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非承認ヒロイン  作者: 稲川ひそぐ
第1章 革命編
13/25

第13話 朝食はピザにしましょう!

 サクは声を潜めながら言った。

「……率直に話そう。どうやら、俺たちが回復できる人員を探そうとしているという情報が横流しされているらしい」

「どういうこと!?」

 キーラが素っ頓狂な声をあげる。

「静かにしろ。ただでさえ見張りがうるさい。…あれを見ろ」

 サクが立ち上がって、町側の鉄格子の窓をクイっと指し示す。ボクがそれに従って窓を覗くと…

「あれ、看板?」

「ああ。あそこには、『回復師は原則として外出禁止とする』と書かれている」

「それが…根拠?」

「そうだな」

 キーラは看板を指差した。

「あれが王様の出したものだとしたら、完全にズルじゃない!」

「…俺たちは籠の中の小鳥だ。喚いたところでささやかな歌声としか捉えられないだろう」

「私めちゃくちゃ音痴よ?」

 キーラがポカンとしながらそう言った。

「…いや、そういうことではないが……まあいい。ともかくあの王の小賢しい政策も、今となっては無意味だ。回復できる人は必要無くなった」

 ボクは驚いてしまった。

「どういうこと?回復できる人が必要無くなった?」

「…ああ。回復するという意味では、優秀なアテが見つかった」

 回復できる人以上に頼れるもの…?見当がつかない。

「な、何よそれ?そんなにすごいものがあるならなんでもっと早く言ってくれなかったの?」

「…彼女は慎重というだけだ。でもついさっき、協力してくれる旨を伝えてくれた」

 さっき?さっきまでは権力者やヤマトがいて伝達なんてできなかったはずじゃ…?

「伝えたって、どうやってその人は伝えたの?」

「…さっき、おかしなことはなかったか?」

 おかしなこと…権力者が来て、ヤマトがその後で入ってきて……

「そういえば、ヤマトの喋り方がおかしかったわね…」

 キーラが顎に手を当てながら一つの心当たりを話す。

「…当然だ。あいつがスパイで、俺たちに情報を渡しにきた張本人だからな」

「「えっ!?」」

「…これより、あいつは彼女からの言葉を何かしらの手段を使って俺たちに渡してくれる手筈になっている。俺から伝えることは以上だ。質問があるなら簡潔に述べてくれ」

 質問は特にない。サクの説明で十分だった。…いや、一つだけある。

「…こんな話、ここでして大丈夫なの?」

「この罪人街はもとよりガバガバだ。服を着替えさせる様子もなし、厳正な身体検査もなし、全てにおいて、収監される人間をなめているのかというレベルで水準が低い。実際、見張りもそこまで通ってはいないだろう?」

 確かに言われてみればそうだ。

「…それでは、そういうことだ。早めに就寝するぞ」


 ボクたちが就寝できたのは、なんだかんだで三時間前後だった。その後は鉄格子が乱暴に蹴っ飛ばされ、ボクたちはすぐに叩き起こされる羽目になるのだった。

「起きるッス!起床時間は5時ッスよ!」

 早すぎる起床時間に、ボクはふらつく頭を抱えながらベッドから起き出す羽目になった。哨戒班員がテキパキと指示を出している。哨戒班の規模はギール班長を含めても20人程度なのに、すごい早さで一つ一つのブロックに起床命令を出している。ボクたちのブロックを起こしに来たのはミサキさんだった。

「点呼開始。リンネ」

「はい!」

「サク」

「はい」

「キーラ」

「はいっ!」

 とりあえず囚人番号も与えられていないので、名前を言うだけで終わる。

「よし、今から40秒以内にベッドメイキングをしてランニングッス!逐一、俺たちが指示する位置に集合するッスよ!一瞬でも遅れれば体罰ッス!」

「えっ、待って40秒!?」

「…どう考えても足りん」

 キーラが愕然としている。サクも深刻そうな顔をした。

「任せて!」

 ベッドメイキングなら、寝相の悪い姉さんの分も請け負っていた経験があるから問題ない。秒で終わらせてやる。ボクは3人分のベッドメイキングに取り掛かった。ボクは前世で、毎日これをやらされていた。失敗しろという方が難しい。それに〈ヒロイン〉の補正もかかっているのか、10秒もたたないうちにボクはベッドメイキングを完了した。

「…業者ッスか?」

 ミサキさんは目を丸くしたが、すぐに房の鍵を開けてボクたちを外に出した。その際、手錠は外された。

「おとなしくするッスよ」

 ミサキさんはそういいながら、ボクたちの手に魔法陣を描いた。

「…追跡(トラッキング)か」

 サクが魔法陣の形を眺めながらそんなことを言う。

「そうッスよ。普段は動物に使って位置を把握しておくためのものッスけど、お前ら囚人は毎日それを使われているわけッス。つまりお前らは動物と同等って事っすね」

 頑張って蔑んだセリフを言おうとしているが、その声が薄っぺらい。本心から出ない証拠だ。

「…可愛い」

 キーラにも可愛いと称される始末である。ミサキさんは、罵倒が下手だった。

「動物と同等ならなぜ会話ができる?」

「お前昨日からうるさいッスよ」

「俺は純粋に疑問を述べただけだ」

 最終的にはサクにいじられる始末だ。

「…あーもう、寝起きだったなら分別もなくなるッスよね。うん。俺も朝叩き起こしてきた哨戒班長になめた口叩いてしばき倒されたことあったッスから。見逃すからやめるッス」

 いい人を通り越して、もはや哨戒班員としての仕事に問題があるだろう。この人はなぜこんなにお人好しなのに哨戒班員なんてやってるんだ…。いよいよわからない。

「…ミサキさんはなんで哨戒班員なんてやってるんですか?」

「……囚人には関係ないッス」

 その言葉を最後に、ミサキさんはボクたちを先導するためにボクたちの先へと歩き始めてしまった。

 本当に早く、ボクたち収監されている人間は一箇所に集められた。ギール班長が僕達の前に立って言った。

「これよりランニングを開始する。貴様らは国家に刃向かい、ここにぶち込まれた虫けらだ。心身を共に鍛え、悔い改めるがいい!」

 不思議だ。ギール班長は、ボクたちが収監された昨日でなくても何かしらのドジ要素を発揮しているはず。なのに全くなめられた様子がないのだ。みんなピシリと姿勢を晒している。

「壁沿いを30周!駆け足用意!はじめ!」

 声を張りながら、ギール班長はランニングを開始した。ボクたちもぞろぞろとそれにランニングでついて行く事になる。どうやら囚人が脱走しないように哨戒班員も一緒に走る事になっているらしく、その様子はなんとも奇妙だった。しかし30周と言うのは少しきつい。ボクは走る事に関しては、めっぽう弱かった。そしてそれを証明するように、一周走ったあたりからもう息が切れてきた。サクも少ししんどそうにしていたが、まだ姿勢は正しかった。

「リンちゃん、サク、大丈夫?」

 キーラが走りながら、心配そうにこちらを見てくる。キーラは特に疲れた様子もなく、元気よく弾むような足取りで走っている。

「…キーラこそ、なんでそんなに元気がいいんだよ…」

「あたし、体力はバカみたいにあるから」

 キーラはグッと親指を立てた。

「ここからは、各々自由な速度で走れ。会話などしようものなら、即座に処罰する!」

「…じゃ、ちょっと本気出すわね」

 ふっ、とキーラは息を吐き出し、その直後にすごい速度で駆け出した。隣に一塵の風が巻き起こる。あっという間に、キーラはトップに躍り出た。

「…おいおい、あいつ序盤からあんなに飛ばして大丈夫かよ」「後で絶対後悔するやつな。俺らみたいにゆっくりじっくり確実に走ったほうがいいのに…」「マジかよ、あの分じゃあすぐバテちまうぞ」

 大半のものが、キーラの行動を愚かだと思った。だが、それは間違いであったことをボクたちは見せつけられることとなる。

              〜数分後〜

「…嘘だろう、もう25周目だぞ…!?」

 サクがそんな言葉をこぼした。心底恐ろしそうな目で、キーラを見ている。キーラは全く速度を落とすことなく軽快に走り続けていた。まるでそれが楽しくてたまらないとでも言うかのように、走り続けていたのである。一方ボクたちは、ようやく12周目をクリアしたところだった。

「あいつどうなってるんだよ!?」「哨戒班仕事しろよ!明らかにスキルだろ!?」「なまらおっかねえ!」

 あるものは素直に驚き、あるものは不正を疑い、あるものは方言を解き放って驚いていた。

「……いや、本当にどうなってるんだ?奴のディバインパネルは手元にあるし…」

 ギール班長がそんなことを呟くのが聞こえてきた。つまりキーラが化け物ということでこの話は片付いた。

「絶地だ…絶地の領域だ」

 メガネをかけた細身の男が、そんなことを呟いた。…ボクはどうしても気になって、こっそりサクに質問した。

「サク、ぜっちって何?」

「中国で語り継がれている駿馬の名前だ。速さと持久力の例えにこれを出してくるのは相当なマニアだな」

 さらっと解説できるサクもすごいけどね。

 それからさらに数分。ボクの肉体はかなり限界に近づいていた。山が影になっていて太陽が当たらず、体から出てくる汗が容赦なく体温を奪っていく。それだけでない。体全体が酸素を求めて悲鳴を上げている。一回の口呼吸程度では追いつかなかった。息がハアハアではなく、ゼエゼエに変わってきている。目の前がチカチカして、今にも倒れそうだった。今何周目だっけ?…確か26周は超えてたはずだから…ボクはちらりと自分の手首に視線を落とす。指の形が21という形を作っていて、絶望した。そうか、まだ21周なのか。いや、プラスにとらえるんだ。絶望という感情を理解できるだけの思考回路はまだ残ってる。体力は尽きてないってことだ。

 それから9周走り終えた頃には、ボクの体は痙攣していた。ボクだけでなく、何人もがぜいぜいと息を切らし、喘ぎもがいていたが、哨戒班はそんなものを気にしないようだ。…いや、ミサキさんは心配そうな目でチラチラボクみたいな人たちを見てたけども。

「30分間の水分補給と休憩を終えたら朝食。その後はすぐ労働の時間だ。すぐに取り掛かれ」

 ギール班長はそれだけ言うと、手を振って散れ、と合図した。

「あの、労働の場所は……?」

 ギール班長に質問してみる。サクとキーラも同じ疑問を持っていたのか、ボクと同じ位置に立っていた。

「…自分で考えろ」

「では製紙工場に行きます」

「馬鹿者、その体力で持つわけがない」

 自分で考えろって言ったくせに理不尽すぎる。

「ではどこがいいのですか?」

「自分で考えろ」

 無限ループだよ、これ…。そう思っていると、ミサキさんがこちらに歩いてきた。

「ちょっと班長、今のはあんまりッスよ」

 ゴソゴソと、ギール班長はミサキさんの耳に口を寄せて囁く。

「…いびれと指示されているだろう。お前はお人好しがすぎる」

 …だが残念なことに、耳のいいボクには丸聞こえなのであった。

「班長だって嫌がってたじゃないッスか。それとも、女の子を言葉責めで楽しむ趣味でもあるんッスか?」

「ない!断じてない!」

 わあ…ギール班長必死だよ。トップは顔を立てないとだし、変な噂を立てられればたまったものじゃないんだろうな。

「残念ッス…ギール班長がそんな趣味を持っていたなんて…これが哨戒班に広まったらきっと幻滅されること間違いなしッスね…」

 さもがっかりしたような声で言うミサキさん。絶対ちょっと楽しんでるよ…。口の端がぱっと見わからないレベルだけど吊り上がってるもん。

「お、教える、教えるから!頼むから人に根も葉もない噂を撒き散らすのはやめてくれ!」

 ギール班長は女性に関するトラウマでも抱えているのだろうか?

「本当ッスね?」

「…ああ。リンネは食堂、サクは炉の操作、キーラは薪拾いだ。各々、しっかり働け」

 ギール班長は絞り出すように言いながら、鉄塔の方へと立ち去って行った。

「あの、ありがとうございます」

「普段パワハラ的なことされてるから仕返ししただけッス。勘違いしないことッスね。…水、食堂に早く飲みにいった方がいいッスよ。今回の班は多分やばいはずッスから」

 …ボクが言えたことじゃないけど、この人は本当にお人好しだ。


 ボクは哨戒班員の男の人に連れられて、食堂の場所までやってきた。食堂の特徴は、勤務時間が他と比べて短いと言うことらしい。肉体労働に向かず、かつ手先の作業や料理が得意な人間がここに送られるそうだ。

「手順はそこにいる奴らに聞け。俺は他の仕事があるから帰る」

 とは言っても、誰に話しかけろと言うのだろう。ボクは昨日もらった麻の服とエプロンが収納されている場所を探し、誰も見ていないことを確認してからできる限り急いで麻の服とエプロンを身につけた。

「おや、君は『非承認ヒロイン』かな?」

 あ、絶地の人だ。こうしてみると、すごく知性的な顔をしている。だが、その二つ名をどうにかしていただきたい。流行っているんだろうか。

「…あの、ボクにはリンネっていう名前があるんですが」

「ご、ごめん。リンネだな。今覚えた。絶対忘れない」

 仕事はこの人に聞くことにしよう。ボクは質問した。

「お名前は?」

「俺?饂飩銀一(うどんぎんいち)だ」

 どことなく響きが某名探偵を想起するような名前だけど、それは多分気のせいだ。うん。

「まず、ボクは何をしたらいいんでしょう?」

「朝食の準備だな。新入りは基本的に、仕事が一番近い当番に回される。食材はその日与えられたものをその日限りで使い切ること。俺たちは賄いを自分たちで作って食べるから、朝食は抜き。その代わりに食堂で労働する奴ら用の食事の時間を設けてもらえる。あとは基本的に王国の管轄する畑での畑仕事と食堂の掃除、そしてここの担当になってる串カツに気に入られたら、城で料理することもある。班交代制で、食事を作る係と洗い物をする係、掃除をする係、畑仕事をする係が、週一のペースで一巡する仕組みだ。ここは数ある労働現場の中でもかなり好待遇だ。運が良かったな」

 まあ確かに、話を聞く限りはそうだろう。だが、ここは罪人街。多かれ少なかれ何かあるのだろう。でなければ、厨房に立っている人たちがこんなに憂鬱そうな顔をしているはずがない。その理由は、すぐにわかることとなった。

「まあ新入りのリンネは、ひとまず最初は先輩の仕事ぶりを見てればオッケー」

 なるほど。理解した。

「ちなみに銀一さんは、この世界に来てどれぐらいですか?」

「うーん、まだ一ヶ月とちょっとだな。ここにぶち込まれたのが5日前。まだまだきついよ。そういえば、こいつらが当番の日はまだ一回も見てねえな。昨日が月曜日で、当番の交代があったんだ。まあここにいるのは料理できる奴らだって聞くし、仕事ぶりには期待していいと思うぜ」

 あー、既にフラグが立ってる気が…

 銀一さんは厨房の扉を勢いよく開けた。

「あわわわわ…」

 凍りついた空気が漂う、馬鹿みたいに広い厨房。巨大な釜を泣きそうな顔で見下ろしている女の子。火の横に置いていたせいでドロドロになってしまった、透明な皿に入っているチーズだったであろう何か。キャベツなどの野菜類はかろうじて無事だったが、手前のこの部分を見るだけでもやらかしていることは明らかな雰囲気だった。奥の方も似たような感じだ。…ミサキさんの言う通り、本当にやばい班だった。体に鞭打って急いでなければ、手遅れになっていたかもしれない。

「ど、どうしよう…ぜったいおこられる…」

 火の番をしていた男性が崩れ落ちている。

「…料理、始めましょ」

 ボクはそう一言だけ言った。静かな厨房に、その声は妙に響いた。

「はあ?後数十分で客が来るってのにか?」

 今にも掴みかからんばかりの勢いで調理班の一人がボクにそう言った。

「…ええ。この人数なら可能です」

 …この状況なら打開できる自信がある。料理と書いて芸術作品と読む。ボクはさっさと準備に取り掛かり、いきなり厨房に立つことになるのだった。ボクはキビキビと動くことにした。善は急げ。食堂がオープンするまであとわずかだ。

「あの、失敗したお米はありますか?」

「…はい…こっちです」

 ボクたちが昨日会った女の子だ。さっきまでは女の子は泣きそうな目で一抱えほどもある巨大な釜を見下ろしていた。ボクも釜を覗き込んで、ううむと唸った。確かにこれは…ちょっとひどいかもしれない。ベチャベチャだ。…まあ、これぐらいならまだ修正可能だろう。

「よし、朝食はピザにしましょう!」

 ボクはそう高らかに宣言した。朝からどんだけ重いもん食わせるんだって話だが、まあ全員が朝食抜きになって恨まれるよりはいいだろう。哨戒班員の人もどこかにいっちゃったし。ボクは朝食用にされている食材を見て、いいピザができることを期待しながらフライパンに手を伸ばした。


「よし、なんとか食べられるものにはなったんじゃないかな」

 かなりの自信作。あり合わせの食材で作ったが、立派なピザだ。我ながら美味しそうな料理が作れるようになったものである。

「さ、これをジャンジャン作っていってください!」

 このピザは比較的早くできるように工夫したので、ボクはどんどんピザを作っていった。ピザならば複数人に対して一枚で済むし、効率的だ。それでも数千単位の人たちの分を賄うのは大変である。タイムリミットはおよそ30分。料理ができた順番に席に並べていくシステムらしい。銀一さんはポカンとしながらボクの創作活動を見ていた。

「す、すごい…」

「ピザを早く人数分作ってください!銀一さんたちの清掃グループは緊急事態ですから、完成したピザを席に置いていってください!作り方はボクのを見てればわかると思いますけど、不安がある人はボクのところに来てください。逐一お教えするので…」

 新人のくせにめちゃくちゃ生意気な口を叩いているのは百も承知だが、ボクだけで人手が足りるわけもない。ボクが作っていたピザは、お米とキャベツ(のようなもの)とトマト(のようなもの)とチーズ(のようなもの)と黒胡麻でできていた。お米を生地にしてパリッと焼くのである。おそらく当初の予定だと、ご飯にサラダとか、そういう料理を作る想定だったんだろうな。後で知ったんだけど、これ、実は朝昼夜でちゃんと作る料理は決まっていたらしい。

 まあそんなことを知る由もなかった当時のボクは、もう楽しくてしょうがなかった。途中からいっそ楽しんでしまっていた。料理を教えて、自分も手を進めて、得意な人からどんどん食材を無駄にしないように作っていく。食堂の担当になっている現在の料理班は、総人数200人ほど。一人一人が最速8分で1枚のピザを焼き上げたとしたら、余裕で間に合う。まあ遅れた人間がいたとしても問題はない。その都度その都度、また早く焼ける方法を考えればいいだけだ。

 ボクは食堂の席をブロックに分けて考え、それぞれの区域に人員を集中して送ることでより早く全体的な席が埋まるようにした。


 そして全ては、ボクの思った通りに進んだ。

「あれ?献立はピザだったっけか?」

 疑問を口に出す囚人もいたが、うまいうまいと言って料理を口に運んでいた。

 ボクはカウンターの壁にもたれ、ずるずると腰を下ろした。

「…ふぅぅ…なんとか間に合いましたね」

「…ええ。本当にありがとうございます…」

 この後めちゃくちゃ調理班から感謝された。

 ボクが一息ついていると唐突に、カウンターの方に男の囚人がずかずか入ってきた。

「このピザを作ったのは誰だ?」

 おずおずと、火の番をしていた男性が出てくる。

「おい、なんだこのゴミは?」

 …今のは、流石に聞き捨てならない。

「あの、失礼ですが今の質問はどういうことですか?」

「こいつの作った料理が不味かったってことだよ!」

「…あの、うまいまずいは他所で言ってもらえますか?」

 …少なくとも、作った本人に悪意がない限り人の料理(芸術作品)を馬鹿にすることを許すわけにはいかない。

「あ?」

「うまいかまずいかは個人の基準なので、あなたの口に合わなかっただけですよね?ボクには実際おいしく感じましたし」

 この男が文句を言ってるのは、ちょっと不安があるってことでボクが教えていた人の料理だ。最終的に余った生地で小さめに焼いたものを試食したから間違いない。あれはおいしかった。…個人の基準だけど。

 囚人はピキッと拳を鳴らした。

「んだと?俺に食えねえゴミを提供するほうが悪いだろうが!」

 囚人が激昂しながら、テーブルから持ってきたらしいピザカッターを振り上げて飛び掛かってくる。

「悪口は」

 ボクはフォークを手に取った。

「謹んでくれって言ってるんですけど」

 そういうと同時に囚人の胸板を思い切りカウンターの壁に向かって蹴り飛ばして、フォークを3本同時に投げてやった。そのフォークは寸分違わず囚人の麻の服に突き刺さり、囚人を壁に貼り付けた。

「ひ、ひえええええぇ!?」

 ほっ。姉さんに習っていた人間ダーツがこんなところで役立つとは…。本当に、人生何があるかわからない。

「…この手のトラブルは、どうやって解決するんですか?」

「…いや、もうあんたが解決しちまったよ…」

 呆然としたように火の番をしていた男の人に言われて、ボクはハハ、と苦笑した。

 結局その後担当の哨戒班員の人(通称串カツ)がやって来てことは片付いた。男は厳正に処罰されることが決定されたそうだ。

 なお、機転を利かせて食材を無駄にしなかったこと、相手が先に手を出してきたこと、新人であったことを加味して今回に限りボクはお咎めなし、とのことだった。「次はない」って釘を刺されちゃったけど。

 賄い料理を作り、ボクたちは各々食堂の席について食べ始めた。

「いただきます」

 口に運んだそれは、まあいい出来のものだったと思う。一仕事終えた後の賄い料理は、普通に自分で作る料理の倍ぐらい美味しいものだった。

 賄い料理を食べ終わり、皿洗いをしながらボクは銀一さんに質問した。

「ちなみにその、なんであなたはここに入れられたんですか?」

 銀一さんは自嘲気味に笑った。

「冤罪だよ」

「えっ、冤罪?」

「ここにいる奴らほとんどがそうだ。ここにいるほとんどが、反王制を掲げるレジスタンスの残りカスさ」

 ……ボクは、胸の内で静かに炎が立ち上るのを感じた。胸を焼きこがし、手に破壊衝動を植え付けるこの感情は、紛れもない激昂の感情だった。

 朝食の後の時間、食堂の調理担当は昼に向けての下拵えを開始する。その時から、すでにボクは忙しかった。

「これ、どうやるのか教えてください!」「この手順で大丈夫かどうか不安で…」

 ボクは逐一その疑問に答えながら、下拵えも同時進行で進めていった。

 まあそこから数十分。だいぶんボクの周りの人も減ってきて、銀一さんたち清掃班も掃除を再開した。

「そう、そこは手を自分の手前に引くように動かせばうまくいくよ」

「わぁ、本当だ…ありがとうございます!」

 最後の一人を教え終わった時には、ボクに割り当てられてた下拵えは半分が終わっていた。…そう、ようやく半分である。この罪人街に一体どれだけの人が収監されているかが理解できるだろう。

「…確かに、他の労働現場に比べたら好待遇な方だろうな」

 火傷や切り傷など以外、滅多に傷つくような要因などないだろう。身の危険も極めて小さい。だけど、精神力はめちゃくちゃ使う。昼、夜も共に、かなりハードなスケジュールだった。少しだけ調理班の手際も良くなり、回数を重ねるごとに作業効率も良くなっていった。また同時に、ボクは人に技術を教えることで自分の頭の中も整理できた。…なんだかんだ、ここでの一日は充実した気がする。

 日がすっかり傾き、銀一さんがほれ、と言ってビスケットのようなものを手渡した。

「食え。美味いぞ」

 その軽い円形のビスケットは、ほんのりと甘いバターの味がした。本当に美味しい。

「ありがとうございます。これ、どこで手に入れたんですか?」

「おいおい、俺だって一応調理班で働いてた経験はあるんだからな。俺が余り物の食材で作ったんだけどさ。どうだ?」

 そういえばそうだった。この場所で働いている人たちは、みんな一応料理の経験者なのだ。

「すごく美味しいです」

「食レポになってないぞおい…まあいいけどさ。今日は本当に助かったよ。ありがとう」

 銀一さんはそう言って、厨房を後にした。どうやら、テーブルが置いてある方の清掃があるようだ。

「ボクはどうすればいいですか?」

 銀一さんはクルクル鍵を回しながら言った。その真っ白なエプロンにデッキブラシを持った格好は、なんとも奇妙に見えた。

「今から30分は自由時間だし、好きなところに行っていいぞ。運動したいならそこらじゅうにそれができる場所があるし、スポーツがしたければ体育館に、一刻も早く寝たいなら房に戻ればいい。体育館は看板が立ててあるからすぐわかるはずだ。今からの時間は、もう食堂を使う奴もいないからな。施錠はしておくから気にしなくていいぞ」

 ボクは素直に、その言葉に甘えることにした。自由時間があるのが、この厳しい罪人街の救いと言えるだろう。まあボクが最初にやることは決まっていた。じっと姉さんからもらった腕輪を見てから、すぐに体育館の位置に移動した。

 体育館で素振りをしているとブツブツと一人で喋っている声が聞こえてきた。

「…まーた『緑の手の女』の話ッスよ。全く、手がかりもないのに探そうとするなんて、王様側も馬鹿げてるッス……」

 緑の手の女?なんの話をしているのだろう。

「あの、ミサキさん。それってなんの話ですか?」

 ミサキさんはフリーズした。

「へっ!?ちょっと、何でお前がここにいるんッスか!?」

「そりゃあ今は自由時間だし、素振りだってしますよ」

 実際、ボクは剣の練習ができないと安らげない。どれだけ癒やされる効果を持つ音楽を聞かされようと、静かにせせらぐ川の水音を聞こうと、剣が近くにないと安らげないのだった。

「い、今の独り言、聞いてないッスよね!?」

「独り言?何の話ですか?」

 ミサキさんがかつてないほど慌てていたので、なんだか面白くなってしまった。

「き、聞いてないんッスね?」

 ホッとしたような声になる。

「ええ。王様側も馬鹿げてるなんて独り言、これっぽっちも聞こえていませんでした」

「思い切り聞いてるじゃないッスか!」

 ビシッとツッコまれた。

 切り替えて、質問してみる。

「ところで、緑の手の女って何ですか?」

「…ぇと、それは…」

 機密事項なのだろうか?だが、国を騒がせているものが何であるかを知れれば、サクが何かしらの作戦を立ててくれるかもしれない。ここは引き下がらず、聞き出しておきたかった。

「…ダメですか?」

 上目遣いでミサキさんの顔を見つめる。ボクは、自分の体の周りを〈ヒロイン〉のオーラに取り巻かれていることを感じまくっていた。

 …だんだん、この能力の使い所がわかってきた気がする。

「えーっと、それは機密事項なわけでッスね…」

「……」

 さらにじぃっと見つめてみる。ちょっとだけ眼力を強くしてみた。目の周りのオーラが、より濃縮されてミサキさんに流れ込むのを感じる。

「うぅ…ギール班長には内緒ッスよ」

 結局、ミサキさんが折れた。

「最近、王宮内で事件が起こったワケなんッスけど、その内容がまたけったいな訳ッス」

 ちらりと周りを見回してから、ミサキさんは口を開いた。

「…城の兵士がユニークスキルを失うという内容ッスね」

「ちょっと待ってください、ユニークスキルを失う?」

 思わず声が大きくなり、ミサキさんに口を塞がれた。レザーに混じってほのかに石鹸の匂いがする。

「お前、声が大きいッスよ!…今んところこの情報はトップシークレットな訳で、まだ内密に捜査を進めるよう国から指示が出てるッス」

「ご、ごめんなさい」

 手を離されて、ボクはミサキさんに謝罪した。

「…でも、何でそのことが発覚したんですか?」

「…ユニークスキルを失ったって言う奴が、そのことを王様に報告してことが発覚したらしいッス。『緑の手の女がでたー』ってな感じで。…ことがデカくなり始めてるのは、昨日軍の精鋭5人のユニークスキルが消えたからッスね」

「それで、緑の手の女の捜索が始まったって事ですか?」

「そういう事ッス。俺から伝えられることはこれだけッスけど…」

 なるほど、王国で起きていることはおおよそ理解できた。

「…わざわざリスクを承知でありがとうございます」

「俺にリスクがあることを承知で頼んでくるお前もどうなんッスか…」

 ミサキさんに呆れ顔で見られてしまった。

「ほら、さっさと房に戻るッス!もう自由時間は少ないッスよ!」

 半ばミサキさんから追い出されるような形で、ボクは房に戻ることになったのだった。

そういえば、僕料理できないんだった。色々筋が通らない部分があるかもしれない…

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