第44話 別の道を、正規の記録で
内側の、穴を、塞いだ、わたしは、いよいよ、封鎖そのものを、破りに、かかった。
「封鎖されているのは」わたしは、地図を、広げた。「ハルバが、押さえられる、道だけです。大きな街道。人も、物も、多く通る、主要な、道。そこは、旗を立て、人を置いて、ふさげる。でも――大陸の、道は、それだけでは、ありません」
わたしは、地図の、細い線を、指で、たどった。主要な街道から、外れた、小さな道。山を、越える、古い間道。川沿いの、忘れられた、水路。
「ハルバは、大きい。大きいから、大きな道しか、見ていません」わたしは、言った。「小さな道、一つ一つに、人を、置く余裕は、ない。置けば、それだけで、途方もない、金と、人手が、かかる。……封鎖は、大きな網です。でも、網の目は、粗い。小さな魚は、すり抜けられる。わたしたちが、その、小さな魚に、なればいい」
「だが」ヴァレンが、案じた。「小さな道を、使うことを、商人が、承知するか。ハルバと、伯爵を、敵に回す覚悟で。露見すれば、ただでは、済まない」
「そこで」わたしは、ロザリンドを、見た。「あなたの、力を、お借りしたいんです」
ロザリンドが、静かに、こちらを、見返した。
「商人が、封鎖破りを、恐れるのは」わたしは、続けた。「後ろ暗い、抜け荷だと、思われて、罰せられることです。でも、もし――その、取引が、正規のものだと、公に、認められていたら。王立会計院が、『これは、正しい記録に、基づいた、まっとうな取引だ』と、保証していたら。商人は、堂々と、その道を、通れます。ハルバの、封鎖のほうが、むしろ、いわれのない、妨害に、なる」
ロザリンドの、目が、光った。
「なるほど。会計院の、お墨付きを、封鎖破りの、盾にする、と」
「盾、というより」わたしは、言った。「正しさの、証です。ハルバの、封鎖には、何の、法的な、根拠も、ありません。ただ、力で、道を、ふさいでいるだけ。一方、こちらの、取引は、正規の記録に、基づいた、正しいもの。……どちらが、正しいかを、会計院が、公に、示せば。まっとうな、商人は、安心して、こちらに、つきます。正しさが、はっきりすれば、人は、正しいほうに、集まる」
ロザリンドは、しばらく、考えていた。それから、頷いた。
「会計院の、務めは、正しい記録が、正しく、報われるように、することです」彼女は、言った。「ハルバの、封鎖は、正しい取引を、力で、妨げている。それを、正すのは、私情では、ない。務めです。……いいでしょう。辺境と、近隣領の、取引が、正規のものであることを、会計院の、名において、保証します。この道は、抜け荷では、ない。正しい商いだと」
その、言葉が、道を、開いた。
わたしは、動いた。かつて、関所の減税で、縁を結んだ、近隣の、小さな領。共に、ハルバの、横暴に、苦しめられてきた、仲間たち。彼らに、書状を、送り、会計院の、保証つきで、間道を、通じた、取引を、持ちかけた。
返事は、心強かった。ハルバに、恨みを持つ、近隣領は、こぞって、協力を、申し出た。会計院が、後ろ盾なら、恐れることは、ない、と。
とりわけ、北の、林業の領の、領主からは、温かい、言葉が、添えられていた。かつて、売る先が、なくて、余った木材に、困っていたとき、辺境が、正当な、値で、買い取ってくれた。あのときの、恩を、返したい、と。困っている者同士が、手を、つなぐ。あのとき、蒔いた、小さな信頼の、種が、いま、封鎖を、破る、大きな力に、なって、返ってきた。
「覚えていて、くれたのですね」わたしは、その、返書を、読んで、胸が、熱くなった。「困りごとを、解いて得た縁は、こういうとき、生きます。ハルバは、脅して、人を、従える。でも、脅された者は、相手が、弱れば、離れる。こちらは、助け合って、縁を、結んだ。だから、こちらが、弱ったときにも、離れずに、いてくれる」
細い、間道を、通って、辺境へ、少しずつ、物が、入り始めた。麦。薪。鉄。封鎖の、網を、すり抜けて。
「奥方様! 物が、入ってきました!」マレナが、飛び上がって、報告に、来た。「北の、間道から、荷車が。ちゃんと、会計院の、証つきで! みんな、堂々と、通ってます!」
「そう」わたしは、静かに、微笑んだ。「これで、四十二日の、砂時計が、止まります。物が、入る分だけ、辺境は、長く、持ちこたえられる。封鎖は、まだ、続くけれど――もう、干上がりは、しません」
ハルバの、封鎖に、穴が、空いた。大きな網の、目を、すり抜ける、細い、けれど、確かな、命綱。しかも、その道は、後ろ暗い、抜け荷では、なく、会計院の、保証つきの、正規の道。ハルバが、それを、力で、ふさげば、今度は、ハルバのほうが、正しい商いを、妨げる、無法者に、なる。
「正しさ、というのは」わたしは、ヴァレンに、言った。「時に、どんな、力より、強い、盾に、なります。ハルバは、力で、道を、ふさいだ。でも、わたしたちは、正しさで、別の道を、開いた。力は、続く限りしか、効きません。でも、正しさは、続けるのに、力が、要らない。……この、勝負、じわじわと、こちらに、傾いてきました」
ヴァレンが、頼もしげに、頷いた。だが、わたしの、目は、もう、次の、標的を、見据えていた。封鎖に、穴を、空けた、いま。守りは、固まった。次は、いよいよ、ハルバの、不正の、核心――あの、二重の、契約の、全貌を、突き止め、動かぬ、証拠として、突きつける番だった。




