第23話 安くして、呼ぶ
全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。
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辺境の関所は、街道が、領の内へ入る、その入り口に、立っていた。
わたしは、ヴァレンと共に、その関所へ、足を運んだ。番人が、通る荷から、税を取る。それが、関所の、仕事だ。だが、しばらく見ていて、わたしは、妙なことに、気づいた。
通る荷が、あまりに、少ないのだ。
「昔は、もっと、賑わっていたのですか」わたしは、老いた番人に、尋ねた。
「へえ」番人は、寂しそうに、頷いた。「昔は、ひっきりなしに、荷車が。けんど、だんだん、通らんくなって。今じゃ、一日に、数えるほどで」
わたしは、関所の、徴税の記録を、借りて、読んだ。そして、その理由が、はっきりと、わかった。
税が、高すぎるのだ。
一台の荷車から、取る税が、とても、高い。おそらく、辺境が、金に困るたびに、少しずつ、上げてきたのだろう。目の前の金が、欲しくて。だが、税が高ければ、商人は、この道を、避ける。避ければ、通る荷が、減る。荷が減れば、税の総額も、減る。減ったから、また、一台あたりの税を、上げる。悪い、堂々巡りだった。
「これは、逆です」わたしは、ヴァレンに、記録を示した。「一台から、たくさん取ろうとして、かえって、全体で、取れなくなっている。首を、絞めるほど、痩せていく仕組みです」
「では、どうする」
「安く、します」わたしは、はっきりと言った。「一台あたりの税を、思い切って、下げます。半分、いえ、それ以下に」
「半分に?」ヴァレンが、目を、見開いた。「それでは、税収が、半分に、なるのでは」
「一台の数字だけを、見れば、そうです」わたしは、首を振った。「でも、商いは、一台では、ありません。安くすれば、この道を、避けていた商人が、戻ってきます。荷車の数が、二倍、三倍に、増える。一台から取る額は、半分でも、通る台数が、三倍になれば、総額は、増えます。高く取って、一台しか通らないより、安く取って、十台、通ってもらうほうが、ずっと、稼げるんです」
わたしは、紙に、二つの絵を、描いた。高い税で、細々と通る、今の姿。安い税で、賑わう、これからの姿。番人が、横から、覗き込んで、感心したように、唸った。
「安くして、人を、呼ぶ」わたしは、続けた。「人が、通れば、宿場町にも、寄る。飯を食い、宿に泊まり、土産を、買う。関所の税だけでなく、町ぜんぶが、潤います。しかも――これは、ハルバへの、一番の、打ち返しになります」
「どういうことだ」
「ハルバは、辺境の交易を、握って、儲けてきました」わたしは言った。「でも、それは、辺境を通る道が、この、高い関所しか、なかったからです。もし、辺境の関所が、安くて、通りやすくなれば、近隣の商人も、ハルバを通さず、この道を、使い始める。人と、物の、流れが、変わる。ハルバが、長年かけて握った、流通の綱に、こちらから、穴を、開けられるんです」
「だが」ヴァレンが、腕を組んだ。「読みが外れたら、どうする。安くしても、商人が、戻ってこなかったら。税収が、半分のまま、増えなかったら。辺境の、今の懐で、それは、痛い」
もっともな、問いだった。わたしは、正直に、答えた。
「たしかに、賭けです。でも、根拠の、ない賭けでは、ありません。この道は、もともと、賑わっていた道です。番人さんも、そう言っていました。人が、去ったのは、道が、悪くなったからでは、なく、税が、高くなったから。原因が、はっきりしているなら、それを、取り除けば、元に、戻るはずです。塞き止めていた石を、どければ、水は、また、流れます」
「それに」わたしは、付け加えた。「もし、ひと月、下げてみて、荷が増えなければ、また、戻せばいい。試して、駄目なら、直す。数字は、すぐに、結果を、教えてくれます。取り返しの、つかない賭けでは、ありません」
ヴァレンは、しばらく、その二つの絵を、見比べていた。それから、決断した。
「やろう。関所の税を、下げる。あんたの、言う値まで。……あんたの読みは、これまで、外れたことが、ない。今度も、信じる」
税が、下げられた。はじめ、番人たちは、半信半疑だった。こんなに安くして、大丈夫なのか、と。だが、ひと月も、経たないうちに、その顔が、変わった。
荷車が、増えたのだ。それまで、遠回りしてでも、辺境を避けていた商人たちが、「あそこの関所は、安くなったらしい」と、噂を聞きつけて、戻ってきた。街道に、荷車の列が、久しぶりに、できた。宿場町は、賑わい、マレナの帳簿の、泊まり客の数が、日ごとに、伸びていった。
「奥方様! すごいです!」マレナが、興奮して、駆けてきた。「関所の税、下げたのに、集まったお金は、前より、多いんです! なんで、こんなことに?」
「安いから、たくさんの人が、来てくれるのよ」わたしは、微笑んだ。「一人からは、少ししか、いただかない。でも、たくさんの人が、少しずつ、置いていく。それを、合わせれば、大きくなる。数は、力よ」
その賑わいは、辺境の外にも、伝わっていった。近隣の商人たちが、ハルバの高い道より、辺境の安い道を、選び始める。ハルバが、長年、独り占めしてきた、流通の水路に、初めて、別の、細い流れが、割り込んでいく。
その報せは、じきに、ハルバの耳にも、届くだろう。そして、あの商会は、この、小さな穴を、放ってはおかない。
だが、いまは、それでいい。辺境に、人が、集まり始めた。人が集まれば、次に、要るものは、決まっている。この、賑わいの中で、堂々と、売れる、辺境の、目玉の品だ。
わたしの目は、また、あの、山あいの鉱山へと、向いていた。眠りから覚めかけた、あの場所を、今度こそ、本格的に、辺境の、稼ぎ頭に、育てる番だった。




