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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第20話 守るだけでは、負ける

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

ハルバ商会が、動いた。


早馬の報せは、次々と、届いた。辺境の周りの町で、ハルバの息のかかった商人が、穀物を、片端から、買い占めている。麦も、豆も、塩も。建物を直すための木材や、鉄も。市場から、物が、消え始めていた。そして、買い占めた分だけ、残った品の値が、じりじりと、吊り上がっていく。


「狙いは、はっきりしています」わたしは、地図を広げ、ヴァレンとギースに告げた。「わたしたちが、借り換えを蹴った。だから、今度は、力で、締め上げにきたんです。物を、買い占めて、値を上げる。辺境が、高い金を払わないと、物を手に入れられないようにして、また、金を、枯らす。枯れたところへ、また、借金を、差し出すつもりです」


「では、こちらも、急いで、買い集めるべきでは」ギースが、慌てた。「値が上がりきる前に」


「それが、向こうの、狙いです」わたしは、首を振った。「こちらが、慌てて、高値で買えば、金は、すぐに底をつく。相手は、資本の海の中にいます。値の吊り上げ合戦を、まともにやれば、こちらが、先に、乾きます。同じ土俵で、殴り合っては、いけません」


「では、どうする」ヴァレンが、静かに、尋ねた。


わたしは、この日のために、書き溜めていた、一冊の帳面を、卓に置いた。辺境の、一年ぶんの、再建の工程表だ。


「守るだけでは、負けます」わたしは、はっきりと、言った。「向こうが仕掛けてきた以上、こちらも、待っているだけでは、じり貧です。こちらから、流れを、作ります」


わたしは、工程表を、三つの柱に沿って、説明した。


「一つ。借金の圧縮。あの返せない借金には、法外な利率という、弱みがあります。契約の不当を根拠に、支払いを、一部、正式に、差し止める交渉を始めます。時間を稼ぎ、首輪を、少しずつ、ゆるめます」


「二つ。産業。鉱山を、本格的に動かします。銅だけでなく、冬のあいだに調べた、他の鉱脈も。稼ぐ足を、一本でも、多く増やします。買い占めで物が高いなら、こちらは、売る物を、増やせばいい」


「三つ。交易」わたしは、地図の余白を指した。「ハルバの水路を、通さない道を、引きます。以前、話した、忘れられた古い街道。あそこを、整えれば、隣の領へ、直に、品を出せます。買い占めは、市場に物がある間しか、効きません。こちらが、別の売り買いの道を持てば、向こうの買い占めは、宙に浮きます」


「けれど、奥方様」ギースが、恐る恐る、口を挟んだ。「その、どれも、実を結ぶには、時がかかりましょう。交渉も、鉱山も、街道も。……その間に、こちらが、干上がっては」


「だから、順番が、大事なんです」わたしは、工程表の、月ごとの区切りを指した。「全部を、一度には、やりません。まず、この一月は、耐える。買い占めで高いものは、買わずに、備蓄と、鉱山の初物で、しのぐ。次の一月で、街道の下見を終える。その次で、隣領との、最初の取引を、一つだけ、成立させる。小さな流れを、一本、通す。それが通れば、皆が、この道は生きられると、信じられる。信じられれば、人が、動きます」


わたしは、月の区切りを、指で、順になぞった。


「大きな絵を、一度に描こうとすると、途中で、息が、切れます。小さな一歩を、期日を切って、一つずつ。数字は、いつも、目の前の一行から、始まります。遠くの勝ちより、今月、越えるべき、一つの山を」


ギースは、その、月ごとの階段のような工程表を見て、ようやく、肩の力を、抜いた。漠然とした不安が、こなせる大きさの、一つずつの仕事に、置き換わっていく。それが、この男を、落ち着かせたのだった。


ヴァレンが、工程表を、じっと、見つめた。


「買い占めには、買い占めで、返さない、ということか」


「はい」わたしは頷いた。「向こうは、たくさん、抱え込みました。買い占めた穀物は、腐る前に、どこかで、売り抜けなければ、ただの荷物です。抱えるほど、向こうも、身動きが、取りにくくなる。大きく振りかぶった腕は、そのぶん、隙も、大きい。わたしたちは、その隙を、待ちます。慌てず、こちらの足腰を、固めながら」


言いながら、わたしは、確信していた。相手は、力で、押してきた。力は、強い。けれど、力に頼る者は、力の続く限りしか、戦えない。買い占めには、金が要る。締め上げ続けるにも、金が要る。ハルバは、この辺境一つのために、いつまでも、大金を、注ぎ込み続けられるだろうか。


「一つ、覚えておいてほしいことが、あります」わたしは、二人を見て、言った。「この戦は、派手な決着には、なりません。剣を交えるような、一瞬の勝ち負けでは、ないんです。じわじわと、向こうの無理が、積もっていって、ある日、向こうの帳簿の、たった一つの数字が、合わなくなる。そのとき、勝負は、決まります。長い、我慢比べです」


「我慢比べなら」ヴァレンが、口の端を、わずかに上げた。「辺境の得意分野だ。俺たちは、痩せた土地で、ずっと、我慢して、生きてきた」


その言葉に、ギースも、深く、頷いた。


わたしは、少し、胸が熱くなった。この人たちは、豊かさを知らない。けれど、耐えることを、知っている。そして、いまは、ただ耐えるのではなく、耐えた先に、勝つ道が、見えている。その違いが、人の顔を、こんなにも、変えるのだと、わたしは、知った。


「では、始めましょう」わたしは、工程表を、閉じた。「守りの一年は、終わりです。ここからは、攻めます。数字で」


その日から、辺境は、動き出した。鉱山に、人が入り、古い街道の下見が、始まり、交渉の書状が、したためられた。一つ一つは、地味な、段取りの積み重ねだ。派手さは、どこにも、ない。


けれど、翌朝、市場から、また、一つの報せが、届いたとき、わたしは、この戦が、もう、始まってしまったことを、はっきりと、悟った。


「奥方様。資材の値が、ひと晩で、倍に。……買い占めが、この町にも、及びました」


わたしは、静かに、地図の前に、立った。向こうの、最初の一手が、盤の上に、置かれた。次は、こちらの番だ。震える必要は、ない。こちらの帳簿は、正直で、こちらには、耐える力と、攻める道が、ある。


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