第61話 感情ではなく、記録で
会計院の、正式な、裁定が、下された。
ハルバ商会の、不正は、すべて、確定した。当主バルドは、その、地位を、失い、商会は、解体される。二重契約で、奪われた、貴族家の、資産は、被害者に、返還される。長年、大陸を、蝕んできた、巨大な、詐欺の、幕が、公の、力によって、下ろされた。
「見事な、幕引きです」ロザリンドが、裁定の、書状を、手に、言った。「けれど、ここからが、また、難しい。奪われた、資産を、被害者に、戻す。その、清算の、帳簿を、組まなければ、なりません。……これが、思いのほか、厄介です」
「なぜ、ですか」
「ハルバは、同じ担保を、何重にも、設定していました」ロザリンドは、言った。「一つの、鉱山を、三人が、自分のものだと、主張する。返還を、始めれば、被害者同士で、奪い合いが、起きかねない。誰に、どれだけ、戻すのが、公正か。……感情で、決めれば、必ず、恨みが、残ります」
わたしは、その、清算の、帳簿を、引き受けた。
「感情では、決めません」わたしは、言った。「記録で、決めます。誰が、いつ、いくら、ハルバに、奪われたか。それは、契約書と、支払いの、記録に、すべて、残っています。奪われた、その、正確な、額に、応じて、戻ってきた、資産を、公平に、分ける。多く、奪われた者には、多く。少ない者には、少なく。……感情や、声の、大きさでは、なく、記録が、示す、正確な、数字で」
わたしは、膨大な、被害の、記録を、洗い直した。ハルバに、食い物に、された、家々。奪われた、額。時期。一つ一つを、正確に、積み上げ、公正な、分配の、表を、作った。
それは、地味で、根気の、いる、作業だった。だが、この、地味さこそが、大事だった。派手に、悪を、断罪するより、奪われた者に、正しく、戻す。それが、本当の、決着だと、わたしは、信じていた。
「一つ、ロザリンドさんに、お願いが、あります」わたしは、言った。「返還の、順番です。まず、いちばん、困っている、家から、戻してください。大きな、貴族より、小さな、家。ハルバに、奪われて、いままさに、飢えている、そういう、家から、先に」
「公平さから、言えば」ロザリンドが、言った。「奪われた額に、応じて、一斉に、戻すのが、筋では」
「額の、公平さは、守ります」わたしは、頷いた。「でも、戻す、順番は、別です。大きな家は、待てます。少しくらい、遅れても、暮らしは、崩れない。でも、小さな家は、明日の、パンが、かかっている。同じ、一ゴルドでも、重みが、違うんです。……公平に、分けたうえで、いちばん、痛みの、強いところから、手当てする。それが、記録に、心を、通わせる、ということだと、思います」
ロザリンドは、その言葉を、しばらく、噛みしめて、頷いた。「……記録は、私情を、挟まない。けれど、記録を、使う、順番には、優しさを、込められる。あなたは、いつも、その、一線を、教えてくれます」
「奪われたものを」わたしは、ヴァレンに、言った。「正しい数字で、戻します。感情では、なく、記録で。……恨みで、裁けば、また、新しい、恨みが、生まれます。でも、正確な、記録で、公平に、戻せば。誰も、文句の、言いようが、ありません。数字は、正直だから、誰にとっても、公平です」
清算は、静かに、進んだ。わたしの、組んだ、分配の、表に、異を、唱える者は、いなかった。誰が、見ても、記録に、基づいた、公正な、ものだったからだ。奪われた家々に、少しずつ、資産が、戻っていった。ハルバに、泣かされた、被害者たちが、ようやく、報われていった。
そして、辺境も、その、恩恵を、受けた。
「ヴェント辺境伯領が」ロザリンドが、告げた。「ハルバに、負わされていた、あの、借金。不正な、契約として、正式に、無効に、なりました。もう、一銭も、返す、必要は、ありません。それどころか、これまで、不当に、支払わされた、利の分は、返還されます」
「あの、首輪が」ヴァレンが、深く、息を、吐いた。「完全に、外れたのか」
「外れました」わたしは、頷いた。長かった。兄の代から、辺境の、首を、絞め続けていた、あの、借金。それが、ついに、消えた。辺境は、もう、誰にも、首を、握られていない。自分の、足で、立っている。
ギースが、その報せを、聞いて、両手で、顔を、覆った。「わたくしめが、赤字の、帳面に、あの、利払いを、書き込むたびに……腹を、切る思いで、ございました。それが、もう、書かなくて、よいとは。……長生きは、するもので、ございます」老いた、忠臣の、肩が、震えていた。その、涙が、辺境の、長い、苦難の、年月を、物語っていた。
わたしは、清算の、最後の、一行を、書き終え、静かに、筆を、置いた。
長い、戦いだった。剣も、魔法も、使わずに。ただ、数字を、読み、記録を、信じて。飢えた、辺境を、立て直し、内通を、暴き、封鎖を、耐え、大陸一の、大商会を、公の、裁きの、前に、引きずり出した。そして、いま、奪われたものが、正しく、戻っていく。
「これで」わたしは、静かに、言った。「ハルバの、件は、片が、つきました。……でも、まだ、一つ、残っています」
わたしは、ヴァレンを、見た。彼の、目にも、同じ、思いが、あった。
ハルバの、不正が、確定した、いま。その、清算の、過程で、ついに――ヴァレンの兄の、死の、真相が、公式に、明らかにされようと、していた。長年、放蕩者の、汚名を、着せられてきた、あの人の、名が、ようやく、正しく、記されるときが、来たのだ。




