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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第二章「協力者と小さな戦い」

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第8話「裏の書庫」

 数日後の夜。


 夜空には、月が二つ出ていた。


 書庫のランプを最小限に絞り、大地は床に座っていた。膝の上には読みかけの古代の魔術と言語の解説書。文字を追いながら思案していた。


 昼間の情報を整理していた。フィストの件、東の廃屋から証拠となる品が見つかったとの報告を受けた事。取引先の資料、密輸品の殆どが穀物や塩等、大地の予想した通りの結果だった。だがその密輸品の品目報告書の中に、一つだけ奇妙な、古代の呪術用祭具の記載。


「それらしい記述は、なしか」


 アドリアンの話では魔術の触媒だが。膝の上に開かれた解説書にはそれらしい記載はない。


 (だが、あの時の言葉の意味はわかった)


 大地は自分の掌へ目を向ける。頭に思い浮かぶのは目覚めた直後の事、馬車の中、瀕死のオパリアの母親。あの時の声は古い魔術の詠唱だった。


 ——母親は俺に気付いていた。


 気付いて尚、大地へ向けて最後に遺した言葉――今の自分はその言葉の意味が分かる。


「まるで呪いだな」


 アドリアンという一つの駒を手に入れた。次の駒を考えなければならない。


 扉が開いた。


 音もなく、レオンが入ってくる。


「また来たのか」


「窓に灯りがついてたから」


 レオンは向かいの棚の前に座った。もはや慣れた動作だった。ここ数日、この時間帯の書庫は二人の場所になりつつあった。


「話しておくことがあるんだ」


「そうか。俺も確認したいことがある」


 大地は解説書を閉じた。


「この世界のことだ。知っておくべきことを教えろ」


 レオンが少し黙った。


「どこまで話せばいいのか——」


「全部だ。原作の内容、オパリアに降りかかる予定だったこと、関係する人物。知らずに動くのは効率が悪い」


「効率か」


 レオンが繰り返した。どこか苦いような声だった。


「……わかった」


 静かに言って、膝を抱えた。


 (これは、私が、雫が書いた物語)


「この世界は、ある恋愛小説の舞台と全く同じ構造をしている」


 レオンは話し始めた。淡々と、しかし声の奥に何かを押し込めるような口調で。


「主人公は元孤児の少女。魔法の素養が判明した事がきっかけでこの国の、貴族の養子になるんだ。その後は複数の貴族男性と関わりながら話が進む。恋愛と、宮廷の謀略と——それから、悪役令嬢の断罪」


「その悪役令嬢がオパリアということか」


「ああ」


 大地は黙って続きを聞いた。


「腐敗貴族たちはオパリアを利用して私腹を肥やす。主人公とヒーローたちを動かして、オパリアを追い詰め全ての罪を被せる。全部仕組まれていたことなのに——主人公たちはそれを知らない。そのまま断罪の場面まで進む」


「断罪された後は?」


 レオンの手が、膝の上で少し動いた。


「……真実が明かされ。主人公たちが誤りに気づくんだ。だけど——」


 (オパリアは、もういない)


「その時にはオパリアは行方不明だ。真実は間に合わない。それが——原作の結末だ」


 書庫が静かになった。


 大地はレオンを見た。俯いた顔。金の髪が影になっている。


 (今俺の前にいるのは、その話を書いた張本人か)


「それで協力すると言ったのか」


「シナリオを壊せるなら——そう言った」


「そうか」


 大地は言った。感情をのせない、事務的な声で。


 (結末を変える。——それだけだ。だが、何か引っかかるな。)


 しばらく沈黙が続いた。


「……関係する人物の名前と役割を全部教えろ。腐敗貴族、商人、ヒーローたち——覚えている限り」


 レオンが顔を上げた。何かを言いたそうな顔だった。しかし。


「わかった」


 それだけ言って、話し始めた。


 大地は聞きながら、頭の中で情報を整理していった。名前、立場、原作での動き、現実での位置。一つずつ、確認していく。バルトゥスの名があがる、領地の支配者としてオパリアの後見人になる男。


 (やはり絡んでくるか。利権目当てというのも予想通りだな)


 レオンが話す声は淡々としていた。感情を殺した、報告のような口調だった。


 (他にも何か隠しているな)


 大地は情報だけを、受け取った。


  ◇


 一通り聞き終えた後、大地は言った。


「その中に——この領地の違法孤児院や奴隷商人は出てくるか?フィストという名の商人は?」


 レオンが僅かに眉を寄せた。


「……出てこない。そんな話は書いていない。だけど、フィストならバルトゥスと繋がりのある商人の一人として名前だけ登場してるけど――」


「フィストなら処理済みだ」


 沈黙。


 レオンが目を見開いた。声が出そうになるのを堪えている。


「なんだって——いつの間に」


「それなりに使える駒が手に入ったからな」


 大地は口元を少し上げて答えた。


「だが、バルトゥスを締め上げるにはまだ足りんな、今は他の貴族の介入の可能性が高い。しばらくは泳がせる予定だ」


「どこまでわかっているんだ?」


 感情を見せない表情、抑揚の無い言葉。レオンには目の前の少女の姿をした人物が、人間とは違う別の生き物のように感じられた。


「知っている事しかわからん。だが、これだけは知っている」


「国民全てが善人などありえない」


 大地は淡々と言った。


「お前が書いた話に登場しないからといって、この世界の悪人が消えるわけではない。物語の外にも人間は生きている。日本もそういう国だっただろう?」


 レオンは返す言葉が見つからないようだった。釈然としない顔だったが、何も言えなかった。


 (そうだ。私は物語の中の人間しか書かなかった。物語の外の人間の事など、考えもしなかったな)


「……その小説を書いたのは」


 大地が言った。


 レオンが動きを止めた。


「なぜそれを聞く」


「お前が言った内容には意図的な抜けがある。その世界を知りすぎている。原作者でなければ説明がつかない」


 沈黙。長い沈黙だった。


「……今は関係ない」


「そうか」


 大地はそれ以上聞かなかった。


 (今は放っておく。いずれわかる)


「次の話だ。オパリアの両親は何故死んだ?」


「……表向きは事故死。真実は領地を狙うバルトゥスと腐敗貴族達による謀殺。オパリアは巻き込まれて利用される事になる」


 レオンは少し考えてから答えた。


「謀殺の手段は魔術か?毒か?母親の最後について書いたか?」


 大地は、身を乗り出すように、捲し立てながら質問を重ねた。


「そこまでは詳細を書いてない。書いたのは使用人が血塗れのオパリアを連れて帰る。そこまでだよ」


 大地の剣幕と鋭い視線、そして、母親の最後という言葉にレオンは少し震えていた。


「そうか」


 窓の外へ目を向けた大地。月が傾いていた。


「今夜はここまでだな」


 大地が言った。


「……お前は怖くないのか」


 レオンが言った。唐突に。


「何が」


「この世界に、シナリオがある。原作通りに動けばオパリアは断罪される。それを知って——怖くないのか」


 大地は少し間を置いた。


「大したことはない。俺は既に死んでいる」


「……」


「それに、やることは変わらない。排除すべき障害はわかった。荒唐無稽な超常の存在では無く、相手は人間。これで効率よく動ける」


 レオンはしばらくその顔を見ていた。


「……お前って本当に」


「何だ」


「いや、なんでもない」


 立ち上がり、ランプを手に取った。


「おやすみ、田中大地」


「その名で呼ぶな」


 扉が閉まった。


 大地は一人、暗くなった書庫に残った。


 膝の上の解説書を、また開いた。


 月明かりの下で、少女は文字を読み続けた。


「アドリアンの妻について聞き忘れていたな」


 誰も居なくなった書庫で、大地は呟いた。頭の中で何度も浮かぶ母親の言葉。


『縁の繋がる異界の魂よ、どうかこの子を守って。愛しいオパリアを——』

 


【第9話へ続く】


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