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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第38話 事実を、残しただけ

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

会計院の、査察の手が、王都の、テオドール伯爵家と、ダルク子爵家に、伸びた。


その報せは、辺境にも、じわじわと、伝わってきた。王都の、商人筋の便り。ロザリンドの、もとに届く、会計院の、内部の、動き。断片を、つなぎ合わせると、二つの家で、いま、何が、起きているかが、見えてきた。


査察の、端緒は、あの、告発の記録だった。差出人のない、異様に正確な、内部帳簿の写し。わたしが、去り際に、書庫に、残してきた、あの、正直な控え。それが、会計院を、動かし、いま、二つの家の、粉飾を、一枚ずつ、めくり始めていた。


「あなたの、残した記録は」ロザリンドが、静かに、言った。「査察官にとって、地図の、ようなものです。どこに、綻びが、隠れているか。どの数字が、嘘か。それが、すべて、記してある。おかげで、査察は、驚くほど、速く、進んでいます。……あなたは、事実を、残しただけ、と、言うでしょうが。その事実が、いま、大きな力を、持っています」


「事実を、残しただけです」わたしは、本当に、そう思っていたので、そう、答えた。「わたしは、告発しようとも、復讐しようとも、思っていませんでした。ただ、正しい数字を、消したくなかった。嘘に、塗り潰されて、なかったことに、されたくなかった。それだけです」


不思議な、気持ちだった。


わたしを、追い出した、あの家。婚約者を、奪い、居場所を、奪い、道具のように、使い捨てた、あの家。その家が、いま、わたしの、残した記録によって、追い詰められている。それは、復讐と、呼べば、復讐かもしれない。けれど、わたしの、胸には、勝ち誇る気持ちも、溜飲を下げる思いも、なかった。ただ、静かだった。


「あの人たちは」わたしは、ぽつりと、言った。「たぶん、いまごろ、誰かの、せいに、しているでしょうね。こんなことに、なったのは、あの、告発者の、せいだ、と。まさか、それが、自分たちが、追い出した娘の、残した記録だとは、思いもせずに」


「知ったら、どう、思うでしょうね」ロザリンドが、言った。


「さあ」わたしは、少し、考えた。ふと、去りぎわの、セシリアの、言葉が、耳に、よみがえった。帳簿など、下働きの、仕事。あなたの、代わりは、いくらでも、いる。勝ち誇った、あの声。「たぶん、まだ、信じられないでしょうね。地味な、紙切れが、自分たちを、追い詰めるなんて。あの人たちは、最後まで、数字を、下に、見ていましたから」


「下に、見ていた、数字に、足を、すくわれる」ロザリンドが、静かに、言った。「よく、ある話です。会計院に、いると、嫌というほど、見ます。着飾った、大きな家ほど、足元の、帳簿を、粗末に、する。そして、いちばん、大きな音を、立てて、崩れる」


「ええ」わたしは、頷いた。「たぶん、それでも、認めない。自分たちが、粉飾していたことを。追い詰められた人ほど、事実を、見ようとしません。数字が、これだけ、はっきり、告げていても、『何かの、間違いだ』『陥れられたのだ』と。……いちばん、見なければ、ならないものを、いちばん、見ない。そういう人たちでした」


言いながら、わたしは、かつての、あの家の、光景を、思い出していた。わたしが、いくら、帳簿の、危うさを、訴えても、誰も、聞かなかった。地味な、数字の話など、と。華やかな、社交と、見栄の、裏で、足元の、氷は、静かに、薄くなっていた。わたしは、その氷の、薄さを、ずっと、一人で、見ていた。誰も、信じてくれないまま。


いま、その氷が、割れ始めている。わたしが、去ったあとで。わたしの、残した、正直な数字が、その割れ目を、指し示しながら。


「セシリアさんは」わたしは、後妻の連れ子の名を、口にした。かつて、わたしから、すべてを、奪った人。「帳簿の、査察に、耐えられないでしょう。あの人は、数字が、読めない。査察官に、何を、聞かれても、答えられない。粉飾の、辻褄を、その場で、取り繕うことも、できない。……気の毒だとは、思いません。ただ、当然の、帰結だと、思うだけです」


それは、冷たい言葉のようで、わたしの、いつわらざる、本心だった。憎しみでは、ない。ただ、数字は、身分や、美しさや、声の大きさでは、動かない。読める者にしか、本当のことを、告げない。セシリアは、その、当たり前の、理の前に、いま、立たされている。わたしが、かつて、立っていた場所とは、正反対の側に。


「あなたは」ロザリンドが、じっと、わたしを、見た。「勝ち誇らないのですね。あなたを、陥れた家が、あなたの記録で、崩れているのに」


「勝ち負けでは、ないんです」わたしは、首を振った。「わたしは、あの家と、戦っていたわけでは、ありません。ただ、正しく、数えていただけ。あの家が、崩れるのは、わたしが、勝ったからでは、なく、あの家が、嘘を、つき続けたから。……嘘の帳簿は、遅かれ早かれ、合わなくなる。わたしは、その、合わなくなる時を、少し、早く、見ていただけです」


わたしは、遠い、王都の空を、思った。もう、わたしの、管轄では、ない、あの家。崩れていくのを、止めることも、早めることも、しない。ただ、事実だけが、静かに、その結末へと、進んでいく。


「わたしに、できることは」わたしは、静かに、言った。「もう、終わりました。あとは、数字が、やります。……それより、いまは、辺境です。ハルバが、まだ、残っています」


だが、その、王都の混乱は、思わぬ、余波を、辺境に、もたらすことになる。追い詰められた、加害者家の、兄妹が――かつての婚約者リオネルと、セシリアが、なりふり構わぬ、行動に、出始めた、という、不穏な噂が、風に乗って、辺境まで、届いてきたのだ。


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