第51話 あと六日
封鎖が、最終段階に、入った。
ハルバは、査察が、進む前に、辺境を、潰そうと、封鎖に、残る、すべての力を、注ぎ込んできた。間道の、いくつかも、嗅ぎつけられ、ふさがれた。辺境へ、入る、物の、細い流れが、さらに、細くなる。蔵の、底が、見え始めた。
「奥方様」ギースが、青ざめて、報告に、来た。「蔵の、麦が、あと、わずかです。このままでは、数日で、底を、つきます」
城下にも、緊張が、走った。あれほど、鎮めた、不安が、また、頭を、もたげ始める。飢えの、影が、すぐそこまで、迫っていた。
わたしは、蔵の、残りを、すべて、数え直した。麦。豆。塩。芋。一粒、一粒まで。そして、代替交易路からの、次の、供給が、いつ、届くかを、確かめた。北の領からの、荷が、別の、間道を、通って、辺境に、着く。その、日取り。
二つの、数字を、突き合わせて、答えが、出た。
「あと、六日です」わたしは、ヴァレンと、ギースの前で、はっきりと、言った。「今の、蔵の、残りを、いちばん、無駄なく、配れば。あと、六日、持ちます。そして、六日後、北からの、荷が、届く。……この、六日を、越えれば、道が、繋がります。数字は、そう、言っています」
「六日……ぎりぎり、だな」ヴァレンが、低く、言った。
「ぎりぎり、です」わたしは、認めた。「一日の、狂いも、許されません。でも、越えられない、数字では、ありません。六日。それが、この、封鎖の、いちばん、細い、首の、部分です。ここさえ、越えれば、あとは、楽になります」
わたしは、最後の、配分を、組んだ。これまでは、三つの用途に、分けて、細く、長く、持たせてきた。だが、いまは、違う。生きること。ただ、その、一点に、すべてを、集中させる。守りの、蓄えも、交渉の、蓄えも、この、六日を、越えるために、削れるだけ、削って、食料に、回す。
「一点、突破です」わたしは、言った。「あれもこれも、守ろうとすれば、共倒れになる。いまは、命だけを、守ります。この、六日を、生き延びる。それだけに、すべてを、賭けます」
「守りの、蓄えまで、削って、大丈夫でしょうか」ギースが、案じた。「もし、この、六日のうちに、攻め込まれたら」
「攻め込む、余裕は、向こうにも、ありません」わたしは、答えた。「グラス伯爵の、兵は、もう、金が、尽きかけています。ハルバも、封鎖に、最後の力を、注いで、精一杯。この、六日は、向こうにとっても、綱渡りなんです。……両方が、崖っぷちで、にらみ合っている。先に、足を、踏み外すのは、入りのない、向こうです。だから、こちらは、守りを、薄くしてでも、この六日を、生き延びることに、賭ける。生き延びさえ、すれば、勝てる勝負です」
わたしは、六日ぶんの、配給を、一日ごとに、細かく、割り振った。今日は、これだけ。明日は、これだけ。傷みかけたものから、先に。日保ちするものは、後半へ。一日の、食べる量まで、決めて、紙に、記した。飢えを、防ぐのは、根性では、なく、算段だった。あるものを、いかに、無駄なく、最後の一粒まで、配りきるか。それが、この六日の、命綱だった。
だが、配分を、組むだけでは、足りなかった。いちばん、難しいのは、人の、心だった。飢えの、恐怖が、広がれば、人は、蓄えを、隠し、奪い合う。そうなれば、どんな、配分も、崩れる。
わたしは、領民を、広場に、集め、自分の、口で、正直に、話した。
「隠しません」わたしは、大勢の、不安げな顔に、向かって、言った。「蔵は、あと、六日ぶんしか、ありません。厳しい、六日に、なります。ひもじい思いも、させます。……でも、六日、耐えれば、北から、荷が、届きます。それは、はったりでは、ありません。数字が、そう、告げています。わたしは、皆さんに、嘘は、つきません。だから、これだけは、信じてください。あと、六日、です」
広場が、静まり返った。飢えるかもしれない、という、恐怖。それが、あと六日、という、はっきりした、期限に、置き換わっていく。終わりの、見えない、闇では、なく、六日、越えれば、明ける、と、わかる、夜。
「奥方様の、数字は」一人の、老人が、震える声で、言った。「これまで、一度も、外れませんでした。飢えの冬も、封鎖も、奥方様の、言う通りに、越えてきた。……信じます。あと、六日、耐えます」
その一言が、皆に、広がった。信じます。奥方様の、数字を。恐怖に、負けそうだった、辺境の、心が、その、たった一つの、信頼で、また、一つに、まとまった。
ヴァレンも、領民の、間を、歩き、一人ひとりに、声を、かけた。「あと、六日だ。共に、越えよう」。剣の、届かない、心の、守りを、彼は、その、無骨な、言葉で、固めていった。
こうして、辺境は、封鎖の、いちばん、細い、首の部分へ、足を、踏み入れた。蔵は、日ごとに、軽くなる。だが、誰も、奪い合わなかった。皆が、六日という、数字を、信じて、分け合い、耐えた。
わたしは、その、静かな、連帯を、見ながら、思った。数字は、一人では、力に、ならない。信じてくれる、人が、いて、初めて、力になる。この、辺境の人々の、信頼こそが、どんな、備蓄より、確かな、辺境の、蓄えだった。
六日の、うち、三日が、過ぎた。蔵は、半分を、切った。それでも、辺境は、崩れなかった。ひもじさに、頬を、こけさせながら、それでも、皆、静かに、耐えていた。子どもたちにだけは、少し、多めに、と、大人たちが、自分の、分を、そっと、譲り合う姿さえ、あった。その光景に、わたしは、胸が、詰まった。数字を、信じるとは、こういうことだった。先が、見えれば、人は、こんなにも、優しく、強くなれる。
だが、辺境が、この、極限を、耐えている、その一方で。遠い、王都では、別の、家が――わたしを、追い出した、あの家々が、耐えきれずに、崩れ始めていた。




