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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第5話 消える税と、宿場の娘

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

翌朝、わたしはまず関所へ向かった。


出血の一番大きな傷――借金の利払いは、すぐには止められない。返済の交渉には、こちらの手札が要る。だから先に、入ってくるはずのお金を取り戻すことにした。関所の交易税。記録の半分しか入っていない、あの穴だ。塞げば、それがそのまま交渉の元手になる。


関所は、街道が谷を抜ける、要所にあった。荷馬車が列をなして、ゆっくりと通っていく。番人が通行料を受け取り、木札に印をつけている。一見、普通に回っているように見えた。だからこそ、たちが悪い。


わたしは通行台帳を借りて、しばらく黙って列を眺めた。それから、番人に尋ねた。


「今日、ここを通った荷馬車は、何台ですか」


「へえ、朝からだいたい、四十台ほどで」


「台帳には、二十六台と書いてあります」


番人の手が、ぴたりと止まった。


わたしは台帳と、実際に通る荷とを、一台ずつ、指で照らし合わせていった。記録に載らない荷。印のつかない木札。差の分だけ、通行料が、どこかへ消えている。全部を番人が着服しているとは限らない。むしろ、仕組みそのものが、お金が自然に蒸発するようにできていた。


「入ってくるはずの税が、記録の前で、消えています」わたしは静かに言った。「地図の上で、お金が、蒸発しているんです」


番人は青ざめ、しどろもどろに言い訳を並べ始めた。わたしはそれを遮らなかった。ただ、台帳の数字を、順番に並べていった。数字は、叫ぶよりも、ずっと雄弁だ。


そのとき、後ろから、明るい声がした。


「奥方様! それ、あたし、前っから変だと思ってたんです!」


振り返ると、そばかすの少女が立っていた。関所のそばの宿場町で、宿屋の帳場を手伝っているという。名を、マレナといった。


「あたし、宿の帳場やってるから、どのくらい荷が動いてるか、だいたいわかるんです。ここんとこ、ちゃんと数えてないもんだから、みんな適当に通ってて。荷主のほうも、多めに払わされたり、こっそり少なめにしたり、もう、めちゃくちゃで」


「あなた、荷の流れを、見ているのね」


「見てるっていうか……見えちゃうっていうか」マレナは、えへんと胸を張った。「あたし、数えるの、好きなんです。奥方様と、ちょっと似てるかも!」


思わず、口元がゆるんだ。似ている、と言われて悪い気がしないのは、ずいぶん久しぶりだった。数字が好きだと言えば、これまでは、変わり者を見る目を向けられるだけだった。


マレナの話と台帳を突き合わせると、穴の構造が、はっきり見えてきた。徴収の記録がその場限りで、後から誰も照らし合わせない。だから、いくらでも抜ける。悪意のある者も、そうでない者も、なんとなく数字が消えていく仕組みの中に、一緒にいた。


「番人を、罰する話ではありません」わたしはヴァレンに宛てて、書付を送った。「仕組みを、変えます。通った荷を、必ず二人が、別々に数える。そして、日の終わりに、その二つを突き合わせる。それだけで、消える税は、戻ります」


数日後、新しい仕組みが動き始めた。関所の収入は、みるみる元に戻っていった。抜いていた者は、抜けなくなった。ただそれだけのことで、辺境の懐に、長いあいだ忘れられていたお金が、帰ってきた。


「すごい……」マレナが、台帳を覗き込んで目を輝かせた。「数え方、変えただけなのに。こんなに変わるんだ」


「数えることは、守ることです」わたしは言った。「見えないものは、守れませんから。人も、お金も」


マレナは、その言葉を、なぜか宝物のように繰り返した。「見えないものは、守れない……。奥方様、あたし、それ、忘れないです」


「あなたのおかげで、早く仕組みがわかったわ。ありがとう」


礼を言うと、マレナは真っ赤になって、両手をぶんぶん振った。「そ、そんな! あたし、ただ数えるのが好きなだけで! あの、奥方様。あたし、もっと手伝いたいです。宿の帳場だけじゃなくて、その、辺境のこと」


思いがけない申し出だった。この荒れた土地で、進んで手を挙げる者がいる。飢えと諦めに慣れた領民の中で、まだ、前を向ける目が残っている。それは、どんな帳簿の黒字より、心強い数字に思えた。


「助かるわ。あなたの目は、正確だから」


わたしがそう言うと、マレナは、これまで見たことのないくらい、嬉しそうに笑った。


夕暮れ、城への帰り道。マレナが宿場の入り口まで見送ってくれた。荒れた辺境で、誰かが笑って、手を振ってくれる。それが、思いのほか、あたたかかった。冷えた指先に、灯りをひとつ、もらったようだった。


けれど、城に戻って、着服の記録を整理していたとき、わたしの手が、止まった。


抜かれた税の一部は、番人の懐に消えたのではなかった。帳簿の裏に、小さな送り先が記されていた。あの借金の借用証と、同じ筆跡。そして、同じ商会の名。


――ハルバ商会。


関所の綻びさえ、偶然ではなかったのかもしれない。誰かが、この辺境の血を、いくつもの傷から、静かに、少しずつ、抜き続けている。


関所の税。辺境の借金。そして、王都のダルク家。離れた場所の、別々の綻びが、一本の糸で結ばれている。その糸を手繰った先に、何が待っているのか。まだ、わからない。


けれど、ひとつだけ確かなことがある。相手が誰であろうと、数字は、ごまかせない。どれだけ巧妙に隠しても、抜いた金は、必ずどこかで帳尻を狂わせる。そして、狂った帳尻は、いつか必ず、わたしに語りかけてくる。


わたしは灯りを引き寄せ、もう一度、数字の底を、じっと覗き込んだ。長い夜になりそうだった。


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