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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第28話 悪くない、こういうのも

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

辺境の、収穫祭は、久しく、まともに、開かれていなかったという。


飢えた土地に、祝う余裕は、ない。実りが、あっても、その多くは、税や、借金の、返済に、消えた。喜ぶより先に、この冬を、越せるかを、案じる。それが、辺境の、秋だった。


だが、今年は、違った。


「奥方様、見てください、この賑わい!」マレナが、頬を、真っ赤にして、駆け寄ってきた。「広場が、人で、いっぱいです! みんな、こんなに、笑って!」


城下の、広場には、露店が、並び、干した果実や、焼いた肉の、匂いが、漂っていた。子どもたちが、走り回り、老人が、樽の酒を、酌み交わす。楽師が、笛を、鳴らし、若い娘たちが、輪になって、踊る。辺境が、こんな、明るい顔を、するのを、わたしは、初めて、見た。


「今年は、余裕が、ありますから」わたしは言った。「収穫の一部を、税で取りすぎず、皆さんの手元に、残しました。少し、贅沢をしても、冬を、越せる。その、少しの余裕が、こんなにも、人を、変えるのですね」


「奥方様のおかげです!」


「わたしは、数えただけよ」わたしは、いつものように、答えた。だが、マレナは、承知しない、という顔で、わたしの手を、引いた。


「今日は、帳簿は、お休みです! 奥方様も、お祭りを、楽しんでください。ずっと、お城で、根を、詰めてばかりなんだから」


わたしは、少し、面食らった。祭りを、楽しむ。そんなことを、これまで、したことが、あっただろうか。あの家では、祭りは、着飾って、社交をする、仕事の場だった。心から、楽しんだ記憶は、ない。


マレナに、引かれるまま、わたしは、露店を、覗いた。焼きたての、素朴な、木の実の菓子を、一つ、勧められて、口にする。素朴な、甘さが、じんわりと、広がった。名も知らぬ、領民の女が、はにかみながら、編んだ花冠を、差し出してくれた。断るのも、悪くて、頭に、載せる。子どもたちが、寄ってきて、わたしの、スカートの裾を、引っぱった。


「奥方様、こっち! こっちで、踊るの!」


「わたしは、踊りは……」


言いかけたとき、輪の中に、引き込まれた。見よう見まねで、足を、動かす。ぎこちなくて、何度も、間違えた。子どもたちが、けらけらと、笑う。その笑い声が、なぜか、少しも、嫌では、なかった。むしろ、胸の奥が、温かく、ほどけていく。


ふと、人だかりの中に、ギースの姿が、あった。いつもの、大仰な、しかつめらしさは、どこへやら、赤い顔で、領民たちと、酒を、酌み交わしている。わたしに気づくと、慌てて、居住まいを、正そうとして、よろけた。


「奥方様! いや、その、これは、酔うておるわけでは、断じて」


「ギース」わたしは、笑った。「今日は、いいんです。あなたも、ずっと、この城の帳面を、赤字のまま、抱えてきた。今日ぐらい、赤い顔に、なってください」


ギースは、くしゃりと、顔を崩し、また、洟を、すすった。この、忠実な老人が、心から、寛いでいる。それを、見られただけでも、この祭りを、開いた甲斐が、あった。


輪から、抜け出して、息を、整えていると、ヴァレンが、樽の陰から、こちらを、見ていた。珍しく、口元が、ゆるんでいる。


「笑って」わたしは、少し、赤くなった。「いらしたなら、声を、かけてください」


「いや」ヴァレンは、ぶっきらぼうに、言った。「あんたが、そんな顔で、笑うのを、初めて、見た。……花冠、似合ってる」


不意打ちの、一言に、わたしは、言葉に、詰まった。ヴァレンも、言ってから、しまった、という顔で、目を、そらした。二人して、しばらく、黙り込んだ。


祭りの、喧騒が、遠くで、続いていた。わたしたちは、少し、離れた、静かな場所で、並んで、その賑わいを、眺めた。


「不思議です」わたしは、ぽつりと、言った。「王都では、もっと、豪華な宴を、いくつも、見ました。着るものも、食べるものも、比べものにならない。でも、こんなに、心が、温かくなることは、一度も、なかった」


「なぜだろうな」


「たぶん」わたしは、広場の、人々を、見渡した。「あの人たちが、心から、笑っているからです。作り笑いじゃ、ない。今年を、生き延びられる。来年も、たぶん、大丈夫。その、安心が、あの笑顔を、作っている。わたしは、その安心を、少しだけ、数字で、手伝えた。……悪くないですね、こういうのも」


言ってから、自分の言葉に、少し、驚いた。悪くない。それは、わたしにとって、最上級の、肯定の言葉だった。何かを、心から、悪くない、と思えたことが、これまで、どれだけ、あっただろう。


ヴァレンは、何も言わずに、隣に、いた。その、静かな距離が、心地よかった。この土地。この、笑い声。隣に、いる、この人。これが、わたしの、守りたいものだと、はっきりと、思った。数字を、盾に、生きてきたわたしが、その盾で、守りたいものを、初めて、この目で、はっきりと、見た。


「アデル」ヴァレンが、静かに、言った。「この祭りを、来年も、再来年も、続けよう。あんたが、来てくれたおかげの、この笑いを」


「はい」わたしは、頷いた。「必ず」


だが、その、温かい約束を、交わした、翌朝。祭りの、余韻の、残る城に、一台の、馬車が、着いた。見覚えの、ある紋章。ハルバ商会の、使者だった。


「最後の、ご提案を、お持ちいたしました」使者は、毒を、含んだような、笑みを、浮かべて、そう、言った。


昨日までの、温かい笑いが、まだ、胸に、残っていた。だからこそ、その、作り物めいた笑みが、いっそう、冷たく、感じられた。守りたいものを、はっきりと、見た、その翌朝に、それを、脅かす者が、訪れる。嵐は、いつも、いちばん、穏やかな朝を、選んで、やってくる。


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