第54話 因果は、数字に正直
リオネルの、最後は、社交界の、真ん中で、訪れた。
ダルク子爵家も、査察を、受け、粉飾と、莫大な、借財が、露見していた。だが、リオネルは、最後まで、虚勢を、張り続けた。責任は、家令に、ある。自分は、騙されていた、被害者だ、と。そして、何事も、なかったかのように、社交界に、顔を、出し続けた。まだ、自分は、名家の、当主だと、信じて。
その、夜会で、破局は、起きた。
便りに、よれば、こうだった。夜会の、席で、リオネルが、いつものように、羽振りの、いいふりを、して、周りに、酒を、振る舞おうとした。だが、その、支払いを、店の者が、断った。ダルク子爵家の、掛けは、もう、受けられない、と。衆目の、前で。
そこから、堰が、切れた。それまで、リオネルに、追従していた、社交界の、人々が、一斉に、態度を、変えた。噂は、すでに、広まっていた。子爵家の、粉飾。返せない、借財。査察。誰もが、それを、知りながら、リオネルの、羽振りに、群がっていた。だが、支払いが、断られた、その瞬間、彼らは、潮が、引くように、離れていった。
かつて、リオネルの、周りに、集まっていた、笑顔が、一つ、また一つと、冷たい、背中に、変わっていく。彼が、婚約を、破棄したとき、共に、わたしを、嘲笑った、あの、人々の、前で。今度は、リオネル自身が、嘲笑の、的に、なった。
「哀れな、ものです」ロザリンドが、その、顛末を、伝えながら、言った。「彼は、最後まで、自分の、言葉と、態度で、破滅しました。誰も、彼を、陥れて、いません。あなたの、名を、出して、報復した者も、いない。……彼は、ただ、自分が、まいた種を、自分で、刈り取った。それだけです」
わたしは、辺境で、その、報せを、聞いた。
不思議なほど、心は、凪いでいた。かつて、わたしを、公然と、嘲笑い、三百二十ゴルドの、綻びも、給金の、遅れも、地味なことだと、鼻で、笑って、婚約を、破棄した、あの人。その人が、いま、自分の、慢心の、報いを、受けている。
「因果は」わたしは、静かに、言った。「数字に、正直です」
リオネルは、いつも、目の前の、見栄を、優先した。数字が、告げる、危険を、地味なことだと、切り捨てて。わたしが、去り際に、告げた、三百二十ゴルドの、綻び。あれは、小さな、ほころびだった。だが、縫わなければ、必ず、裂ける。彼は、縫わなかった。縫う手を、追い出して。だから、裂けた。小さな、ほころびが、家、まるごとを、呑み込むほどの、裂け目に。
それは、わたしの、報復では、なかった。ただ、数字が、告げていたことが、その通りに、なっただけ。数字は、身分にも、慢心にも、忖度しない。縫わなければ、裂ける。ただ、それだけの、正直な、理が、時間を、かけて、貫かれただけだった。
「一つだけ」ロザリンドが、便りの、最後に、書いていた。「彼は、失墜の、間際まで、あなたの、名を、口にしなかったそうです。婚約者だった、あなたが、いま、辺境で、大商会と、渡り合っている、賢い女だと――もし、彼が、それを、少しでも、思い出して、いれば。あるいは、追い出したことを、悔いる、機会も、あったでしょう。ですが、彼は、最後まで、あなたを、取るに足りない、地味な女だと、思い込んでいた。……人は、見下したものの、本当の姿を、最後まで、見ようとしないものです」
その、一節を、読んで、わたしは、静かに、目を、伏せた。恨みは、なかった。ただ、少しだけ、寂しかった。かつて、婚約者として、隣に、いた人が、最後まで、わたしという、人間を、一度も、まともに、見ていなかった。その事実が、勝ち負けとは、別の、静かな、寂しさを、残した。
「あなたは」ヴァレンが、わたしを、見た。「かつて、あの男に、公然と、恥を、かかされた。婚約を、破棄された。……それが、いま、逆の立場に、なった。溜飲は、下がるか」
「下がる、というより」わたしは、少し、考えた。「ただ、終わった、という、感じです。あの、嘲笑を、受けた日、わたしは、本当に、みじめでした。何も、悪いことは、していないのに、いらない者として、切り捨てられた。……でも、いま、わかります。あの日、切り捨てられたから、わたしは、辺境に、来た。ヴァレン様に、出会えた。この土地を、守ることが、できた。あの、みじめな日が、なければ、いまの、わたしは、ない」
わたしは、ヴァレンを、見て、微笑んだ。
「だから、リオネル様には、むしろ、感謝しても、いいくらいです。わたしを、あの家から、追い出してくれて。おかげで、わたしは、本当に、大切なものを、見つけられました。……彼は、わたしから、居場所を、奪ったつもりでしょう。でも、本当は、わたしに、新しい、居場所を、探す、きっかけを、くれたんです」
ヴァレンが、その言葉に、ふっと、口元を、緩めた。
こうして、加害者の、二人――セシリアと、リオネルは、片が、ついた。誰も、剣を、向けなかった。誰も、呪わなかった。ただ、彼らが、蔑ろにした、数字が、時間を、かけて、正直な、答えを、出した。それだけだった。静かで、けれど、どんな、派手な、報復よりも、確かな、決着だった。
「加害者の家は」わたしは、静かに、言った。目に、次の、光が、宿る。「これで、片が、つきました。残るは――ハルバ、本体です」
そして、その、追い詰められた、ハルバが。加害者家の、崩壊を、見て、いよいよ、後が、ないと、悟った、その商会が。残る、すべての、力を、振り絞って、辺境に、最後の、総攻撃を、仕掛けようとしていた。




