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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
第二章「協力者と小さな戦い」

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第7話「表の商談」

 商談の前日、アドリアンは大地を執務室に呼んだ。


 机の上に、書類が並んでいた。


「明日、フィストという商人が来る」


 アドリアンは椅子に座ったまま言った。向かいに座った大地——五歳の令嬢の姿をしているが、その目は書類を既に読み始めていた。


「エルフィア領に月二度入ってくる行商人だ。穀物、布、調味料——扱う品の種類が毎回微妙に違う。正規の届け出はしているが」


「帳簿の数字が合わない」


 大地が言った。書類から目を上げずに。


「……気づいていたのか」


「昨夜確認した。塩の入荷量が記録より一割ほど少ない。毎回少しずつ横流しされている」


 アドリアンはしばらく黙っていた。自分が数日かけて気づいたことを、一夜で看破されている。


「令嬢が同席すれば相手が油断する——そういう判断なのだろう」


「ああ」


「結構だ」


 大地は書類を机の上に戻した。


「一つ確認しておく。フィストが領地に入る際、東の街道を使うのか?」


「毎回そうだな。なぜそんなことを?」


「確かめたいことがある」


 それだけ言って、大地は席を立った。


 (東の街道沿い——確か、町外れに廃屋があったな)


  ◇


 応接室には、三人がいた。


 アドリアンと、商人と、そして椅子の上に行儀よく座った白銀の令嬢だ。


 商人の名はフィスト。四十代の、がっしりとした体格の男だ。顔に愛想はあるが目が笑っていない。大地はそう判断した。ヴァルテール家の領地――エルフィア領に月二度入ってくる行商人で、扱う品の種類が毎回微妙に違う。


 (密輸の中継地点としてこの領地を使っているな)


 大地は膝の上で手を揃え、ただ正面を向いていた。ここでの自分の役割は飾りだ——今は。


「ヴァルテール家の令嬢が同席とは、光栄です」


 フィストが深く頭を下げた。大地へ向けた笑顔は柔らかい。


 (聞いていた通り特に警戒心はなしか。都合がいい)


 アドリアンが話を進めた。穀物の取引価格、輸送ルートの確認、次回の入荷予定。ごく普通の商談だった。


 大地はその間、フィストを観察していた。


 手の動き。視線の流れ。アドリアンが特定の品名を口にした瞬間に僅かに固まる指先。話題が輸送ルートに及ぶたびに、ほんの少し早くなる呼吸。


 (塩の話題で反応したな。指先が少し止まった——前世でも同じ顔をした人間を見たことがある。横領をバレていないと思い込んでいる顔だ)


 アドリアンから見せてもらった書類の内容を、頭の中で照合する。数字が、合わない。帳簿の誤魔化し方は稚拙だった。一割ずつ、毎回同じ手口で横流しを続けている。慣れきっている証拠だ。


 (長い間、誰も気づかなかったのか。それとも気づいていて見て見ぬふりをしていたのか——どちらにせよ、甘いな)


「——ところで」


 大地は口を開いた。


 アドリアンが一瞬こちらを見た。フィストも視線を向けた。


「フィスト様の荷馬車は、いつも東の街道をお使いになるのですか?」


 子供の声で、抑揚を意識した口調で話す。


「ええ、そうですよ令嬢様。毎回そちらの方角から——」


「使用人たちが話しているのを聞いたのですが、最近、東の街道沿いで狼が居たと……」


 フィストの動きが止まった。


「近くの町の家畜が襲われたと聞きました。護衛の方も危ないかもしれませんね」


 オパリアは少し俯いて表情を見えないようにした。


 フィストは少し間を置いてから、「ありがとうございます、優秀な護衛が複数いますので問題ありませんよ」と笑顔を向けた。


 (道は変えないか。護衛に金をかけてでも東を使う理由がある——おおよそ場所の特定はできたな)


 商談が終わり、フィストが退出した。


 扉が閉まり足音が遠のいていく。アドリアンがこちらを向いた。


「……狼の話は本当か」


「嘘だ」


 大地は即座に否定した。


「東の街道沿いの町外れに、荷を一時保管できる廃屋がある。次回フィストが来る前に確認しろ。そこが密輸品の一時置き場だ」


 アドリアンはしばらく黙っていた。


「なぜそう思う」


「護衛もタダではない。普通の商人なら道を変えるだろう。だが奴は東の街道にこだわっている。保管場所か密輸品の取引に使っていると考えた。これで納得できたか?」


「……確認する」


 アドリアンの表情は複雑だった。納得しているのか、呆れているのか、あるいはその両方か。


「一つ聞いていいか」


 アドリアンが言った。


「なぜ今、その情報を流した。商談を中断させる方法もあっただろう」


「中止にすれば奴は警戒し証拠を消す。それくらいの頭はあるだろう。あの手の人間はバレていないと思えば勝手に付け上がり大胆になる。その分、警戒や偽装工作も甘くなる。さっきの会話はおおよその場所を特定する為にしただけだ」


「……」


「勝手に付け上がらせておけばいい。場所を押さえてから一気に処理した方が効率的だ」


 アドリアンは天井を見た。深く息を吐いた。


「わかった。調査に人員を出そう」


 しばらく沈黙があった。


 アドリアンが、急に頭を抱えた。


「……お前のことを、妻になんと説明すれば」


 大地は少し間を置いた。


「わざわざ説明する必要はない。俺も人前では令嬢オパリアとして過ごす。問題ない」


「無駄だ」


 アドリアンが言い切った。


「妻には小手先の演技など通じん」


 大地は少し眉を動かした。


「……どういう意味だ」


「そのままの意味だ」


 アドリアンは立ち上がり、廊下へ向かった。扉を開ける前に、一度だけ振り返った。


「妻にはその”力”がある」


 それだけ言って、扉を閉めた。


 大地は一人、応接室に残った。


 (……”力”?確認することが増えたな)




【第8話へ続く】


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