さ」
自分の手の内を明かすなんて、妙だ。なぜそんなリスクの大きなことをするのだろう。
「…そう」
「冷たいなあ…。そうだ、その設計図、液状の素材を凝固させて固形にできないかい?その素材なら完成してからの時間経過による分子構造も大して変わらないはずだ」
…カケスに言われて、私は設計図に目を落としてみる。確かに、液体のレシピに使っていた素材は条件さえ揃えば高い保存性を発揮するものだった。化学反応などを考慮していくと…私は一つの考えに行き着いた。
「…完成してから速攻で乾燥させれば」
…理論上。まだあくまで仮説の範囲だが、少なくとも一次保存はこれで完了できる。すると二次保存…外殻に入れる作業で、外殻の素材を何にするかは自ずと見えてくる。
「…コンクリート」
原子構造を考えればそれが最適だ。
「…へえ、ヤマトくんに伝えておこうか?」
馴れ馴れしいやつだ。非常に不快である。
「…あなたは信用できない」
「…じゃあ、僕が信用できるかどうか、僕のユニークスキルで決めようじゃないか」
不敵な笑顔だけが、あの探偵に似ていた。
「…どういう効果?」
「〈ジ・エグゼキューター〉…まあ簡単に言うと、相手に宣言した内容を実行させる効果のあるユニークスキルさ」
なるほど。つまり彼は今ここで行うことを宣言するわけだ。カケスは左上をチラッと見てから話し始めた。
「ちなみに、人間は最終的にどうなる?」
「あなたは私に逆らえなくなる」
「…やはり天才科学者サマはそう簡単に引っ掛かってくれないな。スキルを使っていたら危なかったよ」
こんなのに引っかかるのはバカだけだろう。まあカケスが私を殺すつもりがないというのなら、答えが『死』になる問題を出すのはみくびりすぎか、いささかリスクの大きいマネのような気はしなくもないが…
「…そうだな。では、君が何か一つ宣言をすればいい。その内容を実行してもらう」
…丁度いい。効率的な方法がある。
「…右腕を切り落とす、なんていかが?」
最も効率化された答え。それがこれだ。
「うん?ちょっと待つんだ」
「私は宣言した。スキルの効果は?」
「いや、ちょっと待って!君、右腕がなくなることの意味がわかってる?」
カケスは見るからに慌てた顔をしている。
「私が行っているのは回復アイテムの実験。これからドライ保存ができないかどうかを実験するから、私が腕を切り落とせば成功した際のリターンは大きい。…それで?私はいつになったら腕を切り落とすの?」
「…まだスキルは使用してないよ。人に腕を切り落とさせるなんてできない」
「…散々転生直後の人を殺めてきたやつとは思えないセリフ」
本当にそうだ。なぜ自分が人を殺すのに躊躇がなくて、人に腕を切り落とさせるのにそこまで躊躇するのだろう。理解不能だ。
「あのな、フェードちゃん。体ってのは大事にするものであって…」
「…私に説教?」
…見ず知らずの人間に説教されるのは、そこまでいい気分ではない。
「…まあ、軽くね」
カケスはばつが悪そうにそう言いながら、私の方をじっと見据えた。…非常に、気味の悪い目だった。
…まあいい。向こうが私の腕を切り落とす気はないと言っている以上、私も無駄に腕を切る時間を割く必要もないだろう。私は取得したスキル一覧をざっと眺めて、瞬間的に乾燥させられそうなスキルを探す。というのも、ギフトが比較的扱いやすかったのでモンスターを狩りまくれたというのが大きな要因だ。白衣を脱ぐだけで身軽になれるのだから、ポイントを荒稼ぎすることができたのである。
そして、肝心の速乾のスキルは今のところ持っていない。
「何か手伝おうか?」
「…結構」
私はカケスを一蹴してから、速乾させる方法について検討を始めた。
それから早30分。私はユニークスキルを使って速乾性の物質を作り出した。…自分から血を抜きすぎて、頭が少し痛い。
「…ふーん…」
私は少し唸ってから、フラスコの中から取り出したこちこちになっている真っ黒な物質を眺めた。すでに10秒以上経っているが、果たしてどのような代物になったか。
「へえ、どんなものだい?」
手持ち無沙汰になったコインを弾いていたカケスが、こちらに近づいてくる。
「…今から試す」
私は白衣の内側にしまっていたクナイを取り出して、自身の右腕に突き刺した。効果がわかるように突き刺すだけでなくめちゃくちゃに切り傷も入れて、準備は完了した。
「っ!?」
カケスは目を見開いてこちらを見た。一瞬で血が流れ出し、クナイに染み込んでいく。私はクナイを引き抜くと、黒い物体をどくどくと血が流れ落ちる傷口にぶつけた。物体が緑色に輝き、腕にできた傷が一瞬で修復された。修復の瞬間に腕が焦げたような痛みを感じたが、それ以外はほぼ問題ない。
「…びっくりするじゃないか」
「これが一番効率のいい方法」
…少なくとも、これで一つの課題はクリアできた。固形にすれば保存性は劇的に高くなる。しかし、問題はコンクリートの入手方法だ。コンクリートの素材は簡単に思いつくものの、それが手に入る場所はあいにく私たちが近づくことを許されていない罪人街を経由してしか行けない場所だった。こればかりは、ヤマトに伝令を頼んでサクたちに揃えてもらうしかないだろう。
「おいそこ、何をしている!」
不意に、上の方から声が聞こえてきた。
「…!?」
上の方から、二人ほどの兵士がこちらに駆け降りてくる。
「…見回りか」
カケスがボソッと、そんなことを呟いた。
「今日は金左衛門様がお見えになっているのだ。こんなところで妙な真似をするな!」
兵士が何かを怒鳴っている傍らで、私は思考した。…ここでの研究も中止だ。ここもバレたとあっては、研究もできて、王国に怪しまれない範囲で行動できる場所などもう存在しない。私はフラスコの中身を見た。…これができただけでも収穫と思っておくべきだろう。素材は把握したし、嫌というほどストレージに集めた。
「おい、聞いているのか!」
私はどうやら話しかけられていたらしい。
「ごめんなさい。頭の悪そうな声と怒鳴り声はシャットアウトするようにしているので」
なぜか、兵士は顔に皺を寄せた。
「君、ここで何をやっていたんだね?」
「…別に何も」
私はフラスコをディバインパネルにしまってすっとぼけた。
「噓を吐け、ディバインパネルにしまったものを見せろ!」
「嫌です。女の子には男の人に見られたくないものだってあるんですよ?貴方だってベッドの下に隠してるえっちな本が見つかったら嫌でしょう?」
「ど、どうしてそれを!?」
当てずっぽうって案外当たるものなんだな。というか、異世界にもえっちな本ってあるんだ。
「私は聖職者だ!」
「では貴方のえっちな本を隠している案件をネットで拡散しますよ?聖職者から生殖者なりたいんですか?」
我ながら暴論を言っている気がする。
「お、俺はそんな低俗な人間ではない!」
「ではなぜそんな低俗なものを部屋に置いているんですか?」
兵士は黙り込んでから、こちらを向いて叫んだ。
「…別にロリが好きだっていいだろ!?」
「…あ、ロリコンなんだ。ドン引きでーす」
棒読みで告げてやる。
「俺の性癖をバカにしたな!」
プライドズタズタといった様子で、男が悲痛な声をあげる。
「…暴露しなければバカにされないような性癖なのに、私に暴露したのは貴方の方だけど」
「うぎゃああああああああ!」
ついに兵士の一人は発狂した。一方で、やってきたもう一人の方は幾分冷静そうだった。
「お前、人をコケにして恥ずかしくないのか?」
私はざっとこいつを観察してみる。こいつは比較的軽装で、胸ポケットがついているアサルトジャケットを着込んでいた。その胸ポケットからのぞいているのは、シガレットケースだ。
「タバコ吸ってるんですか…そういえば、タバコを吸ってる猿って、みんな小さいらしいですね」
…ちなみに、私が言っている情報は本当だ。人間のソレも、タバコを吸うことで小さくなる。
「ち、小さい!?」
男がショックを受けたような大声を出す。
「そんなことはないぞ!」
男がズボンのウエスト部分に手を掛ける。
「あの、小さいっていうのは身長のことなんですけど」
「えっ…」
すかさず蔑んだような声で言ってやる。
「…変態ですね。女の子にそんなところを見せようとするなんて…」
暗闇の中、ズボンを下げようとする姿勢で私を見ているこいつは、側から見れば変態に他ならなかった。
「いや、これは、その…」
カシャっと、ディバインパネルを鳴らしてこいつを撮影してやる。
「…これ、コピーしたのを王国中にばら撒いてやれば、どうなりますかね?」
「そ、それだけはやめてくれ!今まで妻や子供を売って必死に貯めてきた金が!金が取られちまう!」
「へえ?で?」
「お前だって金がないと生きていけねだろ!?生きるものも住む場所も、金がねえと準備できねえだろ!?」
「…じゃあ、他人じゃなくて自分の臓器でも売れば?」
人を売るとなったら、コソコソ動く必要があるから行動が格段に遅くなる。それをクリアしても、今度は取引先と値段で揉めるだろう。工程は二段階以上。しかし、自分で臓器を売るというのならば工程は幾分は少なくなろう。なぜ人は、こうも非効率なんだろう。
それに、私は血液さえあれば人生どうとでもなるからお金なんて必要ない。
「…許してくれ、頼む、許してくれ…!」
「…じゃあ、私たちをここで見たことは他言しないで」
これが最も適切な解答。私が求めていた結果。
「……わかった」
「…僕にも宣言してくれ。仮に秘密を漏らしたら自分達の恥ずかしいその秘密を暴露するって」
カケスがそう言ったので、兵士たちは渋々と言った様子で宣言した。
「俺たちは、このことを他言しません。仮に他言すれば、この自分達の情報を周りに曝露します」
「…よろしい」
一瞬私の頬に触れている空気がざわついた気がするのは、多分カケスがユニークスキルを使ったせいだろう。
「くそッ、覚えてろよ!」
発狂した兵士をもう一人の兵士が担ぎ、私たちに捨て台詞を吐きながら去っていった。
後日、変態兵士二人が罪人街にぶち込まれたのは、また別の話…
下ネタっぽいものを今回ぶっ込みすぎたかもしれない…次からはこういう回はないと思いたい(笑)




