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捨てられた会計令嬢、実家の粉飾ごと縁を切って辺境へ嫁ぎます ~数字は嘘をつきません。あなた方と違って~  作者: ヲワ・おわり


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第13話 地図の上で消える金

全70話完結予定です。毎日5話、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に更新します。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

鉱山の再開が決まっても、わたしの胸には、まだ、片づかない引っかかりがあった。


掘った銅を、売る。当たり前のことのようで、辺境では、それが、当たり前ではなかった。この土地で採れたものが、外の町へ渡り、代わりに金が入ってくる。その道筋を、わたしは、まだ一度も、数字で追っていなかった。


「マレナ」わたしは、宿場町の帳簿を借りて、尋ねた。「辺境の品を、外に売るとき。誰の手を、通しているの」


「ええと、みんな、ダゴンさんの店に、いったん納めるんです」マレナは、指を折った。「羊毛も、革も、畑のものも。ダゴンさんが、まとめて外の商人に売ってくれて。あたしたちは、その場でお金がもらえるから、助かってて」


「そのダゴンさんは、いくらで、外に売っているの」


「それは……わかりません。ダゴンさんの、胸の内で」


わからない。その一言が、引っかかりの正体だった。


見えないところで、値が決まる。作った者は、外でいくらで売れているのかを、知らされない。ただ、目の前に差し出された金を、ありがたく受け取る。それが、この土地では、長いあいだ、当たり前になっていた。


「あのね、マレナ」わたしは、器を洗う彼女の手を、そっと止めた。「あなたのお母さんが織った布は、外の町で、いくらで売れていると思う」


「さあ……。うちのは、そんな上等じゃないから。二束三文でしょう」


「二束三文で作れるものは、この世に、そう多くないわ」わたしは言った。「誰かが、二束三文だと、あなたに信じさせているだけかもしれない。信じさせておけば、安く買い叩ける。値を知らない者は、いつも、損をする側に置かれる」


マレナが、きょとんと、目をまたたかせた。その素朴な顔に、これから見せる数字が、どんな衝撃を与えるだろうかと、わたしは、少し胸が痛んだ。


わたしは、辺境じゅうの取引の記録を、集められるだけ集めた。誰が、何を、いくらでダゴンに納めたか。そして、ギースの伝手をたどって、外の町での、同じ品のおおよその相場も、調べてもらった。


二つの数字を、並べる。


辺境の生産者が、ダゴンに納めた値。外の町で、その品が売られている値。その差が、仲買の取り分になる。運ぶ手間も、危険もある。ある程度の差は、当然だ。だが――。


「多すぎます」わたしは、思わず声に出した。


羊毛は、辺境で納めた値の、三倍で外に売られていた。革は、四倍。手間賃や危険を差し引いても、説明のつかない大きさだった。作った者の懐には、雀の涙しか落ちず、大半が、途中のどこかで、消えている。


「ダゴン一人の、儲けにしては、大きすぎます」わたしは、記録を繰りながら、呟いた。「これだけ抜いていれば、あの小さな店は、とうに、御殿のようになっているはず。でも、ダゴンさんの暮らしは、ふつうです。ということは――抜いた金は、ダゴンさんの手も、通り過ぎている」


わたしは、ダゴンが品を納めている先を、たどった。外の商人。その商人が、また別の問屋へ。問屋が、さらに大きな商会へ。地図の上で、辺境から外へ延びる線を、一本ずつ、指でなぞっていく。


線は、いくつもの手を経て、最後に、一つの名前に、集まった。


「……ハルバ商会」


指先が、その名の上で、止まった。


辺境の品を外に運ぶ道。その道の途中に置かれた仲買の一人一人が、たどっていくと、みな、ハルバの息のかかった者だった。羊毛も、革も、畑のものも。辺境から出るものは、すべて、ハルバの引いた水路を通ってしか、外へ流れない。そして、その水路を通るたびに、少しずつ、金が、抜かれていく。


「握られていたのは、借金だけでは、ありませんでした」わたしは、地図をヴァレンの前に広げた。「売る道そのものを、握られています。この辺境は、作っても、その汗の値を、正しく受け取れない。作れば作るほど、途中で吸い上げられる。だから、いくら働いても、豊かにならなかったんです」


ヴァレンの顔が、みるみる、赤黒く染まった。拳が、机の上で、固く握られる。


「では、民が痩せていったのは……働きが、足りないからでは、なかったのか」


「はい」わたしは、はっきりと言った。「働きは、十分でした。むしろ、よく働いていた。ただ、働いた分が、自分たちの手元に、残らなかっただけです。汗は、この土地で流れて、実りは、地図の向こうで、刈り取られていた」


言葉にすると、その仕組みの巧妙さに、寒気がした。借金で首を締め、流通で汗を吸う。二重の水路で、辺境は、じわじわと、干上がらされていた。剣で攻めるより、ずっと静かで、ずっと確実な、痩せさせ方だった。


「叩き潰してやりたい」ヴァレンが、絞り出すように言った。「その仲買どもを、今すぐ、片端から」


「お待ちください」わたしは、静かに、その怒りを受け止めた。「気持ちは、わかります。でも、仲買を一人ずつ潰しても、ハルバは、すぐ次の仲買を立てます。水路の栓を一つ抜いても、別の場所に、また穴を開ける。相手は、それだけの力を、持っています」


「では、どうしろと」


「別の水路を、こちらで引くんです」わたしは、地図の、まだ何も描かれていない余白を指した。「ハルバを通さずに、辺境の品を外へ出す道を、一本、自分たちで作る。細くていい。まず一本。そこを通せば、汗の値が、そのまま、作った者の手に、戻ってくる」


言うのは、たやすい。実際には、途方もなく難しいと、わたし自身が、いちばんよく知っていた。大商会が長い年月をかけて張り巡らせた水路に、素手で、新しい一筋を掘る。それは、川の流れを、変えるようなものだ。


けれど、と、わたしは地図の余白を見つめた。ハルバの水路にも、必ず、どこか、詰まりかけた場所がある。誰も通らなくなった、忘れられた道が。それを見つけて、引き直せばいい。


だが、その大仕事に取りかかろうとした矢先、ギースが、青い顔で駆け込んできた。


「奥方様。……冬の、備えのことで。町の者が、ざわついております」


窓の外を見れば、空は、もう、冬の色に、重く沈み始めていた。


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