第45話 同じ担保が、三つ
封鎖に、穴を、空け、辺境が、息を、つけるように、なった、その夜から。わたしと、ロザリンドは、ハルバの、不正の、核心に、挑んだ。
卓の上には、材料が、揃っていた。辺境が、背負わされた、借金の、契約。ダルク子爵家の、粉飾の、記録。ヴァレンの兄を、はめた、偽疫病の、覚え書き。内通者ドバが、握っていた、ハルバとの、やり取り。そして、わたしが、王都に残した、正直な控え。ばらばらに、集めてきた、断片。それを、一つの、卓の上で、つなぎ合わせる。
「共通しているのは」わたしは、契約書を、並べながら、言った。「担保の、取り決めです。ハルバは、金を、貸すとき、必ず、その相手の、いちばん、大事な資産を、担保に、取ります。子爵家なら、領地。辺境なら、鉱山と、関所。……ここまでは、ふつうの、金貸しも、やることです。でも」
わたしは、三通の、契約書の、担保の、条項を、指で、たどった。そして、ある一点で、指を、止めた。
「見てください。この、担保の、目録。子爵家の契約と、別の、ある貴族の契約。それから、さらに、もう一つ。……同じ、鉱山が、三つの、契約に、担保として、書かれています」
ロザリンドが、身を、乗り出した。「同じ、鉱山が、三つ、に」
「はい」わたしは、確信を、込めて、言った。「ハルバは、一つの、担保を、複数の、契約に、二重、三重に、設定しています。ある貴族から、鉱山を、担保に、金を、集める。同じ鉱山を、別の相手にも、担保として、見せて、また、金を、集める。……担保は、一つしか、ないのに、それを、何度も、使い回して、何倍もの、金を、動かしている。これは、事故では、ありません。仕組みです」
言葉にすると、その、悪意の、規模に、寒気がした。
「わかりますか」わたしは、続けた。「もし、一つの、契約が、破綻して、担保を、取り立てても、その担保は、他の、契約でも、担保になっている。まともに、精算しようとすれば、必ず、破綻します。でも、ハルバは、それを、承知の上で、やっている。なぜなら――担保を、本当に、精算する気は、初めから、ないからです。狙いは、担保そのものでは、なく、その、混乱に、乗じて、貴族の、家ごと、乗っ取ること」
わたしは、卓の、記録を、順に、指した。
「まず、偽の危機で、慌てさせ、返せない金を、貸す。次に、その家の、資産を、二重、三重に、担保に、取る。そして、返済が、滞れば、複雑に、絡み合った、担保の、権利を、盾に、家の、資産を、まるごと、差し押さえる。……こうして、ハルバは、大陸の、あちこちで、弱った貴族の家を、計画的に、破産させ、その、資産を、奪ってきた。子爵家も、伯爵家も、その、標的の、一つ。そして――辺境も」
わたしは、ヴァレンを、見た。
「お兄様の、代から、辺境は、この、仕組みの、標的でした。偽の疫病で、借金を、負わされ、鉱山と、関所を、担保に、取られた。もし、あのまま、いっていれば。辺境も、他の家々と、同じように、まるごと、ハルバに、呑み込まれていた。……お兄様の、死は、この、大きな、仕組みの、一部だったんです」
ヴァレンの、拳が、固く、握られた。兄の、無念が、この、巨大な、悪意の、全体像と、つながった。ばらばらの、不幸では、なかった。一つの、冷たい、仕組みの、犠牲だった。
「兄は」ヴァレンが、絞り出すように、言った。「たった一人で、この、化け物のような、仕組みと、向き合っていたのか。誰にも、気づかれず。放蕩者と、呼ばれながら」
「はい」わたしは、静かに、答えた。「でも、お兄様は、無駄なことを、していたわけでは、ありません。あの、無理な返済の、跡。必死に、元本を、減らそうとした、跡。あれは、この、仕組みから、辺境を、守ろうとした、戦いの、痕跡です。届かなかった。けれど、諦めては、いなかった。……そして、お兄様が、残してくれた、あの契約書が、いま、仕組みを、暴く、証拠に、なっています。最後まで、辺境を、守ろうとした、その手が、時を、越えて、いま、実を、結ぼうとしている」
ヴァレンは、その言葉に、目を、伏せた。兄が、孤独に、続けた戦いが、無駄では、なかった。その一点が、長年の、悔いを、わずかに、癒したように、見えた。
「これは」ロザリンドが、震える声で、言った。抑揚のない、彼女の声が、初めて、感情を、帯びていた。「一商会の、不正、などという、ものでは、ありません。大陸ぜんぶの、貴族社会を、蝕む、巨大な、詐欺です。同じ担保を、使い回した、二重契約。これが、公に、証明されれば……ハルバは、終わります」
「証明、できます」わたしは、静かに、言った。「同じ担保が、三つの契約に、書かれている。この、一点が、動かぬ、証拠です。数字は、ごまかせません。同じ鉱山が、同時に、三人のものである、はずが、ない。……これは、事故では、なく、仕組みです。仕組んだ者が、いる。その、証拠が、ここに、揃いました」
長い、追跡の、末に、たどり着いた、真相。その、あまりの、大きさに、部屋は、静まり返っていた。恐ろしさと、同時に、確かな、手応えが、あった。敵の、いちばん、深いところの、急所を、ついに、掴んだ。
「この証拠を」わたしは、ロザリンドに、言った。「会計院へ。正式な、査察の、案件として。ここまで、揃えば、もう、辺境一つの、戦いでは、ありません。王国が、ハルバを、裁く、戦いです」
「届けます」ロザリンドが、深く、頷いた。「私の、名に、かけて」
だが、その、決定的な、証拠を、会計院へ、届ける、その、直前。追い詰められた、ハルバ連合は、最後の、なりふり構わぬ、手段に、踏み切った。証拠を、握った、辺境そのものを、力で、潰しに、かかったのだ。武力の、圧力が、ついに、辺境に、迫った。




