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「亡き少女の身体を借りて」―少女の魂を取り戻すまで―  作者: 島ながぁ
「Re:if」

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Re:第8話「視察と言う名の」

 視察という名目だった。


 大地、レオン、ルミナの三人が街へ出た。


 大地の目的は二つ。奴隷商人の残党が使っている保管施設の場所を確認すること。ロックス商会の新規スイーツ事業の試作品を品評すること。


 レオンの目的は——原作に描ききれなかった街を自分の目で見ること。


 ルミナは——まあ、特に理由はなかった。


◇


 ロックス商会の新店舗に入った。


 清潔な内装。木の香り。カウンターに焼き菓子が並んでいる。


「これが試作品ですか」


 ルミナが目を輝かせた。


「全種類食べていいですか」


 大地は無言で書類をルミナとレオンの前に置いた。


「食べろ――そしてこの紙に感想を書け。あくまでも品質確認だ」


 大地は一つ取って、口に入れた。


 (悪くない。ただ甘さが強すぎる)


「甘さを二割落とせ。後味が残りすぎる。――だが、この果物の風味は良いな」


 店員がメモを取った。


 レオンが窓の外を見ていた。


「……ここ、原作に出てこない通りだな」


「そうか――。でもここは紙の上ではない」


 大地はスイーツのおかわりを受け取りながら答える。


「まだ時々夢なんじゃ無いかと思ってた」


「お前が書かなかっただけで街はある」


 レオンは少し黙った。


「……そうだな」


◇


 ルミナは焼き菓子を三つ食べた。


「これ、すごく美味しいです」


「どれだ」


「この一番小さいやつ」


 大地はルミナが指さした星形の焼き菓子を手に取って一口食べた。


 (確かに。香ばしさと甘さが紅茶に合うな)


「これだけ残す。他は配合を変えろ」


 店員がまたメモを取った。


 レオンが大地を見た。


「……お前、楽しそうだな」


「なにがだ?」


「そうだよ。こういう時だけ顔が違う」


 大地は少し考える仕草をした後にひと言だけ答えた。


「悪くはないな」


◇


 品評が一段落した頃、カウンターの男性店員が大地に近づいた。


 二十代後半か三十代か。見た目は静かな男性だった。だが、服の上からもわかる筋肉質な身体付き、立ち振る舞いは店員というよりも兵士に近い。一人だけこの場所に馴染んでいない雰囲気があった。


 男が、折り畳んだメモを大地の前に置いた。


 無言で受け取り。視線は合わせない。それだけだった。


 大地はメモを開いた。


 (場所と人数と――間取りまで。レインとは違うが、やはり使えるな)


 大地は立ち上がり歩き出す。


「少し席を外す」


「え、どこへ」


「すぐ戻る」


「す、すぐって——」


 呆気に取られるレオンとルミナを置いて、大地はすでに扉へ向かっていた。


 店の外へ出ると、大地は走りだした。


 (東の倉庫街。三人。今日が最後の移送日だ)


 記憶と地図が一致し最短ルートが頭に浮かぶ。


 角を曲がり、路地に入り——さらに加速していく。


◇


 店の中では、レオンがカウンターの男性店員を見ていた。


 男が厨房に戻っていく。その背中を見ながら——


「……あの人」


「どうかしましたか?」


 ルミナが首を傾けた。


「原作に出てこない人物なんだけど——」


 レオンが少し目を細めた。


「設定だけ作って出さなかった人物がいたんだよな。誰にも従わない孤高の傭兵って考えたんだけど、使い所が無くて——」


「え」


「あの人、その設定と全部一致する」


 レオンは立ち上がって男性店員を呼ぼうとする。ルミナは思わず言葉が漏れる。――隠していたてん“ある事“を言ってしまった。


「……それって、まさか二次創作が——」


「二次、創作?」


 レオンは立ち上がり際に表情が変わる。


「あ——」


「どういうことなんだ?ルミナ」


 レオンは笑顔のままルミナの顔を覗き込む。


「えっ、えーと——」


 ルミナは申し訳なさそうに小さくなっていた。


◇


 元傭兵の男性店員――ヴォルフから大地の目的地を聞き出し。カフェを出て路地を走るレオンとルミナの前に、人影が現れた。


 三人。


 ルミナが追いついてきた瞬間——人影の一人が、ルミナの腕を掴んだ。


「ちょっ——」


 レオンが咄嗟に前に出て蹴りを放つ。


 ルミナと人影の間に割り込んだ。


 ルミナが解放された。


 代わりに、レオンが——


「このガキ!」


 腹部を殴られくの字にうつむくレオン。


「馬鹿野郎!傷つけんな!」


 一際大柄なフードの男は声を荒げる。袋を被せられ、連れさられていくレオン。


「先生——!」


 人影は走り去っていく。その大柄な一人のフードを開け、顔がルミナの目に映る。


「え?傷の虎獣人――」


 ルミナは立ち尽くした。


 (まさか本当に)


◇


「やはり、三人ならこんなものか」


 倉庫の前で、大地は殴られ過ぎて顔が変わった三人目を縛り終えたところだった。


 施設の扉を開けた。中を確認した。移送前の状態だった。獣人の奴隷達は、少女の姿をした得体のしれない生き物に完全に怯えきっていた。


 (アドリアンへの連絡は既に終わっている。奴隷達の扱いは、ロックス商会の輸送を使うか)


 大地は、近付いてくる足音に振り返る——ルミナが走って来ている姿が見える。


 ルミナの顔は青かった。


「せ、先生が——」


「何しに来た?待っていろと言ったはずだが?」


「——ゲホッ」


 走り過ぎて咳き込むルミナ。


「落ち着け。深呼吸してから話せ」


◇


 息を整えたルミナは話した。


 大地は黙って聞いた。


 (三人組。路地。袋を被せて連行。方角は南西)


「その三人、二次創作とやらの登場人物か」


 ルミナが少し止まった。


「……そうです」


「答えろ――その組織は全体的にはどの程度だ?裏に誰がいる?何をしでかす?それから――」


 ルミナは大地を見たまま固まっている。


 (しまった。大地さんにも言ってなかった)


 大地の瞳が仄かな光を放ちながら、静かにルミナを見ている。その表情を――笑顔を、ルミナは絶対に敵に回してはいけないと心に誓った。


「――全て話してもらうぞ」


◇


「――大体の内容はわかった。一度カフェへ戻るぞ。いつまで呆けてる?」


「――え?はい!?」


 ルミナは途中から記憶がなくなった。覚えているのは仄かな光りを放つ黄金の瞳と徹夜明けのような疲労感だけだった。


「使える駒がいる。奴隷絡みなら奴に聞いたほうが早い」


「——それってさっきの傭兵の人ですか?」


 大地はピタリと振り返り、ルミナを見る。


「そうだが。何故知っている?」


「先生が本編に登場させていない人物だと――」


「そうか。レオンにも後で詳しく聞く必要があるな」


 大地は思わず口元が緩み、ルミナは天を仰いだ。


「レオン様――ご愁傷様です」


◇


 カフェへ戻ると、大地はカウンターにいた男性店員に話しかけた。


「ヴォルフだったか?話がある。顔に傷のある虎獣人の情報はあるか?恐らく奴隷絡みだ」


 虎獣人と聞いた瞬間。男性店員のにこやかな表情が凍りつく。


「ちょっとここ変わってくれ。――コチラへ」


 ヴォルフと呼ばれた男性店員は、近くにいた別の店員にカウンターを任せて大地をカフェの奥にあるスタッフルームへ案内した。


「どこで聞いたんですか?」


 大地がスタッフルームへ入ると、ヴォルフは振り返らずに大地へ問いかける。


「レオンが――弟がさっき攫われたらしい。コイツが目撃者だ」


 大地はルミナを指さす。


「アイツらしくねぇ。裏に誰かいるか分かってるんですか?かなり厄介な相手ですよ?」


 ヴォルフは煙草に火をつけながら、大地へ目を向ける。その瞳は緑の仄かな光を放っている。


「わかっている。だが、場所がわからん。お前の個人的な因縁には興味がない。情報があるなら話せ」


 大地は気にすることなく問う。


「はあー。厄介な相手なのはうちのボスも同じでしたね。ただし、オレも行きますがいいですね?」


 ヴォルフはため息と共に煙を吐き出す。


「好きにしろ」


◇


 大地は門を見た。警備が二人。


「ルミナ、裏へ回れ。直ぐに騒ぎが起きる」


「騒ぎって——」


 大地とヴォルフはすでに門へ向かっていた。


 ルミナは走って裏へ向かいながら、前方から聞こえてくる音を聞いた。


 金属音。


 短い叫び声。


 爆発音。


 ルミナは少しだけ、門番たちが可哀想に思えた。


◇


 大地が扉を開けた。というか破壊した。


「相変わらずうちのボスは規格外で」


「ノックをしただけだ。壊れる門が悪い」


 大地は顔を背けながら小声で答える。騒ぎを聞きつけ私兵が集まってくる。


「なんだ貴様ら!」


「ここがアストリア国外交官の屋敷と知っているのか!」


「え?子供?」


 各々武器を手にヴォルフを取り囲む。大地は困惑する兵士達の間を一人でさっさと奥へ歩いていく。


「それにしても、ヴァルテールの領内で誘拐だなんて、アイツも馬鹿なことしやがる」


 ヴォルフは鞘をつけたままの剣を手に煙草をふかしながら呟いた。


「どけ!傭兵ヴォルフが相手ではお前らが何人いようと無駄だ!お前達はさっきのガキを追え!」


私兵をかけ分けるように顔に大きな傷のある虎獣人が前に出る。


「よ!人攫いとは落ちたなタオ。まあそれも今日までだ」


 ヴォルフの気の抜けたような挨拶に、タオと呼ばれた虎獣人は牙をむき出す。


「フン。子供を盾にされなければあんな奴ら――緑炎と呼ばれた程の貴様こそあんなガキに使われるとはな」


 虎獣人タオは斧槍を手に、姿勢を低く構える。空気の弾けるような音と共に全身を青白い稲妻が走る。


「これでも人をみる“目“は確かだぜ?悪い話じゃないぜ?ボスにつけよ」


 ヴォルフはニヤリと笑い、瞳が緑の仄かな光を放つ。全身から緑の炎を纏いながら剣を掲げるように構える。


◇


 外交官の屋敷の中は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 一人の少女を囲みながらも怯え切った兵士。


 広間の中心を飾っていたはずの豪華なシャンデリアが壁に刺さっている。


 少女の足元には、顔が腫れ上がった仕立てのよい服の男が一人、泣きながらうずくまっている。


 アストリア国外交官。


「もう一度言う、弟はどこだ?」


 大地は無表情に問いかける。


「なんなんだお前は!?いったい何の権限があって――」


 少女は無言で外交官の腕を踏む。


 男の悲鳴とともに腕が折れ曲がる。


 少女を取り囲む兵士の一人は、遠い目をしながらポツリと呟く。


「就職初日に、何でこんな目にあうんだ」


その声は広間に響く。


「それは――運が悪かったな」


 少女は少しだけ申し訳なさそうに、兵士へ向かいポツリと答えた。


◇


 隠し扉を聞き出し、地下への階段を歩いていく大地。縄で縛られた外交官の男。そして、縄を手にした兵士。


「本当に雇ってくれるんですかい?」


兵士は少女――大地へ振り返りながらもう一度確認する。


「ヴァルテール家の兵士として雇ってやる。何度も聞くな」


「いや~、まさかヴァルテール家の令嬢だったとは思わなくて。まだ信じられない気分なんすよ。でもコレで妹への仕送りができるッス!」


 大地は先ほどの呟く兵士を雇うことに決めた。事情を聞いてしまった手前、放っておけなくなってしまっていた。


 (雇う理由はどうとでもなるが誰に引き渡すか。アドリアン、いやヴィルトに預ければ何とかなるか)


 薄暗い階段を下りた先に、鉄の扉があった。


「この先が地下牢か?」


 外交官の男は無言で頷く。


「開けろ」


 外交官の男は鍵を取り出し扉を開く。


◇


 扉の先は鉄格子が並ぶ通路。その一つに明かりがついていた。


 レオンが座っていた。袋は外されていた。特に大きなケガはなさそうに見える。


「……遅かったな」


「十五分だ」


「体感では一時間くらいだったけど」


「気のせいだ。立てるか」


「立てる」


 大地はレオンの腕を掴んで引き起こした。


 そのままドアへ向かった。


「なぁ大地、この人は?」


 レオンは顔の腫れ上がった男へ目を向ける。


「アストリアの外交官だ。証拠は聞き出した。後はアドリアンが――」


「うん。もういいわかった」


 レオンは大地の言葉を遮って天を仰いだ。薄暗い石の天井しか見えない。隅に大きなクモが巣が張っている。


「また暴れてないよね?」


「今回は、けが人はコイツだけだ、多分」


 大地は目を逸らしながら答えた。


◇


 屋敷を出ると、庭先は戦場の様な有様だった。


 倒れうめきを上げる兵士達。


 低木は焼け焦げている。


 石畳は所々爆発したように破壊されている。


「大地」


 レオンの視線が刺さる。


「違う」


 その時、荒れ果てた庭の中心にぶつかり合う緑の炎と青白い稲妻が現れる。


 ヴォルフと虎獣人タオ。


 吹き上がる緑の炎で草木が燃え上がり、青白い稲妻で石畳が砕け散る。


「え?なにこれ。こんなバトル展開構想してないんですけど」


 レオンは唖然とした表情で眺めている。


「全く」


 大地は素早く飛び出し、一瞬で虎獣人の背後から頭を殴りつける。


 轟音と共に虎獣人タオの頭が地面に突き刺さる。


「あ。ボス、もう終わったんですか?」


 ヴォルフは大地の姿を見ると身体に纏っていた緑の炎をかき消した。


「何をやっている?」


「いや〜。コイツの事情を聞いたら、なんか仕留めづらくなっちゃって」


「お前もか。事情とは何だ?」


 ヴォルフは、煙草に火をつけながら虎獣人タオの事を大地へ話した。


「――子供を盾に、か。」


「言い訳はせん。人攫いは事実だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」


 大地の言葉に、いつの間にか起き上がっていた虎獣人タオはあぐらをかいて座り込んだ。


「まあいい、この兵士――ドミノのついでにコイツも貰っていくぞ。それなりに使えそうだ」


 大地は虎獣人タオの首根っこを掴んだ。


「な?なんだこの力!?おい!俺をどこへ――」


 大地は何も答えず引きずっていった。


「あきらめろタオ。うちのボスは俺より強い」


「なんだと!?こんな子供が!?」


 ヴォルフの言葉に虎獣人タオは驚愕し、まるで母猫に咥えられた子猫のように大人しく引きずられた。


◇


 屋敷の外で、ルミナが待っていた。


 レオンを見て、目が潤んだ。


「先生——!よかった——」


「心配かけてごめん」


「心配しましたよ本当に——」


 二人はしばらく話した。


 大地はその横で、アドリアン宛の伝言を頭の中で組み立てていた。


 (奴隷商人の施設。外交官の屋敷。証拠の種類。兵士と虎獣人の雇入れ。やることが増えたな——)


「大地さん」


 ルミナは振り返り。


「ありがとうございました」


「気にするな。当然の事をしただけだ」


「……本当に、色々と規格外ですね」


「そうか」


 レオンが大地を見た。


「……今日、楽しかったか?」


「何がだ」


「全部だよ」


 大地は少し間を置いた。


「……スイーツは悪くなかった。それに、あの兵士と虎獣人は、中々使えそうだ」


 レオンとルミナは少し笑った。


「昼食がまだだったな。カフェに戻ってそちらの試作も確かめよう」


 大地は、虎獣人タオと兵士ドミノを引き連れ、カフェへ歩いて行く途中でピタリと足が止まった。


「――そういえばレオン。お前から聞いていなかったことがあったな」


 ゆっくりと振り返る大地の表情に、レオンは思わず天を仰いだ。


 雲の流れが速かった。


「やっぱり兄妹だなぁ」


【Re:第9話へ続く】


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