表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/55

第6話 必要と、見栄と、不正と

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

関所の税が戻り始めても、辺境の懐は、まだ寒いままだった。入ってくるお金を増やすのと同じくらい、出ていくお金を見直さなければならない。


わたしは城の支出の記録を、すべて机に並べた。そして、一つずつ、三つの札に仕分けていった。


「必要な出費。見栄の出費。そして、不正の出費」


ギースが、横で首をかしげた。「見栄、でございますか。このような、貧しい城に」


「貧しい城ほど、見栄を張るものです」わたしは言った。「これを見てください」


城の玄関に飾られた、大きな燭台。毎年、磨きのために職人を王都から呼び、多額の金を払っている。誰も客の来ない、辺境の城の玄関に。


「これは、先代の頃からの慣わしで……」


「慣わしは、お金を生みません」わたしは燭台の維持費に、見栄の札を置いた。「立派な玄関より、領民の腹です。これは、止めます」


次に、二重に発注されていた資材。頼んだことを誰も記録せず、別の者がまた頼む。同じ縄が、二度買われていた。それは、不正の札に。


「悪意ではありません。ただ、誰も記録を照らし合わせないから、こうなる。関所と同じです。見えないところで、お金が漏れていく」


一日かけて仕分けを終えると、驚くほどの額が浮いた。見栄と不正を止めるだけで、辺境は、少しだけ息をつけるようになった。


「お金は、行き先を決めてやれば、ちゃんと働きます」わたしはヴァレンに、仕分けの結果を見せた。「浮いた分を、まず、水路の修繕に回しましょう。畑に水が届けば、次の収穫が変わります」


ヴァレンは、三つの札の並んだ机を、じっと見ていた。


「……あんたは、金を、生き物みたいに扱うんだな」


「生き物です」わたしは頷いた。「どこへ行きたがっているか、何に飢えているか。数字を見れば、わかります」


水路の修繕には、思ったより多くの手が要った。わたしは、領民に賃金を払って、工事に加わってもらうことにした。ただ施すのではなく、働いた分を、きちんと支払う。そのほうが、金は生きるし、人の背筋も伸びる。


「奥方様。ただ飯を配られるより、これが、ずっといい」年老いた農夫が、豆でごつごつした手で、賃金を受け取りながら言った。「働いて、銭をもらう。当たり前のことが、この土地じゃ、長いこと、なかった」


その言葉に、胸を突かれた。飢えは、腹だけでなく、人の誇りも痩せさせる。数字を直すことは、その誇りを、少しずつ、返していくことでもあるのだと、わたしは初めて知った。帳簿の上の黒字は、ただの記号ではない。誰かが、胸を張って眠れる夜の、数だった。


数日後、修繕された水路に、久しぶりに水が流れた。畑のそばで、領民たちが子どものように歓声を上げた。痩せた土地に、水がしみこんでいく。その光景を、ヴァレンと並んで、遠くから眺めた。


「あんたが来て、初めて、領民が笑った」ヴァレンが、ぽつりと言った。「俺には、剣で守ることしかできなかった。腹を満たしてやることが、できなかった」


「剣も、必要です」わたしは言った。「守る人がいなければ、水路も畑も、奪われるだけですから。わたしは、あなたが守ってくれるから、数えられるんです」


ヴァレンが、こちらを見た。何か言いたげに口を開き、けれど、うまく言葉にならなかったらしい。ただ、「……そうか」とだけ、低く言った。


その不器用さが、なぜだか、嫌ではなかった。むしろ、飾らない分だけ、本当に聞こえた。わたしは、少しだけ落ち着かなくなって、手元の帳簿に目を戻した。


――こういうとき、なんと返すのが正しいのだろう。


わからなかった。帳簿には、その答えは載っていない。数字なら、いくらでも読めるのに、人の気持ちの読み方だけは、いつまでも上手にならない。わたしは、五年のあいだ、誰かに気持ちを向けられることを、そもそも、諦めていたのだと思う。向けられなければ、返し方を覚える必要も、なかった。


「奥方様、顔が赤いですよ」隣で、マレナが無邪気に言った。「熱でもありますか?」


「……水路の点検に、行きましょう」わたしは、話をそらした。話をそらすのだけは、昔から、得意だった。


その夜、浮いた出費の記録を整理していて、わたしの手が止まった。


支出の仕分けの中に、どうしても、札の置けない項目があった。毎月、決まった額が、城の外へ出ていく。名目は「警備の委託費」。だが、その警備が、実際に誰によって行われているのか、記録のどこにもない。


支払い先だけが、ある。城の会計を握る、一人の役人の名で。


わたしは、その項目に、静かに印をつけた。見栄でも、必要でもない、三つ目の札――不正の、匂いがした。


「奥方様、まだ働かれるのですか」ギースが、灯りを持って覗きに来た。「もう、夜も更けております。お体に障ります」


「あと少しだけ」わたしは顔を上げずに答えた。「ギース。この『警備の委託費』、実際に城を警備しているのは、どなたですか」


ギースは、しばらく考えて、首をかしげた。「……はて。門番は、代々の領民でございますが、あれは、別の名目で払っておりますし。この委託費で、誰が何を警備しておるのか……申し訳ございません、わたくしも、存じませぬ」


存じない。長年の家令が知らない警備に、毎月、決まった金が払われている。誰も守っていない城壁に、金だけが、静かに流れ出していく。


「ありがとうございます。それで、十分です」わたしは、印をつけた項目を、もう一度見つめた。名前のない警備。行き先のはっきりしない金。それは、あのドレクという役人が、握っている。


明日、確かめよう。責めるためではなく、確かめるために。数字が合わないなら、必ず、理由がある。その理由を、静かに、明るみに出すだけだ。


灯りを消す前に、わたしは、その項目の脇に、小さくこう書き添えた。「要・照合」。ほんの数文字。けれど、その数文字から、また一つ、この辺境の綻びが、ほどけていくことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ