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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第47話 数字より先に、あなたです

「旦那様が、前線で、敵の、罠に!」


その、報せが、城に、飛び込んできた瞬間、わたしの、手から、筆が、落ちた。


前線を、視察していた、ヴァレンが、伏兵に、囲まれた。供の者と、はぐれ、深手を、負って、逃げ込んだが、まだ、城には、戻っていない。生死は、わからない――そこまで、聞いて、わたしの、頭の中が、真っ白に、なった。


いつもなら、まず、状況を、数えるはずだった。何人、いるのか。どこで、どうなったのか。何が、できて、何が、できないのか。それが、わたしの、やり方だった。冷静に、数え、最も、確かな、手を、打つ。


だが、そのとき、わたしの、中で、動いたのは、数字では、なかった。


「――どこですか」わたしは、立ち上がっていた。「ヴァレン様は、どこに」


「奥方様、落ち着いて」ギースが、慌てた。「まだ、詳しいことは。それに、危のうございます。奥方様まで、前線に、出られては」


「そんなことは、どうでも、いいんです!」


自分の、声とは、思えない、大きな声が、出た。ギースが、驚いて、目を、見張った。わたし自身も、驚いていた。どうでもいい。命が、かかっているのに。備蓄も、封鎖も、証拠も。あれほど、大事だと、思っていた、すべてが、この瞬間、頭から、吹き飛んでいた。


残ったのは、たった一つ。この人を、失いたくない。それだけだった。


わたしは、馬の、支度を、命じた。止めようとする、ギースを、振り切って。


「奥方様!」マレナが、追いすがった。「せめて、供を!」


「ついてきて、くれるなら、ありがたいわ」わたしは、震える声で、言った。「でも、止めないで。……わたし、あの人が、いない世界を、数える方法を、知らないの」


言ってから、自分の、言葉に、胸を、突かれた。わたしは、なんでも、数えてきた。麦も、金も、日数も、人の、蓄えも。けれど、ヴァレンを、失った、その先の、暮らしだけは、どう数えても、答えが、出なかった。数字の、向こうに、いつも、あの人が、いた。あの人の、辺境を、守るために、わたしは、数えてきた。あの人が、いなければ、何を、守ればいいのか、わからなくなる。


馬を、走らせながら、わたしは、生まれて初めて、祈っていた。数字を、信じてきたわたしが、数えられないものに、すがっていた。無事で、いて。お願いだから。


風が、頬を、切った。馬の、蹄が、土を、蹴る音だけが、耳に、響く。頭では、わかっていた。奥方が、前線に、飛び出すなど、愚かだ、と。数字を、読む者なら、まず、被害を、最小にする、手を、考えるべきだ、と。冷静な、わたしなら、そう、判断した。


でも、その、冷静な、わたしは、いま、どこにも、いなかった。ただ、あの人のもとへ、少しでも、早く。それだけが、体を、動かしていた。数字で、割り切れないものを、抱えて、走るのは、生まれて、初めてだった。そして、その、割り切れなさが、少しも、嫌では、なかった。むしろ、こんなにも、必死に、なれる自分が、いたことに、驚いていた。


前線に、近い、街道の、外れ。そこで、わたしは、ようやく、ヴァレンを、見つけた。


木の、根元に、身を、預け、肩から、血を、流していた。だが――生きていた。こちらに、気づいて、驚いたように、目を、見開く。


「アデル……なぜ、こんな、危ない場所に」


わたしは、馬から、転げ落ちるように、降り、駆け寄った。声が、出なかった。ただ、その、無事な、姿を、見た瞬間、こらえていたものが、一気に、あふれた。


「……よかった」やっと、それだけ、言った。目から、涙が、止まらなかった。「生きて、いて、くれて。……本当に、よかった」


「傷は、浅い」ヴァレンが、気遣うように、言った。「こんなの、かすり傷だ。あんたが、泣くほどのことじゃ」


「かすり傷なんかじゃ、ありません!」わたしは、思わず、声を、荒らげた。「あなたに、何かあったら。……わたし、どうすればいいか、わからなくなる。数字なら、なんでも、読めるのに。あなたのことだけは、失うことだけは、どう、覚悟すればいいのか、わからないんです」


ヴァレンが、息を、のんだ。いつも、冷静な、わたしが、取り乱している。その、意味を、彼も、察したようだった。


「わたし、ずっと」わたしは、涙を、拭いもせず、言った。「一人で、抱えるのが、癖だと、言いました。でも、違うんです。抱えていたんじゃ、ない。怖かったんです。誰かを、大切に、思って、その人を、失うのが。だから、初めから、誰も、大切に、しないように、してきた。持たなければ、失わない。そうやって、生きてきた。……でも、もう、駄目です。あなたを、失うのが、こんなに、怖い。もう、持たないふりなんて、できない」


数字より先に、あなたです。


そう、口にした瞬間、長いあいだ、わたしの、心を、縛っていた、何かが、音を立てて、砕けた。愛することが、怖い。失うのが、怖い。その、臆病さの、殻が。


ヴァレンは、しばらく、何も、言わなかった。それから、血に、汚れた手を、そっと、伸ばし、わたしの、頬の、涙を、不器用に、拭った。


「……戻ろう」ヴァレンは、静かに、言った。「城へ。ちゃんと、話が、したい。あんたと。逃げずに」


わたしは、頷いた。涙で、ぐしゃぐしゃの、顔で。この人を、支えて、城へ、帰る。その、当たり前のことが、これほど、ありがたいと、思ったことは、なかった。


帰り道、わたしは、ヴァレンの、肩を、支えながら、ゆっくりと、馬を、進めた。触れた、その体の、温かさ。息づかい。生きている、という、当たり前の、証。それが、どんな、黒字の、数字より、確かで、尊いものだと、いまなら、わかる。


「泣き顔、みっともないな」ヴァレンが、痛みを、こらえながら、軽口を、言った。


「あなたのせいです」わたしは、涙声のまま、言い返した。「あなたが、無茶を、するから」


「……悪かった」ヴァレンが、小さく、笑った。その、笑みが、痛々しくて、けれど、生きている、証のようで、わたしは、また、少し、泣いた。この、割り切れない、涙の、意味を、わたしは、もう、認めていた。認めるのが、あんなに、怖かったのに。


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