第12話 だからボクは違うって!
結構遅くなったけど、Twitter始めたよ!小説の告知以外にも、執筆中の裏話とか乗せちゃうかも…?
…薄暗い。罪人街は、とにかく薄暗かった。今が夕暮れ時というのもあるのだろうが、それ以前に全体として雰囲気が陰鬱だ。街自体が広大であり、直径100メートルはありそうだった。その敷地内には煙を上げる煙突を持つ体育館のような形と大きさの施設が10個ほど、それらよりひと回り小さい建物が1個あり、そしてその中心には巨大な鉄塔が聳え立っていた。それ以外の場所は晒し台であったり三角木馬だったり、拷問器具らしきものがところどころ見受けられたが、基本は石畳の冷たい地面を持つ広場だった。その直径は100メートルぐらいは余裕でありそうで、かつ高さは20メートルはありそうな壁に沿うようにして、牢屋が積み上げられるようにして作られていた。門の周りには流石に人の気配がないものの、壁には3段ほど房が積み上げられていた。房一つにつき、3〜4人が幽閉されている。ボクたちが罪人街に入ってきた瞬間、周りがジロジロと好奇の目でこちらを見てきた。全員が薄汚れた服を着ており、城下町の人間よりも痩せていた。
「…ここが、貴様らが過ごす場所だ。せいぜい、収監されているやつとは仲良くやることだ。
……そうそう、脱獄しようなどと考えればたちまち哨戒班の連中に見つかって拘束されるからな。次はどれほど痛めつけられるか考えながら朝まで過ごすことになるぞ」
剣士は下賤な笑みを浮かべながら、門を勢いよく閉じた。その直後に、ガチャリと南京錠の鍵をかける音がする。それと入れ違いのように、一人の男がツカツカと歩み寄ってきた。
「…今回はこれで全員か?」
スラリと背は高く、腰にはレイピアが下げられていた。軍隊のように姿勢を正し、涼やかで険しい表情を湛えてこちらを見据えている。長い黒髪は夕闇の光をたっぷりと染み込ませて、まるでオーラであるかのように光っている。そして何より異様だったのは、彼が身につけている漆黒の制服だった。ベースは日本海軍の軍服と言えばわかりやすいだろうか。比較的軽い設計と思われるその漆黒の軍服の上には四肢の関節と胸を保護しているらしいプロテクターが付けられており、太ももにはホルスターと弾薬ベルトが装備されていた。
「…おい、お前たちに聞いている!これで全員か?」
雷のような声で怒鳴られ、ボクとキーラはビクッと肩を震わせた。
「ひゃい!」
ボクは返事をしたが、驚いのあまり少ししゃくれてしまった。
「…俺はこの罪人街の哨戒班長、ギールだ。この罪人街ではディバインパネルを徴収するため、ユニークスキルを除いたスキルの使用は一切不可能だ。もちろん、ユニークスキルを使用すれば俺の班員が飛んできて、貴様らを処罰する。死んだ方がマシだと思えるぐらいにな。同時に、俺たちは魔力の使用が可能だ。何かをしでかせば即座に貴様らを処罰する」
「…今の、どういうこと?」
今の言い回しは少しややこしかった。キーラがサクにヒソヒソと質問している。ここまでの道中で、わからないことがあったらとりあえずサクに質問するというアルゴリズムがボクたちにできてしまったようだ。サクもそれを承知しているらしく、いつもの何倍も小さい声でキーラの質問に回答した。
「…この世界でスキルオーダーをするためには、ディバインパネルを持っている必要があるらしい。だからそれを徴収されたやつはスキルオーダーができなくなる。ただしユニークスキルはディバインパネルとリンクして使用されるわけではないから、それがなくなったところで使用制限がかかることはない。その代わりにユニークスキルを使用したら無事の補償はできないという話をあの哨戒班長殿はしている」
「そこ!何をごちゃごちゃ話している!」
まあ3人しかいないわけだし、いくらサクが小さく喋ってもバレるよね、普通。ギール班長は威圧的でかつ迫力のある目でこちらを睨んできた。
「次はないぞ。問答無用で処罰対象だ!それが嫌なら二度と無駄口を叩くな!」
そこまでギール班長が言い終わった途端、バタバタと一人の哨戒班員らしき女性がギール班長に駆け寄ってきた。身長はボクと同じぐらいだろうか。腰にはレイピアを下げ、ギール班長と同じような哨戒班の制服を着ている。ロングにしている茶髪と鮮やかな緑色の丸い目が目立つ童顔の人だった。
「班長、監視塔の水道が出しっぱなしになってるッス!」
「えっ、本当に?今月給料少ないのに…気付いたなら止めてよ!」
「いや班長が空間ロックなんかしてるから、俺では触れることができないんッスよ!」
「ああくそ、ミサキ、お前は新入りだがやれるよな?お前の方からこいつらにここにルールを説明してやれ。手順はマニュアル通りだ。いいな!」
慌ただしい足音と共に、ギール班長は大きい建物に走っていった。
「…ギール班長は、ドジでも間抜けでもないッスからね!」
説得力が全くない。ミサキさんはビシッとボクたちに指を突きつける。
「誰ッスか!ギール班長のことをドジだの間抜けだの、いちいち報告に行く部下の身にもなってみろとか思ってる奴は!」
「…最後のは絶対お前の心境だろ」
ぼそっと、サクがつぶやく。
「とにかく、ここに来たからには俺たちの命令には絶対服従!自分の罪を償うッス!」
キーラが盛大に声を出す。
「えーッ!?償うって、あたしたち何もしてないのに!」
「犯罪者はみんなそう言うッスよ!」
こういうところだけなんで正論なんだよ。
サクが静かに口を開いた。
「それでは、貴様は正直な供述とそうでないものをどうやって見分けるつもりだ?」
「…そりゃあ…長年の経験ってやつッス!」
左上を少し見上げながら、ミサキさんは言う。
「その発言は矛盾している。貴様はさっき、哨戒班長から新入りと言われていなかったか?」
「……いや、他にも長年の経験を積んだメンバーはいてッスね…」
すかさずサクはその言葉を遮った。
「俺は、『貴様はどう見分けているのか』を質問した。
俺の質問に対して嘘をついている時点で、貴様の発言に対する信頼はないに等しい」
「………………」
あ、論破された。サクがちょっと楽しそうな顔でミサキさんを見ていたせいか、ミサキさんはサクをギロっと睨んだ。
「今回は相手が俺だったから初回サービスで許してやるッスけどね!次俺たち哨戒班を侮辱したら、お前らがどんな目に遭っても管轄じゃないから俺は責任を取れないんッスよ!無事にここから出たかったら最初にも言った通り絶対服従ッス!いいッスね?」
…いや、ただのいい人じゃん、この人。国家側の人間も、悪い奴らばかりではないらしい。
「…ああ言う奴は、何かしら理由をつけて次回も許してしまうタイプだ」
サクがボソボソとそんなことを言う。
「とにかく武器をストレージにしまうッス。スキルオーダーを無効にするため、ディバインパネルごと徴収させてもらうッスよ!ディバインパネルはここに置くッス!」
声高らかにそう宣言しながら、ミサキさんは目の前に簡素な段ボール箱を置いた。ボクはディバインパネルを操作して武器をストレージにしまい、それをミサキさんの方に提示した。どっちみち、手錠は外されていないのだからここで戦闘したところで勝ち目はないだろう。おずおずと、他のメンバーも自分の腰に下げていたりした武器をディバインパネルにしまって箱に入れた。…そういえば、まだ説明されていないことがある。
「それで、俺たちの生活する場所は?」
「……」
ミサキさんは黙ってしまった。と、そんなことをしている間にギール班長が戻ってきた。
「…ミサキ、説明は終わったか?」
「えーっと、あとは房の位置についてッスね」
「…そんなものは決まっていない」
ギール班長は静かにそう言った。
「えっ、でも…」
ミサキさんの言葉も、通じない。
「例外は認めない。6時までに房に入っていなかった者は脱獄の罪で処罰する。そしてお前たちの動向は常に監視している。逃げようなどと思えばどうなるか……楽しみにしておけ。言い渡すことは以上だ」
ギール班長はそれだけ言い残すと、さっさと黒い鉄塔の方へと歩いて行ってしまった。
「…さて、まずは寝泊まりする場所だな」
「切り替え早っ!?」
「…探偵たるもの、ここで狼狽えては二流だ。お前たちも、早く泊まれそうな場所を探せ」
…確かにそうだ。ここで狼狽えて6時までに房に入らなければ、処罰されるのだ。
「…房は見たところ、壁沿いにしかないみたいね。壁に沿って動けばなんとかなるかしら?」
キーラの言う通りだ。確かに鉄塔や体育館のようなものに遮られて死角になっている部分はあるものの、全て壁沿いに房が造られているように見える。
「よし、二手に分かれて壁沿いに移動しよう」
ボクはそう提案して、サクとキーラ、ボク一人の二手に分かれて壁沿いに空いている房を探してみた。
そしてたっぷり30分ほどかけてぐるりと壁を巡った結果、高さ5メートル、奥行き5メートル、横5メートルほどの立方体の形をした房はどこもかしこも満員だということがわかった。この国、一体どれだけ治安が悪いんだ!?
「サク、空いてるところはないように見えるよ?」
「…お前は、罪を犯した人間数人につき一軒の家を与えられるか?」
「まあ、それで寒空の下死なれたら収監して悔い改めさせる意味がなくなるから与えるとは思うけど…」
「…はあ、世の中の上位者が全てお前ほどお人好しなら問題は起きないだろう。だが、相手は下賤な連中。それでなくたって罪人の立場は弱い。…俺が言いたいことは理解できるよな?」
…計らいは期待しないほうがいいってことか。ミサキさんはいい人っぽかったけど。
「それに…空きがないなら、作ればいい。あてならいくらでもあるだろう」
サクがそんなことを言った。どういうことだろう。ボクとキーラが考えて、沈黙が降りる。すると、あたりの聞こえていなかった音が耳に入ってくるようになった。どこからともなく聞こえてくる木々の葉が擦れる音とかすかに聞こえてくる水の流れる音、そして…なんだろう、何かを殴る音が聞こえてきた。音からして人間の肌だ。これは…
「…サク、キーラ、急ごう!」
「へっ?急ぐって何を…」
キーラは呆然としていたし、サクは訝しむようにボクを見た。
「…殴る音が聞こえるんだ」
「…わかった。お前の聴覚を信じる」
サクは頷き、どちらからだ、とボクの方を見た。
「…こっち」
ボクはすぐに、音が聞こえる方向に駆け出した。
「そこはかとなく聞こえなくもないような…」
キーラは耳に手を当てているが、とりあえずはついてきてくれた。
音の発生源は、集団による暴行現場だった。ボクより少し年下ぐらいの男の子が一人、ガタイのいい男たちに殴られている。…男たちも、剣士や豚と同じ下賎な笑みを浮かべていた。弱者をいびり、楽しみ、優越感に浸る奴らの笑顔だ。ボクは、本能的に嫌悪を覚えずにはいられなかった。
「…おい、何をしている」
サクが静かに問い詰めた。彼の静けさが持つ威圧感の効果は、王様との会話でもう分かりきっている。あの時は、ガヤの町民も何も言えなかった。…つまり、サクは自分が威圧感を持っていると知った上で話しかけていた。サクが気をひきつけてくれている間に、ボクとキーラは男の子の手を掴んで男たちの間から引っ張り出した。当然、男たちはそれに気がついてこちらを睨みつけてくる。
「てめえ、よくも…!」
不良の男がビキビキと拳を言わせながら、こちらに襲いかかってきた。手錠で両腕を繋がれているとは思えないほど俊敏な動きに、正直面食らってしまった。ボクは慌てて受けの構えを取ろうとして…鎖に手を取られた。手が痛みで痺れて硬直し、体が動かなくなる。
「あっ…」
脇腹にパンチが突き刺さりかけたその時、男の拳がピタッと止まった。
「…ちょっ…めちゃ可愛いじゃんか…」
ポカンとしたようにつぶやく男の目は、本気だった。
「えっ、ええっと…」
ボクが回答に困っていると、突然空中に浮いた2本の西洋剣がボクたちの間に割り込み、それ以上の接近を阻んだ。男がビクッと震え、ボクはこの雰囲気がやばいことを悟った。この西洋剣には既視感があるし、やってくる人物はなんとなく想像がついた。
「手前ら、それ以上動くな!」
案の定、鎧の音を立てながら、ヤマトがこちらに走ってきた。やっぱり、この西洋剣はヤマトがユニークスキルで召喚したものだ。王宮で会った時と全く同じ格好をしているが、仮面は着けていない。部下の剣士たちを数名連れたヤマトは、もとより目つきが悪い目をさらに険しいものにしながらボクたちの目の前までやってきた。
「や、ヤマト兵隊長!?どうしてここに…!」
不良の男は、突然ヤマトが登場したことに驚いていた。
「…騒ぎが起こっていると聞いてこっちに来た。それより、誰かこの状況を説明しろ!」
有無を言わせぬヤマトの態度に、場の空気は凍りついた。
「えっと、これは、その…」
不良の男がしどろもどろになる。ボクは口を開いた。
「こいつらがこの子をいじめていたので、注意すると攻撃を受けかけました」
ボクはありのままの事実を述べた。
「なるほどな。…具体的にどんな内容だった?」
ヤマトはどっちが不良かわからなくなるようなかがみ方をして、いじめられていた男の子に話しかけた。
「えっと、お前らの家族揃って房をよこせって…」
「…なるほどな、ほかには?」
ヤマトが、もっとあるんだろう、という風に男の子に問いかける。
「…それができないなら、出所したらお前もお前の父ちゃんも母ちゃんも全員ぶっ殺して庭に埋めてやるって…言われました!」
男の子は無我夢中と言った様子で叫んだ。ようやく掴んだ希望の糸を絶対に離したくないといわんばかりの剣幕だった。
「了解だ。こいつの取り調べは俺がじっくり行ってやる」
ヤマトは頷きながら、サクの方を見た。そして、低い声で問いかける。
「…ところで手前、どうやってここから抜け出した。南京錠の鍵は別の班の奴がかけたはずだが」
「…なんの話だ?」
「とぼけんな。手前がわざわざ全身真っ白に染め上げてまで街まで来て、俺に問題報告をしに来たんだろうが」
ヤマトがじとっとした目でサクを見ている。
……真っ白なサク…それって、ボクがこの異世界に来て最初に会った人だよね。
「…いや、さっぱりわからない」
サクは毅然とした態度で返していた。ヤマトの方がはるかに身長が高いし、実際めちゃくちゃ強い。それはわかっているのに、サクは態度を崩すことは一切しなかった。
「…まあいい。警備を強化するだけだ。ただ、二度と逃げようだなんて考えるんじゃねえぞ。…俺は、こいつらの事情聴取を行う。手前らは、そこのチビと一緒に食堂で待機しろ。哨戒班の方には俺から話をつけておくからゆっくりしてろ」
…ったく、見張は何やってんだ…そう呟きながらヤマトは部下と共に行動を開始した。
男の子はゆっくりと立ち上がった。
「あ、案内します!」
男の子はボクたちの前に立ち、罪人街を歩き始めた。歩きながら、男の子はボクたちに言った。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「いやいや、それほどでも…」
キーラがニコッと笑う。
「…ああ。当然の行動だ。それに、リンネが気づかなければ俺たちも動けなかった訳だしな」
…そういえばそうだった。音に気づいていたのはボクだけだ。
「それに、ヤマト兵隊長、カッコよかったなぁ…」
確かに、ピンチに颯爽と駆けつけてきたあいつはちょっとかっこよかったかもしれない。対応も、やさぐれてはいたが上に立つ人間にふさわしい模範的なそれだった。だけど…なんか、悔しいな。ヤマトが優しいやつだなんて。…あまり認めたくないと思っている自分がいることに驚いた。
「ヤマトは元々印象最悪だっただけに、余計にいい人に見えちゃうんだよね…」
「…ゲインロス効果だな」
サクはボクに対して返答した。
「げいん…なんて?」
キーラが首を傾げる。
「ゲインロス効果。立派な心理学の効果だ。普段の態度や元から持っていた印象とのギャップが大きいほど、相手がよりプラス、あるいはマイナスに見えるというものだな」
サクはわかりやすく解説してくれた。
「ああ、一番初めに味付けを薄い料理を出してから味付けの濃い料理を出された方が、より味を濃く感じる、みたいなやつか」
「それに近いものはコントラスト効果と言ってまた違うものなんだが…」
サクって心理学にも詳しいんだ。
「つまり今までの話を要約すると、100%の悪人はそうそういないってことね!」
キーラはニコニコ笑いながらそう言った。
「うん、そうだよね」
…実際、ヤマトは性格に難があるだけで努力家な面もある。…それは認めている。認めているんだけど…
「うーん、モヤモヤする…」
ボクは思わずそんな一言をこぼしてしまった。
「着きました」
男の子の声が聞こえてきて、ボクは顔を上げた。あの体育館のような形の建物の小さい方だ。重いコンクリートの扉が開き、その全容が顔を出した。中には5人ほどがいて、厨房にはエプロンを着た小柄な女の子が1人と同じデザインのエプロンを着た大人の女性が1人、そしてテーブルの方には屈強な男3人がいた。部屋の三分の一ほどが厨房と券売機になっていて、券売機にお金を入れて食べ物を注文するシステムみたいだ。ファミレスのようなテーブルと椅子が無数に並べられていて、ほぼそれで建物の内部は埋まっていた。
「えっ、すごい…」
キーラが思わず声を漏らしている。
「…あはは、びっくりしますよね。僕も初めてみた時はびっくりしましたよ。メニューは量が少ないですが、日替わりで栄養バランスがきちんと考えられています。あと、労働後の人には水の飲み放題なんかのサービスがついてきます」
「水…」
水は重要だ。人間の体重の60%を占めている上、老廃物の運搬なども助けている。これが手に入るか入らないかで、生存率もだいぶん異なってくるのだ。…と、姉さんが寝る前に教えてくれたのをふと思い出す。
「川でもあるの?」
「ええ。罪人街はほぼ山の隣ですから。太陽が遮られて湿度が高くて、割とこの辺りはジメジメしてるんです。労働の時は、汗が全然乾かなくて勘弁してほしいですがね…」
ここまで会話していて、一つの疑問が出てきた。
「さっきから労働って言ってるけど、具体的にどうするの?」
男の子は丁寧に解説してくれた。
「労働は一週間のうち六日間行われていて、歩合制で賃金が支払われます。まあ3ジャムももらえたらいいところですけどね。工場の労働だと、鉄を取り出す炉の操作だったり、炉を動かすための薪拾いだったりします。それ以外だったら服の生産、燃料の採掘、この食堂の経営だったりします。ここにくる途中、煙が出ている建物があったでしょう?あれが工場です」
そういえばそんな建物もあった。ちなみに後で聞いた話だと、ジャムとはこの世界における円のようなものらしく、3ジャムは前世で言う5円程度らしい。相手が罪人とは言えブラックすぎやしないだろうか。
「労働時間は?」
「……ハハ。僕は陶器工場勤務ですが、13時間とかザラにありますよ」
男の子が苦笑しながら答えた。さあっと、血の気が引くのを感じた。この環境は劣悪すぎると言うことはなんとなく感じてはいたが、よもやここまでとは思いもしなかった。
「あー…食料が足りません……」
ボクがこれから始まるであろう地獄を想像して頭を抱えていると突然そんな声が聞こえてきて、ボクはチラリと厨房を見た。厨房にいる少女と女性が2人、頭を抱えている。
「あの、よろしければボクが調理しましょうか?」
「えっ?」
調理係の二人は目を丸くしてこちらを見た。
「…大丈夫ですよ、後悔はさせないので」
「いや、その自信はどこから…」
「…ボク、前世では調理師の資格持ってたんです」
実は、前世のボクは姉さんに勧められて色々な職業の資格を取っていた。本当にこんなに必要なのかと思っていたが、姉さん曰く『刀は多いほどいい』ということだった。なるほど、確かに役立った。
「でも、エプロンを着ないと…。あと衛生的にその格好は…」
ボクは自分の体を見下ろして納得した。服は豚が踏みつけてきた靴跡だらけ、プロテクターはところどころ傷が入り、そもそもヤマトとの戦闘のせいでボロボロに破れている箇所が多々あった。
「なるほど、それもそうですね」
「着替えの服、私のがありますから使ってください」
女の子が提案してくれたので、ボクはその好意を受け取ることにした。
「それでは、ありがたくそうさせていただきますね」
「少し、お待ちください」
女の子がパタパタと足音を立てながら厨房の奥にある扉を開けて中に入り、少ししてから上下揃った四角形に折り畳まれている衛生的な白い麻の服が手渡された。明らかに女性用のエプロンも、その上に畳まれて乗せられていた。
「ありがとうございます。すぐに着替えるので…」
ボクはナチュラルに服を脱ぎかけた。
「ちょっ、ちょっとリンちゃん!?」
「そう何度も同じような失敗をするな!」
がばっとサクは男三人の目の前に飛び出して視界を遮り、キーラは目をまん丸に見開いてボクのことを止めに入った。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
そういえばそうだった。ボクは見た目が今女の子だし、周りから完全に勘違いされてるんだった。
「ちょっと、しっかりしてよ。初めて女装する男子じゃないんだから!」
初めて女装する男子だよ。キーラの言葉に内心でツッコみながら、さてどう着替えたものかと思案した。
「…あの、着替えならこの扉の向こうですることになってるから…」
女の子が辿々しくそう言ったので、ボクはすぐにその厨房の奥に入って着替えた。
数分後、ボクはなぜかフリルがたくさんついた可愛い感じのエプロンを身につけて厨房に立っていた。なぜこんなことに…
「おーっ、よく似合ってる!」
「全く、これだからエプロンは本当に目の保養になるぜ!」
三人のむさ苦しい男たちはボクの体をじっと見つめてきていた。……ぶっちゃけ、マジでキモい。そして今まで行動を共にしてきた二人からは驚きの目で見られた。
「あの…どうしましたか?」
「……可愛い…」
キーラがポカンとしながらそう呟き、ボクはめちゃくちゃ恥ずかしくなった。
まあ、それはそれとして今は切り替えないといけない。料理に集中しよう。
「…よし、作るぞ」
ボクは腕を捲った。素材は簡単なものしかないし、最低限にとどめなければならない。つまり、この厳し状況下でいかに味を出すかがボクの腕の見せ所である。ボクは手始めに、包丁に手を伸ばした。
数十分後。料理は無事完成した。サラダと、香草のスープ、そしてありあわせの素材で作り出したパンとラスクだ。我ながらいい出来である。
「…おい、リンネ、無駄に食材を使ったわけではないだろうな?」
失礼な。ただでさえ逼迫している状況だということがわかっているのに、そんな暴挙を成すわけがない。
「まさか。最低限にとどめたよ」
「味も最っ高!さすが、ヒロインって感じね!」
「だからボクは違うってば!」
キーラの言葉にボクは鋭く切り返しつつ、内心ため息をついた。なぜみんな、ボクのことをヒロインとして扱いたがるのだろうか。
「料理している時の微笑に洗練された料理の手つき、それに加えて別嬪ときた。これはヒロインに他ならねえよ」
こちらを見てきていた三人の男のうち一人、ひげもじゃの方がそう言って、一緒にいた二人が深く頷く。
「ボクは違います、認めません!」
「そういう頑ななところもまたいい!」
…ひげもじゃ、全肯定かよ。ボクは香草スープに映った自分の姿を見てため息をつきつつ、そういえばボクが脱いだ服はそろそろ修復した方がいいかも知れない、と思い当たった。
「針と糸はある?」
ボクが言うと、スキンヘッドの男は頷いた。
「工場の仕事道具だからあるにはあるが…どうするつもりだ?」
「服を修繕したいんです」
この今着ている麻の服オンザエプロンは戦闘に持ち出せるような代物じゃないし、第一ロングスカートだから絶対に動きにくい。唯一の戦闘服があの状態では、とてもじゃないが出歩けない。
「でも、ここまで破れてたら朝になっちゃいますよ?」
女の子に言われたが、ボクは気にしない。この程度、姉さんの謎修行の一環で雑巾600枚縫わされた一晩に比べればどうってことない。…姉さんの謎修行はおそらくこういう時のためにあったんだ。たぶん。
「大丈夫です。5分で終わらせるので」
ボクは刺繍針と糸を受け取ると、ささっとまつり縫いを始めた。久しぶりだったものの、指は思い通りに動いてくれた。刺しては引っ張り、また裏から刺して、返して、どんどん服を縫っていく。
「なんて鮮やかな業なんだ…」
「もはや異次元の領域よね、これ…」
「こんなにも早くかつ正確…あの人、本当に何者なんですか!?」
なんか聞こえてきた。あとでサクに聞いた話によると、ひげもじゃとキーラと厨房の女の人は同時に唖然としていたらしい。
「…まあ、こんなところかな」
幸い糸の色が服の色と酷似していたので、縫い目が目立つようなこともなかった。うん。みてくれってやっぱり大事だからね。まず上はよし。次はスカートだ。ボクは息を整えてから、またさらに針をスカートに刺し、ちくちく縫い始めた。
「よし、完成」
「……縫い始めてから5分32秒。5分で終わってはいないな」
サクが細かいことを言ってくる。
「じゃあサクはできるの?」
「……すまない。癖でな」
サクがボクに謝ったところで、ガチャリと厨房の扉が開いた。ヤマトの顔がこちらを覗いてくる。
「…不当にあいつらが三つの房を支配していることが判明した。使用許可を出そう」
ヤマトから使用許可が出されたのは、さっきの房の隣にある房だった。房は三段積まれているが、そのうちの一番下の房だ。
「…了解」
こうして、ボクたちは無事に屋根のあるところで寝泊まりができるようになったのだった。ボクが元の服に着替え終わって、麻の服とエプロンを元の場所に戻してから、ボクたちはヤマトに蹴り入れられるようにして房に入り、鍵を閉められた。
「…寒いな」
ぼそっと、サクがつぶやいた。確かに、体感温度が3度ぐらい下がった気がする。
「うん、そうね。おしくらまんじゅうでもする?」
「いや、遠慮しときます」
話すのさえ結構大変なのに、女の子に密着なんてしたらどうなるかわからない。
「えー、雪の中にいるみたいで楽しいとはいえ流石に寒いわよ」
「本当に雪の中にいたら窒息死するぞ」
「サク、夢のないことを言っちゃダメだ!」
見るんだ、キーラのまるで遊びに行く直前の子犬のような探究心に光り輝く瞳を!
「この状況下で楽しめるレベルのメンタルを持つ人間が、いまさら俺に何か言われたところで落ち込んだりするとも思えないがな…」
まあ言われてみれば確かにそうだ。痛めつけられたり明らかに危険な状態に陥っていた時はさすにが怖がっていたものの、それ以外の時は基本笑顔だし楽しそうにしている。ある意味、メンタルは一番強いのかもしれない。
「だとしても、夢が原動力っていう人もいるんだよ?」
「夢って食べられるの?」
「違う、原動力ってそういうことじゃないよ」
ボクがツッコむと、サクが横を向いて肩を震わせているのが見えた。口角が上がらないように必死になっているみたいだった。
「もう寝るぞ」
絞り出すように彼はそういい、ベッドで横になった。
まあ寝るとは言っても、ボクたちがぶち込まれた罪人街にはわざわざ権力者たちが訪れに来るのだ。…つまり、結局晒し者みたいな感じなのである。3分に1回ぐらい権力者がやってきて、悪口や嫌味を言ってくる。
「いいザマだな。しかももうじき死んじまうんだからな!」
「いや、自分のくそ加減を自覚して欲しいぜ。雑魚はゴミなのによ」
「昼間は良くも反抗してくれたな。身の程弁えろって話だ、バーカ!」
…はあ、サク、こいつらぶっ飛ばしていいかな?
「…少しは耐えろ、それでもおと…ヒロインか」
今男って言いかけただろ。
「だからボクはヒロインじゃないってば…!」
ボクは仕方なく握りかけていた拳を開いた。サクに気を遣わせてしまった。
「…落ち着いたか?」
「…そうだね」
「おい、その辺にしとけ」
ヤマトがガチャガチャと、鎧を鳴らしながら歩いてきた。
「ヤマト兵隊長!」
ビシリと、兵士が姿勢を正す。ヤマトが…止めた?やっぱりこいつ…いい奴なのか?認めたくない。
ゆっくりと僅かな微笑みをこちらに向けてから、ヤマトは口を開いた。
「…その辺にしてもらわないと、俺がやじる時間がなくなるだろうが」
やっぱり最低だった。
「はっ、存分にやじってくださいませ」
どう考えても敬語に混じっていていい言葉ではないものが聞こえてきた。兵士が立ち去ると、ヤマトは口を開いた。
「今日も今日とてまだ雑草みたいにしぶとく生き延びてんだよな。しらけるんだよ、手前らがいたら!」
ガシャン!
喋り始めると同時に、鉄格子をすごい勢いで蹴り付けた。
「腕のねえ奴に育てられてきたんだろうな。理解に苦しむぜ。天才な俺からしたらな。よし、これで理解できただろ?神とやらが手前らに与えた価値なんてそんなもんなんだよ!」
ガシャン!ガシャン!…ガシャン!
「苦悶するか?するがいいぜ、この環境で!ルールは絶対、手前らはここで死ぬ!手前らはゴミだ!ゴミ以下なんだよ!」
ガシャン!ガシャン!ガシャン!
喋り始めるたびに鉄格子を蹴っている。…なんだろう、ヤマトの喋り方がちょっとおかしい気がする。
「……喋らねえのつまんねえから帰る」
喋ったら気持ち悪い声出すなとか言うくせにな…
敵サイドがいなくなったタイミングで、ボクはサクに向けて小さい声で囁いた。
「…サク、どうしてこの国の上の人たちはこんなに冷たいんだろう?」
「……そいつらが人としてゴミ。それ以上の理由はない。そんな問題は王座をぶっ壊せば些細なものだ。違うか?」
サクはサラッと、そんなことを言って目を瞑ってしまった。
「…ところで、リンネ。キーラも、今から少し話をさせてくれないか?」
いやー、こうして自分の作品を見ると、最近ハマった作品の影響受けまくってるね…




