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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第31話 どうぞ、隅々まで

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

査察官ロザリンドは、茶にも、口をつけなかった。


案内された、応接の間に、まっすぐ、腰を下ろすと、灰色の制服の襟を、正し、まっすぐに、わたしを、見据えた。若い。わたしと、そう変わらない年に、見えた。だが、その目は、氷のように、澄んで、どんな、愛想も、含んでいなかった。


「単刀直入に、申し上げます」ロザリンドは、抑揚のない声で、言った。「この辺境は、一年ほど前まで、破綻寸前でした。それが、短期間で、劇的に、立ち直った。……不自然です。あまりに、都合が、良すぎる。裏で、記録を、いじっているのでは、ないか。あるいは、どこかから、不正な、金が、流れているのでは。それを、調べに、参りました」


隣で、ヴァレンが、腰を、浮かしかけた。妻が、疑われている。その、怒りが、伝わってきた。わたしは、目で、それを、制した。


「お疑いは、もっともです」わたしは、静かに、答えた。「急に、立ち直った土地を、疑うのは、賢明な、査察官の、務めです。むしろ、疑わないほうが、おかしい。……どうぞ、隅々まで、お調べください」


わたしは、あらかじめ、用意しておいた、記録の一式を、卓に、積み上げた。この一年の、辺境の、すべての、出入り。関所の税。鉱山の、原価と、売上。備蓄の、配分。借金の、返済。一枚残らず、日付順に、整えられ、突き合わせられていた。


ロザリンドの、眉が、わずかに、動いた。


「……ずいぶん、量が、ありますね」


「一年分ですから」わたしは言った。「隠すために、作った記録なら、こんなに、たくさんは、要りません。都合の、いいところだけ、見せればいい。でも、これは、隠すために、作った記録では、ありません。正しく、回すために、作った記録です。だから、全部、あります。都合の、悪いものも」


「ずいぶんと、堂々と、なさる」ロザリンドの目が、細くなった。「後ろ暗いところの、ある者ほど、こちらが、疑う前から、饒舌に、潔白を、並べ立てるものですが」


「では、黙って、いたほうが、よろしいですか」わたしは、かすかに、微笑んだ。「わたしは、ただ、時を、惜しんでいるだけです。あなたが、記録を、読めば、わたしが、何を、言おうと、言うまいと、真実は、そこに、書いてある。ならば、余計な弁明で、あなたの、時を、奪うより、早く、読んでいただいたほうが、いい。数字は、わたしより、ずっと、雄弁ですから」


ロザリンドは、その言葉に、何も、返さなかった。ただ、記録の、一冊を、手に取った。そして、読み始めた。


その、読み方を、見て、わたしは、すぐに、悟った。この人は、本物だ。ぱらぱらと、めくるのでは、ない。数字の、一つ一つを、追い、前の頁と、突き合わせ、辻褄を、確かめている。ごまかしの、利かない、読み方だった。


沈黙が、続いた。ヴァレンが、落ち着かなげに、身じろぎする。だが、わたしは、少しも、恐れて、いなかった。むしろ、こういう、きちんと読む相手に、読まれることは、心地よくさえ、あった。正しく、書いたものは、正しく、読まれてこそ、報われる。


ロザリンドは、一冊を、読み終え、次を、取った。また、次を。時が、静かに、過ぎていった。


やがて、彼女は、鉱山の、原価の記録で、手を、止めた。


「ここ」ロザリンドが、初めて、口を、開いた。「輸送費が、ある月から、三分の一に、下がっています。不自然な、下がり方です。……経費を、少なく、見せかけて、利益を、水増ししたのでは」


「いいえ」わたしは、待っていた、というように、別の記録を、差し出した。「輸送の、やり方を、変えたんです。それまで、毎日、少しずつ、運んでいたのを、まとめて、運ぶように、した。その、変えた日付と、荷車を出した回数の、記録が、こちらです。回数が、減っているのが、わかります。経費が、下がったのには、ちゃんと、理由が、あります」


ロザリンドは、その、裏付けの記録を、じっと、見た。回数が、確かに、減っている。数字は、そう、語っていた。彼女の、氷の目が、ほんの、わずかに、揺れた。


「……なるほど」


彼女は、それ以上、何も、言わなかった。だが、その、短い一言に、初めて、値踏みではない、色が、混じった気がした。


「わたしの、記録は」わたしは、静かに、言った。「あなたのような、方に、読まれるために、あります。ごまかしを、見つけようと、鋭い目で、読む方に。そういう目で、読まれて、それでも、崩れないなら、この記録は、本物だという、証です。どうか、いくらでも、疑ってください。疑われるほど、潔白は、確かに、なります」


ロザリンドは、しばらく、わたしを、見つめていた。その目から、少しずつ、初めの、冷たい疑いの、棘が、抜けていくのが、わかった。


「……あなたは」彼女は、ぽつりと、言った。「不正を、隠す人間の、目を、していない」


そう言って、彼女は、再び、記録に、目を、戻した。だが、その、読み方は、もう、粗探しの、それでは、なくなっていた。


日が、暮れるまで、彼女は、読み続けた。そして、最後の一冊を、閉じたとき、静かに、言った。


「辺境の、記録に、不正は、ありません。これは、私が、これまで、見てきた中でも、屈指の、正直な、帳簿です」


その言葉に、ヴァレンが、ほっと、息を、吐いた。わたしも、内心、安堵した。だが、ロザリンドの、次の一言が、その安堵を、別の、緊張へと、変えた。


「ただ――」彼女は、わたしを、見た。「私が、この辺境まで、来た、本当の理由は、あなたを、疑うためでは、ないのです。もっと、大きな、別の件が、ある。王都で、見つかった、ある、告発。……それが、ここに、つながっている、かもしれない」


告発。その言葉に、わたしの、胸が、静かに、ざわめいた。


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