第24話 休ませるほうが、安い
全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。
鉱山は、動き出していた。だが、動き出しただけでは、稼ぎには、ならない。わたしは、実際の採掘の現場を、この目で見るために、ヴァレンと共に、坑道へ、足を運んだ。
坑道の中は、蒸し暑く、埃っぽかった。鉱夫たちが、汗だくで、鶴嘴を、振るっている。その様子を、しばらく見ていて、わたしは、いくつか、気になることを、書きとめた。
一人の若い鉱夫が、ふらついて、壁に、手をついた。足元の、掘った鉱石を、運ぶ者と、掘る者が、同じで、行ったり来たりで、無駄に、体力を、使っている。奥のほうでは、灯りが、足りず、手元が、暗い。暗ければ、危ないし、掘り残しも、出る。
「アデル」ヴァレンが、小声で、聞いた。「何を、見ている」
「無駄と、危険を、探しています」わたしは、答えた。「現場は、正直です。人の、動き方を、見ていれば、どこで、力が、無駄に、こぼれているかが、わかります。あとで、数字と、突き合わせます」
城に戻り、わたしは、採掘の記録を、広げた。誰が、いつ、どれだけ、掘ったか。そして、どこで、事故や、怪我が、起きたか。数字を、並べていくと、はっきりした形が、浮かび上がった。
「事故が、多すぎます」わたしは、ヴァレンに言った。「しかも、起きる時が、偏っています。一日の、終わり近く。それから、休みなく、何日も、働いた者に、集中しています」
「疲れて、いるからか」
「はい」わたしは、頷いた。「くたびれた体は、手元が、狂います。落石を、避けそこなう。道具を、取り落とす。事故が起きれば、その者は、しばらく、働けない。ひどければ、命に、関わる。仲間も、手を止めて、介抱する。事故は、一人の、怪我では、済みません。現場ぜんぶの、産出が、止まるんです」
わたしは、事故で失われた、働きの分を、金に換算して、示した。無理をして、余分に掘らせた分より、事故で失った分のほうが、はるかに、大きかった。
「見てください」わたしは、その差を、指した。「休みなく、働かせて、稼いだつもりが、事故の損で、かえって、赤字になっています。人を、酷使すると、事故と、休業で、高くつく。休ませたほうが、安いんです。これは、優しさの話ではなく、採算の話です」
ヴァレンが、記録を、じっと、見た。「休ませて、掘る量が、減るのでは、ないのか」
「一日の量は、減るかもしれません」わたしは言った。「でも、月で見れば、増えます。疲れた体で、危なっかしく掘って、事故で、何日も、止まるより。しっかり休んで、安全に、毎日、確実に掘るほうが、月の終わりには、たくさん、掘れている。急がば、回れ、です」
わたしは、鉱夫たちの、働き方を、組み直した。休みを、きちんと入れる。一日の働きを、無理のない長さに、区切る。そして、危ない作業と、安全な作業を、分けて、疲れた者は、軽い作業に、回す。力の要る仕事は、体力の残っている、朝のうちに。
それから、掘る者と、運ぶ者を、分けた。一人が、掘って、運んで、また掘る。それでは、行き来だけで、力が、尽きる。掘るのが得意な者は、掘ることに。運ぶのが、苦にならない者は、運ぶことに。それぞれが、一つのことに、集中すれば、同じ人数でも、はかどる量が、変わる。坑道の奥には、灯りを、増やした。手元が、明るいだけで、事故も、掘り残しも、減る。灯り一つの油代など、事故一つの損に、比べれば、雀の涙だった。
はじめ、鉱夫たちは、戸惑った。休めと言われることに、慣れていなかった。休めば、その分、賃金が、減るのでは、と、不安がる者も、いた。
「賃金は、減らしません」わたしは、彼らに、約束した。「むしろ、事故が減って、掘る量が、安定すれば、そのぶん、皆さんの、実入りも、増えます。安全に、長く、働ける現場のほうが、結局、皆の、稼ぎになる。無理をして、怪我をして、働けなくなるのが、いちばん、損なんです」
その言葉が、じわじわと、現場に、染み込んでいった。休みが、入るようになると、鉱夫たちの顔から、疲れの、どんよりした影が、薄れていった。事故が、めっきり、減った。そして――ひと月、ふた月と経つうちに、掘り出される銅の量が、じわじわと、増え、しかも、安定するようになった。
「不思議なもんだ」老いた鉱夫が、しみじみと、言った。「昔は、身を削って、掘れ掘れと、追い立てられて。それでも、赤字だった。今は、ちゃんと、休んで、無理せず掘って。なのに、こっちのほうが、たくさん、掘れる」
「身を削ると、その削った分が、事故や、病になって、跳ね返るんです」わたしは言った。「あなたたちの体は、鉱山の、いちばん大事な、道具です。道具を、大事にしないで、いい仕事は、できません」
ヴァレンは、しばしば、坑道の現場を、自分の足で、歩いた。鉱夫たちと、言葉を交わし、危ない箇所を、共に、見て回った。領主が、現場に来る。それだけで、鉱夫たちの、背筋が、伸びた。数字で、現場を、整えるわたしと、足で、現場を、支えるヴァレン。その二つが、噛み合って、鉱山は、みるみる、生き返っていった。
産出が、安定し、原価が、下がると、辺境の銅は、じゅうぶん、外に売れる、目玉の品に、育っていった。関所の賑わいに乗せて、この銅を、売り出せば、辺境の懐は、確かに、太くなる。ハルバの、買い占めにも、負けない、稼ぐ足が、一本、太く、通ったのだ。
だが、その手応えの、すぐ裏で、わたしは、別の数字に、気づいて、いた。稼ぐ足が、育つ、その一方で――あの、返せない借金の、返済の期限が、刻一刻と、近づいていた。
稼ぎが、間に合うか。返済が、先に、来るか。辺境の懐は、これから、いちばん、細い、綱の上を、渡ることになる。




